第26話 良薬口に苦し

散々討論した結果、今回は遊び人だけが転職する事となった。


くたくたになったバニーの耳飾を外し、いつになく神妙な面持ちの遊び人がアタシの手を握ってきた。


「みんな… 職が変わっても、仲良くしてね?」


「今まで通りだよ、当たり前じゃない。好きだよ遊び人」


「うん… じゃ行ってくるよ」


遊び人は祭壇への階段を上がり大司祭に話しかけた。祭壇の背後は泉になってて、微かに聞こえる水の流れが心を落ち着かせる。


大司祭は優しく微笑み、遊び人に問いかけてきた。


「よくぞ来た。ここは転職は司る神殿である。転職を希望されるか?」


「はい、賢者になりたいです」


「賢者になりたいと申すか。レベルは下がるゆえ、初心にかえり修行を積み直す覚悟はおありか?」


「はい、お願いします」


「…そなたは遊び人の職を経て、賢者として生まれ変わる事を望んだ。心静かに目を深く閉じて、強くまっすぐに祈りなさい。そして… そなたは賢者への道をゆく…」

 

「神よ。この者が賢者として生まれ変わろうとする、祝福を与えん!」


遊び人の頭上に真っ新な光が差し込む。アタシ達はその光景を固唾を飲んで見守った。徐々に光は弱まり、やがて消えた。


「さぁ、目を開けなさい… 今この瞬間、あなたは賢者となりました。これからも精進する様に」 


「ふぅ…」


「遊び人? いや賢者って呼んだほうがいいよね」


「商人… 口を慎むがよい…」


「えっ!? あぁ、ごめっ… すみません…」


「なんてねっ! 職が変わっても私は私っ! これからも遊び人でいいよ。これからもよろしくね」


「もー、緊張しちゃったじゃない」


「遊び人のままじゃなぁ… どうだ遊賢者にでもしとくか?」


「う~ん、なんかビッとこないなぁ… あ! うちのパーティって勇者居ないでしょ。遊者ってのどうかな?」


「はっ、そりゃいいや。もうゆうしゃが居ないとは言えなくなったな」


「よーし、心機一転だね。この大陸はこの先に小さな村があるだけだし、木こりのおじさんが言ってた、船の国に行って船を手に入れよう!」


「合点承知っ!」


アタシ達はキメラの翼を使って、2番目の大陸へと戻ってきた。キメラの翼って楽だけど、着地するとき膝にくるから多用は避けたい。


現れる魔物のレベルは格段に落ち、尚且つ防御に徹した遊者のレベルが、みるみる内に上がっていく。でも、アタシ達基本職と比べるとレベルの上がる速度は遅い感じがする。流石は賢者と言ったとこかな。


同時に覚える呪文の多さに目を見張った。僧侶と魔法使いの両方の呪文を覚えていくんだから当然なんだろうけど…。なにより、回復呪文のありがたさに気付かされた。薬草と違い瞬間的に体力が回復する安心感がすごい。


正直なところ薬草って苦いの… 飲み込みにくいしさ、良薬は口に苦しってよく言ったものね。


旅は一気に楽になった。更に町の中でも賢者の存在は大きく、今まで宿に泊まるのさえ値踏みされていたのだが、


「あ、賢者様! ようこそ我が宿へ。旅の疲れをゆっくりと癒してください」


とまぁ、手のひら返しが凄かった。こういう職業差別ってのはアカデミーだけではない事を改めてと知る事となった。


城の北西を流れる川沿いの祠から、魔法の鍵を使って先へと進む。


…そういや、今となっては普通に扉を開けれる様になったが、バカ勇者の後をつけて、鍵を開けるタイミングを狙っていた事がちょっと懐かしい。


扉を開けるのに使用してたこん棒は、へこみ傷が多過ぎて道具屋で買い取ってもらえず、今でも道具袋に収まったまま。


バカ勇者、今どこで何してんだろ? この先も関わる事なく過ごせたらいいんだけど…

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る