Ep.17 物々交換

 2人が水汲みのために湧き水へと向かっていた。


 「ここだな」


 「本当に透き通ってるな、煮沸しなくても飲めるのか?」


 「そりゃそうさ、逆に聞くけどお前がいた世界だと飲めなかったのか?」


 「当たり前だろ、ここみたいに透明なわけでもないのに……水の中なんて雑菌だらけだったよ。皆煮沸してから飲んでたんだ。尤もそれは直に汲んだ場合だけなんだけどね」


 「なんか、さっき足洗った話も聞いたけど、お前の世界って水に関しては結構苦労してたんだな」


 「いや、でも町には飲水が売られてたから生活自体はそんなに大変だった覚えはないな。ただチゴペネが都市化する前は煮沸するしかなかったみたいだけど……」


 「まあでも、前にいた世界でやらなくちゃならなかったことが省けて良かったな。ここじゃ雑菌なんていないから安心して飲んでくれ。ほら、お前も手ですくって飲めよ」


 「ああ、いただくよ」


 マテリはデナキュガの言われた通り手で水をすくい口に運んだ。


 「うまいな、この世界に来てから水飲んだの初めてだけどこっちの方が美味しいよ。これなら後で食べる料理もうまいかもな」


 「そりゃ良かったな。水がうまいとスープとか茹でた野菜とかもうまくなるからな。お前がいた世界も食い物はうまいって言ってたし案外食事も馴染めるんじゃないか?」


 「確かにこれだけ水がうまいんだから他の料理にも期待して良いのかな」


 「じゃあ一緒に汲もうぜ、さっきお前がいた店のところまで持っていくんだよ」


 「持ってってどうするんだ?こんなの持ってっても邪魔になるだけなんじゃ?……」


 「何言ってんだ、これ持ってって食い物と交換してもらうんだよ。多分調理に忙しいだろうからな。きっと交換してくれるぞ」


 「でも俺は金なんて持ってないぞ、どうやって支払うんだよ」


 「何を言って、ここは物々交換だから金は必要ないよ。ここはそんなに人も多くないし物々交換で済んじまうんだ。金銭の交換なら隣町に行けばあるぞ?マテリ、お前もともと人の多いところに住んでただろ」


 「ああ、上向いて首を痛めるくらいまで住居が並んでるところにな。今思うとここって本当に人少ないよな。せいぜい人がたくさんいるのって村の大通りくらいか?あそこはさっき見た時、前が見えなくなるくらい人がいたけど……皆どこに住んでるんだろうな」


 「あ〜、あの大通りか、そこにいた人でこの村に住んでるのは大体4分の1くらいなんだよな」


 「えっ?じゃあ残りはどこから来たんだよ」


 「他の町とか村だよ。町は山をいくつか超えなきゃならないけど村なら森を超えれば一晩で来れるからね。ここも隣の村も交通基点の一つになってるんだよ」


 「てことは、さっき言ってたまれびと信仰ってこの辺の村一帯が持ってるものなんだな」


 「そうだ、嬉しいか?」


 「まあな、チゴペネにいた時には都市の中の一人に過ぎなかったからね」


 〈さっき村の大通りで大衆に押し寄せられた時はあまりの数と圧力で気絶してしまった。その大群には他の村の住人も含まれているようだ。つまり、俺をまれびとと認識しているのはこの村だけではないということになる。自分を必要としてくれているのはとても嬉しいことだ。ましてこの周辺一帯がそうなのだ。この感覚が彼らと共に生活していく中でのモチベーション向上に役立つだろう。〉


 「お前、汲みすぎだって。そんな量じゃ持ち運べないぞ?試しに一回そのまんま持ち上げてみろよ」


 「ん〜、重い……ダメだ。うわぁ!痛てぇ……こういうことか」


 〈その嬉しい気持ちが続いてくれたおかげで水汲みは捗った。調子に乗りすぎて水を入れすぎてしまうくらいだ。そのせいで持ち上げようとした瞬間、体の方が先に引っ張られて尻もちをついてしまった。気持ちが高ぶるのもほどほどにしとけということだろう。反省反省……〉


 「ちょっと捨てろって、ほらこのくらいがちょうど良いんだよ」


 「あ〜そのくらいか、悪い悪い……調子に乗りすぎたな。あははは」


 マテリは汲み過ぎた水を戻して半分ほどの量にした。


 「おっ!持ちやすくなった。なるほど、このくらいがちょうど良いのか」


 「そうだよ、じゃあ向こうに持っていくとするか」


 「う〜、持つだけなら何ともなかったけどこれ持って歩くってなると結構重いな。車輪みたいにコロコロ転がしていく道具とかないのか?」


 「いや、そんなものはないな。お前が力が弱いから辛いだけだよ。まあそのうち何回も運んでるうちに力がついてくるはずだからどんどん楽になってくだろうよ」


 「だと良いんだけどな。それにしてもホントに重てぇな」


 グダグダ言いながらもデナキュガについて水を運ぶマテリだった。そして着いたのはマテリが最初休憩していた店だった。デナキュガは店の入り口で大声で叫ぶ。


 「おーい!セヒ、いるか〜?」


 彼が叫んだ瞬間、足音が鳴り出し徐々に大きくなる。タッ!タッ!タッ!後に影も見え始める。小柄な女性だった。


 「はーい、セモリヒモだよ。何か採ってきたの?」


 〈さっき、緑色の塊を食わせてもらったのと同じ女性だ。セモリヒモというのか。やはり聞き慣れない名前ばかりだ。異国の地なので当然といえば当然のことなのだが……〉


 「いや、ただの水だけど2人で汲んだから結構たくさんあるぞ。ほら、俺一人だと抱えきれないんだ。お前水足りなくて困ってたって言ってただろ?だから持ってきたんだよ」


 「あ、そうなんだありがとうね。何かと交換しようか?山菜くらいだったらたくさんあるよ」


 「ああ頼むよ。さっきこいつと山に行って腹が減ってるんだ」


 「はーい、ちょっと待っててね」


 彼女はまた店の奥に戻り食材を取りに行った。


 「本当にこれで交渉が成立するんだな」


 「彼女と交渉する時はいつもこれさ。水の他にも木の実とか根っこを届けることもあるぞ。アイツ、自分で取りに行くこともあるけど他のヤツから貰うことも多いからな。ああやってここは成り立ってるんだよ」


 「確かにこれで成立するなら金銭はいらないな。なら俺も何かほしい時は何か採ってきて交換してもらえば良いってことか?」


 「簡単に言うとそうだな。アイツに限ったことじゃないんだ」


 そうこうしているうちに彼女が山菜を両手に抱えて戻ってきた。


 「はい。渡せるのはこのくらいかな、ほら見て見て!こんなに形の良い芽があったんだよ。これあげるからちゃんと感謝して食べてよね」


 「でかいな!どこでこんなの採ったんだ?」


 「ん〜、森の近くの沼地かな。まだ私以外見つけてないみたいだし、良かったら取りに行ってみれば?」


 「そうだな、今度行ってみるよ。あっ、とにかくありがとう。これで昼飯食えるよ」


 「あはは!今度はもっと良いもの期待してるよ」


 「まぁそのうちな。それじゃマテリ、あんまり待たせると悪いしリガブのところまで戻るとするか」


 「あっ、山菜ありがとう」


 「うふふ、君も何か良いもの持ってきてね。また美味しいのご馳走してあげるよ」


 「ああ、楽しみにしてるよ」


 そう言った後、マテリとデナキュガは山菜を手にしたままリガブのもとへと戻っていく。

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