Ep.20 後片付け

 「じゃあこれ片付けてくるぞ。あそこの湧き水のところで洗えばいいんだよな?」


 「そうそう、俺達も行くから置いてくなって。」


 〈デナキュガとさっき行った湧き水の場所まで向かった。食器を洗うのだ。チゴペネにいた時にも皿は洗っていたが家庭によっては自動で洗ってくれる便利な機械も存在していた。これまでの状況を見る限り、全部手作業だったしそんな機械は存在しないだろう。皿洗いは手作業をやってて良かった。でなければこれも面倒くさがってやる気が起きないからだ。〉


 「ほら、これでゴシゴシ擦れば汚れは落ちるぞ」


 「その木の実の殻みたいなやつでか?なんかスポンジみたいだな」


 〈渡されたのは五角形に近い形をした穴のあいた果実の殻だった。どこまで見てもここは自然由来のものを生活にしているようだ。ここでふと人工物はあるのかと見渡してみたがやはりそんなものは見当たらない。〉


 〈こういった自然由来のものはすぐに壊れて使い物にならないという思い込みがあったがそれがこの村に来てからは崩れ始めている。自然由来のものも加工物と引けをとらない丈夫さを持っていることに気付いた。〉


 「おっ!ちゃんと汚れ落ちてるじゃん」


 「そのくらい落とせばあとは水の勢いで流れ落ちるから向こうに持ってってくれよ」


 「えっ?水洗いだけ?洗剤は使わないのか?」


 「別に泥が付いてるわけでもないし食べ物のってただけだろ?そんなくらいで洗剤なんて使ってたらすぐになくなっちゃうじゃないか」


 「え〜……」


 〈これには驚いた。というよりも体がゾクッとしたと表現した方が分かりやすい。ちょっと不潔ではないか?チゴペネで食器は必ず洗剤を使って洗っていたことを思い出すと何か複雑な気持ちだ。でもそれとは裏腹にこの村の人々が不潔だとは思わないしそんな素振りも見せない。これはこれで良いのか?〉


 「まあ泥は付いてないけど……人が触ったやつだぜ?やっぱ洗剤でちゃんと洗いたいよ」


 「すっごく洗剤に執着してるなぁ〜お前の世界じゃ水洗いだけはそんなに御法度なことなのか?」


 「そりゃそうさ、洗剤なしでそのまま乾かしでもしたらすぐに皿が雑菌の巣窟になっちまうだろうが」


 「えっ?そうなのか?」


 「そうだよ!朝にそんなことしたら昼になる頃にはもう雑菌だらけだよ!」


 「だからそんなに洗剤使うことに敏感なのか。雑菌に関してはお前の世界の方が過酷だな。そんな面倒なことのない世界で良かったよ。なぁ、そんなに言うなら放置してて大変なことになったことがあるのか?」


 「俺がやらかしたわけじゃないけどイベントに参加したときにあったな」


 「どんなイベントだったんだ?」


 「作った料理を食うイベントだったんだよ。さっき俺がかけたのと同じようにたっぷり香辛料を使った料理だったよ。もともと腐るのを防ぐためのものだけどそれでも時間が経つと腐っちまうんだよ。だから皆ちゃんと洗剤を使って洗い流してたんだよ」


 「でもその中でうっかり洗い忘れたのがあってな、時間が経つごとにどんどん雑菌が繁殖していって酷い臭いとおびただしい数の虫が集まってきたことがあったんだよ」


 「うわぁ……それは大変だったな」


 「お前……簡潔に言ってくれるよ。多分お前が今想像してる3倍は凄惨な光景だぞ?あんまりに悪臭が酷いんで視界は歪んでくるし、口の中にまで入ってきて吐き気が止まらなかったよ。皆近くの小川でリバースしてたよ」


 「ごめん、俺の想像が甘かったよ。確かにそこまで言われると凄惨な光景だな。つまり、お前が洗剤を使う洗い方にこだわるのはそういったことが起きるかもって不安があるからなんだな。よく分かったよ」


 「でもな、大丈夫だ。粉をかけたからってそんな酷い、吐き戻すほどの悪臭は発生したことがないし、虫だってこの時期はまだ寄ってくるほど多くないから。それよりエネルギーを節約することのほうに気力を回してくれ」


 「分かったよ。でももう一回確認するけどちゃんと汚れ落ちてるよな?」


 「大丈夫、何度見ても落ちてるぞ、見えてるのは食器の木目だけ。じゃあ片付けに行くぞ。そんなに心配なら倉庫に入る時に汚れてるか洗い流されてるかが分かる光を当ててやるよ。それなら文句なしだろ?」


 「はーい」


 「じゃあ行こうか」


 〈洗剤を使いたいと思う気持ちを残しつつ拭いた皿を持ちながら最初に皿が置いてあった場所まで戻しに行く。〉


 「ほら、この棚の中だよ」


 「へぇ〜、ここも凄く暗い倉庫だなぁ。太陽の光がないと見えないや」


 「気をつけろよ。ちゃんと足元見てな、じゃないとうっかり皿を割っちまうぞ?」


 〈しかし、なんでこの村の倉庫、いや建物内はこんなにも暗いのだろうか?早くライトを持ってきてほしいものだ。〉


 「皿、ここで良いのか?」


 「そうそう、そこそこ。そこに大きいのから順に重ねていくんだよ」


 マテリはデナキュガの言う通りに皿を大きいものから順に重ねる作業を始める。


 「これで良いか?」


 「そうそう、それで良いんだ」


 「っで、さっき言ってたその光ってのはどうやって出すんだ?まさか火を起こすとか言うんじゃないだろうな」


 ❝パッ!❞「ほらこれだよ」


 「うわぁ……何だこの光」


 〈突然倉庫に片付けてある皿が深い緑色に光りだした。光景はまるで洞窟の鍾乳石を見ているようで長い間見ていられるものだ。うっかりこれに見とれてしまいそうだがこれは一体何だろう?〉


 「これか、ほら見てみろよ。光る石だよ」


 〈彼の手の平を見るとそこには白く光る石が乗っていた。これを通して皿の方を見るとまるでアートを拝見している時のような気分に浸ることになる。しかし、これが一体何を指しているのかを聞かねばならない。〉


 「すげぇ、なんかアート見てるみたいだ……うわぁ……」


 「どうだ?結構きれいだろう。これがちゃんと皿が清潔な証拠さ」


 「もしかしてこの緑色のことか?全部緑色だけどもし汚れてたら何色に光るんだ?」


 「暗い紫色だな。それが雑菌が反射する光の色だよ。でも見た通りその色の光はないだろ?だからきれいなんだよ」


 「分かったよ、あんなに警戒して悪かったって。でもその石、どこにあったんだ?結構きれいで俺も欲しいなぁ」


 「ああこれか、こいつは精霊からもらった、ていうよりは作ってもらったやつだからなぁ……どこか探せばあるってもんじゃないんだ。悪いね」


 「お前、リガブから聞いたけどやっぱ人付き合いすげぇな。俺には到底できないや」


 〈コイツ、やはり人脈が広すぎる。こんなヤツは今まで見たことがない。チゴペネに住んでいた時も含めての話だ。自分はこんな四方八方に人間関係を作ることなど想像のなかでもできやしない。時々彼から人間や精霊を案内してもらおう。〉


 「まあお前もこれから暮らしていくうちに交友関係も広がってくだろうし、俺に聞けば精霊とも合わせてやるよ。精霊との交流は楽しいぞ」


 「ああ、今度頼むよ」


 「まあそれは良いとして、ちゃんと皿もきれいだってことが分かっただろ?早くお前の世界の違いを理解して慣れることだな。しばらく休憩した方が良いと思うぞ?」


 「分かった、そっちの木陰の方で休ませてもらうよ」


 「じゃあまた後で」


 マテリはデナキュガとの場を離れて湧き水の奥、大きな木の下まで歩き始めた。

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