第6話 エールとピクルス
限定ターバンはどうにか手に入れられたものの、勇者に決めた会心の一撃のせいか、赤く腫れた頬のせいか、どうにも気分が収まらず、なじみの酒場でエールを豪快に呷った。
「ん~… 斡旋所に顔を出さなくてよくなったのはいいけど、このままずっとこの町で過ごすのもつまらないなぁ… 勇者パーティーの一員じゃないと、町の外へ出るのも容易じゃないし、洞窟とか絶対入れないし」
町の外へ出るには外出申請が必要で、それが承認されるまで時間を要す上、一人での外出は厳禁。だから傭兵や護衛を付けなくちゃいけないけど、もちろん雇う費用は自分持ち。
そして、やっと外へ出られたとしても、外出期間は大体3日程しかない…。
そんなんじゃ冒険なんかできやしない!
勇者のパーティーとなれば、そんな七面倒な申請など、一切不要になるんだけど…
空になったジョッキを見つめながら、ぼんやり思いを馳せた。
まだ見ぬ世界への憧れ。そこへいつか旅する事を夢見続けた想いが胸を締め付ける。
未知なる洞窟や塔で、伝説と呼ばれるアイテムや武器を手に入れ、海を渡り、山を越え、未開の村や祠を訪ねて、その地の文化に触れる。で、いつか何でも揃う店を持つ事がアタシの夢。
幼い頃に見た冒険譚で覚えた感情は、アタシの生きる意義にも等しいものに育った。
でも、でも… それを夢見て費やした月日が、泡となり今にも消えそう…
歯がゆさで思わず涙が出る…
「うう… やだ! やっぱりあちこち旅して、いろんな道具や武器だの手に入れたい!」
ジョッキをカウンターに叩きつけて、
「マスター! エールおかわりっ!」
「おう、ねぇちゃん荒れてるな!」
「うあ~ おじさん聞いてよ! 今日、斡旋所で…」
愚痴にも近い口調で、おじさんに事の経緯を説明した。時折、相槌を打って、最後まで話を聞いてくれた。
「なるほどな… まぁ… 勇者ってのは、この世界の法律みたいなもんだからな、
大概の事が思いのままになっちまう。ねぇちゃんよ、気持ちは良く分かるが、旅に出たいってんなら大人になんねぇとなっ」
「う~… でも、アイツに頭下げるのは絶対やだ! きっと、ひたすらこき使われて、何一つアタシのしたい事できないの目に見えるよ。
…でも他の勇者が来たって、似たり寄ったりだろうなぁ… やっぱりあんなのに頭下げるの無理!」
「ぐはははっ ねぇちゃんも頑固だな! 気に入ったぜ、だがな、こればっかりはどうしようも…… ん?、そういや昔… あっ、どこにやったか?」
「おじさん、どうかした?」
「おうねぇちゃん、ちょっと待ってろ!」
「え、う、うん…」
男はそういうや否や、店を飛び出した。ひょっとして、ここの酒場代を残して、逃げたのかと不安に思い始めた頃、勢いよく酒場のドアが開かれた。
「はぁ、はぁっ… ふ~… ねぇちゃんこれを見ろ。今から何世紀か前の話だが、えーっと、これだ! 勇者がこの地に数年間生まれてこない時期があってな」
「…だが、国は魔王討伐の為に、勇者一行を必要数送り出さなくちゃいけねぇ。で… 国王は悩んだ挙句、勇者抜きのパーティを送り出したとある」
勇者の送り出しは、今でも各国共通の法として定められている。
「そうなの!?」
「ああ! これはその当時の記録書の控えだ。王室の紙を使用してるだろ? 擦れちゃいるがここに王印だってある!」
「ほんとだ! すごいね!」
「これ、ねぇちゃんにやる」
「えっ! いいの? これ相当価値ありそうなのに…」
「いいってもんよ、古びた本棚で眠ったまま一生を終わらせるより、もう一度光を浴びさせてやりてぇんだ」
「こいつはそれだけの価値はある代物だ! 歳をくっちまった俺じゃ無理だが、ねぇちゃんならできるはずだ。託したぞ!」
そう言うと、おじさんはアタシの肩を強く叩いた。
「おじさんありがとう! アタシ勇者なんかに頼らない、自分の道は自分で切り開いてみせる!」
「その意気だねぇちゃん! おりゃアンタを応援するぜ」
「でも… おじさんって何者? 普通、こんな大層な物持ってないよ?」
男は目を伏せながら、豪快にピクルス5枚を頬張った。
「…ねぇちゃんよ、人生は色々あるもんだ、あんまり詮索してくれるな。ま、何が転機で人生が転ぶかわかんねぇ。要は今なんだろうよ」
「今?」
「ああ… 今を全力で生きろって事だ! 周りに白い目で見られても、後ろ指差されてもいいじゃねぇか! その場で踏ん張る事は辛いかもしれねぇ。でもよ、やれる事我慢して、後々後悔する方がはるかに辛いもんだ」
「うん!」
アタシはおじさんの頬にキスをした。
「おじさん、ほんとありがとう! アタシやってみるよ!」
「ひょお~」
よし! アタシはアタシの道をいく! 勇者なんか要らん!
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