第27話 懐刀、女僧侶
「ふぅ… やはり目覚めのコーヒーは沁みるな」
「私は勇者様とご一緒するコーヒーが、一番美味しく思えます」
「ふふっ、そうか。僧侶はいつも愛らしいな」
私は感情を殺すのが得意だ。
自分の意志に背こうが、その状況に相応しい言葉を並べ、笑顔で場を取り繕う事ができる。それだけで大概の事が丸く収まるのだ、使わない手はない。
「良いか? お前は私の言う事を聞いてさえすれば良い。間違ってもくだらない感情など持つな」
「はい、お母さま」
私の家系はとても古く、僧侶として初代勇者様と旅を共にしたのを皮切りに、名家として代々勇者様へ仕えてきた。
私も例外にもれることなく、幼くして母や指南役から厳しい英才教育を受ける事となり、座学は勿論のこと、女としての振る舞いや、勇者様の趣味嗜好など徹底的に仕込まれた。
その甲斐があってか、私はアカデミーを首席で卒業することができた。
答辞を述べるにあたり、侍女を通して一言だけ母より伝言があった。
「よくやった」
卒業後、斡旋所には二度通ったがあくまでそれは芝居。アカデミー校長の取り計らいにより、勇者様の一行に加わる事は約束されていたからだ。
裏ではアカデミーへの献上金として多くのGが動いていることも知っている。
統計的に把握をしていたが、この勇者様も例外なく女好きだった。とりわけ、髪が長くお尻が大きい女が好み。
私はお尻に自信がないので、せめてもと髪を伸ばし、普段から手入れに余念がない。時々勇者様が私の髪を褒めてくださり、機嫌のいい時は撫でてさえくれる。
特に、戦いのさなか私の髪がなびく様がお気に入りらしい。以来、鏡の前で髪が綺麗に見える動作を研究している。
「船が欲しければコショウを手に入れろだと。めんどくせぇな」
また、勇者様は愚痴が多い。
基本的に指示されるのがお嫌いで、指示の相手が誰であろうが毛嫌いされる。一旦機嫌を損なわれると直すには腰が折れる。母直伝の懐柔術を持ってしてもそう容易い話ではなかった。
旅を共にする戦士は大雑把、魔法使いはマイペース。どっちも使えないのでその役目はいつも私だ。勿論そんな時でも笑顔を絶やさない。
「勇者様。いつも期待されているって大変ですね」
「小間使いの様なマネさせやがって。この勇者様をなんだと思ってるんだ」
「そうですね、私なら絶対的な存在ってお答えするんですが…」
「だろ? まったく… たかだか辺境地の王ごときが俺に命令するとか…」
「でも、結局お受けされる辺りが、勇者様のお人柄を表してますね」
「ま、まぁな。なんせ俺は勇者だからな」
そんな折、とある村で、
「あんたなんかと違う! 勇者って肩書だけのあんたなんかと!」
この女商人は何を言っているのだろうか? 世のすべてと言っても過言でもない勇者様に向かってあんた? 勇者って肩書だけ? 私は頭の中で整理が追い付かず、ただ立ち尽くすのみで、気づけば村人たちが女商人一行を追い出す形となった。
「ふざけた女だ! 俺の誘いを断っただけじゃ飽き足らず、大層な口を聞きやがって! だいたいなんであの女がここに居る? 寄せ集めだろうが生意気にもパーティ組んでやがる。勇者が居なけりゃ旅に出る事できないハズだろ! 王に訴えてやるっ!」
「……」
まったくだ。どうやって旅に出てこの大陸へと来たのだ? しっかりと装備が整っているあたり、冒険者として旅立つ許可を得たものと推測する。勇者様が居ないのに一体どうやって…。
それより、勇者様を前にあの態度はどうだ? 勇者様を前にすれば、誰しもが委縮し平身低頭するものが、あの自信に漲る啖呵はなんだと言うのだ?
お供の戦士と武道家においても女商人を守る為とは言え、勇者様をお相手に堂々としたものだった。
ただ、私の勇者様がけなされたというのに… 奥底に湧き上がる高揚感はなんだと言うのだ?
「いや、悪いが俺たちは先を急ぐんだ。コショウを手に入れたらすぐに行かないといけない」
「勇者様そこをなんとかっ! 息子なんです。悪名高い盗賊風情にワシの息子と婚約者までもが攫われてしまったのです! 何卒っ! 何卒っ!」
「すまない… 魔王討伐は勅令なんだ」
「そ、そんな」
「…勇者様。一刻を争う状況下ではありますが、一つ人助けと参りませんか? この地にも勇者様の語り草が増えるのは喜ばしいことでございます」
「うん? うーん… まぁ、そうだな。あれ? そういや珍しいな… 僧侶が聞かれてもないのに俺に意見するなんて」
「はっ!? す…すみません! わっ、私は、なんと差し出がましいことを…」
「いや、いいんだ。責める気はないさ、少し驚いただけだ。さぁおじいさん、息子さんの詳細を聞かせてもらおう」
洞窟の奥には覆面やら兜を被った連中が徒党を組んでいた。さぁ勇者様の為、あなた方には消えて頂きましょう。
「男には興味がない! どこへでも消えろ」
「へ、へいっ! ありがとうごぜぇます!」
壁のスイッチを押すと、檻の施錠が外れた。その途端、囚われていた男女が抱き合った。これは…目を見張るほどの大きなお尻の持ち女性だった。
「ほぉ~ 魅力的な女性だな。よし俺の内地妻にさせよう」
やはりか。どうしてそうお尻が好きなのだ。
「よし、キミは先に町へ戻りおじいさんに安否を知らせてあげるといい。随分心配していたぞ。私は彼女を安全に町まで送っていこう」
洞窟を出て、草原を行く最中も、勇者様は終始ご機嫌だった。ただ、お尻への視線が露骨すぎませんか?
「勇者様、この度は本当にありがとうございました。このご恩は決して忘れません」
「なに、勇者が人助けするのは当然の事さ。あと… 良ければディナーをご馳走したいのだがいかがかな?」
「そ、そんな恐れ多いです。私などが勇者様とディナーなど…」
「構う事ないさ。君はそれだけ魅力的なレディだ。それともなにかい? 勇者の願いが聞けないのかな?」
「そ…そんなことはございません。謹んでお受け致します」
「それでいいんだ」
いつもの事だ…。お気に召された女が居れば、勇者様のご威光を笠にきて意のままに操られる。
いつもの私ならば黙認したでしょう。
「よしよし、今晩は楽しみだな。あのふくよかな尻を撫で回すのを想像しただけで、涎が出るぜ」
「勇者様。どうぞお考えを改め下さいませ。あの女が町であらぬことを吹聴するやもしれません。私は… 私が尊敬する勇者様が失墜するお姿など見たくありません」
「おい僧侶…。今日は少しおしゃべりが過ぎないか? お前も俺に命令するのか?」
「め、滅相もございません! ただ… 私はただ、勇者様の目の前にある小石は全て取り払いたいだけなのです。心より大切な勇者様を守る為なら、私は悪役にでもなります」
私は髪をなびかせる様に、深く頭を下げた。
「…くそっ! 分かったよ! …まぁいい。旅をしていればきっと他の出会いもあるからな。どこの馬の骨とも分からん奴の手垢がついた女など要らん!」
「ありがとうございます勇者様…」
「ご婦人、すまないが、ディナーの約束はキャンセルだ。我々は先を急ぐ身なんでね。名残惜しいだろうが、ここでお別れだ」
あの村での出来事があってから、心境に変化が起きているのは分かっている。母の教えに背くつもりはないが、私は私のやり方を貫くのみ。
そう、勇者様を名実ともに相応しい英雄へと育てるのが私の役目。
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