Ep.13 村に現れたまれびと

 「俺達が住んでる村には昔から遠くの世界から特殊な力を秘めた人間がやってきて村を豊かにしてくれるっていう言い伝えがあるんだよ。ここまでは説明されてるってデナキュガから聞いたぞ。間違いはあるか?」


 「いや、合ってるよ。夢の中でアコリウィに同じことを言われたんだ。ただそれは俺がこの先どう過ごせば良いかを言われたから村に伝わってる言い伝え?は詳しくは聞いてないんだ」


 「どう過ごせば良いってどういうことだ?」


 「俺は他の世界から来た人間で死後には楽園に向かえって言われてたんだ。そこにもといたチゴペネの人間が住んでるって聞かされてね。そこに向かえる術を手に入れるためにこの村で暮らせって言われたよ。でも俺は詳しい言い伝えなんて知らないし、どうやって抜け出すかも分からない」


 「ならお前がいつどういうタイミングでここに来たのかとこれからどうなるか教えてやるよ」


 「よろしく頼む」


 〈アコリウィから楽園が存在することは確認出来たし、そこへ向かう術を手に入れる方法も聞いた。それは精霊の仲間入りをすること。そこまで何をすれば良いのか?それを今彼に聞くこととなる。アコリウィからは村人に溶け込めと言われたので彼らの話を理解しようと思う。村に溶け込むための第一歩だ。〉


 「まあ簡単に言えば俺達村人と一緒に生活するってことだよ。一緒に飲み食いして寝て作物を育てる。村にあるまれびと話じゃそう伝えられてるよ」


 「まれびと話?もしかしてそれが原因で昨日、村人は俺に寄ってきたのか」


 「ああそうさ。お前が現れた時に村人は皆直感的にコイツがまれびとだって分かったんだよ」


 「どうしてだ?」


 「まれびと話に出てくる人間に特徴が似てたからだよ」


 「似てる?昔この村に来たそのまれびとも俺みたいなヤツだったのか。どんなヤツだったのか知りたいな。具体的にはどんな話なんだ?それが分からないとこの先俺はどうすれば良いのか分からないんだ」


 〈昔話のようなものだろうか。昔話ならチゴペネにもあるので違和感は感じない。ただその主要人物の軸が自分に当てられているので過去にいたそのまれびとの話をしっかりと聞いておくべきだろう。〉

 

 「まず俺達の祖先の話からしなきゃだめだな。俺達が生まれてくるよりもずっとずっと昔、祖先は広大な湿地に住んでたんだ。もともとここより豊かな土地で作物がよく取れたんだよ。」


 「でもここはどう見ても湿地じゃないけど、もしかして移動したのか?」


 「ああそうだよ。湿地が乾燥し始めて取れる作物の種類と量が減ってきたからね。そうなったら同じ所に留まっても飢え死にするだけだろ。だから新しく作物が取れる場所探して移動したんだよ」


 〈こういった類の話は何度か見たことがある。やはり住居が住みづらくなったら新しい居住地を探しに旅に出るのは自然の摂理なのだろう。実際俺も最初、沼に迷い込んだわけだがあんなところで住めるはずもなく人里を探しに歩いたのだ。それと同じようなものだ。〉


 「で、辿り着いたのが今のこの村だったってわけか。ところでまれびとはいつ登場するんだ?」


 「まだまだ先だよ。祖先がこの土地に住み始めてしばらく経った時さ」


 「続けるぞ?新しく移住したこの土地は祖先にとって良い場所とは程遠い場所だったんだ。まず辺り一面が木々の生い茂る森だったからな。村人全員が苦労して巨木を一本一本倒して平らな土地を確保したところで要約畑を耕せるんだ。」


 「じゃあさっき立ってたあの広い畑は祖先が開墾した土地ってわけか」


 〈土地を開墾したというのはチゴペネの祖先と同じようだ。さぞかし苦労したのだろう。その大変さが実際体験したわけでもないのに伝わってきた。今の自分では斧で木一本倒すのも無理だと思う。それだけの体力がないからだ。〉


 「そうだ。今はそのおかげで俺達は食っていけてるんだ。祖先の知恵の上に住んでるってわけだな」


 「でも開墾した後、そのまま一直線に作物が採れてハッピースタートかっていうと実はそうじゃないんだ。ここから先がまれびとが関わってくるん話なんだ」


 「土地は肥沃で作物はよく育ったんだけど、それを狙って奪いに来る妖怪が絶えなかったんだよ」


 「妖怪って、俺が村に来る途中で襲われた怪物のことだ……ここにいれば安全じゃないのか?」


 「お前まさか、村に居れば妖怪が来ないとでも思ってるのか?残念ながらそんなことはないね。村の凄腕が妖怪を遠ざけてるから皆、安心して暮らせてるんだよ」


 〈デナキュガが割って入ってきた。どうやら俺のこの考えに驚いたらしい。そこから昨日襲われた怪物のことを思い出した。村に入ってからその恐怖感はどこかに消えてしまったがそれは村の中で怪物を見ていなかったからだ。村の中はまるで怪物からバリアで守られているかのような安心感を感じたのだ。〉


 「えっ……、てことは村に入ってくることもあるのか」


 〈その安心感が脆くもガラスのように割れて辺りに飛び散った。正直このことは明かさないでほしかった。でないと寝ている時に本当に怪物に襲われてしまいそうな気がする。〉


 「まぁでも村の凄腕なら妖怪なんて一発で追い返すくらいだから問題ないよ。それがいなかったらこの村も妖怪の餌食になってとっくになくなってるからさ。昔からそういうヤツはいたんだよ。」


 「じゃあ話を戻すぞ、昔は村の周りに住んでた妖怪が作物を奪っちまったんだ。実った果実はもちろん、まだ葉っぱだけのやつも根っこからグイっと持っていかれてたんだ。そのせいで餓死者がたくさん出たって聞いてるよ」


 「うわぁ……想像したくない光景だね」


 〈農民が飢餓でバタバタと倒れていくところが想像できる。かなり悲惨で頭から湧き出てくるそのシーンをカットしたくなる。〉

 

 「それで終わりじゃなくてな、妖怪達が放ってくる空気を吸った人間が次々病気に苦しんでな、それでも死者が多く出てたんだ。その影響で村の統制が取れなくなって揉め事も増えていったんだ。妖怪はそれを見て楽しんでたらしい。それに耐えられなくて村を出てったヤツもいたって伝わってるよ。」


 「最悪じゃねぇか。早く追い出せよ」


 〈ギスギスした村の中は最悪の環境だっただろう。しかもそれを見て楽しんでいる妖怪の方も流石妖怪といったところ。サイコパスそのものだ。チゴペネにこんなヤツがいたら間違いなく警察のお世話になるだろう。市民としてもそんなヤツ早く追い出してほしいものだ。〉


 「その妖怪が放つ空気を吸っても全く異常がなかったヤツがいたんだ。誰だか分かるか?」


 「まさか、それがスルサハだったのか?」


 「その通りだよ。皆が妖怪から吐き出された空気を吸って苦しんでる中、一人平然と歩き続けてたそうだ。それを見たとき村人はこいつなら妖怪を追い払えるに違いないって確信したって伝えられてるよ」


 〈この話を待っていた。遂にまれびとさん登場だ。このまれびとに沿った生活をすることになるだろうからしっかり聞いておこう〉


 「で、スルサハはどうやって村まで来たんだよ?」


 「それはな、村の中で病気が流行して揉め事を起こしてた真っ最中だったんだ。スルサカはお前と同じ方角から痩せ細った状態で歩いてきたんだ。お前と違うのは時間帯だな。スルサカは太陽が高く昇ってる昼間に助けを求めるようにやってきたって言われてるぞ」


 「スルサカはおそらく揉め事を起こしてる村人の声を頼りに村まで辿り着いたんだろうな。ずっと昔の話だけど彼の気持ちになると底なしの穴からやっと腕を掴んでもらったような喜びだったんだろうな。言葉も分からない状態なのに構わずに人に近付いたらしい」


 「やっと人見つけて一安心って時に言葉の違いなんて関係ないよ。俺はそうだったし」


 「スルサカだって同じだよ。彼が現れて揉め事も止まったしな。それだけ服装も言葉も見たことのない姿だったんだ。皆揉め事なんてそっちのけでスルサカを見つめていたんだ。珍しいものを見ればそっちに振り向くだろ?」


 「その後、スルサカは言葉は分からなかったけど他に行くあてもなかったから村に残って暮らすことを決めたんだ」


 「言葉は分からなかったけど手足で意思を表現して村人の行動とか仕草を学習していったよ。村人は彼を重宝したんだ。何せ妖怪の空気を吸っても何の問題も起こらなかったからな。飲み食いしてるうちに力がついて農作業も捗るようになってきたんだ。妖怪もスルサカには刃が立たなかったから彼が育てた作物で皆食いつないでいけたしな」


 「スルサカが力を付けるようになって他の村人も恩恵を受けたんだな。でも妖怪が作物を食い荒らすんじゃなかったのか?」


 「それがな、スルサカはパワーも強くなっていってある時偶然、隣に置いてあった農具を使って農作物を食い荒らしに来た妖怪を追い払ったんだ。その時のスルサカの顔は狂気に満ちたような表情で妖怪が驚いて遠くに逃げていったんだよ。村人の方も恐怖で腰が抜けたヤツもいたって言われてるよ」


 「まるで殺人犯だな……絶対に近寄りたくねぇな」


 「でもそのおかげで妖怪が作物を食い荒らしに来る回数が減って食料の貯蔵も増えて村が豊かになっていったんだ。その後村人の間でスルサカがやってきて村に幸福をもたらしたって話が広がったんだよ」


 「えっ?今までの話からするとそのまんまじゃのことじゃ?」


 「もっと詳しく言うとスルサカには村を豊かにする不思議な力があるって噂され始めたんだ。今のお前と繋がるだろ。スルサカみたいに遠くの世界からやってきた人間には村を豊かに出来る力があって時々ここに来て幸福をもたらすって話が出来たんだよ」


 「あぁ、そういうことね……」


 〈つまりスルサカが妖怪を追い払った後、皆が元気になって彼を何かの遣いかのように思うようになったということだろう。そして俺はスルサカと違う世界に巻き込まれて村に着くところまで同じような経緯を辿ってきたわけだ。ここまでくるとこのあと自分がどのような扱いを受けるのかある程度の想像がつく。〉


 〈しかし状況が分かったらところでよし行くぞ!とはならない。なぜなら俺はスルサカとは違って力がないからだ。リガブの話を聞いているとスルサカは徐々に力を蓄えていってるように見えるがそんな自信は俺にはない。とても想像できない。今までどんどん力が溜まっていくようなそんなゲームや物語のようなことは起きた記憶がない。〉


 「何だか凄く体が震えてるけど大丈夫か?」


 「ああ、スルサカって本当に凄いヤツなんだなぁって思って……これから俺もそいつと似たような経路を辿るってことだもんな、そう思うと自信がなくて……」


 〈何度も言っている通り俺はただの人間、何の特殊能力も持っておらず今まで能力を持っているという自覚もしたことがない。それなのにスルサカと同じような扱いを受けるのは不安でしかないのだ。〉


 「そうか、まぁ俺達もお前がどこまで力があるのかなんて分からないよ。でも安心して良いんじゃないかな、スルサカだって最初は痩せ細っただけで村人がちょっと押しただけで倒れたって言われてるけど飲み食いして農作業してるうちに力が付いていったんだ。見たところだとお前もスルサカと同じような体型してるし俺は大丈夫だと思うぞ?それに今はここに好んでやって来る精霊もいるし、困ったらきっと助けてくれるさ」


 「まぁ頑張るよ……」


 〈不安そうな声でこう言ったが自分が必要とされていることは素直に言って嬉しい。ここまで自分にスポットライトが当たるのは始めてだ。生前は友人としか絡んで来なかったが大きく役に立てるというのは誰だって嬉しい。村に馴染んで人々に爪痕を残してやろうではないか。反面、常にそのような扱いを受けていては疲れていつまでも村に馴染むことは出来ない。〉


 〈まずは村人と同じ価値観を入れようと思う。そこから始めなければ話が進まない。昔話の相手は俺と良く似た経路を持つ人間だ。彼と似た点を探し出して重ね合わせることで自分にも出来るだろうという何となくの自信を身に着けることが出来た。行き詰まった時はこれを呪いまじないとして自分に言い聞かせていこう。〉


 マテリがそう意気込みしたのを確認したデナキュガがマテリの右耳の方で少し大きめの声を出した。


 「話は理解できたか?そろそろ戻ろうぜ、お前も腹減っただろ?村に戻れば食事が待ってるぞ」


 「うわぁ!もっと声抑えてくれよ。びっくりするだろ」


 「あぁ、ごめんごめん。っで戻ろうぜ、疲れただろ?」


 「分かったよ。腹減ったしな」


 「あらあら、じゃあ私達も戻るとしましょうかね。うふふ、また会えると良いわね。まれびとさん?」


 精霊達も次々ともといた空の方へと戻っていき、辺りは人間だけの状態に戻った。そして3人もここに用は無くなり下へと戻り始めた。

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