第111話

* * *


 ベイナは南ルナンの西側で駐屯地を編成しているエイントリアン軍を城門から眺めた。

「陛下はエルヒン伯爵に来るようにおっしゃったのか?」

「はい。今日はもう遅いので、明日の朝、宮中に入りませんか?」

 ベイナは副官にうなずいてから振り向いた。

 そしてローネンを訪ねた。

 ローネンは相変わらず家臣たちを連れて自分に会った。いつもそうだ。

「ご苦労だった、ベイナ」

「当然のことです」

「最近調子がいいな、ベイナ。私を出迎えに来たこと、同盟を成立させたこと、お前の知力は常に目に留めていたから、策士もさせたのではないか。良くないことがあったが、今のようにさえすれば重用され続けるだろう」

「ありがとうございます、陛下」

 ベイナは頭を下げてそう答えた。未来のない南ルナンで重用されても仕方がないことだが。

 どうせ関係ないことだ。

 ベイナはそう思いながら立ち上がろうとした。

「そうだな、今のようにしろ。お前の父親のようにバカなことはせずな。そうしてこそ家が完全に輝くことができるだろう。わかったか?」

 しかし、ローネンは余計なことを言い添えてしまった。その父を死なせた張本人がそんなことを言うのか。

 あんなに惨めに自殺させておいて。ただ殺したのなら、何も言わない。すべての責任を負わせて自殺に追い込んだ。

 そのため、ローネンは何の被害もなく、家門はゴミ扱いされることになった。それが実際はローネンの過ちだった。

 ローネンとその息子の過ちだ。

 ベイナは唇を噛んだ。汚い言葉が飛び出るのを辛うじて我慢した。

 どうして自分はこんな人間によく見られて家を中興しようとしたのか。


——殿下に逆らうな、ベイナ。それが私たち家門が再び蘇る道だ。


 父が残した遺書を読みながら、それに従おうとした自分を罵った。

 公爵という存在。それが与える圧倒的な権力。もちろん恐ろしいことではあるが。

 そんなことを平気で踏み越えてしまう人物の能力に嫉妬していると、ローネンは何でもないことに感じられるようになったベイナだった。

「わかりました、陛……下」

 どうせもう最後だ。今は我慢しなければならない。

 自分の領地軍を動かさなければならないから。

 そして、歯を食いしばって一旦王宮を抜け出した。

「お父さん、家門の最後は結局反逆者の烙印を押されますね。しかし、あの憎たらしいローネンは、必ずあの世へ連れて行くつもりです」

 ベイナは王宮を見ながらそう口にした。

 日が暮れていた。

 もうすぐ闇だ。

 エルヒンが宮殿に到着する前に、すべてを始めなければならない。

 朝までにすべてが起こらなければならなかった。


「復讐の対象をしっかり選ぶべきじゃないか?」


 ベイナは突然、エルヒンの言葉を思い出した。その言葉を聞いた時は、依然として復讐心はエルヒンに向けられていた。

 どの道滅亡する南ルナンであり、自分の家だ。

 その滅亡のどん底でなければ、おそらく復讐心は依然として嫉妬の対象であるエルヒンに向かっていたかもしれない。

 最後に決心した復讐心である。

 ベイナはそれが本当の復讐心なのかと勘違いした。

 しかし、いずれにしてもこうなった以上、ローネンの滅びる姿は目の前で見て終わりにしようと決心し直しながら、ベイナは自分の家臣たちを召集した。

「ずいぶん待たせたな、みんな。君たちの親も結局、私の父のように同じくローネンにやられた。我が家門出身だという理由だけで」

「いいえ、閣下。とにかく復讐できて光栄です」

 ベイナはルナンで計画を立てる時、復讐心のない家臣をすべて手放した。今一緒にいる者たちは、みんな自分のように恨みがあった。

「王宮の兵士の交代時間はいつだ?」

「今から2時間後です」

「ちょうどいいな。その時を狙って王宮に押し入る。盛大に反乱を起こすつもりだ。とても、盛大に」

「わかりました、閣下」

「入るやいなや王宮に火をつける。油を用意することも忘れるな」

「はい、閣下!」


* * *


「総大将! 総大将!」

 城外に駐屯地を編成して大規模な兵営を作らせ、幕舎で座って消息を待っていたルテカに、彼の家臣が駆けつけて叫んだ。

「まさか、何か起こったのか?」

「はい、そうです。王宮で火の手が上がっています。ベイナ領地軍が反乱を起こし、今王宮で戦闘が繰り広げられているそうです!」

「本当だったのか。家の復讐とはな。確かに重要なことではあるが」

「どう動きますか?」

「戦闘が王宮から城門まで広がるまで待て。城の外に反乱に関する噂が広がるようにだ」

「わかりました」

「それから、軍は今から動け。戦闘が城門まで続くと、直ちに参戦して王都のすべての城門を封鎖する。あくまでも我われは反乱軍を鎮圧する名目で城内に入るのだ。そして素早く王宮に入り、王を討つ。兵士たちを相手にする必要もない。もちろん、王宮の中でそれを目撃するすべての兵士は皆殺しにする。その後、王宮も封鎖する。王宮の外で戦うルナンの正規軍はそのまま放っておく」

 王宮の中で起こること。

 それは反乱軍の仕業であり、我われが行った時には遅すぎた。まあそんな話だ。

 王宮と王都の城門。その間で繰り広げられる戦闘は知ったことではなかった。

 ケベル王国軍には、ただ王宮に助けに行って王宮を封鎖したが、すでにルナンの王は死んだという話さえ広がればいい話だった。

 その後は王がいなくなり分裂した南ルナン地域の安定のために駐屯するという名分で留まる。

 計画は完璧だった。まあ、いつも計画は完璧だ。

 重要なのは実行だけだ。


* * *


 うわぁぁっ!

 王宮は混乱に陥っていた。あちこちで息絶え、殺している。急襲にあった王宮内の兵士たちは当惑していた。

 しかし、ベイナ領地軍の数は非常に少なかった。

 火の手が上がり、混乱が繰り返された瞬間にはベイナ領地軍が有利だったが、まもなく数で押され始めた。

 その前で兵士たちとローネンに攻め入ったベイナも、困った状況なのは同じだった。

「ベイナ、何をしておる?」

 ローネンの家臣と兵士が取り囲む中で、ベイナはただ数人の家臣たちとローネンを狙っていた。

「たったこれだけの人数で私を殺せると思ったのか? さっきも言ったのに。お前の父親のようになるなと。結局こんな道に進むとは。情けないな、情けない」

「情けないのはあなたです。欲張りのローネン公爵殿下。あなたの息子が奴隷になっていた時、私の父は惨めに死んだ……当然やるべきことではないでしょうか?」

 ベイナはローネンを睨みつけてそう言った。

「プハハハハ! そんな言葉は何か成功してから言うべきではないか? 一体今、お前は何を成し遂げたというんだ?」

 ローネンはベイナのことをあざ笑った。

 しかし、ベイナは笑った。

 あざ笑っていたローネンよりも、さらに大きく笑い出した。

「アハハハハハハ! ハハハハハハハ! ローネン公爵殿下。あなたは陛下と呼ばれる資格がありません。そんな資格さえない人物です! これで終わりですか?」

 ベイナの笑い声と同時に。

 ローネンとベイナが対峙している外で悲鳴が上がり始めた。そして、その悲鳴は次第に近づいてきた。

 するとベイナは大笑いした。

 ぐあぁぁっ!

 まもなくケベル王国軍がベイナの後ろに姿を現した。その先頭にいるのは、これといった装飾はないが、実用的に作られた甲冑を着たルテカだった。

 彼の前で南ルナンの兵士たちは崩れ落ちているところだった。

「な、なんだこれは! ルテカ伯爵、これはどういうことだ!」

 すると、ローネンの前にいた家臣たちが大声で叫んだ。

「反乱軍を制圧しに来たのなら、今殺した兵士たちではない! 前にいるベイナさえ殺せば……」

 そう叫んでいた家臣は、たちまち襲い掛かってきたルテカの一撃で首が飛んでしまった。

「お、お前ら、何を……!」

 ローネンも驚いてルテカに向かって叫んだが、彼は答えなかった。

 ルテカは無慈悲に剣を振り回し続けたので、ローネンの家臣たちは仕方なく彼と戦うしかなかったが、ルテカの相手にはならなかった。

 ケベル王国で五本の指に入る武将ルテカだ。

 ローネンの家臣たちが勝てる相手ではなかった。ベイナ領地の家臣たちとは格が違っていたからだ。


 ローネンの家臣たちは一瞬にして倒れた。

 残ったのはローネンだけだった。周辺にいる兵士も、すべてルテカについて来た兵士たちによって鎮圧された。

 もちろん、ベイナも一人残っている。

 この場に残ったのは、ローネン、ベイナ、そしてルテカとケベル王国軍だった。

「お前ら! これはどういうことだ! ケベル王国がよくもこんなことをするとは。非難の対象になるのが怖くないというのか!」

「そんなことはありません、ローネン公爵殿下」

 ベイナはまだローネンを陛下と呼ばずに答えた。

「汚名はすべてベイナ家が負うことになりました。そうでもしなければ、あなたを殺すのは不可能でしたから」

「な、何だと……?」

 ようやく現在の状況を把握したローネンは、後退し始めた。

「私に復讐するために国を売ったというのか! そんな……天下の屑のような家が……!」

「国を売っただなんて。この国のどこに正統性があるんですか? 急に建てた国じゃないですか? ここがルナンだったら、こんなことはできなかったかもしれませんが……あなたには王の資格がありません、公爵殿下」

 ベイナは首を横に振った。

「まあいいだろう、ベイナよ。君の復讐心は高く評価する。直接復讐する機会を与えよう。もちろん、君も生かしておくわけにはいかないが」

 ルテカはそう言いながら後ろに退いた。ベイナがローネンに復讐をした後は、ベイナも殺すという意味だった。

 反乱軍の首謀者が生きていては、ケベル王国軍の名分がなくなる。

 ケベル王国軍が来た時にはすでにローネンが死んでいて、そのローネンを殺したベイナを処理した。そのような流れにならなければならなかったからだ。

 そのためには、ローネンとベイナの両方を自分で処理することもできたが、ルテカはベイナの気概を高く評価した。

 そのため、自ら決着をつける機会を与えてやったのだ。

「命など、もう奴隷商人を使ってエルヒン伯爵に手を出した時から眼中にありませんでした。フフフッ、ローネン公爵殿下、もう観念してください」

「笑わせるな!」

 ローネンは背中を向けて逃げようとした。ベイナはローネンの家臣たちに打ち勝つ武力はなかったが、ローネンよりは武力が優れていた。だから復讐を果たすことには何の問題もなかった。

 ベイナは最後まで醜いローネンの姿を見ながら、もう一度唇を噛んだ。

「お父さん、こんな人をあんなに怖がっていたのですか。我が家は一体何に縛られていたのか……」

 自嘲的な独り言を言いながら、ローネンの背後に回り、彼の背中に剣を突き刺した。

「ぐ、ぐぅっ! こいつ……絶対に……絶対に許さぬぞ……」

 うわごとを言ったが、結局ローネンの体は王宮の床に倒れた。そして、ローネンは再び立ち上がれなかった。息が切れたのだ。

 その姿を見て、ベイナは目を閉じた。

 苦々しい人生だった。

 家のことばかり考えて生きてきた人生だ。

 本当に情けない最期だった。

 そんな情けない最期にふさわしい人生を送ってきたのだから、不満はなかった。

 どこから間違ったのか。

 父の遺書を見たあの時から?

 ベイナは首を振って跪いた。

 ルテカはそんなベイナに向かって、コツコツ歩いてきた。

「何か言い残すことはあるか?」

「そんなものがあったら、こんな復讐を計画しなかった」

 ベイナはそう答えると、ルテカは剣を高く持ち上げた。

「それは違うだろ」

「え?」

 後ろから聞こえる声にベイナは驚いて目を開け、ルテカもまた剣を持ち上げたまま後ろを振り返った。

 何の声も出せないまま死んでしまったケベル王国軍の前に、一人の男が歩いてきた。


「誰だ? ベイナ家の者か?」

 ルテカが俺に向かって質問した。特に言うべきことはなかった。あえて正体を明かしてどうするというのか。

 すぐ死ぬ人に。

 彼がベイナを殺し、今回のことをケベル王国軍に有利に仕向けるように。

 俺もやはり彼を生かしておく気はなかった。

 外に駐屯している残存兵力はやむを得ないとしても、少なくとも王宮に入ってきた兵力を生かしておくわけにはいかなかった。

 ダインスラを召喚した。


[ミカル・ルテカ]

[年齢:36歳]

[武力:91]

[知力:65]

[指揮:80]


 ケベル王国はさすがにかなりの能力を持った武将を送ってきた。今回の事の重要性をきちんと認知したのだろう。

 しかし、殺したくても殺せないフラン。

 それでも登用したいフランという愛憎の存在とは違い。

 この武将は死ぬべき者だった。

 ダインスラがルテカの剣とぶつかる。ルテカの武力は91。ローネンの家臣たちは絶対に防げない数値だが、ダインスラの前では無力な存在だった。

 カァーンッ!

 剣と剣がぶつかる音が俺の耳に響いた。

 ダインスラを使った[攻撃]コマンドの連打は、すぐにルテカの首を切り飛ばしてしまった。

 彼の首は空高く舞い上がった。そして、落ちて床に転がった。

 首はローネンの横に転がっていった。

 妙な場面と言えば妙な場面だ。

「エルヒン! あなた、これはどういうことだ?」

「どういうことって?」

 ベイナは跪いたまま質問した。

「あなたを苦しめた私を直接殺しに来たのか? フフッ。まぁ……そういえば、最終的にあなたに利用されたわけだが……苦しめたというのもおかしい話じゃないか?」

「何をそんなに自嘲的なことを言ってるんだ?」

 俺は首を横に振った。無駄に自嘲的だ。今の俺の行動の意味はそうではないんだから。

「しかも、俺は君が何を言っているのか、さっぱりわからないんだが?」

「え?」

「俺は南ルナンのローネン陛下の命令を受け、援軍としてこの地に到着した。だが、南ルナンはケベル王国軍にやられていた。同盟軍としてこの地に来たにもかかわらず、すぐに裏切って非道な仕業で南ルナンの王を殺害したケベル王国軍を処理しに来ただけだ」

 俺はそう言いながらベイナに向かって歩いて行った。

「ケベル王国軍は卑怯にもベイナ家が反乱を起こしたと捏造して王宮に入って王を殺し、すべてをベイナ家に押し付けた後、簡単に南ルナンを得ようとした。違うか?」

「そ、それは……どういう!」

 ベイナは理解できないという顔で瞬きだけして俺を見た。

「理解できないのか? 君くらいの人が?」

 知力が81なら、この世界では大変優れているほうだ。俺の話が理解できないはずがなかった。

「いや、それは……理解はできるが」

「当然だ。事実を話しただけなのに。ベイナ家は一番先にケベル王国軍を阻止して、こうなったんだ。だから俺の家臣になれ。家をまともに再興させたいならな」

「……」

 ケベル王国。

 何しろ彼らは南ルナンを取りに来たのだ。

 反乱軍だの何だのと騒いでも、結局真実はそれだった。だから、まあ話は変わらない。裏切りに来たのはあくまでも事実だ。

 その密約のことを話しても証拠もなく、自分たちもまた汚いことに携わったという告白に過ぎない。

 むしろ彼らもまた、ルテカが単独で行った行動だと白を切るだろう。

「私が生きてもいいと……?」

「生きろ。君の人生を生きるんだ。過ぎ去ったことはすべて忘れるから」

 ルテカを失ったケベル王国軍が暴れるだろう。戦争の始まりだ。この南ルナンの土地を渡すわけにはいかないからな。

 この後、諦めて帰るとしても、ここの民は連れて帰らなければならない。

 つまり、ひとまずケベル王国軍を撃退する必要があった。

 同盟国に来て南ルナンを手に入れようとしたケベル王国軍をな。

「君が生きてこそ家の名も生き残るんだ、ベイナ。誇らしげに家を残せ」

「……フフフフ、フハハハハハハハハハハハハハ! 本当に……本当に、私はあなたに到底ついていくことができない。嫉妬の対象が間違っていた。まさかこんなふうに出てくるとはな。ハハハハハハハ!」

 ベイナは狂ったように笑って立ち上がった。

 それからまた俺の前に跪いた。

「もう傷つくプライドもない……こうなったからには、一生あなたについていきます!」


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