第113話
残ったのはフランの問題だった。
もちろん、このフランはエルヒートとは違い、すぐに登用させる方法がない人物だ。
「お呼びですか?」
「君について話そうと思って呼んだんだ。俺たちは撤収する予定だから、君も家に帰れるようにしてやるべきだろう?」
「それは本当ですか?」
「ああ。相変らず思い出したことはないか?」
「はい。全くありません」
フランが自嘲気味に言った。もどかしそうな口調だ。
「君の名前はバルデスカ・フラン。ナルヤの公爵であり、マナの陣を使うことができる天才であり、俺の敵でもある。大陸で最も恐ろしい策士でもあるな」
「そうですか。それなら……気になることが二つあります」
聞きたがっていたことを話したが、フランは落ち着いていた。
しかも気になることがあるだと?
「それは何だ?」
「敵なのに、どうして解放してくれるのですか?」
それは結構悩んだが、やはり手放そうという結論を下したからだ。
「君を戦場で捕まえたならともかく、自分の足でやって来たのに捕まえておけば、それは本当の勝利だと言えるのか? 記憶を取り戻せば、必ずまた戦場で会うことになるだろうし、その時こそ捕虜にする。忌々しいテレポートをできなくしてな。もちろん君の戦略は認める。古代王国の遺跡を利用していなかったら、俺に勝利はなかっただろう。次の戦いの勝敗は本当にわからない。だが、だからこそ勝敗は戦略争いで決めないとな」
俺の言葉に、フランは何だか自嘲的に笑った。
「それでは、残りの一つをお尋ねしますが」
自嘲的な笑いはいつの間にか消え、フランは非常に真面目な顔になって聞いた。記憶を失った青年が見せるぼうっとした顔ではなく、策士の顔になって。
「戦争で最も重要なことは何だと思いますか?」
* * *
人生でこれほど自分に敗北感を与えた人がいただろうか。
家臣たちが自分を移動させた時、フランはまるで人形のように何もできなかった。
惨めさが全身を支配し、敗北感は脳を支配した。
マナの陣はだんだん強い光を放ちながら大地震を拡大させた。
テレポート。
古代文明の精髄が詰まった宝具。
バルデスカに伝わる宝具の中で最も特別なもの。
地中では赤い火炎が燃え上がり、その火炎が目と鼻の先まで迫った時、家臣たちが宝具を発動させ、フランの記憶は途絶えてしまった。
しかし、宝具も結局マナの陣で動く。巨大なマナの陣の影響で、宝具は完全に機能しなかった。
フランはルナン王都の北側で目を覚ました。
目が覚めた時、なぜか何も思い出せなかった。
「君、大丈夫か?」
「お父さん、お水! お水をちょうだい!」
そんな彼を見つけて面倒を見ていた父娘がいた。グラムとセリだった。
フランにとっては非常にありがたい人たちだった。混乱している中でだ。
しかも、フランは自分がかなり長い間昏睡状態に陥っていたという話を耳にした。
おかげで父娘はタイミング良く避難できず、山に隠れているところだというから、なおさら申し訳ない気持ちになるしかなかった。
「ううん。賊に追われていたんですけど、おじさんが突然空から落ちてきて、しかも強烈な爆発を起こして、賊が全員死んじゃったんです! 命の恩人なので、目覚めるまで面倒を見るのは当然ですよ! 空から落ちてきた命の恩人さん……!」
「そ、そうか?」
「はい、その通りです。ですから、感謝していただく必要はありません。それより空から落ちてきたあの現象は、きっとマナの陣と関連があったようですが……地面に落ちた時、しばらくマナの陣が現れてたんです」
グラムはマナの陣についても多くの研究をしてきた。もちろん、マナの陣が専門でもなく、使えるわけでもない。彼の研究は、古代王国とマナの陣の関連性という歴史学的な部分だった。
そのおかげでマナの陣を見分けることができたのだ。
「そうなんですか?」
フランは頭を掻くしかできなかった。
「目が覚めたので、移動したいと思います。南ルナンという国ができたのですが、知り合いの貴族の方がそちらに行かれた可能性があるので、一度訪ねてみようかと思いまして」
そうして移動が始まった。
フランの状態は徐々に良くなった。
素振りは見せなかったが、記憶は徐々に回復してきた。敗北という精神的なショックとマナの陣の干渉により、体に受けたマナの影響が脳に混じって記憶が戻らなかったが、目覚めると少しずつ回復し始めたのだ。
記憶を全部取り戻した時は、南ルナンの辺りだった。
そこでフランはエイントリアンの旗を見かけた。
「あれは……」
その瞬間、またもや敗北感が押し寄せてきた。強烈な敗北感が。
しかし、同時に他の感情も生まれた。
「本当に申し訳ありませんが、しばらくあちらに寄りたいのですが、よろしいでしょうか?」
フランは、旗がはためくエイントリアン軍の駐屯地を指さして言った。
「軍の駐屯地に? 危なくないか?」
フランは心の中で笑った。
これが天の導きなら、会ってみたかった。
戦場以外であの男に会ってみたくなったのだ。
そうしてフランの駐屯地生活が始まった。演技というのは難しかったが、すればするほど、ただ呆然としていた。
ぼうっとしていることは悩みが多いときに自然に出てくる習慣なので、そのような演技は難しくなかった。
そんな中、エルヒンがフランに戦略を尋ねてきた。
フランは少し躊躇った。もしかして、自分が記憶を失った演技をしていることに気づいたのではないかという気がした。
しかし、今さらそれがどうしたという気もした。
そして、この男と戦略を論じてみたいという考えが確かにあった。
どれほど優れた戦力を使うのだろう。
どれほど上手く兵士を利用するのだろう。
自分が見通した一手先を越えて二手先を見通す慧眼があまりにも気になるフランだった。
だからこそ、こんなに厚かましく潜入したのではないのか。
そして、それは楽しみとして近づいてきた。
彼と戦略を論じることはなかなか楽しかった。足りない考えを互いに満たすきっかけが作られたのだ。
フランとエルヒンが出会ったのだから、ケベル王国軍は何もできず、一方的にやられるしかなかった。
楽しい経験だった。
しかし、何にでも終わりはあるものだ。帰る時が近づいていることを直感すると、エルヒンも自分を呼んだ。
彼は自分の正体を明かして、帰ることを勧めた。
やはり、内心笑ってしまった。
この男を認めるという笑いだ。そうなればなるほど、勝ちたいという欲望がわく笑いでもあった。
ただこの状態で記憶を失ったということを演技したまま帰ったほうが、後のためにもずっと良かっただろう。
しかし、嘘がバレても絶対に訊きたいことがあった。
ずっと気になっていたことが一つあったからだ。
フランはエルヒンがロゼルンの救出に向かっている間にエイントリアン領地を訪れた。最終的に軍を動かすことを諦めた彼は、むしろロゼルンに移動した。
一体何をしようとしているのか強い好奇心が彼を動かしたのだ。
もちろん、彼の使った戦略についてはすごいと思っていたが。
気になっているわけではない。理解はできた。自分にも同じようにできるかと聞かれたら、それはわからないが。
ただ、絶対に理解できない部分があった。
フランはそのことがあまりにも気になっていた。
「戦争で最も重要なことは何だと思いますか?」
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