第84話

 ヴォルテール城から少し離れたところに駐屯地を編成し、フランは直ちに偵察隊を送った。


「総大将! 何だか様子が変です!」

「変ですと?」

「城内が異常に静かです」


 平地にあるヴォルテール城。そのため、近づいての諜報活動は難しかった。

 ここでは偵察隊がすぐに見つかり弓兵の追撃で殺されるの繰り返し。

 それに、今では避難民も疎らとなり、その群れに紛れることもできなくなってしまった。

 特にエルヒンが復帰して斥候を探し出してからは情報収集もできなかったため、近くまできてようやく城が空いていることに気づいたのだ。

 報告を受けるフランは眉間にしわを寄せた。


「静かだと……? どういうことだ! 詳しく説明しろ!」


 もどかしげな様子でランプが問い詰める。


「旗はささっていますが、門は閉ざされ兵士たちの姿は見当たりません。まるで空き城のようです!」

「空き城だと?」


 ランプがルカナを見た。


「やはり。最初からあの低い城で何かするつもりはなかったんです。鉄騎兵で我われを分裂させて奇襲する計画だったのでしょう。第二軍は梯子を使って城門を上り偵察してください。最大限の注意を払うのです。城を燃やす火攻め作戦の危険があります」

「かしこまりました!」


 ルカナが返答し、イスティンはそれにうなずくと部隊を率いて城門へ向かった。

 だが、空き城ということを聞いた陣営ではさらに怒りが沸き起こるばかり。

 これまでの怒りをヴォルテール城にぶつけるつもりだったが、そこには相手がいないという虚脱感と共に行き場を失った怒りは収まる気配がない。

 そのため、家臣たちは空き城でないことを願ったが、戻って来たルカナは激怒した顔でフランに報告した。


「総大将、空き城です! 何もありません!」


 それを聞いた家臣たちは強く唇を噛みしめた。


「そうですか」


 もちろん、フランだけはいつものように落ち着いていた。


「隊長は念のため城内を調べてくるとのことでしたが、火攻めの危険はなさそうです。油を撒いたり木を集めた形跡もありません」

「わかりました。偵察が終わり次第、城門を開けてください」

「はい、総大将!」


 フランの命令により間もなくしてヴォルテール城の門が開放された。

 だが、城内にはやはり誰もいなかった。そこで得たものといえば快適な寝床くらい?

 何の物資も手に入らない空き城。

 それだけか、すぐにエイントリアン軍を追うべき状況でその快適な寝床も意味がなかった。


「まあ、重要な城でもないので予想はしていましたが……何の策略もなしに退くとはつまりませんね」


 何かしら罠が仕掛けてあるはずだと思っていたフランだったが、家臣たちの考えは違った。


「総大将、彼も人間です。過大評価しすぎでは……?」


 命令だから従ってはいるものの、実際のところ十武将たちはエルヒンに神経を尖らせるフランを意外に思っていた。

 ナルヤの王も同じだ。

 前回の戦いでフランが負けたのは、まともな武将を同伴しなかった上に油断したことが原因だと思っているため、十武将を帯同した今回は違うだろうという考えだった。

 考え方が違うのは徹底的にやられた経験のあるフランだけ。


「とにかく、直ちに敵を追撃します。みなさんの怒りは行き場を失いましたが、私はむしろこの時を待っていました。エイントリアンの軍隊が再び領地へ帰って行くこの時を。まさに今、退却している今こそがチャンスです。前後から挟み撃ちして追い込むのです!」

「では、ついに第四軍が……?」


 ランプとルカナの質問にフランはうなずくと地図を指し示した。


「おそらく、エイントリアンまでは退却を続けるでしょう。彼がどんな戦略を使ってくるかはわかりませんが……私は自分の戦略を信じます。この辺りで前後から撃破しましょう。その後、残りの兵士がエイントリアンへ入り、エイントリアン城を攻め取るために準備したマナの陣で撃破します。彼はもう逃げられないというわけです」


 ***


「陛下、我われもそろそろ準備すべきかと。このままナルヤがルナンの南部まで征服してくれば、次に狙われるのはロゼルンの領土です!」


 尻に火がついたロゼルンの王宮は騒がしかった。


「姉上から援軍の要請は?」

「今のところ女王殿下からは何の連絡もありません。陛下、それよりも今の我われに援軍を送る余力はありません」

「でも……エルヒンがいるではないか。彼ならきっとまた守ってくれるだろう」


 幼い王はそう言ったが貴族たちはかなり動揺していた。


「彼の判断でルナンに約束の物資を送らなかったことは正解でした。そのおかげで、ナルヤにルナンと断交したと言えるようになったわけですから。だから、これを機にエルヒンとも縁を切って新時代を準備した方がいいのでは?」

「いくらこんな状況だからとはいえ、よくもそんなことを!」


 王女派の貴族たちが立ち上がった。

 すると、国王派の貴族たちもそれに反発し、すぐに喧嘩が始まった。


「ブリジトとナルヤは違います。ナルヤにはブリジトのガネイフのような武将が10人もいるのです。それに、十二家門出身で天才戦略家のフラン公爵もいるわけですから、万が一に備える必要があるということです!」


 いくら議論しても結論の出ない話だった。

 結局、もう少し戦況を見極めてから結論を出すという慎重論に落ち着いた。


 ***


「また後ろにナルヤのやつらが! 俺たち完全に追われてるみたいです。あいつら、他の城には見向きもしません。まったく、しぶといやつらめ。ルナンの他の領地を占領する気はなさそうでは?」


 ギブンはうんざりした顔で叫んだ。


「まったく、油断も隙もないやつらだ」


 その隣でユセンもうなずいた。


「ナルヤの総大将は俺にやられまくったからな。俺を片付けないと酷い目に遭うとでも思ってんだろ」


 俺もギブンとユセンに同感だった。

 むしろ俺のことを見下して油断でもしてくれたら少しは戦いやすくなるのに、圧倒的に優勢な兵力を持っているにも関わらず、まるで自分の方が劣勢であるかのように慎重に動いていた。

 鉄騎兵で少しは被害を与えたものの致命傷には至らなかった。


「まあいい。油断してくれないなら、逆にそこを利用すればいいだけ」


 ルナン王国を守り貴族として生きていく。

 そんな状況だったら、ルナンの全兵力を利用してルナン北部の関所とルナン城でナルヤの攻撃を阻止することはそこまで難しくないかもしれない。

 だが、そうなると俺は相変わらずのあの王とローネンに利用されるだけの貴族に過ぎない。

 だから人の手を借りてでもルナンを滅ぼす。後に独立するためにはこうして険しい道を行くしかないのだ。

 この難事を乗り越えてこそ正当な俺の勢力が生まれる。

 ルナンが滅亡し、周りの国にその土地を狙われている状況でエイントリアンを守ろうとしても、あちこち敵だらけな上に地理的にも四方に開けているため何一ついいことはなかった。


「計画通り、エイントリアンで決着をつける!」


 俺はエイントリアンの広い野原を指さした。

 ここから誘導作戦を展開するつもりだった。

 そうして俺たちは決着の舞台に急いだ。

 現在、総兵力は約3万3000人。

 見方によっては少ない兵力かもしれない。

 だが、戦争ではまず場所を決めて戦いに備えることが大事で、俺たちは一日かかるほどの距離をナルヤ軍よりも先に退却した状態だった。

 そうでなくても俺たちの方が進軍速度が速かったが、俺はわざと速度を落とした。


「閣下!!!」


 そのようにゆっくりとエイントリアンへ向かっている時だった。

 エイントリアン城に残っていたベンテが駆けつけてきて叫んだ。


「ハァハァ……。大変です、閣下!!!」


 そそっかしさはギブンと一二を争うやつだ。俺の目の前まで来ると馬から飛び下りて報告した。


「ベンテ? 城の中にいるはずだろ、なぜここにいるんだ」


 ハディンとエイントリアン城を守っているはずのやつがここまで来るとは……。

 俺の後ろにいたユセン、ギブン、ユラシア、そしてヴォルテールやエルヒートらもかなり驚いた顔をしていた。

 ジントは別に興味なさそうだが、それはいつものこと。


「ナルヤ軍です。ナルヤ軍が攻め込んできました。今こちらへ進撃しています!」

「ナルヤ軍が?」

「はい、閣下!」


 俺の問いにベンテは大きくうなずく。仰天したユセンがそんなベンテに聞いた。


「いや、ナルヤ軍は我われの後方にいるはず……まさか、また別の軍隊がいたのか⁉ ベンテ、そうなのか?」

「そういうことです!」


 ベンテは激しくうなずいた。


「進路から推察すると目標はエイントリアン城ではありません。閣下がいらっしゃるこちらへ向かっています!」


 俺以外はベンテの話に衝撃を受けたのか全員唖然としていた。

 ベンテの話が本当なら前後からナルヤ軍を迎えることになる。唖然とするのも当然だ。


「くそっ! やっぱり……最初から逃げるべきだったんだ……」


 ヴォルテールはうっかりとそんな言葉を吐き出すと、すかさず両手で口を塞ぎ縮こまった。


「だから何だ。いずれは戦う相手だ」


 エルヒートは槍を持ち直しながら淡々と言った。

 俺は最初から予想していた。

 だから、わざと進軍速度を落としたのだ。

 前後から挟み撃ちに遭うことでナルヤ王国の全兵力が俺たちの前に姿を現すことになるから。

 そのためにドロイ商会を動かした。確かな諜報を得るためにナルヤの貴族たちを脅迫して莫大な金も費やした。

 脅しの対象は不法に奴隷を買い付けていた貴族たち。

 彼らを通じて得られた情報は、この征服戦争でナルヤが動員した総兵力数だった。

 その数、約30万。

 ところが、ルナンの国境を越えてきたのはわずか15万だった。残りの15万はどこへ行ったのか。

 諜報によれば、10万の兵力を率いて皇帝自ら他国の占領に向かったとのこと。そうなると残りの5万は?

 5万という数字。

 その兵力はどこに隠れているのか。

 今、その疑問が解けた。

 俺の予想通りだ。だから、進軍速度を落としたのも正解だった。

 わざと挟み撃ちに遭うその理由は簡単だ。

 どうせならナルヤ全軍を撃破した方がいい。

 だから、こうして一カ所に集まってくれるのを待っていた。



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書籍版の2巻が5月28日に発売されました。

2巻も加筆修正が結構ありました。それに加えて、書籍版には外伝もあります。

ユラシアが好みのタイプを聞いた後、WEB版ではそこについて特に後日談は出てきませんでしたが、2巻の外伝ではその話を扱っています。

イラストも1巻よりさらに美しいと思います。

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