第97話
「王を捕まえろ! 王を捕まえた者にはたっぷりと褒美を与えるというルシャク閣下のご命令だ! あとは皆殺しでいい! 殺して殺して殺しまくって、捕まえろ!」
反乱軍が王の列に割り込むと瞬く間に入り乱れて親衛隊と侍女が殺された。
逃げているところを殺され、途中で足が縺れたところを殺され。
当然ながらドフレの顔からも血の気が引いた。
「陛下、分かれて逃げた方がよさそうです。あいつらの狙いは陛下でございます」
「どんな方法でもいい。朕はまだ死ねないの……! 早く何か言ってみなさい!」
「侍従長の服に着替えてください。そして、陛下の服を侍従長に着せ、その侍従長を陛下のように仕立てるのです。地方の領地にいた反乱軍がほとんどです。私がそばにいることで騙されるでしょう」
セレナの美貌はエストレンに広く知れ渡っていた。目立って当然。
王妃のところに王の服を着た者がいれば普通に王だと思うはずだ。
そして、そっちから追撃するだろう。
実際これは根本的な解決策ではなかった。
反乱軍の数が多いため分かれて逃げたところで結果的に両方捕まる可能性もある。
だが、他に方法があるわけでもなかった。
王を捕まえた者に与えるとされる褒賞に目が眩んで全員が王だけを追いかけるはずだからひとまず時間は稼げる。
「セレナ、そなたが……? それは……」
「陛下、時間がございませんので……!」
王はしばし悩んだ。
だが、この王は自分の命が最優先だった。
もちろん王妃を寵愛していたが、自分が助かるために王妃を捨てるつもりだったのだ。
「……それなら仕方あるまい。今はそなたに世話になるしかないな。王都奪還した暁には大きな褒美を与えよう……!」
王は期し得ないことを言いながら大して悩むこともなくすぐにセレナの提案にうなずいた。
「王を探せ!」
それでも親衛隊の数は1000人に及んだため、彼らが後方で奮闘している隙に一行は二手に分かれた。
「王妃殿下、こうなっては殿下の命が危険です」
すると、ドフレが血が騒ぐ思いで娘に向かって叫んだ。
「王妃になった以上、夫である陛下をお守りするのは当然のことです」
「悩むことなくお前を犠牲にすると言っているのだぞ……! どうしてお前はこうも義理を通そうと……二人が男女の関係にないことも、特別陛下に情がないってことも全部俺は知っている! ましては、陛下はご高齢でお前と一夜を共にしたこともないだろ! それなのに何が夫だ!」
王はとっくに男としての機能を喪失していた。
そのため、他の側室にも子を儲けることはできなかった。
年齢を重ねるごとにそれが不可能となってしまったからだ。
それでもきれいな女性ばかりを捜し求める女好きだった。
「そうかもしれませんが、私はすでに王妃となった身です!」
ドフレは絶望感に襲われた。
国を失う。
ドフレは周囲を見渡した。
今この瞬間、彼には国を失うという事実よりも大事なことがあった。
それだけは絶対に失いたくなかった。
だから、セレナの腕を引き寄せた。
「お父様?」
「セレナ! 早く逃げなさい!」
「そうはいきません。何はともあれ王宮の一員となった身ですから。陛下と生死を共にするのは当然です」
「その陛下との結婚そのものが間違いだったんだ! くそっ、貴族たちが我が家を利用しようとした時にいっそお前を連れて他の国へ亡命でもすべきだった……!」
ドフレは後悔を滲ませた。
「それでも!」
「もうよせ。お前だけでも自由に生きるんだ、セレナ。お前が子供の頃から夢に描いてきた世界で! もっと早くこうすべきだったな」
「お父様……!」
ドフレは最後にセレナの姿を目に焼き付けた。
「すまない」
愛してやまない娘だ。
だから、最後の言葉を残して。
「お……父様……」
彼女の首の後ろを強く打って気絶させた。何にせよドフレ伯爵も武将だ。
「君たちは娘を連れて逃げろ! 急げ!」
それから自分についてきた二人の家臣に向かって叫んだ。
セレナが子供の頃からドフレ家に仕えてきた家臣たちだった。
「閣下……ですがそれは!」
「最後の命令だと言ったはずだ。早く行け! 躊躇すればここからは逃げられない。俺からの最後の頼みだ。君たちが逆の立場で考えてみろ。娘を見捨てられるか? セレナを連れて君たちの家族がいる領地に戻ってくれ! これは主としての最後の命令だ!」
「……」
その確固たる意志に二人の家臣は互いに目を合わせた。
家臣たちにも子供がいた。だから、ドフレの気持ちがわからなくもない。
「お前が行ってくれ! 私は最後まで閣下にお仕えする」
「いいえ、ここは私が!」
「こうしている時間はない。早く行け! 反乱軍はもうそこまで来ているだ!」
緊迫した状況に結局どちらかがうなずくしかなかった。
故郷にいる自分の家族のことも思い出してしまい提案を受け入れざるを得なかったのだ。
「私も武将だ。反乱軍と戦って時間を稼ぐ。その間に逃げるんだ!」
ドフレは身を挺して時間を稼ぐつもりで反乱軍を迎えて剣を抜いた。
もちろん、自分でもそれほど長くは持ちこたえられないということはわかっていた。
だが、方法はこれしかなかった。
***
ある意味、エストレンが滅亡した原因は後継者問題で分裂し他のことは気にも留めない勢力争いにあった。
結局は派閥争いというわけだ。
派閥争いは牽制と均衡が調和を成した時は良くも、自分たちの利益ばかりを主張すれば救いようがなくなるもの。
だからカシャクのような既存の貴族に不満を抱く勢力が登場したのだ。
そして、そのカシャクがいないところにルシャクか。
いずれにせよ、ルシャクは俺の知る性格のまま暴政に明け暮れるのか、そこが重要だった。
ひとまずそれをこの目で見守る必要があるためしばらくは王都付近に滞在するつもりだった。
そして、王都の外を見て回ると、反乱軍が集まっている様子が目に入った。
「国民に何の罪があるのですか! 今すぐ無意味な殺戮を止めてください!」
前方から聞こえてくる声。
その声の主には見覚えがあった。
たった一度会っただけだが記憶に残らないはずのない人物だった。
ユラシアとは違うタイプだが彼女に比肩するほどの美貌だったから。
さらに、その美貌よりも記憶に残っているのは、王を守るために躊躇なく身を投じた気概だった。
カシャクもあの気概は褒めたものだ。
エストレンの王妃がどうして一人反乱軍に包囲されているのかはよくわからない。
「こいつ、何言ってんだ?」
反乱軍の兵士たちは当然にも彼女の言葉を聞き流した。
「あなたたち……」
彼女は強烈なまなざしで兵士たちを睨みつける。それから、死を予感したのか両目を閉じた。
命乞いなどするつもりはないというような行動。
だが、そこには見落としがある。
兵士たちに彼女を簡単に殺す気はなさそうだということ。
「こんなにきれいな女は初めて見た」
「着ている服を見ろ。身分の高いお嬢様なんだろう」
「おい、よだれを拭け!」
戦争中だ。規律を正す指揮官のいない部隊。
特にブリジトの王と同じタイプの王なら占領した都市で麾下の兵士たちが暴徒と化して当然だから。
兵士たちの士気を高めるために略奪、放火、殺人などの命令が躊躇なく出され続けているはずだ。
俺は躍りかかって兵士たちを攻撃した。
大通連は使う必要もない。すでに基本武力そのものが強化されていた。
こうした一般的な戦場において小規模兵力を相手することは全く問題なかった。
状況の変化がある場合には[30秒間無敵]を使った後に大通連を使うかどうか悩めばいい話。
[攻撃]コマンド軽く連打した。
彼女を斬ろうとした兵士の腕を切断し、もう片方の手で切断された部分を鷲掴みするその兵士の首を刎ねた。
仲間の残酷な死に驚いて槍を突き出す兵士たちだったが、それらを片付けるのには何の問題もなかった。
「グァァアアアッ!!!」
[ドフレ・セレナ]
[年齢:22歳]
[武力:2]
[知力:77]
[指揮:72]
指揮を見るとユラシアのように高い魅力度で人々を魅了するタイプなのだろう。
美貌はユラシアと肩を並べられるが、ユラシアよりも指揮が低いのは武力値の影響が大きいようだった。
ユラシアは自らが戦場に立つタイプだから当然にも高い魅力度に伴う相乗効果で兵士たちが従うようになるというところか。
おそらく彼女の指揮は周囲の人を服従させたり牛耳れる、戦場で必要な指揮とは違うタイプのようだ。
とにかく、セレナというこの女は目を閉じて死を覚悟したのに何の苦痛にも襲われず、むしろ兵士たちの悲鳴が聞こえてくると、そっと片目を開けて様子をうかがった。
おかげで彼女のその薄っすら開いた目と俺の目が合ってしまった。
「王妃殿下、一体どうしてこんな所にいらっしゃるのですか! それもお一人で!」
彼女の方も俺に気づいたのか俺よりも100倍は驚愕して両手を口もとに運んだ。
「あ、あなたは! ハディン様ではありませんか!」
エストレンで俺がハディンと名乗ったことで未だに俺のことをハディンだと思っていた。
とにかく俺に気づいた彼女はいきなり俺の目の前で平伏した。
とても切実な顔をしている。
「陛下とお父様をお助けください! カシャク伯爵を一撃で倒したあなたでしたら……十分に可能だと思います! 助けていただけるのなら……私は何でもします。一生そのご恩に報います!」
地面に額を打ちつける勢いだった。俺は彼女の行動を止めるために急いでた尋ねた。
「それより、なぜこうして一人王宮を離れることになられたのですか?」
「それは……お父様が私を送り出したのです。私だけでも生きなさいと。ですが、お父様を見捨て私一人助かるために逃げるなんてできません。だから、お父様のところへ帰っているところでした」
お父様。
そう、ドフレ伯爵。
彼が俺を助けようとしてくれたのは事実だった。
それなら助けないと。
「ひとまず馬に乗りましょう。ところで、馬には乗れますか?」
「はい! 乗れます! 子供の頃に習いました!」
貴族なら当然のことだった。
彼女は自分の力で死んだ反乱軍が乗っていた馬の鞍に乗り上げると俺を見た。
早く行きたいという切実な感情が顔に表れていた。
王妃の存在。
俺が握っていたのはかなり有利なカードでもあった。
ルシャクの反乱をエイントリアンに最も有利に働くよう利用する方法においての話だ。
だから、俺はセレナと共に再び王都へと馬を馳せた。
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