Ep.4 怪物からの逃走
マテリはここを抜ければ人里に出られると信じて森の中を歩いていた。森は鬱蒼と緑が茂る薄暗い環境で先程彼が遭遇したような怪物の見た目をした生き物がたくさん生息している場所だ。
マテリ自身も怪物のような生き物が森に生息していることは薄々気付いていた。進む度に襲われるかもしれないと不安が心まで浮上してくるが街に行きたい欲求は不安に負けることはなかった。
「うわっ!びっくりした。これもただの木かよ、脅かすなよな」
〈それにしても森の中は薄暗い。今にでも怪物が出てきそうな対象物がそこらじゅうに点在している。巨木に大きな岩・湧き水のつたる音、これらの音を聞くとそれらが怪物に思えてならない。〉
〈それでも進むのをやめなかったのはその先に街があると確信していたからだ。街に着いてしまえば住人はさっきの怪物のことだって知っているはずだ。あっという間にこの不安だって解消されること間違いなしである〉
「!?またあいつらだ……こっち行っとくか。あいつらは自分からは襲ってこないのか?」
〈あの生き物とは何度も目が合ったが襲ってくるような素振りは見せてこなかった。そのため、何度か目にするうちに赤い目を持つ怪物に慣れてきて発見したり遭遇したりしても驚かなくなってきた。この頃には足を進めるスピードも上がり、木や岩が目まぐるしく通り過ぎていった。〉
「こっちだな、もうすぐ街だろ?」
〈森を進む度に安心感と喜びは大きくなっていく。実際に見たことはないのにあたかも抜けた先に街があるかのように森を進んでいた。さらに森を進み湿地が見えなくなることろまで来た頃にはどんな生き物を見ても怖がることはなくなり、街目掛けて走り出したいほどまで気持ちが高まっていた。〉
最初の怖がっていた表情はどこへやら……マテリの口角は真横にした弓のように上がっていた。そして行動は指示員の言うことを聞かずに先へがむしゃらに進む子供のようだ。
「これも邪魔だなぁ、よし」
〈目が慣れてきて調子が出てきた。先に進むにつれて進行の妨げになるものが増え、手足でどける、さらに通り過ぎる時に木に石を投げて傷を付けた。これが凄く気持ちが良い。先程の怪物を倒すことを考えながら破壊を繰り返すのだ。さっきまで怖がっていた分、思う存分破壊行為を楽しもうと思う。気分が高まってきたのだからこれが冷めては欲しくない。〉
木の枝は必要以上に折るし、動物の巣を邪魔だと言って蹴り落とす。そんな悪い子にはバチが当たってほしいと願うのが人間だ。その要望に答えるように神は彼に罰を下した。
天罰が下ったのは森を進んだ先、巨木が倒れて下に光が差し込んだギャップに出てきた時だった。
「ん!?何だアイツ……見るからに危なそうだな」
〈何だろう?これまで見てきた生き物より一周り大きくより怪物らしい見た目をした種類が木と木の間、開けた場所に待ち構えるようにして立っていた。〉
「うぉ!こっち向いた」
その生き物はマテリをギロッと睨みつけるように凝視し、指先から金属と錯覚するような固い爪を出してきた。
❨まずい!どのタイミングで逃げようか❩
〈悪魔を見ているような気分だ。さっきまで調子に乗って木に石を投げたりを繰り返して悪い子供のように振る舞っていたことが災いしたのだろう。今になって恥ずかしさと罪悪感が込み上げてくる。目の前にいるこの怪物はきっと自分にバチを当てにきたんだろう。素直に受け入れるべきだろうか?脳内では逃げろと信号が出されている。体もそれに従っているようだ。〉
「今だ!逃げよう」
マテリが逃げ出したのは怪物が一瞬だけ目を反らし、反対方向を眺めていた時だった。彼は短距離走を走る選手のように薄暗い森の中へダッシュ、息をハァハァ出しながら怪物との距離を離そうと試みる。
「やっぱり来てる!ごめんなさいごめんなさい」
〈背後から迫ってくる怪物から逃げる他、ただ謝ることしかできなかった。逃げながら自分がさっきやっていた行為を後悔していた。そうしないと今にでも怪物が速度を上げ喰われると思ったからだ。〉
彼の謝罪行為がどれだけ効果があるのかは分からないが怪物が迫りマテリを喰らうというこの読みは当たっていた。怪物は鋭い爪と牙を向き出しにして彼を追いかけているのだ。
マテリは慣れない下草が茂る道に苦戦しているが、相手は流石、森林に生息する生き物だ。木をかき分け岩を飛び越し見る見るうちにマテリとの距離を縮めていく。相手との距離が縮まるのを目にする度に彼の顔からは冷汗が滲み出ていた。
「まだ追って来やがる。おい!」
〈どんなに逃げてもしつこく追いかけてくる。距離も最初と比べ迫っており、恐怖と焦りが混じりそれが苛立ちに変わった。その瞬間、目の前に落ちていた小石を掴んで怪物目掛けて投げる。俺をしつこく追い回すからこうなる、さっき溜まったバチを相手になすり付ける思いで石を離した。〉
〘ウゥゥ……〙
怪物は怯み、一時的に立ち止まった。この時、石は見事に命中し右側の牙が欠けたのだった。どうやら牙自体はそれほど頑丈ではないようだ。マテリは怯んだ相手を確認すると束の間の笑みを浮かべすぐに首を前に戻す。これがチャンスと読んで走る速度を上げた。
〈よし!相手は牙が欠けて痛がっている。ざまあみろと思いながらも煽るようなことはせずすぐにその場を離れた。とはいえまだ森の中を歩くのは慣れず草木が逃走の邪魔をする。本当に邪魔で仕方だ、これのせいで俺は怪物のエサにされるかも知れないのに。〉
〘ウォォォ!〙
「やべっ!さっきよりブチギレてるじゃねぇか」
〈再び我を取り戻したのか怪物が雄叫びを上げながら迫ってきた。捕食と同時に怒りが混じっているように見える。間違いなく石を投げたことが原因だろう。あの怪物の目は赤く今度合ったらロボットに身体の自由を奪われるのと同じことが起きてしまうのではないか。自分の脳内が勝手に被害妄想を繰り広げている。〉
〈心まで流されてたまるかととにかく走って誤魔化す。その姿は物語の中の逃げ惑う人々だ。再び相手が距離を詰めてきたが恐怖はさっきほど感じない。〉
❝ズタタタタ!❞マテリは足を滑らせ岩と木の隙間に真っ逆さまに落ちていった。彼の体と一緒に枝や小石が隙間に落ちていく。
〈足を滑らせた瞬間このまま深い谷底に叩きつけられるのではないかと頭が真っ白になった。怪物に気づかれるかもしれず声を出すこともできない。〉
〈せめて衝撃に備えねば、出来るのは頭と顔・首を覆うことだけだ。体の損傷は覚悟しなければならない。さあ衝撃よ、来るならいつでも来い。多少の傷ならなんてことはない。たとえ骨折したとしても怪物のエサにされるよりは100倍もマシなことだ。〉
彼は覚悟を決めたようだが、穴はそこまで深くはなかった。せいぜい左右の肘をかすった程度だった。
〈痛てて……さっきまで大怪我を覚悟していた自分が恥ずかしい。穴があったら入りたいくらいだ。〉
(!?ラッキー、ここに隠れればやり過ごせるかも)
〈そんな今の状態にピッタリの穴が奥に続いているのだ。しかも先が真っ暗なほど奥まで続いている。これは入るしかない、幸いなことにまだ怪物はこっちの動きに気付いていないのだ。かすり傷の痛みも気にせずプールに飛び込むように顔から穴に入る。〉
〘ウゥゥゥ……〙
〈頼む、早くどっかへ行ってくれ。相手の様子を見たいが見つかったらThe end.ここは暗い穴の中で必死に耐え抜く。外から聞こえる怪物の吐息の音がただでさえ長い緊迫の時間をさらに長引かせる。〉
〈来るな!もう前に進むことも下がることもできないのだ。目の前に何か尖ったナイフみたいなものがあれば追い払えるのに……もどかしい時間が流れる〉
〘ウゥゥ……フン!〙
穴の中には上から伝わる怪物が通り過ぎていく音が響いた。マテリは災難がやっと終わったと安堵の表情を浮かべていた。
「もう行ったな、助かった。もうあんな行動はやめた方がいいな」
〈改めてさっきの行動は慎むべきだと実感することができた。世界が変わったとはあんな怖い怪物がいるなんて……この先やっていけるのか?他にもこんな凶暴な奴はいっぱいいる気がする。〉
「さて、また行くか」
また動き出したマテリだがここである疑問が思い浮かぶ。
〈あぁ……ついに脳裏をよぎってしまった。本当にここは生前に言われてた街のある世界なんだろうか?そもそも街はあるんだろうか。こんな考えが奥から浮かんできた。思えば聞いた話しとは全く違うことが起こっているではないか。聞いたこともない怪物がウジャウジャといるし、実際その怪物に襲われて喰われかけたのだ。とても楽園が広がっている世界だとは思えなくなってきた。〉
〈だがこんな人っ子一人いないところでずっといたらまたさっきみたいな怪物がやってきて餌にされる。体をバラバラに砕かれ骨まで喰われる。考えただけで恐ろしい……。これを紛らわすには人を見つけるしかない。だがさっきまで続いていた街の気配は消えてしまった。〉
「川の音?行ってみるか」
〈懐疑的な考えが止み、辺りが静かになったところで川のせせらぎが聞こえてきた。川はこれまでも森の中で何度も見てきたが今回の川は特別だ。何故かは分からないが人間の気配を感じる。自分は超能力者でもないし魔法使いでもないのに不思議なことだ。〉
〈この直感に従うか背くか?答えは❛従う❜だ。こんなところにいたら飢えに苦しみながら怪物に喰われるだけだ。素直に直感に従うべきだ。生前にイメージしていた楽園とは程遠いが人の気配はこれまでよりも遥かに強い。ここまで来て立ち止まることなど出来なかった。〉
マテリは人の気配を発する川を下り始めた。川のそばは下草が我先にとせめぎ合い画面のノイズのように虫が飛び回っていた。
〈驚いたなぁ、さっきまで現実離れした奇形の怪物しか見てこなかったのでこうやって生前の頃とそっくりの生き物が見られて安心した。〉
〈もう生前の頃の生き物なんて見られないかと思っていた。ただの小魚なのに……神様が生前の世界から贈って下さったんだろうか。ならますます命を無駄にはできない。これも神様から与えられた希望なのかもしれない、体が痩せ細って動けなくなるまでに人里を見つけだそうと思う。〉
マテリが神様に励まされて元気に進むことしばらく、森の奥から白い光が漏れるカ所を自力で発見した。
「やった!ようやく抜けられるぞ」
〈気分は何日も穴の中に閉じ込められていたところをついに救出された探検隊だった。これがメディアに映されていると分かっていたら喜んで手を振って「生還したぞぉ!」と叫んでいる。最も、まだ人は発見出来ていないのだが……〉
もちろん川はマテリの身長を3つ足してもまだ余るほどの深さでも底まではっきりと見える透明度を保ったままさらに下流域まで続いている。
マテリは木と岩をかき分けついに森のゲートを抜けるのだった。
彼の、人の気配を察知する感覚は森を脱出する頃にはさらに強さを増していた。
「よし!こっちか」
〈よっしゃぁぁぁ……!と叫びたかったがそれをやっては森にいた時と同じ過ちを繰り返してしまう。ここは声を抑えよう。小声だがしっかりと頭の中まで感情は伝わる。これで十分だ。〉
〈森を抜けた瞬間から脳内のアンテナが人の気配を強く察知している。こっちだ!こっちだ!と誰かに引き寄せられているように勝手に足が出る。〉
マテリは森を抜けたあと、木々が疎らに生える草原をただ前の方向に歩いていく。この草原は自然のものといよりむしろ人が作ったと言った方がしっくりくる。誰かが木々を焼き払った跡だ。その証拠にあちこちに炭のような黒い塊が転がっているし灰のような臭いのする風が時々吹いてくるのだ。
「ゲホッ!ケホッ!ひでぇ灰だなぁ……でも人里が近いぞ、絶対そうだ!」
〈この灰の風で呼吸がおかしくなりそうなのに浮かんでくる感情はどことなく嬉しい。外から見たら完全に変人に見られるてしまうだろうがこれは人里に近づいていると実感が湧いているからだ。炭の臭いを嗅ぐ度にもうすぐ人里に出れるぞやったぁ!と心が踊る。〉
マテリが気分良く歩いているうち、日が傾き始め辺りがオレンジ色に染まり始めた。
〈今までウキウキだったけどこれはペースを上げなければまずい。恐らく怪物は夜の方が活動的になるだろう、そうなったら何も持っていない自分はただのエサでしかない。さっきと同じかそれより酷い目に会うだろう。だから今まで歩いていたがここで足を上げて走り始めた。〉
「ひゃあ、気持ちいい。このまま一直線だぁ!」
〈街中の交通機関に乗っているみたいだ。薄いオレンジ色に染まった木々が左から右に向かって勢いよく通り過ぎていく。物凄く清々しい気分だ。この清々しい気分は日が傾いている事を知った瞬間に浮かんだ焦りの感情を中央部から破る矢のようなものだった〉
〈この感情に包まれた時、感じる時間がゆっくりになった。それに伴って今までスルーして気づかなかった放置された畑らしきものをあちこちで見つけることができた。そう、これは人里が近くにある可能性が高い証拠だ。〉
「間違い無いな、日が暮れるまでに見つけるか」
そう意気込みながらマテリは放置された畑を進んでいく。
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