第96話




「恩返しなど個人的に褒美を与えればよいこと……。同盟は国事です、陛下!」

「そうでございます!」


 再び開かれた会議。そこでもエストレンの貴族たちは同盟を強く拒んでいた。

 まあ想定内のことだ。

 国と国との間に結ばれる同盟はお遊びじゃない。

 つまり、ある程度対等な関係になってこそ成立するもの。

 朝貢貿易と軍臣の関係における同盟でなければの話だ。

 以前のルナンとロゼルンの関係のように。

 だが、俺はエストレンに仕える気など微塵もなかった。


「エイントリアンと同盟を結んで我われが得られるものは何か。説明してみよ」


 そんな中、ドフレ伯爵が俺に尋ねた。一様に俺に好意的な人物だ。

 王と王妃に会えるよう場を設けてくれたのもこのドフレ伯爵だった。

 今の彼の言葉はここに集まった貴族たちを説得してみろという意味だろう。


「まず、諜報によると近接国家である神聖ラミエ王国の侵入があるはずです。そうなれば、エイントリアンの軍隊が手を貸すことができます。ナルヤとブリジトを連日相手した強軍でございます」


 実際にもこれは嘘ではない。事実そのものだった。もちろん、時期的にはまだ先の話だ。

 俺の言葉を聞くなり貴族たちは気に入らないという表情を浮かべた。


「ラミエ王国は我われの同盟国だ。何の根拠があってそんな譫言をぬかしてやがる。それに、たとえそんな事が起きたとしても我がエストレンの海軍は大陸最強だ。助けなど必要なものか!」


 そのうちの一人が海軍に対する自信をのぞかせながら叫んだ。しかし、それは有能な司令官がいた時の話にすぎない。

 チェセディンが死んだおかげで間もなくその海軍は愚昧極まりない人物が掌握することになる。


「ゲホゲホッ……使臣よ。それは朕も聞き流すわけにはいかん。ラミエ王国の王だが朕とは古い友人だ。彼らが我われを攻撃するとは思えん」

「それだけではありません。ナルヤ王国はいつでもエストレンを攻撃できる状態にあります。今は国境を接していないからといって安全とは言えないのです」


 ナルヤ王国は海軍が発達した国ではない。

 だから完全に安心していたエストレン王国であったが、そんなのはとんでもない話。

 これもまた歴史的な事実だ。

 あのナルヤの王が狙わない国などあるはずがない。


「もうよせ。その根拠もない話で混乱を招いているだけではないか。話はもう十分だ。まあ、反乱を防いだのも事実。よって最後の機会を与えよう。このエストレンに仕えよ。朝貢を捧げて軍臣の関係を結ぶというのなら見逃してやってもいいだろう」


 貴族たちの首長ゼータ公爵がそんな戯言をぬかした。


「それは困ります。同盟はあくまで同等な関係において成り立つべきです」

「じゃあ、今すぐ帰ればいい!」


 ゼータ公爵がそう結論を出すと貴族たちまで「帰れ」を連発し始めた。

 それならここでこれ以上言うべきことはもうなかった。

 ここまで来たのはクーデターを防いで帰るだけが目的ではない。

 得るべきものはまだくつかあった。

 もちろん、それは同盟ではない。

 それは最初から念頭にも置いていなかった。そんなことよりも確実な方法があるから。

 同盟の約束はいつだって裏切りで破れる氷上の関係みたいなものだから。


「卿たちがそう言うなら……ゲホゲホッ。使臣よ、悪いが国へ帰ってもらおう。朕の命を救ってくれた恩には金塊で報いる……!」


 結局、王は貴族たちに軍配を上げた。


 ***


「兄貴が死んだ?」

「はい……悲痛すぎます。ルシャク様!」

「クククッ、そうか。兄貴は死んだのか」


 カシャックの領地。

 家臣たちは無念の表情を浮かべ敵を討とうと跪いたがルシャクは笑い出した。

 心の中で笑おうとしたが普通に笑ってしまったのだ。


「ルシャク様?」


 家臣たちの反応にルシャクは慌てて顔色を変えた。


「復讐してやる。兄貴を殺すとはな。エストレンの王室と貴族たちを絶対に許すものか!」


 言葉ではそう言ったが、内心カシャックが築き上げた権力を丸ごと自分が受け継ぐことになるという事実に快哉を叫んでいた。


「兄貴が王都と王宮に潜り込ませた味方はまだ健在だと言ったな?」

「はい。エイントリアンの使臣の介入さえなければ……彼らも一斉に立ち上がって閣下をお守りしたはずです!」


 ドスッ!

 ルシャクは話の途中で家臣を足で蹴り上げた。

 それから息巻いて叫ぶ。


「黙れ、これからは俺が閣下だ! そこはきちんとしてもらえるか? 前閣下と言え、前閣下だ!」

「っ、申し訳ございません」


 家臣が身を起こして謝罪するとルシャクは鼻で笑った。


「まあいい。兄貴の友人であるレクセマン伯爵も手を貸してくれるとのことだし、そうなれば簡単なことだ。王宮の親衛隊など、兄貴が潜り込ませた王宮の守備兵が門を開けてしまえば何の問題にもならない!」


 カシャックが10年も緻密に準備してきた計画だ。一夜にして全てが瓦解することはなかった。


「王宮に突撃する。反乱の連座制で我が家を滅ぼそうとしているエストレン王家に血の復讐を開始するぞ!」


 クーデター首謀者の家族。当然、連座制で捕まるべきだが、ルシャクはようやく手に入れたカシャックの座を諦めるつもりもなく全兵力を率いて王都へ進撃した。

 それは夜陰に乗じて迅速に行われたのであった。

 領地の兵士もまたカシャクが心血を注いで育てた精鋭兵。

 かなりのスピードだった。


 ***


[ルシャク反乱軍]

[兵力:2万2000人]

[士気:90+10(憤怒)]

[訓練度:88]


 エストレンの王都へ進撃するルシャク反乱軍。

 カシャクが潜り込ませた共謀者たちの手によって王都の門はあっけなく開放されてしまった。


「カシャク様のために!」


 どうやら10年間カシャクが施したものは相当なようだった。そうでなければ、ルシャク反乱軍、つまり本来ならカシャク領地軍の士気に+10の憤怒ゲージはついていなかったはずだ。

 クーデターを起こして捕まったのだから一家が滅亡するのは当然のこと。

 弟のルシャクが大人しくやられることはなく、軍隊はあっという間に王宮を占領した。

 これらは全てカシャクの遺産。

 カシャクを殺していなければ、ナルヤとの戦争中にいつでもエイントリアンを侵犯できる危険要素になっていたかもしれないということをよく示している軍事力だった。


「皆殺しだ! 王の軍隊を皆殺しにしろ!」


 ルシャクは典型的な台詞を口にしながら王都を荒らし始めた。


[エストレン王都守備兵]

[兵力:3万人]

[士気:70]

[訓練度:80]


 最初は3万という兵力だった王都守備隊だがそこからルシャク反乱軍に寝返った数はおよそ1万に及んだ。

 王都守備兵の中でもカシャクを慕っていた兵士たちだ。

 まさにカシャクの遺産ともいえる。

 おかげで反乱軍の数はあっという間に3万となった。

 王都は港町。守備兵の主力は海軍であるため陸地で反乱軍に押され始めたのも大きい。

 格差は瞬く間に広がっていった。

 王都に火の手が上がる。

 予想通りだった。

 まあ、当然のことではある。艦隊の司令官を務めていた有能な武将シャークはカシャクによって暗殺された。

 国を守ってきたベテランで心の支えでもある武将チェセディンもカシャクが殺した。

 そんな状況で反乱軍をどう阻止するというのか。

 ここにも炎。

 あそこにも炎。

 カシャクを殺すことでひとまずはクーデターを防げたが、結局のところ反乱は成功する運命だったということだ。

 10年ものの遺産だから。

 レチン・ルシャク。

 こいつは大したことない。実に暴悪な男でカシャクが政権を握った後に失敗を犯して処刑される。

 そんなやつが握った政権ならエストレンはめちゃくちゃなことになるだろう。

 どのみち反乱軍によって掌握される国だった。

 俺としては有能で能力のある武将ではなく無能なルシャクが政権を握ることを望んでいたが、実際にもそうなった。

 これからやるべきことは、そんな無能なルシャクが握った政権を倒すこと。

 暴悪なルシャクが握った政権だ。今後この王都で起こる出来事は見え透いていた。

 こんな混乱の中でも俺は必ず手に入れるべきものがあった。

 いずれにせよ俺の兵力は使えない。今は安定、そして訓練が必要で、ナルヤを牽制するだけで手一杯だから。

 もちろん、そのナルヤはすぐには動けない状況にあった。

 だが、軍隊を使わずに自滅させ得るものは得る。これが俺の計画だった。


 ***


「陛下、こちらでございます!」


 ルシャクが王宮に乱入したという知らせを受けると王は古い隠し通路を通じて退避し始めた。

 王妃のセレナと娘のことが心配で駆けつけたドフレも一緒だ。

 他の有力貴族たちは火の海になることが明らかな王宮に入ってくることはなく、完全に王都の外へ逃げた。

 こんな状況では自分の領地に戻るのが一番いい方法だったから。

 何のために王を守ろうとしているのか。

 彼らには王宮へ向かえばルシャクの軍隊に囲まれ孤立した後に死ぬことになるとしか思えなかった。

 だから有力貴族は王都の外へ逃げたわけだ。

 しかし、王都の外へ逃げて行くのをルシャクが黙って見ているはずもない。

 貴族の命は風前の灯火に置かれていた。

 隠し通路について知っているのは王だけ。

 だから、娘が心配で王宮に駆けつけたドフレだけが安全に逃げる機会を与えられた。

 王は自分を守る親衛隊と侍従、侍女たち、そしてセレナとドフレを帯同したまま隠し通路へと入った。


「陛下、あの門は何でしょう?」


 隠し通路の奥にある巨大な鉄の扉を見たセレナが聞いた。


「それはわしにもわからん。古代王国時代からの施設だとは聞いているが、どうやって開けるのかまでは……。ゲホゲホッ」

「そうですか。真ん中にあるのはもしかしてマナの陣というものですか?」


 門の中央に描かれたマナの陣。

 本で見たことのあったセレナが尋ねるとドフレはうなずいた。


「そのようです。それより殿下、今は開かない門を気にしている場合ではありません」

「そうだ、セレナ。エストレンの先代王が作った隠し通路はその横だ。先を急ごう」


 王の命令により巨大な鉄の扉の存在は脳裏から消し去って一行は再び歩き出した。


「お父様、大丈夫ですか?」


 セレナはドフレの手を握った。それにドフレはうなずく。

 セレナが平気なのに自分が弱音を吐くわけにはいかない。


「平気だ」


 王とセレナの一行は隠し通路を抜け出すのに相当な時間を費やした。

 王は高齢であることから足元もおぼつかず、隠し通路の道もかなり険しかったため、脱出はそう容易ではなかった。

 だが、見つけにくい隠し通路なだけあって今のところはまだ追跡されていなかった。

 それだけが慰めの状況。

 その長い戦いの末、ついに隠し通路の外に出ることができた。

 隠し通路は王都の外へ繋がっていたわけだが、それは王都の都市を囲む城郭の外へ出たということを意味した。


「陛下、ひとまずドフレ領地へお連れいたします。まずは安全な場所へ退避してから、他の領地と連合して王都を取り戻した方がよいかと」

「そ、そうだな。そうしよう。何でもいいから今は気を休めたい」

「はい、陛下!」


 再び旅路に就いたが年老いた王は馬に乗れる状態ではなかった。隠し通路から出てすぐに馬車を手に入れることもできなかったため速度はかなり遅かった。

 ドフレがこのままではまずいと思ったその時。

 結局、その逃亡は足がついてしまった。

 王宮に王がいないことから逃亡に気づいたルシャク反乱軍が王都の外を隈なく調べていたのだ。

 反乱軍を見るなり親衛隊の顔が青ざめた。

 数からして敵いそうにもなかったからだ。

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