第87話
「敵の兵力は約2万と推定されます。メデリアン様のおかげで確実に減っています」
「そうですか。ですが、あのプライドの高い子が後退するとは」
ランプの報告にフランは訝しげに首をひねった。
「どのみち、彼らには補給部隊がいませんでした。補給なしでヴォルテール城を出てこちらへ退却したのです。その意味がわかりませんか?」
フランの質問にルカナは手を叩いて答えた。
「エイントリアンに補給物資があるからでは?」
「そうです。結局、敵の心臓部はエイントリアンということです。実際にも第四軍がもう少し踏ん張ってくれたなら、エイントリアンへ逃げる敵をごく一部に抑えられたのですが……残念です」
「ところで、状況が把握できていません。メデリアン様の周りにいた味方の兵士は一人残らず死んでしまい……状況を知る者がいないのです」
頬を掻くフラン。だが、今は妹よりも勝つことが重要だった。
「正攻法でいきましょう。エイントリアン城を包囲します。城内にある補給物資には限界がありますし、敵の兵力はわずか2万です」
平地で第四軍がやられなければそこで終わらせることもできた戦いだったが残念な結果となった。
しかし、依然として圧倒的に有利であることは変わらない事実。
2万と16万の戦いだ。
いくら城で戦うとはいえ話にならない。
さらに、こっちには今もなお十武将が健在だった。
***
フランの16万の大軍が一斉にエイントリアン城に向かって進撃した。
逃げる敵を追撃している状況で、先頭に騎兵を配置し、その後を歩兵隊が追いかけるような陣形だった。
ところが、逃げていた敵に異変が生じた。
報告を受けたフランは全くその意味がわからなかった。
「小規模の兵力がエイントリアン城に入り、残りは南に移動したということですか?」
「左様でございます! 両方追いかけますか? 総大将、指示をお願いします!」
これは一体何のまねだろうか。
兵力を分けたところでいいことなど何一つなかった。
これが敵を混乱させるための戦術ならば、それは策士として使ってはならない手段。
すでに残る兵力はたったの2万だった。その兵力を分けて勝利を望むとは大したものだ。
ところで、エイントリアン城に小規模の兵力が入ったとのことだが……。
フランは今回ばかりは到底理解できなかった。もちろん、予測すらできない。
一般的な戦略の基礎を完全に無視していたのである。
「総大将、気にする必要はなさそうです。窮地に追い込まれたことで内部分裂でも起きたのではないでしょうか?」
「私もそんな気がします」
ランプとルカナが言った。イスティンは黙っていたが考えは同じのようだった。
バルデスカの他の家臣や武将たちも同じだ。
家臣たちが追撃したエイントリアンの軍隊は追い込まれていた。行き場を失ったのだ。
完全に勝機をつかんだ状態。
「戦略も結局は兵力があってこそです。総大将に長く仕えてきた経験から私はそう確信しています」
ランプがそう言うとフランもうなずいた。どう考えても今回は方法がなかった。
いくらエルヒンを過大評価しようともこればかりは違った。
「グレーの髪をした男。エイントリアン・エルヒンはどこへ?」
「エイントリアン城へ行きました!」
「では、エイントリアン城へ向かいます。他は気にする必要ありません!」
「承知しました、総大将!」
その命令に従って副官たちが駆け出し、ナルヤ全軍もエイントリアン城に向かって走り出した。
「エイントリアン城を幾重にも包囲します。絶対に隙を与えてはなりません」
正攻法で戦う。
フランは他のことは考えないことに決めた。
***
エイントリアン最後の戦い。
状況の流れから避難民も全員がそう思っていた。
「みんなエイントリアンだけを頼りに移動してきてるってのにやられてるなんて。一体どういうことなんだ!」
「直接見た人の話では敵の数が圧倒的に多いみたいだし仕方ないさ」
「数では勝てないのか?」
近くに集まった避難民たちはそんなふうにひそひそ話ながら行き場を探して彷徨っていた。
「あっちへ行くとエイントリアンだよな?」
「ああ。間もなく大戦争が始まるだろう」
「みんなルナンは最後の戦いになるって言ってるさ」
「確かに、国王様が逃亡中に死んで、それでも戦おうと遅れて合流したのがエイントリアンの領主様だけだからな……他の領主様たちは一体何をしているのやら」
「兵力を準備しておいたのも彼だけだしな」
「前回の戦争ではナルヤを阻止してくれたけど今回は厳しいだろうか?」
「彼がロゼルンから戻った時には、すでにルナンの北部は陥落していたとか?」
「ああ。まさに俺はそこからここへやって来たが、それこそ破竹の勢いでやられてたさ」
避難民たちはそう言いながら身の不幸を嘆き始めた。
こうなったらナルヤの国民になるべきだが他国の民になるということには漠然とした不安があった。
「えいっ、知るか。最後の戦いでも見に行ってやる」
「そんなことしたら死ぬぞ!」
「向こうの山に登れば見れるよな? 念のため見ておかないと」
「危ないって」
好奇心が恐怖心を越えていく場合というのは結構ある。
多くの人があちこちで戦いを見物しようと山に登り始めた。
すでに状況は噂で広まっていたためルナンが勝つと思っている人はいなかった。
だが、一方でルナンで最後まで奮闘する唯一の領主という噂も広がっていて見物人が押し寄せていた。
みんな危険であることを知りながらも。
「ところで、エントリアンの人たち静かすぎないか?」
「そういえばそうだな」
そんな中、避難民たちは一つ疑問を抱いていた。
エイントリアンの領民たちには避難しようという気配もなかった。それだけか、領地内には何もなかったのだ。
「この広い領地に、まるで兵士の他には誰もいないみたいだ」
彼らが言っているのは当然ながら城内の話ではない。城外のエイントリアン領地全体のことだった。
***
結局、この瞬間が訪れた。
ナルヤ全軍の集合。抜けていた軍隊が合流して完全体となった。つまり、ここでやつらに必ず被害を与えなければならない。
正直、国を建てるにあたってこのエイントリアンはいい位置にはなかった。
特にこうして信頼できる人材も、兵士も少なく、ナルヤに囲まれている状況ではなおさらだ。
ましてや、この状況でルナン王国の兵力のほとんどはブリジトへ行っている。
ルナン北部で抵抗すらできずに簡単にやられているのも、あくまでそうした理由が大きかった。
もちろん、ブリジトという巨大な餌を投げてルナン王国の兵力をブリジトに移したのは俺の計画の一部だった。
誰よりもルナンの滅亡を望んでいたから。
その兵力が全部俺のもとに合流するとしても、こんな位置で力をつけるのは無理だった。
飢え死にするのに最適な位置。
ナルヤだけでなく、あちこちから圧迫できる開かれた位置ではないか。
国を宣布してから力をつけるには適していなかった。
だが、他の場所に基盤を置いても、とりあえずナルヤ王国軍を一度壊滅させなければ話にならない。
息を整える時間がなくなるわけだから。
そんな時間を得るためには、民心、そして避難民を受け入れ、ルナン王国出身の他の兵力を糾合し、少なくとも一度はナルヤ軍に甚大な被害を与える必要があった。
これはそのための戦いだ。
本部隊を他に移してエイントリアン城に小規模の部隊だけを率いて入ってきたのはフランをおびき寄せるため。
城壁の上からフランの軍隊を調べた。
四方で幾重にもエントリアンを取り囲んでいる。
節度ある動きだった。
こんなに集まってくれるとは嬉しい限りだ。
実は、このすべての作戦はエイントリアン城に隠された秘密があるがゆえに可能だった。
古代王国時代に作られた隠し通路がエイントリアンにもあったのだ。金塊があった部屋と特典があった部屋は古代王国とは関係がない。金塊があった部屋はエイントリアンの末裔が作ったもので、特典があった部屋はゲームの運営が作ったものだ。ただ、古代王国の終わりを共にしたこのエイントリアンにはもう一つの秘密の部屋があった。
それがまさにユラシアの指輪がなければ入ることのできない古代王国の隠し通路だ。
エイントリアン城と自分を囮にフランの大軍を集めたのはこの力があるからだった。
日は暮れたがフランは攻撃を計画していた。このエイントリアンが空いていることも知らないまま。
フランなら俺に時間を与えてはくれないだろう。
この勢いで一挙にエイントリアン城を陥落させようとするはず。
まさにその時がチャンスだ。フランは夜の方が攻撃しやすいと思ったのか息を殺して待ち続け、日が暮れた途端ついに攻撃を命じた。
「全軍、突撃です!」
天下のために。
フランはエイントリアン城の攻略を長引かせるつもりは全くなかった。
エイントリアン城に向かって全軍が突撃する。
梯子を使って真っ先に突撃してきたのは第三軍だった。
ケディマンの死という過誤があったため、第三軍の名誉を挽回しようとランプはフランに頼んで先鋒に立った。
守る者がいないため大軍はすぐに城内に入ってきて城門もすぐに開いた。
城門が開くとランプの4万の大軍が城内にどっと流れ込んだ。
燃え上がる城門が照明となり、その進撃の速度はかなり速かった。
入ってきた軍隊がエイントリアンの他の城門まで開けてしまった結果、城内にはさらに多くの兵士が流れ込む結果となった。
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