第18話 雨が降ると、地は固まるもの

「しょ~に~ん。あっついよ~」


「遊び人! 暑いのわかるけど、もう少しシャンとしなよっ」


砂漠の国の北にあるピラミッドに、魔法のカギがあるとの情報を掴んで、アタシ達は西へ西へと旅を続けた。照り続ける強烈な陽射しは、容赦なくアタシ達を苦しめる。


「ふ~暑いな。でもよ、どこかの塔のじいさんみたいに、勇者にしか渡さんって言われるんじゃねぇか?」


「その可能性はあるなぁ… でも、そろそろあのアホ勇者の後についてまわるのも飽きたし、武道家にも申し訳なくてさ」


「拙者は構わんでござるよ、あの扉の間にこん棒を差し込む瞬間は、嫌いではござらん」


「そう言ってくれる武道家には感謝しかないや。なんにしても可能性が一つでもあるのなら試す価値はあるよ、きっと」


「そうか…そうだな。それにピラミッドにはお宝が付きもんだ」


「えへへ、実は結構楽しみにしてるんだ」


初めての土地へ向かう最中、若干緊張感に欠けるアタシ達。それだけレベルを上げてきたという自負がそうさせたんだけど、そこに油断があったんだ。


そろそろ、砂漠の要塞って言われる古城が見えてきてもいいはずで、辺りを眺めていると、なんとも色見の悪い大きなカニが行く手を遮ぎった。


地獄のハサミだ! ぞろぞろ4匹も。


「砂漠にカニってよ、普通は海とか川に居るもんだろ」


戦士が力任せに切りつけたが、強固な殻のせいで手応えは薄い。


「ぐっ! か、硬いなコイツ」


武道家も続くが、どうにもダメージは浅かった。


「むっ! こやつ手強いでござるっ」


「え、二人の攻撃を受けて、平然としているって…。ヤバいんじゃ…」


地獄のハサミAは何やら呪文を唱え始めたが、呪文を知らないアタシ達は、何がどうなるかさっぱり分からず、それぞれが衝撃に備えた。


でも浮かび上がった透明な光は地獄のハサミを覆った。


「どうやら、補助系の呪文ね。あ…!」


この透明の膜は、確かアカデミーで学んだ気が…


「無理! これ多分守備力を上げる呪文だ! 皆、逃げよう!」


しかし4匹に囲まれ、なかなか逃げ出す隙がない。地獄のハサミBが腕を高く上げ、そのままハサミを叩きつけた。


「きゃー 痛い!」


「遊び人!」


「あ、頭がクラクラす… あれ? た、立て…ない」 


遊び人は力なく、地面にへたり込んだ。間髪入れず地獄のハサミCは、鋭利なそのハサミを戦士に突き刺してきた。


「戦士っ!」


「ぐっ、いや大丈夫だ! そこまで攻撃は強くない!」


そして、地獄のハサミDがまた呪文を唱えだした。透明な光が重なって、先ほどより色濃い光が地獄のハサミを覆う、事態は悪化の一途をたどった。


「はぁっ!」


武道家の会心の一撃! 地獄のハサミCを倒した。値千金の一撃、もしかして武道家の会心の一撃を頼りに起死回生できるかも… でも武道家は迷わず


「さぁ! この間に逃げるでござる!」


「なんでだ? あと3匹だろ? 倒そうぜ。お前の会心の一撃なら…きっと!」


「戦士殿! 今は拙者の言う事を聞くでござる!」


「だから、なんでだよ!?」


「戦士殿…二度は言わんでござる」


「くそ! 分かったよ!」


アタシ達は命からがら、難を逃れる事に成功した。


遊び人は、ハサミで頭を叩きつけられたショックで脳震盪を起こしていた。歩くことすらままならなくなったので、武道家がをおんぶしてくれた。


辺りを見回したが、一面砂ばかりで休憩できそうな場所はなく、仕方なしに出発した町の近くまで戻ってきた。


不幸中の幸いと言うか、その間、モンスターと出くわす事もなく、小さな木陰で身を隠した後、薬草を頬張り体力回復を図った。


「遊び人、大丈夫?」


「うん… 気分は悪いけど、少し休めば大丈夫だよ」


一安心だ。


「どうすりゃいい? アイツにどうすりゃ勝てる? なにか策はねぇのか!」


戦士が落ち着きなく右往左往している。普段なら誰より仲間の安否を気遣うハズなのに。


「仕方ないよ。あのカニにあったら、呪文を唱える前に速攻で片づけるか、逃げ回るしかない」


「くそっ! あのカニ野郎。次会ったら絶対倒してやる。で、なんでお前らはそんなに落ち着いていられるんだよ! 真剣味に欠けてんぞ、悔しくないのか?」


いつもは沈着冷静な戦士が、こうまで感情をあらわにするのは珍しい。ただ、最近ちょっと自信過剰傾向にあった様な気がしていた。こんな事、言っちゃ悪いけどいい薬になったのかも。


「ね、戦士」


「なんだ?」


「アタシ達って、旅を始めてから一心同体だと思ってるんだけど」


「ああそうだ。ただ、今のお前らの反応で、そうじゃなかったのかって思っちまってるがな」


「戦士が悔しいって言ってるけど、もちろんアタシ達だって悔しいよ。でも誰一人、呪文の事分かんないし、どうしようもないモンスターだっている事を理解しなきゃダメだよ、分かるでしょ?」


「だけどよ…」


「戦士殿。落ち着いて深呼吸するでござる。拙者たちは商人殿についていくと決めたでござろう? 拙者たちは無理をしないのが大原則でござる。リーダーの言葉を無下にするおつもりか?」

 

「戦士、リラックスだよリラックス。カッカしてもいいことないよ」


皆の説得に、戦士は徐々に冷静さを取り戻したように見えた。


「もし、あの状態で遊び人を攻撃されていたら、命にかかわった可能性だってあったよ」


その言葉に、戦士はハッとした表情で、


「皆すまん! 頭に血が昇っちまってた! いや実は、前の村で勇者と出くわしてから、その… 必死で頑張ってる商人をバカにされたことが悔しくて、どうにか見返してやりてぇって気持ちが…」


「ありがとう戦士、その気持ちはすごく嬉しい。でもホント、アタシの事はどう言われてもいいの。そもそも、あんな中身スッカスカの人間に何言われたって平気だよ」


「旅立つ前に言ってくれた、少しだけ遠回りすればいいって言ってくれた戦士の言葉が、アタシを動かすルーツになってるんだよ。だから…いつもの冷静な戦士でいてほしい…んだけど」


「…あぁ、分かったよ。もうさっきみたいな醜態は見せねぇ。本当に皆、悪かった」


「よかった」


「それじゃ、雨も降って来た事だし町へ戻るか」


パラついてきた小雨が、砂漠の熱で火照った体に心地よかった。でも、ちょっと肌が痛いのは日焼けしたせいかな。明日は痛むんだろうな。


雨降って地固まる。色々あったけど、結束力がまた一段と深まった気がした一日だった。

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