Ep.19 食事中
〈見た目は地味だが食べられる段階まできた。これまで食べてきたものとは全然違うが特に抵抗感は感じない。これならチゴペネの隣町の料理より抵抗なしに口に運べる。〉
「何か最初、こんな山菜どうやって食うんだ?って思ってたけど完成してみたら意外と食えそうだな。ここの食事が他にもこんなのだったら食については慣れるのも早そうだな」
「そりゃ良かったな。こっちも早く慣れてくれた方が都合が良いからな。頑張って慣れてくれよ。じゃあまずその一歩として食うとするか」
「そうだな、じゃあ食うか」
〈その場に座り食事をいただくことにした。しかし何かが足りない。〉
「なぁ、さっき灰汁を抜いてた時に使ってたスプーンはどこにやったんだ?」
「ああそれなら湧き水のところで洗ってこの中に閉まったよ」
「あれ?スプーン、使わないのか」
「ありゃ調理用の道具だぞ?あんな大きな道具じゃ食いづらくて仕方ないだろ」
「でもあれがないと手づかみで食うことになるぞ?」
「そうだぞ?手づかみで食うんだよ」
「え〜……」
〈ここにきて以外な壁が立ちはだかった。セモリヒモがいた店で食べた緑色の塊のように乾いたものに関しては問題ないのだが湿っている、または濡れているものに関しては手で掴むのは抵抗がある。〉
「何だ?嫌なのか」
「そりゃ嫌に決まってんだろ。食事って言ったら普通スプーンを使うだろ」
「そっか、お前の世界だと手づかみはダメなところだったのか。ん?でもさっきお前緑の団子は手づかみしてたじゃん?」
「だってあれは乾いてるだろう?で、こっちは濡れてる。濡れてるものを触れって言うのか?」
「これも文化の違いか、でも我慢してくれよな。何回もやってるうちに慣れてくだろうし。そんなに濡れてるの見るのが嫌なら目を瞑って取れば良いんじゃないか?」
「どうしても手で触らなきゃダメか?」
「どうしても。こんなことで嫌がってたらこの先の文化の違いで挫折しちまうぞ?相手の文化に入り込む第一歩だと思ってやってみろよ」
「はーい……分かったよ」
「じゃあ、ここに座って座って」
〈手で触ることにはまだ抵抗感が抜けないがもう潔く諦め慣れることを考えた方が良いだろう。確かに彼の言う通りこれが村のルールだと言うなら従った方が村の一員に近づけるに越したことはないのだから。〉
〈濡れたこの食べ物を見ると一気に手が拒絶反応を起こしてしまう。目を瞑ろう。まずは視界に入れず手を鳴らす作戦だ。目を閉じた瞬間、当たり前だが目の前が真っ暗になり情報は耳と鼻だけとなった。つまり音に敏感になったのだ。〉
〈これはチャンスかもしれない。音に夢中になっている間に一気に手を山菜に付けてしまえば良い。いわば気をそらしている状態なのだ。〉
マテリは目を瞑ったまま右手を山菜へと近付ける。その手は酷く左右に震えている。まるで痙攣を起こした患者のようだ。それにかなりゆっくりとしたスピードだ。それを見ていた2人も笑いを堪えていた。舌の奥が軟口蓋に当たる音が小さく聞こえる。
「クククッ……」
「キキキっ!」
2人が笑いを堪える中、マテリは遂に山菜を手にした。
〈よし!遂に手で掴むことが出来た。こんな簡単な作業だというのにこんなに勇気がいるとは……文化の違いというのは時に恐ろしいものだ。〉
「どうしよう、震えが止まんねぇ……2人とも、今から食うぞ」
まるで2人に見ててくれよと言わんばかりに強調していた。それだけチゴペネではこの手づかみは勇気のいる行為なのだろう。
「おぉっ!行ったな!よくやった、偉いじゃん」
「ああなるほど、手を口に付けないように意識してるんだな。お前も工夫したな」
「っで、味はどうだ?これがいつもの塩の量なんだけど」
「ん〜?何か薄い味だし油も全然ないな。それに何だろう?噛むと中から表現は難しいけど草の味がするよ」
「この後もこの食事で大丈夫か?」
「だと思うよ。薄味でちょっと物足りない気もするけど山菜は悪くないね」
「そりゃ良かったな。食事が不味かったら違う世界で慣れてくのは難しいもんな。良かった良かった」
食事に関して一安心したマテリは黙々と食べ続ける。だが一定のところで手が止まった。
「やっぱり味が薄いなぁ……この村ってこんなに味の薄いものずっと食ってるのか?」
「ん?言うほど薄いかこれ?俺達はこれが普通だから何の違和感もないんだよね。逆に聞くけどお前の世界のチゴペネ?だとどんな料理が出てきたんだ?」
「チゴペネかぁ〜、チゴペネだったらこの山菜にたっぷりソースをかけるなぁ。だってそのままだと味が薄すぎるしすぐに腐るからな。チゴペネは蒸し暑い気候だから食糧が腐りやすいんだよ。そういえばここって冷蔵庫も冷却装置もないみたいだし、どうやって食糧を保存してるんだ?」
「それなら、殺菌効果のある葉っぱとか樹皮に覆って暗い蔵の中で保管してるんだよ。妖怪が食い荒らすのを防ぐって意味でも重要だしね」
「そうか、そういえばこの世界には妖怪がいるんだった。でもそんな軽微な保管でよくもつなぁ。それならチゴペネの方が大変そうだな」
「チゴペネってそんなにすぐ腐っちまうのか?」
「その通り、チゴペネの湿気を舐めるなよ。食い物そのへんに放置してたら半日で虫だらけになるぞ?だからここに来たときその虫の少なさに驚いたんだ。虫除けなんてしてないのに全然刺されないからな。この無防備な格好でチゴペネの森なんか行ったら虫に刺されまくりだよ」
ここに来て虫の少なさに驚いているマテリだが2人から言わせてみればまだこれは最大の量ではないそうだ。
「お前、勘違いしてるみたいだけど、ここには季節があってまだ春の終わりなんだからな。本格的に虫が増えるのはこれからだよ。夏の虫の量は凄まじいぞ?食糧も塩をぶっかけて腐るのを防ぐんだよ」
「あぁ、そういえばここって季節があるって言ってたな。で、これから暑くなるってことだろ?だったら何か虫除けになるものとかあるんだよな?」
「もちろんあるさ。夏になったらお前にも見せてやるよ」
〈そういえば話に夢中になっていて食事する手が止まっていた。意識を手に持っていき食事を再開する。しかし、やっぱり味が薄く物足りない。〉
「なぁ、やっぱり味が薄いんだよ。何か他にかけるものとかないのか?」
「仕方ないなぁ……じゃあこれいますり潰すから待ってろ。隣の村からもらったスパイスだよ。ちょっと辛いから刺激になるんじゃないか?」
「それだ!ちょうど良いよ、俺もちょっぴり辛いものが好物なんだ。チゴペネじゃよくそういうの売ってて買ってたよ。懐かしい」
〈ただし、チゴペネと違うのは加工されていない状態だということだ。チゴペネで売られているのは既に粉にされて赤く染まったものだ。だが今見ているのは果実のままのもの、ここからすり潰すとなると大変な力作業となるのだ。是非とも筋肉自慢の人間にやってもらいたいものだ。〉
「マテリ、すり潰すから皿を押さえててくれよな」
「これで良いか?」
「あっ、そうそうそういう感じ。左右前後に揺れるから固定しててな」
❝ゴッ!ゴッ!❞と種をすり潰す音とそれに連動して震えるテーブルの音が響く。
〈最初、一つの種だった塊がどんどんすり潰されて小さい欠片になっていく。この工程はチゴペネで行うものとそっくりだ。市場だとこの光景を良く目にした。食欲も増進するので市民からは好まれていた。そんなチゴペネほど大量にあるわけではないがここにも香辛料が存在してくれて良かった。舌の下部には既に唾液が溜まっていた。〉
しばらくして種をすり潰して完全に粉にしたものをマテリの皿に盛った。
「よし、これならさっきより食事が進むよ」
マテリのその言葉の通り、先程よりも口に運ぶペースが速い。香辛料の力で食欲が増進したのだろうか。
「なぁ、こっちにもかけて良いか?」
マテリが指さしたのは主食である白い塊だった。
「えっ?まぁお前のだから何にかけようと構わないけど、それにかけるのかぁ……」
〈デナキュガは驚いて言葉に詰まっているようだった。ここだと主食に香辛料をかけるのはそんなに珍しい、というよりあり得ない行為なのだろうか?もしそうだとすると自分が異常であるかのような気持ちに追い込まれる。思わず顔を隠してしまった。〉
「何かお前の世界って面白い食い方するんだなぁ」
「そうみたいだね。でも俺の周りも結構そうしてたヤツはいたからこのやり方に違和感はないよ」
2人はマテリのこの行動に驚いてはいたがおかげで慣れない食事をなんとか平らげることに成功していた。
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