第30話 大海原へ
「ふーむ… これは紛れも無く王家の金貨。もはや認めざるを得まい、そなたの意思は本物であった!」
「ありがとうございます! では王様… お約束の…」
「うむ。しかし
王様から有難いお言葉と書状を受け取り、アタシ達はお城を後にした。
先日も利用した宿へ向かい、船員達が賑わう食堂で、サラダを頬張りながら戦士が口を開いた。
「ん、今回の洞窟よ、魔物は騎士と青ガニ以外出てこなかったけど、なんだか疲労感が半端なかったな」
「そうだね、きっと身体も頭もフル回転させたからだよ」
「しかし、知恵を要する場面では商人殿に任せっきりでござったな。不甲斐ないでござる」
「そんなの気にしないで! いつも言うけど、人間って得手不得手ってのがあるからさ。アタシは道具屋の娘だし、幼少期から算術と見識を叩き込まれて、それがたまたま今回役立っただけ」
「またまたぁ、リーダーったら謙遜しちゃって」
「ううん、戦闘じゃどんどん皆の役に立てなくなってきてるからね、出来る事を頑張らないと…」
アタシは、少し寂し気な気持ちを嚙み殺して続けた。
「で、晴れて船旅が始まるんだけど、とりあえず南へ向かおうかな?」
「異議なし、そういやすぐ近くに祠もあったな」
「遥か南の街に、姿かたちが消える草があると聞いたでござる」
「そんなのがあるんだな、興味深い」
「アタシも聞いたことある。数分間姿が消えるらしいよ。あ、バカ勇者対策に買いに行こうかな?」
「ねぇ、続きは明日にしない? 私もう眠くて…」
遊者が遠慮なく大きな欠伸を一つ。こんな仕草を見ると、根っこは遊び人だという事を再確認しちゃう。そういやアタシもクタクタだった。
「そうしよう。皆、明日は食堂が始まる時間に集合で。寝坊しないように部屋に戻ったらすぐ寝る事」
アタシは今にも眠りに落ちそうな遊者の背中を押し、部屋へ戻っていった。そして粗末なベッドに遊者を寝かした後、アタシもどうにかローブに着替え、泥の様に深い眠りについた。
朝一、朝食もそこそこに船着場へと足を運んだ。ドッグと言われる天井の高い建物の中では、もう船員や機関士たちが所狭しと業務に勤しんでいる。
一人の船員に声を掛け、王様に貰った書状を見せた。近くの執務室に案内され少し待つと、白いひげを蓄えた初老の男性がノックと同時に部屋に入ってきた。
「失礼、船長です。王様の書状拝観しました。出航の準備は整っております。船旅の舵取りは私にお任せ下さい。年は食ってはおりますが、まだまだ若い者には負けないつもりです」
どこか淡々と話す船長さんは、右手で胸元を抑えながらアタシ達に頭を下げた。アタシは襟を正し、
「船長さん宜しくお願いします。アタシ達、船旅のこと何一つ分からないので、色々と教えてください」
アタシは船長さんより深く頭を下げた。こっちはお願いする立場なんだから、当たり前の事。戦士達も続いて頭を一緒に下げてくれた。
船長さんは鳩が豆鉄砲を食ったような表情で、
「ははっ… これは驚きました。今まで幾度となく勇者様御一行にお仕えしましたが、こんな事は初めてです」
「えっ、と言うと…?」
「まぁ… 聞かれて気持ちの良い話ではないのですが… やれ船を揺らすな、やれ速度が遅い、メシが不味いなどの苦情が多いのです。こちらが意見をしようものなら船から下ろされたりするのはマシな方で、ちょっと反論した船員が首を切られた事もありました」
「身勝手な極まりないでござるな」
「酷い…」
「いつの時代も勇者って傲慢なんだな」
「アタシ達は船長さんにしか頼るしかありません。もう船長さんや船に居る方全員がアタシ達のパーティです。で、パーティー内では立場が上とか下とかないので、意見や助言はどんどん言ってください」
船長は静かに俯き、数十年間を思い返す。
こちらの意図などお構いなしに好き放題する勇者様御一行。まさに権力のある赤ん坊を相手しているようなものだった。
いつだろうか? 感情を押し殺した機械になっている自分に気づいたのは。
そんな日々に、船乗りとしての矜持を見失い、何度船を下りると決意したことか。その度、王様を始め、船員や家族からの慰留を受け、どうにか踏みとどまっていた。
そして、今回の依頼を幕引きにと引き受けたのだが、土壇場で、とうの昔に消えたと思っていた滾る想いに火が灯った。
船乗りとして歩みを止めなかったのは、この一行と旅を共にするためだったのだろう。
拳を固く作って、胸を強く叩く。
「では… あなた方の仲間として、ここに誓いを立てましょう。これからの航海、どんな荒海や如何なる嵐にも打ち勝ち、必ずやあなた方を目的地へとお連れする事を約束する!」
「船長さん、カッコいい…」
遊者はどうもダンディ好きのなのね。
「出航はいつでも可能です、下準備は必要ありませんか?」
「あ、ちょっと道具屋寄って備えてきます」
日課の買い物を済まし、急ぎドッグに戻った。船長を見つけ駆け寄るアタシ達。
船長の後ろには立派な帆船が、待ち構えていた。
「少し古い型ではありますが、これまで幾つもの海を共に過ごした愛船でございます。選りすぐった檜を多く用いており、しなりが効く粘り強い船です」
船長は説明しつつも、古い船には変わりない。受け止めてくれるかと心配ではあったが、それは杞憂に終わった。
「これが俺たちの船か! すっ、すげーな!」
「せ、戦士殿、さっそく乗ってみるでござる!」
「おお、そうだな! よし行くぞ!」
戦士と武道家が駆け足で、ドカドカと船に乗り込んでいく。ふふっ、なんだか子供みたい。
「出航! 碇を上げ、進路を南へ!」
陽もすっかり上った晴天の中、真っ白な帆を張った船は、存分に風を取り込み、ゆっくりと大海原へと動き出した。
そして、みるみる船着場を離れ沖へと進みゆく。アタシ達は、手始めに武道家の言う南にある街へ向かうことにした。
「ねぇ、ここまで来た事を祝して祝杯を上げない?」
「おっ、いいな! 船長も呼びたいところだが… 運航中は無理だよな。俺たちだけで宴を始めるか。よし、とっておきのワインを開けよう」
「仲間と昼間に飲む酒は、また格別にござるな」
「私がワインを注ぐよ~ みんなジョッキ持って持ってー」
「さすがだな。注ぎ方が堂に入ってる」
「まぁね~ ゆっくりしていってね。うふふ」
「じゃあ、アタシから一言。アタシが今…」
「カンパーイ!」
「や、もう少しくらい聞いてっ!?」
「まぁまぁ商人殿。本日は無礼講でござろう」
「そうそう、今は堅苦しい話抜きで、大海原で旅してることをお祝いしようよ」
「はいはい、かんぱーい!」
海が夕日を取り込もうとする頃、長々と続いた宴もその幕を閉じようとしていた。戦士と遊者は飲み疲れて甲板で転寝し、武道家はマストにもたれながら黄金の爪を磨いていた。
アタシは、初冬を迎えた夕空をなんとなしに眺めていた。不意に家族の事を案じ、また涙ぐんでしまった。
「お父さん、お母さん元気かな? おじいちゃんもおばあちゃんと仲良くやってたらいいな。アタシは最高の仲間達と元気でやってるよ、心配しないで」
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