第98話




「あちらです! お父様はあちらから私を送り出してくださいました……」


 気持ちが焦っているのかセレナはさらに馬を馳せる。

 そうするほどに王都のあちこちに散在する反乱軍との遭遇は避けられなかった。

 彼らは当然にも俺とセレナを攻撃してくる。その度に俺は彼女に近づくことすら許さず[攻撃]コマンドを連発した。


「キャッ」


 だが、限界があった。彼女を攻撃してくる騎兵の槍を俺は急いで圧し折った。

 大連通を使えば誰も近づけなくすることはできるが、こうした戦場ではいつ何が起こるかわからない。

 安全のための最後の手段である大通連をたかが兵士たちを相手に使うのは愚かなまねに過ぎなかった。


「ここからは危険なので私の馬で行きましょう」

「わ、わかりました」


 だから、彼女を俺の馬に乗せた。

 彼女が後ろから俺の背中に密着してくる。

 そんな状態で走っていると目に映ったのは戦場だった。

 ドフレは大量に転がる反乱軍の死体の前で倒れていた。

 すでに戦闘は終わっていたのだ。


「お父様!」


 セレナは馬から降りて父親のもとへ駆けつけた。

 ドフレの胸には槍が貫通していた。つまり、回復不可能な状態。


「お父様ぁぁあああ!」


 セレナの絶叫。

 すると、周囲にいた反乱軍が反応して俺たちに飛びかかってきた。

 俺はそんな反乱軍を相手した。

 俺を攻撃してくる反乱軍を闇雲に斬り倒していると初めて反乱軍の指揮官らしき敵の武将が現れた。


[レクター・ゲスマン]

[年齢:34]

[武力:84]

[知力:20]

[指揮:78]


 武力を見て驚いた。このくらいにもなれば反乱軍の首長級だ。

 ルシャクの能力値がこれに及ぶはずがないとすれば本物の首長級が現れたということ。

 おそらく王を捕えるのが目的のはずだから重要人物が自ら登場したのだろう。


「何だ貴様は!」


 俺に疑問の眼差しを向ける男。


「そういうあなたはカシャクの親友レクター・ゲスマンか」


 カシャクには反乱に加担した友人がいた。

 相当緊密な関係でシナジー効果を生み出し、その後ナルヤ王国に滅ぼされるまでエストレンを復興へ導いた。

 あくまでゲームの歴史における話だ。

 名前までは思い出せないが能力値からして、おそらくこの人物がその友人という存在なのだろう。


「私を知っているのか? 君は誰だ? エストレンの貴族ではなさそうだが」


 貴族の装いをした俺を見てそう言うゲスマン。

 俺はそれに答えなかった。

 戦略の中で障害となる男だ。

 ルシャクには一人残って暴走する反乱軍になってもらう必要がある。そんな彼を制御できる存在がいては困るのだ。

 残念なのは武力が84であること。

 現在の俺の武力は82。

 セーブしておいたポイントがあるから武力を上げることはできる。

 でも、そこまでする必要が?

 ポイントは前回の記憶を取り戻すまでなるべくセーブしておくのが正解だった。

 どうやらこいつがこの辺で一番強いみたいだから大通連でも使うか。

 武力84を相手に大通連を使うのは、まるで鶏を捕まえるために牛用の道具を使うようなもの。

 とにかく、大通連を召喚して[攻撃]コマンドを使った。


「な、なにっ……!」


 カシャクが死んだ時のように、この男も訳も分からない顔で大通連の剣撃に遭い馬から落下した。

 その勢いで周りの敵まで撃破すると周囲の反乱軍は全員片付いた。

 難無く状況を整理して馬から降りる。

 ドフレはまだ息があった。


「来てくれたのか……」

「はい」


 俺を見るなりドフレは血を吐きながらも笑ってみせた。


「うちの娘を頼んでもいいか? エイントリアンへ連れて行ってほしいんだ。君の武力については聞いている。うちの娘を……娘を……連れて行ってくれないか……俺はこの子に自由に生きてほしい……」


 そして、凄まじい精神力で話を続ける。


「お父様……お父様っ!」


 その度にセレナは槍が刺さった部位から流れ出る血を止めようと必死になったが無駄だった。


「セレナ……ゲボッ!」


 セレナに視線を移した途端、血を吐くドフレ。


「お父様……!」

「セレナ、今まで悪かったな。残りの人生は幸せに……どうか君の……」

「お父様、もう何も言わないでください。嫌……っ、だめ……!」


 自分の血を浴びてしまった娘の顔に手を運ぼうとしたドフレだが、それ以上言葉を続けることもできずに腕を落としてしまった。


「お父様ぁぁあああ!!」


 セレナはまたもや絶叫した。

 だが、その目には涙がなかった。涙を流して当然の状況でなぜか体を震わせながら叫ぶだけだった。

 おそらく父親の死を受け入れられないのだろう。

 死を受け入れられず涙が封印されたまま、ドフレの体を揺さぶり続けるだけの精神崩壊の状態に陥ってしまったのだ。

 このままでは気が狂ってしまうかもしれない。

 俺は彼女のそばへ行きドフレの死体を抱き上げた。


「国のために生涯努めた方です。敵の馬の蹄で傷つけるわけにはいきません。埋めて差し上げましょう」


 セレナは父親の腕をぎゅっと掴んだまま無言で俺についてくるのだった。


 ***


 ドフレの墓碑を絶えず抱きしめていたセレナだが、ようやく口を開いた。

 俺に話しかけてくるということは幸いにもある程度正気を取り戻した様子。


「ありがとうございます。ハディン様」


 依然として俺をハディンだと思っていた。まあ、彼女にシステムがあるわけでもないし、俺がハディンと名乗った以上ハディンだと思うのは当然のことだ。


「ところで……」


 彼女は妙な目つきで俺を見ながら言葉尻を濁した。


「何でしょう?」


 俺が聞き返すと。


「本当の名前を名乗るつもりはないのですか?」


 彼女はなぜか確信を込めた顔でそう聞いてきた。


「どうして私がハディンではないと思いで?」

「私、知ってるんです」

「何を知っておられると?」

「メルヤ・ハディン様は文官だと聞いています。それに……歳もはるかに上だってことも」

「ほう……」


 どうしてそれを?

 フィハトリが合流するまではメルヤ・ハディン男爵が家臣の中で唯一の貴族だった。

 だから、それなりに名前は知られているが、この遠国でハディンの歳まで知っているとは。


「実は、私……エイントリアンにずっと憧れていたんです。父がいつも話を聞かせてくれて、その度に自分が世界を練り歩いている気分でした。だから、余計夢中になってしまって。父にせがんで直接エイントリアンに人を送り、もっと詳しい情報を得るのが人生の楽しみだったので……よく知っています」


 俺は少し驚いて彼女を見た。

 エルヒンが大陸で有名になったのは事実だ。ブリジトを滅ぼしたことでその名高さは確実なものとなった。

 だから、俺を知っているということに驚きはないが家臣のことまで知り尽くしているなんて。

 もちろん、人を送って知ることができるのは公開された情報に限られるだろう。

 有力家臣の情報などいくらでも公開されているから。


「そうでしたか」

「はい。エイントリアンの話をもっと詳しく聞きたくて、使臣に会わせてほしいと父にせがんだりもしました。それと父に頼んで……同盟を結べるよう貴族たちを説得してほしいとも……」


 そういうことだったのか。

 ドフレ伯爵がなぜ俺を助けようとしたのか、そこが少し疑問だったがそんな裏話があったのか。


「王宮に閉じ込められた私にとってエイントリアンの話はとても新鮮でした。だから……あなたは……」

「では、私が誰だと思いで?」


 俺が尋ねるとセレナは少し困った顔をした。


「ユセン様やエルヒート様となるとイメージが違いますし……。でも、あなたの髪の色は……」

「まあ、グレーの髪はエイントリアン家の象徴ですからね」


 最初から髪の色を見て推測していたようだ。

 それならもうこれ以上隠す必要はなかった。

 だが、察しはついていても未だに信じられないのかセレナは瞬きをしながら俺を見た。

 呆然とした顔でしばらく瞬きを繰り返す。


「王妃殿下?」


 彼女の目の前に手をかざして名前を呼ぶと、ようやく震えた声で言った。


「エルヒン様……いや、確かにいつも一人で想像していた姿に似てるとは思っていましたが……どうしてエイントリアンの領主であるあなたがここへ……? 信じられません!」

「使臣の仕事はとても重要な任務なので自ら出向きましたが、何か問題でも?」


 まだ王位に就いたわけでもないため自由の身だ。

 だが、セレナは見当はついていたが信じ難いという顔で力が抜けたように座り込んでしまった。

 それほどにもエイントリアンに憧れていたのか。


「そ、そんなわけ……エルヒン様……ご、ご本人だったなんて……! どうしましょう……! 私はどうしたら……!」


 彼女は言葉を詰まらせながら動揺し始めた。


「殿下、少し落ち着いて話された方が……。とりあえず息を吸いましょう」


 俺は酷く震えている彼女の腕を掴んだ。すると、セレナは力強くうなずいて言われるがままに息を吸い込んだ。


「ふぅ……でも、こんなのありえません……!」

「ありえないというのは……憧れだった話の主人公に会ってみたら想像と違いました?」

「そんはずありません! 想像通りです。父も喜ぶでしょう。父もエイントリアンの話を相当楽しまれていました。私に初めてその話をしてくれたのも父ですから……はぁ……」


 父親のことを思い浮かべながら話していたセレナは突然口を閉ざしてしまった。彼女の目には再び墓碑が映り込み、もう父はいないという事実が脳裏をかすめたのだろう。

 これは幸いにも彼女が父親の死を受け入れ、正気に返りつつあるという意味でもあった。


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3巻が10月末に販売されます。Amazonなどで予約販売中なので多くの関心をお願いします。

また、スクウェアエニックスのマンガUP!、ガンガンオンラインアプリを通じてコミックス版が連載中なのでそちらも宜しくお願いします。

別の連載作である「ゴブリンに転生して強い種族に進化し続けたら世界の支配者になっていた。」も一読いただけると幸いです。

https://kakuyomu.jp/works/16816700426744045659

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