第81話
「こちらではありません。あちらです!」
彼は慌ててルナン城のある東ではなく西を指さした。
「ナルヤ軍が西から来ると? 本当にナルヤの軍服を見たのか?」
「い、いえ、遠くからなので軍服の色までは」
まあ、そうだろう。
もしかしたらフランが気違いな行動をとったかもしれないため確認に来たがそんなことはなかった。
ここへ到着するべき部隊はナルヤ軍だけではない。
それでも確実にしておくため遠くに見える部隊にスキャンを試みた。
[エイントリアン領地軍]
[兵力:2万人]
[兵科:歩兵1万5000人、弓兵5000人]
[士気:90(+5)]
[訓練度:95]
言うまでもなく味方だった。エイントリアンから出発した俺の部隊だ。
苦労して育てあげたエイントリアンの領地軍!
2万からやっとのことで鉄騎隊を含め3万まで増やした俺の精鋭兵だった。
士気が+5となっているのはあの中にユラシアがいるという証明でもあった。
士気にプラス効果がつくのは指揮力95以上の数値を持つ武将によるハロー効果だ。
「君、ちゃんと目を開けて偵察してるのか? あれは味方だ」
「え? それは……一体どこから味方が!」
「エイントリアンの領地軍だ」
「っ、本当ですか!? 味方がくるとは!」
ヴォルテールの家臣は飛び跳ねながら喜んだ。
今のところ他から来る味方はいないだろう。
だが、ここで俺が健在であることを誇示し、エルヒートが一緒であることを知らせれば、まだ戦火に見舞われていないエイントリアンとヴォルテール城の間の領地の中で参戦してくる領地があるのは確かだった。
それでも、エイントリアンを空けて全兵力をこっちへ回すことの効率性を考えれば、それは戦略の一環となる。
この戦争で得るべきものは獲得のための戦略の一環。
「すぐに門を開けて我が軍を迎えるんだ」
「かしこまりました。私が行って参ります」
ヴォルテールの家臣は浮かれて飛び跳ねながらそう叫んだ。
***
エイントリアンの部隊が到着したことで人数が増えたため直ちに避難民に穀物を供給した。
民心の管理に取りかかったのだ。
民心のバタフライ効果。
そのバタフライ効果が肯定的に働いて他領地の軍隊が俺の下に集まることがかなり重要だった。
「たくさん食べなさい」
穀物の配給。これがひとつ目の民心管理だった。
俺が自らの手で民に分け与えれば、それを受け取った人々には感謝の気持ちが生まれる。
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
こうして心から感謝の意を表する人がほとんど。
だが、多種多様な人がいる中で避難民にもいろんな人がいるものだ。
「これだけですか?」
戦争中にもかかわらず、それも貴族の前でそんなことを言う頭のおかしいやつは必ずいた。
「それだけです。後ろの人のことも考えてください。避難民が溢れかえっていて穀物が足りない状況です」
そんな時は隣でユラシアが強く言い聞かせた。
すると、皮肉を言っていた人たちは何も言えずに黙り込む。
ユラシアの高い魅力度が人々を魅了したのだ。
ある程度回復したエルヒートも配給に参加した。彼は自らの領地の全資産を寄付することにしたがそれは意味のないことだった。
彼の領地はルナン南部にあり、今すぐにそこから物資を運んでくることは不可能だったから。
むしろ、いずれナルヤの手に渡る領地に過ぎない。
「無理せず休みながらやった方が……。まだ完治していないのですから」
「大丈夫だ。俺ひとり休むわけにはいかない。こんな状況で配給とはな」
「兵糧でしたら心配いりません」
兵士たちの食糧を心配しているのかと思って答えたが、エルヒートは首を横に振った。
「そういう意味ではない。君には感服した」
「何を仰るんですか。とにかく大体にして休んでください。戦場で活躍していただくつもりです。ここで力が抜けてしまっては困ります」
「ハッハッハ! それもそうだな。わかった、そうしよう!」
ここを通過する避難民はルナン北部とルナンの王都から流れ出る人口の一部だ。
避難民はルナン南部と西南部の二方向へ流れたはず。
西南部へ向かった人たちはルナンに広まる俺の噂を聞いただろうからなおさら気を遣う必要があった。
逆に言えば、延々と続くはずのない流入でもあった。
そう、確かに終わりはあった。
だからここでは適当に時間を稼いで民心を得てから後退するのがベスト。
「ユセン」
「はい、閣下!」
だからこそ少し動く必要があった。
「部隊を率いて少しの間ヴォルテール城を出ようと思う」
「ヴォルテール城からですか?」
俺はこの戦争における最初の戦略をユセンに説明した。
***
ナルヤの15万の大軍はヴォルテール城に向かって進軍していた。
フランは騎兵隊を分けることもなく全員同じ速度で進軍を命じた。
そのように進軍しているフランの本隊に彼が送った偵察隊が戻ってきた。
「エルヒンが出て行ったと?」
「はい。エイントリアンの部隊がヴォルテール城で合流すると鉄騎隊を率いて城の外に出て行きました」
その言葉にフランは眉をひそめた。
なぜ突然出て行ったのだろうか。
それにエイントリアンから大規模な兵力が移動してきたというのも変だった。
エイントリアンを空けたということだから。
どういうつもりだ?
フランは地図を広げた。エイントリアンを守る兵力は残してあるだろうが、こうなるとエイントリアンを攻撃することは極めて容易になる。
ヴォルテール城で戦おうということか?
一体狙いは何だ。
ヴォルテール城を孤立させるのは簡単だった。
15万の大軍で包囲すれば二日も耐えられない低い城だ。
イスティン、ルカナ、ランプなどの十武将とバルデスカの家臣たち、そして参戦したナルヤの貴族たちが互いに顔を合わせた。
フランが深刻な顔で悩み出したからだ。
「総大将、追撃隊を編成しますか?」
そこでランプが質問を投げかけた。
だが、フランは首を横に振った。
「いいえ。予定通り進軍します。ヴォルテール城に早く着くほどいいのです」
奇襲でこっちの士気を折ろうとしているようにしか見えなかった。または補給を断つだとか。
しかし、ルナン城を占領したため補給の問題はなかった。
エルヒンがあの兵力で補給を断ちに行くのは本当に愚かなまねだった。
ヴォルテール城の主力部隊を自分に捧げるということにしかならなかったから。
もちろん、そんなはずはないだろう。
だから考えられるのは奇襲くらいだ。
ただ、全く予想できないのはなぜヴォルテール城で耐え忍んでいるのかということ。
ヴォルテール城だろうがエイントリアン城だろうが、孤立させてその戦いに勝利する計画だから戦場がどこになろうと構わないが、あの低いヴォルテール城で戦うという理由が理解できずもどかしかった。
「ブリジト方面にいるルナン軍が参戦する時間を与えるつもりはありません。援軍が来ても我が軍の方が兵力は多いですが、わざわざ彼に兵力を与える必要はないので……速戦即決です」
諜報によればブリジト方面にいる兵力は5万ほど。しかも、その全軍がやってきた瞬間、ブリジトの支配権を失うことになる。
四方で分裂し、ルナンとブリジトの領地はすべて所有者がいなくなるということ。
いずれにせよ圧倒的に有利なのは自分だった。
さらに、ブリジトの援軍とエルヒンを合流させるつもりもなかった。
エイントリアンでの戦いですぐに決着をつけられる戦略を用意してきたのだから!
「まあ、とにかく、包囲殲滅するのが最善です」
「閣下、第四軍はまだ隠しておくおつもりで?」
「彼らがエイントリアンに退却したその瞬間、第四軍が動きます。私的にはどう考えてもヴォルテール城に長く滞在するとは思えません」
どんな作戦があるのかは到底わからなかった。
ヴォルテール城にいようがエイントリアンにいようがエルヒンに有利なことは何ひとつなかった。
こっちに彼らにとって有利な地形があるわけでもない。
むしろ、地形を利用するなら関所周辺の地域やルナン城で戦うべきだ。
「動揺する必要はありません。このまま進軍します」
「はい、閣下!」
「おそらく、5000人の騎兵隊で奇襲をかけてくるでしょう。徹底した備えを忘れないでください!」
フランの命令によってナルヤの15万の大軍による進軍は続いた。
***
エイントリアン軍の構成は奇形的だ。
騎兵が最も多いため比率がだいぶ間違っているのは事実。
防御よりも攻撃に特化していた。しかも、攻城戦にも適していない。
籠城戦と攻城戦ではない平地でのみ威力を発揮する部隊である。
それでも歩兵隊の育成より、無理して1万にもなる騎兵隊を育成したのは孤立してはならないから。
この状況では籠城戦も不利だ。どこか一カ所を守ればいいという話ではない。
エイントリアンに戻ったとしても結局は孤立する。
なんとか1年は持ちこたえられるだろう。その程度の食糧さえ蓄えておけば、ルナン城ほどではなくてもエイントリアンの城壁ならかなり長い間耐え忍べる自信はあった。
だが、それでこそ奮闘だ。耐えるだけで歳月は流れていく。
ルナンの滅亡で何も得られず何もできないまま大陸統一という夢は遠くへ消えていくだろう。
だから今回の戦争のポイントはまさに1万の鉄騎兵だった。
もちろん、今の状況でもの凄い戦略を使おうとしているわけではない。
ただ黙って進撃を見守るわけにはいかないため、できるだけ苦しめながら進軍の速度を落とさせるつもりだった。
そうするほどに多くの避難民がヴォルテール城を通過し、噂を耳に挟むだろうから。
ナルヤの15万の大軍に騎兵隊がいないわけではない。だが、フランは各個撃破を受けまいと全員同じ速度で進軍させていた。
つまり、一般歩兵と同じ速度で動いているということだ。
俺は鉄騎隊を近くで待機させ、ジントと一緒に敵の軍勢を知るために近隣の山に登った。
15万の大軍にもなるとその進軍は当然ながら目立つ。隠れて進撃できる規模ではない。
彼らの陣形は複雑だった。
先頭に騎兵隊。
その後ろに歩兵隊。
そして、真ん中に補給隊とそれを守るもうひとつの騎兵隊。
進軍の配置を見ただけでも群れで動いているのは明らかだった。一丸となって動こうという空気が充満していた。
征服戦争に乗り出しただけあって攻城戦のための歩兵隊中心の編成だ。歩兵は10万、そして5万の弓兵と騎兵だった。
しかし、あのように群れで動くのはむしろ奇襲に脆弱だ。
各個撃破のチャンスは敵が各個で動いてくれる時だけに生まれるのではない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます