Ep.18 調理
一方その頃リガブはというと起こした火のそばでこっくりと眠っていた。暖かい日差しと焚き火、一人で眠るには格好の場所と言える。きっと2人を待っている間に寝てしまったのだ。
「おいおい、アイツ寝てるぞ。なあマテリ、アイツのこと起こしてくれねぇか?」
「ああ分かった」
マテリはリガブの肩を何度か揺すり目が覚めるまで声をかけ続けた。
「おいリガブ、聞こえるか?俺達はもうここに着いたぞ。起きろって」
何度も揺すっているうちにリガブはゆっくりと瞼を上に上げ、黒い瞳をあらわにした。
「ん、んん〜ああ悪い、寝てたよ」
「2人で山菜もらってきたよ。ほら」
マテリはリガブにもらった山菜を見せて渡した。
「ありがとう、じゃあ調理を始めよっか。じゃあまずその水こっちにくれよ」
「汁物でも作るのか?」
「そうそう、山菜があるからそれでスープでも作ろうかと思ってね。まずは沸騰させないと」
リガブは鍋のような容器を吊るして水を温め始めた。
「じゃあこの間に山菜細かく切ろうか。この量だったら塩で茹でれば足りるでしょう」
「はい、お前の分。これで山菜を切ってくれよな。できれば細かくお願いな」
〈デナキュガからは自分の手の平ほどの刃渡があるナイフを渡され、山菜の切り分けを頼まれた。自炊なら毎日していたが山菜は滅多に食べないので完成したらどんな姿になるのか想像できない。〉
「ほいっ!でもこれ切りにくいな。チゴペネにもこれと似た形の芽はあったけどもっと大きかったからな。これは小さすぎて切るのが大変だよ。もっと大きいサイズのヤツに変えてくれないか?」
「でもお前わりとうまく切れてるぞ?そのサイズまで細かくすれば鍋の中に入るし、それでも変えてほしいか?ならこっちの茎の部分を真っ二つにしてほしいな。そっちの残りは俺がやるからさ」
「あ、こっちの方が切りやすそうで良いな。この中心部分を真っ二つにすれば良いんだろ?」
「あ〜そうそう」
〈形こそ違うが自炊していた時と動作が似ている。さっきよりも調理のイメージがしやすくて助かった。同じものを真っ二つにする動作を続けて山菜を鍋へと入れた。もうそろそろ沸騰しているだろうと思い鍋の方を見てみる。〉
「あれ?まだ全然温まってない……」
〈いつもならもうとっくに沸騰している時間だ。断熱性の手袋を付けて熱が出る丸い場所に鍋を置けば調味料を取っている間に沸騰していたのだ。だがどうしたことか何度見ても沸騰はおろかまだ小さな泡すら出ていない。〉
「まだ冷たいなぁ……」
〈実際水に手を突っ込んでもまだ冷たい。本当に温度は上がっているのだろうか?〉
「なぁ、これ本当に温まってるのか?何か触ってもまだ冷たいまんまだけど……」
「ははは!当ったり前だろ。そんな短時間でお湯なんて出来るか。まだまだ時間がかかるぞ」
「えっ?そうなのか?」
「逆に聞くけどお前の世界じゃどうやってお湯を沸かしてたんだ?」
「コンロに乗せてちょっと待つだけだよ」
「へぇ、すっげぇ便利な世界だなぁ。うまく想像できないや……でもここじゃそんな都合の良いことは起きないね。それも精霊の力を借りない限りは」
「そ、そうなんだ……あとどのくらいかかるんだ?」
「お前が山菜を全部切り終わるぐらいかな。アコリウィからも話を聞くことがあるけど、どうもここの世界はお前らの世界と比べると不便を強いられるみたいだな。俺はこれが普通だから問題はないけど、お前からしたら大変だろうな」
「多分突然重い石が乗っかってきた気分だろうけど投げ出さずに残ってくれよ。俺達もその手助けはいくらでもしてやるから」
「ありがとう……俺も早くここの生活に慣れるように心掛けるよ」
〈確かにこの世界、もといたチゴペネと比べれば非常に不便を強いられる。同時にチゴペネがどれだけ便利な世界だったのかも知ることが出来た。それを思い出すと早くももといた世界に戻りたくなってしまう。チゴペネのことは忘れた方が良いのだろうか?〉
チゴペネにいたころの便利なとは暮らしに誘惑され葛藤するマテリだったがそれでも作業をやめずに山菜を切り分けている間に水は沸騰した。
「ほらマテリ、水が沸騰したぞ」
「えっ?いつの間に……ずっと山菜切ってたから分からなかったよ」
「何かに集中してれば時間なんて気にならなくなるさ。作業中、不快だったか?」
「いや、作業に集中してたから快感でも不快でもなかったよ。ただ切り分けることしか考えてなかったね」
「もといたところより不便でも何かに集中してれば問題ないんだろ。さっき下山してる時もそうだったけどお前何かに集中する力はあるんだよ。その力に恵まれてて良かったな」
「まぁその話はまた別にして、マテリ、切った山菜こっち持ってきてくれ。鍋にぶち込むぞ」
「はいよ。確か塩で茹でるとかって言ってたよな」
「そうだぞ。味付けは塩だけだから山菜そのものの味が出てうまいぞ。遠出するときはこういうのを食料として持ってくんだ。お前らの世界じゃこういうのは食べないのか?」
「ん〜食べないな。昔は食料が不足したときの非常食として食ってたって聞いたけど今は食うとしたら罰ゲームだろうな」
「まあ食文化の違いだろうな。近くの村でも食べるところとそうじゃないところがあるからな。それと似たもんだろ」
「なのかな……」
デナキュガは山菜に塩をふり、それを鍋に入れる。鍋の中はお湯がグツグツ煮える環境だ。そこでしばらく山菜を置いて待つ。
「んっ?何か泡がプカプカ浮かんできたけど何なんだこれ?」
〈汁の中から浮かんできたのは白い泡だった。沸騰した時の泡と考えるには泡の粒が小さすぎるし、何より色が白いのが気になる。〉
「これ毒じゃないよな?食っても平気なのか?」
「そんなに言うなら口に入れてみれば良いんじゃないか?」
〈この言い方なので多分毒はないと判断した。早速一口舐めてみることにしよう。〉
❝ペロッ❞「苦っ!何だよこれ、食えたもんじゃねぇぞ。てかお前何笑ってやがる」
〈舌に触れた瞬間、あまりの苦さに顔が縮まり潰れた表情となった。当然すぐに吐き出し水で舌を洗い流した。それに俺が知らないことをいいことにデナキュガは大声で笑っている。また一本取られてしまった。試合に連続で負けて悔しい気分と似ている。〉
「あははは、いやいや……普段当たり前にやってることを知らないヤツがいることに驚きを隠せなくてな。面白くて面白くて……」
「ぬぅぅぅ〜てめぇ……」
〈ここが彼らの世界である以上反撃できないのがもどかしいところだ。くそ!悔しい。この瞬間、もし彼がチゴペネにやぅてきたら同じことを返してやろうと思った。とそれは置いておき、これはどうすれば良いのだろう?〉
「で、これどうするんだ?」
「それは
「頼むから嫌な思いする前に言ってくれよ」
「ごめんごめん、どんな成分なのか身を持って体験してもらった方が良いと思ったからな。お前も苦くてとても食えたもんじゃないって理解できて良かっただろ?」
「いや、それでも先に言ってくれよぉ……」
〈このあとも灰汁がプカプカと浮かんでくる度にスプーンですくって捨てる作業を続けた。回数を繰り返すうち、灰汁はなくなり鍋の下の方がよく見えるようになる頃にデナキュガからokのサインが出された。〉
「そのぐらいで充分だな。じゃあ山菜皿に盛ろうか」
「それにしても随分小さくなったな」
「水吸ってふやふやになったからな」
「こんな量じゃ到底足らないんじゃ?」
「これはあくまでもおかずだからな。ほらこれだよ、昨日お前も食っただろ?俺の半分分けるからこれで腹を膨らませるんだよ」
「ああそういうことか、てっきりこの量だけなのかと思ったよ」
「そんな量じゃ普段の作業で体力が持たねぇよ」
3人は近くに落ちている切り株をテーブル代わりに出来上がった山菜茹でを並べその場に座った。
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