第110話
フランを最初に助けた時も、すでに額には包帯が巻かれている状態だった。そのため、その時に生じた負傷でもない。
「これはどうして怪我をしたんですか?」
好奇心いっぱいの質問。
フランは驚いて近づいてくる彼女の手首を掴み、額から遠ざけた。
「わからない。思い出せないからな。ただ、悩むとつい額を床にぶつけてしまう習慣が私にはあるようだ。今もそうだ。額に包帯を巻いているのに、思わず額をぶつけたからな」
「えぇえ……変な癖! 血が出るほどって……! それにおじさんの話し方、ちょっと変ですよ」
その言葉にフランは少し驚いて、手を口に当てた。
「何かにぶつけないと集中できないのなら、机なんかにぶつけないで、私の手のひらはどうですか? ほら!」
手のひらをパッと広げてフランの額に当てたセリ。
フランは彼女をじっと見つめた。
考えたこともない発想だった。
いくら考えても、床のほうがずっとよかった。手のひらにぶつけても、集中力が上がるとは思えないからだ。
しかし、純粋なセリの笑いを含んだ手の動きに、フランは途方に暮れていた。
セリが純粋なだけに、フランもまたとても純粋だった。
国のことではなく、女性関係においてだ。
女の手を一度も握ったことのないこの男。
公爵というとてつもない権力にもかかわらず、ただ一生マナの陣だけを研究した彼の特徴のせいだった。
フランが何も言わずにいると、セリは我慢できないというように、自らフランの額に手のひらを当てた。
「へへ、どうですか? 集中できますか? 手のひらでもいいでしょう? ね?」
そう言いながら笑う少女。
フランは戸惑った。
* * *
ケベル王国の同盟軍が南ルナンの王都に入るまで、どうせ待たなければならない。
ベイナが思い通りに動いてくれた場合の話だが、とにかくその結果を見なければ。
問題は、むしろフランだ。
彼を手に入れるための準備を事前にしておけばいいし、それが駄目ならナルヤに戻った彼と再び戦って勝てばいい。
気楽に考えることに決めた。
本当に記憶を失ってもいなくても、その真意はわからないが、別に気にしないということだ。
彼を守るマナの陣のせいで、すぐに殺すことはできない。
かといって、閉じ込めるのも嫌だ。
かっこ悪く見られたくなかった。非実理的なプライドだとしても。
後で彼を手に入れるための可能性をこのように取り除くのは嫌だった。殺すことができないなら、いっそそのままにしておいたほうがよかった。
記憶を失ったからといって、性格まで変わることはないだろう。
だから、フランという男の性格を把握する機会にしたかった。本当に切実に手に入れたくなったら。
権謀術数という計略がある。
フランを得るための計略を練るかもしれない。
登用のためには何でもできる。
彼の能力値とマナの陣の才能を考えると。
それはそれとして、俺はグラムとセリを呼んだ。グラムの場合、ルナン出身の学者で能力があるため、絶対に登用してみるつもりだった。
まもなくグラムとセリが俺の宿舎を訪れた。セリは少しもじもじしていた。
「入りたまえ。兵士たちの駐屯地に長く滞在させてすまない」
「いいえ、おかげでエルヒート様にもお会いできて、あの若者も自分のことを知ることができるのでよかったと思っています。しかし、あの若者はとにかく、私たちは駐屯地にこれ以上留まっていても良いことはなさそうなので、立ち去るつもりですが……」
セリはその言葉に眉を顰めた。何か気に入らない様子だった。
「お父さん、まだここを離れるのは……。あの人、まだ完全に治ってないのに」
ん?
どうやらフランのほうを相当気にしているようだった。見た限り、片思い?
あまりにも見当違いか?
いや、今重要なのはそれではない。
「立ち去ることが重要ではない。ところで、ここを離れて何をするかは決めたのか?」
俺が言ったことに父娘が互いを見た。特に何もなさそうだ。戦争中だから、学者として働き口を探すのが容易でないのは当然だ。
いっそ兵士になるように勧めるだろう。
「学識の豊かな人材は、我われも常に求めている。そこでだが……農業から始めて実生活に必要な研究をよくすると聞いたが、その研究を続ける気はないか?」
「それは本当ですか?」
やはり学者らしく、研究という言葉に目を光らせ始めた。シェインズと似たような男だ。学者たちは自分の研究分野に命をかけるからな。
「あっ、じゃあ賃金は……ちゃんとお支払いいただけますか?」
すると、隣にいたセリが聞いてきた。
「当然だろう。最高の待遇をしよう。我われもそういう分野の学者が必要だからだな」
「エイントリアン領地のことですよね?」
「そうだ」
そう、まだエイントリアン領地と呼ばれている。早く国にしないと、不便で仕方ない。
「お父さん、お父さん! すごいチャンスじゃん! 生活するのも大変なのに、研究までできるなんて! 私もできる限り助けるよ! あ、それにその場合、今すぐここを出なくてもいいんですよね?」
「ああ。エイントリアンには一緒に帰ればいいからな」
すると、セリはさらにうなずいてグラムを説得し始めた。もちろん、すでにグラムもかなり関心がある様子だから、登用はしやすそうに見えた。
問題はフランだ。
***
ケベル王国軍の総大将ミカル・ルテカは、南ルナンに到着した。
総勢5万人もの大規模の援軍と一緒だった。
ルテカはプレネット公爵の右腕だ。
非常に慎重な人物で、フレネット公爵がこの計画を一任した。
ローネンはそんなルテカを非常に歓迎した。
ケベル王国軍が軍隊を送ってくれなかったら、生意気なエルヒンにすべてを任せなければならない。
それは気に入らなかった。
彼を利用し続けるつもりだったが、保険が必要だったのだ。
自分がそれを受け入れなければ、反逆者になるだけだ。
だから、ケベル王国とエルヒンを半分ずつ利用するつもりだった。ローネンの頭の中では、これが最善の方法だった。
「お会いできて光栄です、陛下。南ルナンの建国、おめでとうございます」
「めでたいと言うまでもないだろう。最悪の状況なんだ。しかし、援軍を送ってくれた以上、ルナンの土地をそれぞれ分けることになるだろう。お互いに得るものを得る関係、いいだろう?」
「はい。だからケベル国王陛下も援軍を許可されました」
ケベル王は非常に実利的な人物で、もともとは同盟軍を派遣するつもりはなかった。
あえて南ルナンを助けて得るものよりも、失うものが大きいと考えたためだ。
しかし、プレネット公爵の話を聞いて考えが変わった。初めから南ルナンの土地がただで手に入るなら、それを蹴飛ばすことは馬鹿のすることに違いなかった。
「そうか。よし……! 宴会を準備する! おい、援軍のために盛大な宴を開くぞ!」
ローネンは大喜びでそう命令した。ルテカはすぐに眉を顰めた。侵略されて南下して建てた王国だ。兵糧をできるだけ節約しなければならない時だ。
理解できない対応だったが、自分の兵士たちを腹一杯食べさせてくれるというのに、断る必要は全くない。
何はともあれ、他国の兵糧にすぎない。
「ありがとうございます、陛下」
ルテカはそう答えた。
この南ルナンの王都で何も起こらなければ、ケベル王国の北部に外敵が侵入したという口実で撤退するのが主な計画だった。
もし反乱が起きた場合、その反乱を目撃した兵士を追い出し、噂を作った後に動いて王都を封鎖。
南ルナンの首脳部を排除して南ルナンを簡単に手に入れろというのがプレネットの命令だったからだ。
何かが起きるのを待っているだけでいい。
「兵士たちを腹いっぱい食べさせてくれるのはありがたいです。ですが、いつどこからナルヤが攻めてくるかわかりません。ナルヤの前方展開のために援軍を要請されたのではないですか。それでしたら、宴会はお断りいたします。しっかりした頭で戦争に備えるのが武将の道理ではないでしょうか」
ルテカはそう言って自国の兵士たちにも酒を禁止させた。
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