第109話

驚きのあまり目をこすった。だが、どう見ても俺の知るあの人物だった。

 待てよ。

 なぜだ?

 まずは今兵士と話している人物。


[グラム]

[年齢:55歳]

[武力:45]

[知力:81]

[指揮:70]


 グラムという人だった。目が行くのは知力の部分だ。絶対に平凡な人物ではなかった。

 こんな能力値を持つ者が一般難民だと?


[セリー]

[年齢:20歳]

[武力:11]

[知力:62]

[指揮:50]


 一緒に来たという娘も知力は悪くなかった。受け継いだ遺伝子があるからだろうか。

 いや、そんなことはどうでもいい。何なんだこの父娘は。

 それより俺が驚愕したのはこの二人のことではなかった。

 もちろん、この二人の正体も怪しいが、本当に驚いたのはこの父娘と一緒にいる男。

 グラムという男が同行だと紹介した男のせいだった。


[バルデスカ・フラン]

[年齢:28歳]

[武力:95]

[知力:96]

[指揮:90]


 この男がなぜ今ここにいるんだ!

 辺りを見回してみたが他の存在はないようだった。彼の弟である十武将第一位のメデリアンも、彼を逃亡させた家臣たちの姿も見えなかった。

 急に厄介になってきた。

 この男が何でこんなに堂々と、それも一人で登場したんだ?

 一緒に来たグラムとセリーという同行の武力は酷かった。

 だから、フランの警護員的存在とも言いにくい。


「あっちの道に出れはいい! また駐屯地周辺をうろつけば間者と判断して始末するからな!」


 兵士たちは俺の言う通りに別の道を教えていた。


「ちょっと待て!」


 俺はすぐに割り込んだ。

 割り込むしかなかった。

 システムがバルデスカ・フランだと言った以上、この人物はフラン本人であることに間違いなかったのだ。

 長髪に美形の顔、ここでの美形とは男らしい姿をしているという意味だ。

 シェインズのような女と混乱する顔ではなく、本当に男らしいジャンルの外見。

 最初は似た人かと思ったが本人だった。

 俺の最大の敵とも言える人物が目の前に、それも完全無防備の状態で現れるとは。

 殺してくれということなのか?


「バルデスカ・フラン、久しぶりだな。いや、それほど久しぶりでもないか?」


 俺がそう尋ねると、フランは何の話だという顔で首をかしげた。


「何の話でしょう?」

「何を言ってるんだ、バルデスカ・フラン! 自分の名前も忘れたと言うのか?」

「申し訳ございません。私には覚えがありません」


 すると、フランはまたもや首をかしげてそう答えた。


「私のことをご存じで? では、私についてぜひ話していただけませんか!」


 むしろ俺の前に出てきては切実な顔でそんなことを頼んできた。

 この今の状況は何なんだ。

 つまり、記憶喪失ってことなのか?


「君は何者なんだ」


 そこでひとまずグラムの正体を尋ねた。知力数値上、平凡な人ではなさそうだったからだ。


「私は……ルナンの王都でセラオン伯爵家の支援を受けながら学問を研究していた者です。貴族のご子息の教育を任されたり……いろんな本を著述したりもしていました」

「学者ってことか?」

「はい。そんなところです」


 学者か。


「もしかして、王都で誰か他に知っている貴族はいるか? エルヒート閣下とか」


 今一緒にいるエルヒートの名前を聞いてみた。すると、グラムは嬉しそうな顔で言った。


「エルヒート様でしたらよく知っています。学問研究に資金的支援をしてくださったことも」


 エルヒートの性格なら十分ありえる。


「では、あの青年の記憶のこともあるから、しばらくここに滞在した方が良さそうだ。ここにエルヒート閣下もいらっしゃる」

「本当ですか?」


 グラムはかなり驚いた顔で答えた。

 フランは状況が読めていないようだったが、それが演技なのか本当に記憶がないのかはすぐに判断する方法がなかった。


 ***


 エルヒートはやはりグラムのことを知っていた。

 そうなるとこっちの身分は確実ということ。もちろん、グラムの方がナルヤで長年潜り込ませておいた諜者ならまた話は変わってくるが、そこまで考えると面倒だ。


「あの青年はずいぶん長い間私たちと一緒に移動してきましたが……戦争で頭を怪我したのか記憶がないようなんです。ルナン城の北側で発見されました。地面に埋められているのを私の娘が見つけて治療を施した後、隠れて療養させているうちに目を覚ましたので、ルナンの人たちが集まっているというここまでやって来たのです」


 まずはエルヒートと対面させてから彼に詳しい経緯を聞いた。

 その話によると、フランは宝具を使ってエイントリアン城から逃げたが、何か巨大なマナの陣が邪魔をして目標とした場所にたどり着けず、ルナン北側の山中で地面に突っ込んでしまったということになる。

 不可能な話ではない。その過程で頭を怪我して記憶を失ったというのもありえる話だった。

 ドラマならあまりに型にはまった演出だ。

 正直、そうでもなければフランがここに堂々と現れた理由は見当もつかなかった。

 いや、待てよ。

 一人で俺に接近して殺す、そういうことか?

 軍隊の数は明らかで何か調べることがあるわけでもないから何とも妙な状況だ。

 問題は殺すこともできないということ。

 前回も試みたが、今もジントがフランを見るなり攻撃を仕掛けると、あの強力な護身のマナの陣が発動して武力を105まで上昇させた。

 『防御の陣』というフラン最大のマナスキルと見られる。

 それ以上の武力になれば殺すことはできるだろうが105まではまだ遠い。

 もしくは追い出すか。それも嫌だった。卓絶した人材だ。この機会にフランという人物を知りたいと思っていた。

 彼をここに置くのは危険だが、それだけ好奇心も強くなった。

 正直なところ登用したい人材だ。

 大陸の覇権には必要な人物だった。

 それにチャンスがないわけでもない。ナルヤの王と彼の相性が悪く空回りすることになるという記憶があった。

 危険ではあるが、だからと言って今は彼に命が奪われそうな状況でもない。

 本当に記憶を失ったのであれば、むしろ今までナルヤに送っていないのも好都合だった。

 まあ記憶を取り戻せば帰るだろうが、殺せないからと監禁しておくのも嫌だった。

 記憶を取り戻した後、俺をどれだけ見下すだろうか。

 はぁ、これが関羽に対する曹操の気持ちなのか。


「バルデスカ・フランか……」


 セリーは不思議そうな顔でグラムに話しかけた。


「お父さん、あの方ってお父さんが色々教えてあげた人?」

「そうだ」


 セリーの言う人はエルヒートだった。

 彼女はグラムから何か教わった人が偉い人だったということが不思議だった。

 そこで飛び跳ねた。


「やっぱり、お父さんはすごい……!」

「セリー、お父さんは少し話をしただけだ。大したことない」


 セリーはとても活発な性格だったため、何でも知りたがって駐屯地をあちこち歩き回った。

 そうして兵士に注意されては呆れ顔でグラムを見上げた。


「お父さん、先に幕舎に帰ってもいい? 少し休みたいな」


 娘が顔をしかめてそう聞くとグラムは軽く周囲を見回した。


「目まいがするのか? わかった。一緒に行こう」


 グラムはセリーの手を引いた。

 グラムは歩きながら駐屯地を評価した。厳格な軍紀。そして、兵士たちの目つき。

 自分が見てきたルナンの軍隊とは何か色々違った。

 節度があって上品に見えるというか。

 さらに指揮官への忠誠度も格別だった。

 しかも、指揮官だが正式にはエルヒートではなくエルヒンであることが驚きだった。

 まあ、あれだけの目つきなら、こんな軍紀を作り出せるだろうとは思っていた。

 人相をある程度見れるグラムにはエルヒンが相当能力のある人物に感じられた。


「お父さん、ここからは一人で行けるわ。お父さんはあのエルヒートという貴族の方に会ってきて! これからの私たちの生活について話してみるのよ。逃げ続けるわけにはいかないでしょ。学問だろうが何だろうが、今生活して行けるかの問題だっていうのに。お父さんは……病弱で農業もできないから」


 セリーがグラムの現実を詮索するようなことを言い放った。ごもっともな話ではあった。


「私も仕事を探してみる……」


 戦争中に学問の研究をしろとお金をくれる人などいるはずもなかった。だから、セリーはかなり心配していた。


「そうか。そんなことは頼めないだろうけど、エルヒート様にはお会いしたい。会えるよう頼んでみるか」

「うんうん! じゃあ私は先に幕舎に行ってるね!」


 セリーは元気に幕舎に向かって駆け出した。

 実はめまいがするというのは嘘だった。

 最初は兵士たちが集まる駐屯地が不思議だったがそれも束の間。

 同じ光景がつまらなくなった。

 すると、ある人物が思い浮かんだ。

 最近その人物をからかうことが一番の楽しみである彼女だった。

 グラムを送ったのも、目まいがすると言った以上一緒に幕舎へ行けばじっと寝ていなければならないからだった。

 だから、セリーは幕舎に行かずフランを探し回った。

 駐屯地がある小高い丘の草むらに彼は座っていた。

 セリーは直ちに隣へ行っては膝を曲げて身を屈めた。


「おじさん、何をこんなところでぼーっとしてるんですか?」

「おじさんじゃない」


 フランはセリーをぼんやり眺めてはすぐに彼女の言葉を否定した。

 セリーはここまでの長い道のりの間フランに好感を抱いていた。

 自分では完全に気づいていないが、こうしてグラムにも内緒で探し回っていることがまさにそれを証明していた。


「もちろん、年老いたおじさんではないですけど。でも、お・じ・さ・んでしょ。ヒヒッ。28歳ですって? 私とは8歳差ですね。だから、私からすればおじさんです!」

「お前、28歳だったのか」


 セリーは思わず口を塞いだ。

 自分の年齢を隠しているところだった。

 それなのに無意識に年齢を公表してしまったのだ。


「違いますけど?」


 真顔で誤魔化そうとしたがすでに手遅れだった。


「お前の口でそう言ったじゃないか」


 それにフランは少し驚いた顔をしていた。


「もっと若いと思ってたけど……。やっぱり女ってのはわかんないな」

「そんなに幼く見えますか? ありえない! おじさんの目がおかしいんですよ!」

「うっ……」


 フランは家の中に閉じこもって兵法書とマナの陣ばかりを研究しながら生きてきたため恋愛とは縁のない男。


「よくわかんないけど幼く見られたら嬉しくないか? 後になって大きなメリットになると聞いたことがある。それに可愛いからな……」

「え……? 可愛いですって?」


 セリーは意外な言葉を聞いてまたもや顔が赤くなった。もちろん、フランは自覚して言ったわけではない。

 可愛いというのは事実だったから。

 誉め言葉の意味というよりもありのままを言っただけだ。

 セリーは恥ずかしいのか顔を背けたおかげでしばらく二人の間には事前と沈黙が続いた。

 しばらくうつむいて足を組んでいたセリーがそっと顔を上げた。

 すごく静かだったから。

 だが、フランは勝手にまたひとり思索にふけていた。

 人を前にして酷いと思いながら責めようとしたが、フランの額に巻かれた包帯が急に目に入った。

 そういえば、前から額の包帯が気になっていた。

 彼女はそっとフランの額に手を伸ばした。


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