第85話

「敵の基本兵科は」

「騎兵と歩兵隊です。前に騎兵隊、後ろに歩兵隊といったごく一般的な陣形で移動中です!」


 戦略とは程遠い一般的な陣形だった。


「閣下、鉄騎兵でいきますか?」

「いや、まずは歩兵でいく。魚鱗の陣を組むつもりだ!」


 歩兵隊で魚鱗の陣を組む。

 魚鱗の陣とは、歩兵隊が矢印の形に配置されるもので、先端部分にいる歩兵隊が全滅しても次の列にいる歩兵が敵を相手し、敵の騎兵が中まで入りこんでくればそのまま包囲できる陣形だった。


「承知しました!」


 念入りに訓練させた兵力だけあって瞬時に陣形の変形が行われた。


「弓兵隊は魚鱗の陣の前で布陣したまま待機し、敵が現れた瞬間に矢を放つ。そしたら素早く後ろへ下がり、今度は魚鱗の陣の歩兵隊が敵の騎兵を迎える。ユセンは魚鱗の陣を、ギブンは弓兵隊を頼んだぞ!」

「はい、閣下!」


 二人に指示を出した後、ジントに視線を移した。


「君は俺と一緒に敵将を訪ねよう」

「了解!」


 そこまで命令を出すとエルヒートが呆然と俺を見た。


「俺は何をすれば?」

「閣下はまだ体調が万全ではないので、とあえず……」

「何を言ってるんだ。もう治ったも同然だ!」


 エルヒートはきっぱりと言った。実はそう言ってくれるのを待っていた。


「では、鉄騎兵をお願いできますか。敵の騎兵隊が魚鱗の陣と対立したら大きく後ろに回って敵の後方を急襲してください」

「その任務、必ずやり遂げよう。行くぞ!」

「はい、閣下!」


 エルヒートの家臣たちは大きくうなずき彼の後に続いた。

 ただ、一つ問題がある。

 先の部隊を率いる武将は果たして誰なのか。

 これは最も重要となる問題だ。

 何だか悪い予感がした。

 あれだけ部隊を分けることはしなかったフランだ。

 そんなフランがわざと分けた部隊。

 そうなると、その部隊の指揮官は決して平凡な人物ではないはずだ。

 今、最も恐れているのは我が軍に被害が生じること。

 少なくともフランの部隊が合流するまでは意図的とはいえ退却できない。

 我が軍が被害を被る状況は避けたい。

 むしろ、先の部隊を撃破することが最高のシナリオだ。

 その後、フランの部隊を撃破すれば20万というナルヤの兵力を一気に撃破できるから効率もいいだろう。

 だが、フランがそれだけ信頼している武将だ。

 部隊を分けることで俺にやられる可能性があることは十分承知のフランが送り込んだ部隊。

 何だか腑に落ちなかった。


「エルヒン、どうかしましたか?」

「何だか悪い予感がして……」

「悪い予感?」

「まあ、どのみち結果は変わらないから問題ないが。もし俺の計画が失敗したら君はすぐにロゼルンへ帰るんだ。ここでは死んではならない」


 もちろん、失敗する気はない。それでも俺の戦いに巻き込まれて命を落としてほしくはないためそう言ったが、ユラシアは俺の話を聞くなりロッセードを手にして俺の首の前で構えた。


「またそんなこと言ったら今度は本当に刺しますよ!」


 かなり真剣な顔。笑顔ひとつなく寂しそうな顔だった。


「俺が戦場で死んでも君には生きて帰ってもらわないと」

「ロゼルンを捨ててあなたについてきたんです。今さらそんな簡単に帰れる場所ではありません。私はもうロゼルンの人間ではないのです。あなたが見せてくれると約束した世界を見るまで離れるつもりはありません。たとえ一緒に死ぬことになっても!」


 その言葉は本当に嬉しかった。

 一緒に死ぬと言ってくれる人がいるなんて幸せなことだ。


「わかったから剣を下ろしてくれ。二度と言わないから」

「わかってくれたなら、それでいいんです」


 ユラシアは唇を噛みしめながら剣を下ろした。何か言いたいことがある様子。

 まあそれはこの戦いの後で聞くことにしよう。

 まずは計画を成功させないと。


「ジント」

「俺も同感だ。どうせなら一緒に死ぬ!」

「何言ってんだ。ミリネのためにも生きないでどうする」

「それは……」


 深い悩みに陥ったジント。


「あんたの代わりに俺が死ぬ。ミリネのことならあんたが面倒見てくれるだろ。それで十分だ!」


 すると、こう言った。

 ユラシアもジントも本当に嬉しいことを言ってくれるやつらだ。

 家臣の中でも本気で命を預けられるのはこの二人だけ。

 知り合いが誰もいない世界でひとりぼっちだった俺にこんな存在ができたということに感無量だった。

 とにかく死ぬつもりは毛頭ない。

 その自信もある。

 ただ、ここから先は記憶にない歴史。先のことが予測不可能だからか少し感情的になってしまった。

 自分を信じて戦うしかない。


「ジント、ユラシア。それぞれの位置から突撃しろ。俺も一緒に動き出す」


 もちろん、俺の目標は敵将を確認すること。


 ***


「今頃、第四軍はエイントリアンの領地軍と遭遇したかと」

「そうですね。あいつらのことですから、エイントリアン軍を攪乱していることでしょう」

「もちろんです」


 ルカナはメデリアンのことを思い出し、うんざりした顔でやれやれと首を振る。

 彼女と乱取り稽古をした時に疲れすぎて死にかけた嫌な記憶が蘇って自ずと顔色が悪くなっていった。

 彼女の破壊力が合わさった部隊は最強だった。

 だからこそ、エイントリアン軍はその破壊力に苦戦した。

 第四軍がこの戦いの切り札だったのだ。


「エイントリアンに私の妹に敵う武将はいません。彼女は陛下にしかコントロールできな……」

「はい? それはないかと」


 ルカナがフランを否定した。


「彼女は陛下から逃げ回っているわけですから、その時点でコントロール不可能でしょう」


 ***


 戦いが始まった。


[ナルヤ征服軍第四軍]


 敵の正体は第四軍と名付けられた部隊。

 その数は5万。

 つまり、ルナンの征討軍は20万。

 これでやっと数が合う。


[兵力:5万]

[兵科:騎兵隊]

[士気:92]

[訓練度:95]


 腹立たしいことに精鋭兵だった。

 ナルヤとの戦いでは士気も訓練度も変わらず、両者とも高い士気と訓練度を持っていた。

 だから、こっちが優位に立つのは難しい。

 士気が100を超えてS級に跳ね上がればまだしも。

 まあ、それより兵科の優位性と陣法で有利に立つことはできた。

 今はフランのような策士がいるわけでもないため頭脳戦には自信があった。

 敵将が思うように動いてくれればの話だが。


「わぁぁあああ!」

「殺せ!」

「死ねぇぇええ!」


 戦いが始まって、作戦通りあらかじめ陣を構えていた俺たちに向かって敵の騎兵隊が突撃してきた。

 弓兵の矢の洗礼を受けて敵の騎兵の前列が倒れていく。


[ナルヤ第四軍 4万8000人]

[エイントリアン領地軍 3万3000人]


 現在5000の弓兵が矢を放っているため敵の数だけが減っている状況。

 もちろん、矢の限界は存在するため、4万5000人まで敵が減ったら弓兵は後方に退いて歩兵に変身する。

 ついに魚鱗の陣に騎兵隊が突撃してきた。

 ここからは敵の兵科が優位に立つ。その兵科の優位性が魚鱗の陣によって最小化することを願うばかり。


「敵将のところへ向かう!」


 俺はユラシアとジントを帯同して突撃してくる敵の群れの中へと飛び込んだ。

 前列の騎兵隊がもの凄い勢いで突撃する中、敵の歩兵隊が続いて飛びかかる準備をしていた。

 最後尾の歩兵隊はエルヒートの鉄騎兵が撃破するだろう。

 兵科の優位性どころか、エルヒートの指揮力のおかげで士気も遥かに上回っているから。

 敵将に突撃しようとしたその時。

 魚鱗の陣が眩しいくらいの強力な閃光によって崩壊してしまった。

 その閃光が走る度に我が軍の数はどんどん減っていく。

 その勢いで敵の騎兵隊が魚鱗の陣を突破して攪乱したことで我が軍の数はあっという間に減った。

 なんと5万人が消えてしまったのだ。

 離れた場所でマナが爆発していた。

 だんだん焦りが出てくる。俺は馬を駆り立て現場に向かった。

 すると、その前方にはとんでもない女がいた。

 地面に落ちた無数の剣を自由自在に操って我が軍の兵士を斬りまくる。

 兵士の手から落下する武器がそのまま彼女の武器となり、宙に浮かび上がっては我が軍に降り注ぐ。

 その度に閃光が爆発していた。

 マナの爆発だ。

 俺は思わず眉間にしわを寄せた。


[バルデスカ・メデリアン]


 その名前。

 まず名前からして強烈だった。バルデスカだ。

 バルデスカ家。大陸十二家出身の名家。そして、バルデスカ・フランが首長のあの一家だった。


[年齢:21歳]

[武力:99(+1)]

[知力:34]

[指揮:72]


 実はこの名前について聞いたことがあった。現在の十武将の名前については諜報で聞いていた。

 バルデスカ・メデリアン。

 武力数値だけを見てもわかる。

 大陸で最も脅威的な国であり大国と評されるナルヤの十武将の中でもトップ。

 十武将序列第一位。それがまさにバルデスカ・メデリアンだった。

 実際に見ると噂通りの武力だった。

 十武将第一位としては十分な武力だ。

 十武将第一位とはその国における最強という意味になる。もちろん、王を除いた中での話。

 さらにプラス効果までついていた。つまり、現在の武力が100ということ。

 おそらく、ロゼルン王家でいうユラシアのロッセードのようなバルデスカ家の宝物を使っているのだろう。

 あの歳であんな破壊的な武力を手にした経緯はバルデスカ家の特性と関係があるのか、それとも純粋な才能なのかはわからないが、とにかく今はそれどころではない。

 強すぎる。

 強すぎるのが問題だ。

 だからといって、そのまま放置するわけにも退却するわけにもいかなかった。

 退却してフランに出くわす方が最悪だ。

 だが、放っておくには問題が多すぎる。すでに魚鱗の陣は完全に突破されてしまった。

 死んだ兵士たちの数だけ、彼らが落とした剣が宙に浮かび上がっては再び我が軍を攻撃してくる。

 これは気の遠くなる話だ。

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