第88話
しかし、いくら押し寄せて来ても、戦う相手がいなかった。
ランプは敵が最後の待ち伏せをしていると思い、いったん他の城門を開けるよう指示したのだが、兵士たちがあちこちを歩き回ってもエイントリアンの兵力は見当たらなかった。
「今すぐ、総隊長に報告しろ!」
ランプは怪しく思い、フランに伝令を送った。
その後、城門の方から小規模の兵力が駆けつけ出した。
「隊長、前方に敵です!」
「やっぱり、隠れていたのか?」
ランプは頷き、その兵力を止めようとした。しかし、その一番前にいたのはエルヒンで、すぐにランプの首は宙に舞い上がった。
再び大通連が使用可能になったのである。
同じ時刻。
ランプが送った伝令が、総括指揮のために一番後方にいたフランの陣営に到着した。
「総隊長! 総隊長!」
「どうしました?」
「大変です。エイントリアンに誰もいません。ヴォルテル城と同じです。完全にもぬけの殻です。人っこ一人いない感じです!」
「それはどういうことですか。自分たちの本拠地を捨てたとでも?」
フランは頭をハンマーで殴られたような気分になった。
すでにエイントリアンには他の部隊を育成しておき、他の部隊を利用して自分の視線を分散させていると考えたからだ。本拠地を放棄するのは兵法上、ありえないことだ。
「今すぐエイントリアン城から出てくるように伝えてください。今すぐ!」
全く理解できない行動を前にしたフランは、むしろ不吉な予感がしてそう叫んだ。
* * *
ナルヤの大軍がエイントリアンに入ってきた。一気に押し寄せた兵力だけで、6万を超えた。
エイントリアン城の周囲に、ほぼすべての兵力が集まっていた。
16万の大軍がである。
この16万の大軍に向けた俺の戦略。
その答えは、エイントリアン城の地下にあった。
秘密の空間には、十二家の裏切りに対する悪口が溢れていた。
十二家の裏切りにより、本来古代王国の王都から今のエイントリアンまで退却した古代王国の先祖。
この先祖がマナの陣を開発し、大陸各地に秘密通路を作った張本人だ。
その先祖は裏切られて現在のエイントリアンまで退却した後、引き裂かれる思いで人生最後のマナの陣を完成させたのだろう。
それはまさに自爆のマナの陣だった。
すなわち、みんなで死ぬためのマナの陣だった。
しかし、エイントリアンの先祖は、これを使うことができなかった。
その理由については不明だった。
「ユラシア、地下に行くぞ!」
「はい、わかりました!」
敵の隊長を殺した後、時が来たのでエイントリアン城の地下に入った。
マナの陣が現われた。ユラシアがその中に入ると、マナの陣が発動した。
白いマナの陣が閃光を放った。
同時に地下で大きく地響きが鳴りはじめた。自爆の陣が稼動したのだ。
「よし、ユラシア、逃げるぞ!」
早く馬まで移動しなければならない。
駆動までかなり時間がかかると説明しておいたが、その時間が特定できず、焦った。
これが可能なのは、逃げる駆動が完了しても[30秒間無敵]を2、3回程度使えるということにあった。
時間との戦いだが、とにかく逃げさえすればいい!
ユラシアは頷いた。そして俺たち二人は、マナの陣から抜け出そうとした。
しかし、その瞬間!
マナの陣から光が消えてしまった。稼動が止まったのだ。
「……」
俺とユラシアは、互いに見つめあった。
「これ、使用者がマナの陣から抜け出したらダメそうなんですけど」
そんな秘密があっただと?
その瞬間、ユラシアが唇を噛んだ。
「一人で行ってください。私はここにいます」
そしてこう言ってきた。とんでもない話だ。
「絶対にダメだ! お前を犠牲にするくらいなら、いっそ逃げない方がいい! ナルヤに敗れたとしても、命さえあれば再起できる。諦めて出よう」
これまでの秘密通路にあったマナの陣は、発動さえすれば特に制限がなかった。
しかし、これは最期を飾るためのマナの陣だからか、余計なことがされているようだった。
だから自分も使えなかったんだ!
一度つけると死ぬまで外せない指輪だから。確かに、名前からして自爆のマナの陣だ! 本当に自爆ってことだ。
自分で作った宝具なのに、もうはめてしまったから、どうしようもできないんだ!
まぁ確かに考えてみれば、だからエイントリアン領地が残っていて、エイントリアン・エルヒンが生まれたのか。
「……これ、指輪が使う鍵なんで、指輪だけでいいんじゃないでしょうか?」
そう言ったユラシアは……。
「待て、ユラシア!」
一瞬で、何の躊躇いもなく、ロッセードで自分の指を切ってしまった。
血がほとばしり、彼女の指がマナの陣に落ちた。
ユラシアは苦痛で顔をしかめた。
再びマナの陣が発動した。
そして、その場から抜け出した。
指輪がマナの陣に触れていると、今度は稼動し続けたままだった。
すでに起きてしまったことだ。
それ以上考える時間がなかったので、俺はユラシアの腕を掴んだ。
そして逃げた。馬に乗って逃げ出すと、マナの陣が次第に強い光を発し、その光はすぐにエイントリアン城の外に飛び散った。
どうやら、エイントリアンの先祖は手を切り落とす決心もできず、こんなものを作ったようだ。どれだけ自分の体が大切だったんだ?
外に出ると、地下にあったマナの陣の模様が空の上に投影されていた。
この時、すでに俺はランプを容赦なく斬った後、城門を抜け出していた!
まもなく巨大な閃光がエイントリアン城全体を包み込んで広がった。
俺は[30秒間無敵]を使い続けながら、狂ったように馬を走らせた。
* * *
「なんてことだ……ありえない!」
空の上に投影された巨大なマナの陣。
その巨大なマナの陣が白く輝きはじめると、地面が揺れた。マナの陣が刻まれた大地は、その瞬間めちゃくちゃに割れはじめた。
マグニチュード9以上の地震だ。
その大災害はエイントリアン城やその外、小規模な地域で発生し出した。
地面が溶けたチョコレートのように崩れ落ちた。崩れた大地は兵士たちを飲み込み、強い地震はその範囲を広げ続けた。
割れ続けながら一瞬にして広がった地震は、いつの間にかフランの目の前まで迫ってきていた。地面が割れ、溶岩が兵士たちを飲み込む。
完全に崩れ落ちるエイントリアン城と城外。
「総隊長! お逃げください!」
バルデスカ家の家臣たちが直ちにフランを掴んだ。流れ落ちた地面は、もはや地面の役割を果たせず、四方から竜巻のように火柱が地底に伸びていく壮観が演出され続けた。
「逃げろ! 逃げるんだ! 今すぐ逃げろ!」
範囲の外にいた兵士たちは顔色を失い、自分たちが包囲していた方向の反対に狂ったように逃げ出した。
それは十武将も同じだった。
十武将もまた、何の防御もできないまま、生き残るために逃げるしかなかったのだ。
その結果、結束力を重視したナルヤ軍は、四方に分かれて寸断される状況に陥った。
「何だこれは……ありえない、こんなマナの陣は! いったい何の力を……」
虚しい顔でマナの陣を眺めていたフランは、何かを悟ったかのようにガタッと立ち上がった。
「まさか、古代王国のマナの陣……その遺産を使ったんですか!」
現れたマナの陣の術式が古代王国のものと非常に類似していたのである。
生涯をかけて研究したのだから、フランはそれを古代王国の遺跡だと確信した。
それは、フランの常識で考え得る最善のものだった。
いや、もう負けた。
今になってそれに気付いて、どうするというんだ!
襲ってくる地震を見ながら、フランは虚しく瞬いた。
「閣下、すぐにここから逃げねばなりません!」
バルデスカ家の家臣たちは、そんなフランを強制的に掴んで宝具を発動させた。
* * *
ナルヤの大軍はわずか3万しか残っていない。
結果は大勝利だ。
目の前にはレベルアップを知らせるメッセージが繰り返し現れた。
25だったレベルが35まで上がった。
得たポイントは4,000ポイント!
しかし、そんなものを得たことよりも、ユラシアの指の方が心配だった。彼女の指は元に戻せない。
「ユラシア、大丈夫か?」
「大丈夫です。ナルヤを退けたんですか?」
「ああ。そうだが……バカが! 他にも方法があったはずだ……」
全く言葉が思い浮かばなかった。
ユラシアは、ただ淡々としていた。
いつか彼女の言った言葉が思い浮かんだ。
指輪を貸してほしいと言ったら、その場で指を切ろうとしたんだったな。
「このことは俺が必ず報いてやる。俺の首をかけても」
「馬鹿なこと言わないでください。あなたはすでにロゼルンを救ってくれました。そして私を救ってくれました。闇に浸食されていった、何もない空き缶のような私を。なので、指一本くらい、そんなに申し訳なく思うことはないですよ」
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