ここからなろう未公開(新連載)

第80話

「そうだ。ヴォルテール伯爵とエルヒート伯爵はどこへ?」


 同じ伯爵でもそれぞれ位階が存在する。

 現況としてエルヒートが俺よりルナンの位階において上級者であることは間違いなかった。

 まだルナンの名前が必要な俺としては、今その位階に逆らうことはできない。

 逆にヴォルテール伯爵は俺より下級者だ。

 古代王国出身であるエイントリアンの名前がついていることで実質的に功労が認められ、位階が上がったエルヒート伯爵を除いては大半が俺よりも下級者だった。

 もちろん、それと軍隊における身分はまた別だ。


「エルヒート閣下は療養中でして、ヴォルテール閣下は間もなく到着されます!」

「そうか。それはそうと、ひとつ気になることがある。どうして俺に気づいたんだ?」

「それは、一緒にいたエイントリアンの家臣を名乗る男が……」


 ヴォルテールの家臣が答え終える前にわかった。

 ジントのやつ、城門の上でずっと俺のことを待っていたのか。

 それと同時に地響きを立てる駿馬の蹄の音がヴォルテール城に響き始めた。

 俺の前に現れたのは鉄騎隊。

 およそ1万人の鉄騎兵が俺に向かって走って来た。

 そのように駆けてきた鉄騎兵は目の前に堵列すると秩序正しく馬から降りては俺に跪いた。


「領主様、お目にかかります!」


 彼らは俺の兵士たち。

 俺の兵士が俺を迎えるのは当然のこと。

 あまりに当然のことだが、1万の鉄騎隊が秩序整然と動く姿に弱気になったのか、ヴォルテールの家臣はさらに緊張した面持ちで姿勢が強張った。

 その鉄騎隊を率いて俺のもとに駆けつけてきたのは見るまでもなくジントだった。

 ジントは馬から降りると走りながら俺に向かって叫んだ。


「任務は完遂した!」


 いきなりそう言うやつ。まあ、可愛いやつだ。


「それはよくやった。ひとまず鉄騎隊を連れて戻れ。なぜ全員連れてきた。彼らは休ませないと」


 ジントの背中をトントンと叩きながらそう言ってヴォルテールの家臣に視線を移した。


「エルヒート閣下のもとに案内してもらえるか?」


 真っ先に会うべき人物だから。


「かしこまりました!」


 彼は大声で返事をすると俺を案内した。彼の後について移動しようとすると、すかさずヴォルテール伯爵があたふたと急いで走ってくる。

 少しぽっちゃりしていて走るのがつらそうに見えた。

 まだ逃げ出さずに残っていたということは領主として評価できるが……。

 能力値はまったく冴えなかった。


「ハァハァ、あの有名なエイントリアン伯爵閣下でしょうか?」


 ボルテールは息を切らして聞いた。

 彼がこんなにも低姿勢なのは俺の位階が高いからという理由だけではないだろう。

 自分の領地にいる兵力のほとんどが俺の兵士だから仕方がないといおうか。


「そうだ。とりあえずエルヒート閣下に会うとしよう」

「あっ、はいっ!」


 エルヒートはベッドに横たわっていた。関所での戦闘でかなり負傷していた。

 その負傷した体でもここまで来てくれるとは信じて疑わなかった。

 俺が兵士を任せれば、その兵士を全員俺に引き渡すために命までかける男。

 そんな男だから尊敬しているのであり、そんな男だから切実に登用したかった。

 ゲーム攻略を大前提として手段と方法を選ばない俺にはない本物の武将魂というものを持っている人物。

 もちろん、今すぐ登用を試みるつもりはなかった。急いては事を仕損じるものだ。これだけの武将を獲得するには慎重になる必要がある。どのみちナルヤと戦うという目標は同じだろうから、ゆっくり心を掴んでいけばいい。


「閣下、ご無事ですか!」

「来たのか!」


 エルヒートはまるで子どものようにはしゃぎながら飛び起きた。

 そんなことで傷口が開いたりでもすれば大きな戦力の損失になる。


「ついに来たか! 待っていたぞ!」

「ロゼルンからできるだけ早く帰って来ましたが……すでに王都は……」

「陛下はどうなった」

「逃げている途中で酷い目に遭ったようです」


 俺が首を横に振るとエルヒートは沈痛な面持ちで拳を握った。


「守ろうともせずに逃げ出しておいて真っ先にやられたか……。ローネン殿下はどうした」

「それは私にもわかりません」

「……そうか」

「閣下、我われを見捨てた方です!」


 ローネンの名前が出ると関所から一緒に退却したと思われるエルヒートの家臣が鬱憤に満ちた顔で言った。

 正直言ってナイスアシストだ。

 おそらく家臣たちはエルヒートを国境に送り冷遇したことに大きな不満を持っていたことだろう。

 彼らには訳の分からないことだから当然の不満だった。

 その裏に隠れるローネンとエルヒートの確執は知らなかったはず。

 エルヒートの性格上、奴隷商人に関わる裏の出来事を説明するはずもなかった。


「そのことならもういい」


 エルヒートは家臣たちに向かって首を横に振った。それから俺を見る。


「君はこれからどうするつもりだ」


 真っ直ぐな瞳で質問を投げかけてきた。もちろん答えはひとつだ。


「ナルヤと戦います」


 俺が即答するとエルヒートは大声で笑い出した。


「……クッハハハハ! まったく君は……15万の兵力だ。あの兵力をどうやって相手……いや、待てよ。君だからこそ可能なことかもしれないな。君だから!」


 エルヒートは包帯ぐるぐる巻きの体でベッドから起き上がると外へ歩いてきた。


「では、その戦争でこの身を好きに使ってくれ。君の戦略なら疑うことなく従うつもりだ!」


 もちろん望むところだった。これは別に登用ではないが、いずれにせよナルヤとの戦争に手を貸すということはお互いの目標が正確に一致するということ。


「ひとまず動揺している民心をなだめなければなりません。このヴォルテール城を基点として多少は耐えてみるつもりです。戦場を避けてルナンの国民が西南へ避難できるようにするのです」


 その真意は西南部にルナンの国民を誘導して後に俺の民にするということだった。

 それから王もローネンも逃げ出したというのに国民のために盾となり時間を稼いでくれたのはまさにこの俺だという噂が必要。

 その噂こそが民心だ。

 ここでの活躍は俺に民心を傾かせるために極めて重要。率直に言うと一種のショーでもあった。


「それはどういう意味ですか? こ、ここで耐えるなんて無理です。領地の兵力と言っても3000。それに騎兵隊は守城戦に適した兵科でもないはずです!」


 黙って聞いていたヴォルテールが土色の顔で介入してきた。


「エイントリアンに後退して他日を期すのはどうでしょう? 兵士を率いて私も一緒に行きます!」


 つまり、逃げたいということだった。


「それは後で構わない。今重要なのはルナンに背を向けられる民心を取り戻すことだ。そうすることで再整備の際に徴兵の協力を得られるようになるのではないか。無理に徴兵するのと先立って支援するのでは厳然たる違いだ」

「それは……!」

「そんなに怖いならここを離れても構わない。誰も止めるつもりはない」


 どのみち必要のない人力だから即答するとヴォルテールはすぐに尻尾を巻いた。


「いいえ! 閣下と一緒にいるのが一番安全ではありませんか! ですが、一体どうして……あっ! もしかして、ナルヤのやつら、こちらへ来ずに南下を始めたのでしょうか?」


 フランは絶対に俺を放置して南下するような者ではない。後々困るようなまねをするはずがないじゃないか。

 こっちへ来るのは間違いない。


「そんなはずがあるか!」


 俺の返事にヴォルテールは泣き顔を浮かべた。

 このまま逃げ出すか? そんなことを悩んでいるようだが。

 好きなだけ悩んでくれ。

 邪魔さえしなければ何をしようが構わない。

 これから多くのことが始まる。

 ドロイ商会から得たナルヤに関する詳しい諜報とマテインから得た力。

 そして、育てあげたエイントリアンの兵力で最大限のものを得るべき時間だ。


 ***


 ルナン城に無血入城したフランは玉座を前にイスティンを迎えた。

 玉座は王の物。

 フランはその下で眉間にしわを寄せた。


「鉄騎兵が乱入したということですか?」

「左様でございます!」

「ルナンの軍神と呼ばれるエルヒートを連れて行った。厄介なことになりましたね」

「総大将、申し訳ございません!」


 ルカナはイスティンの隣で何度も頭を下げた。


「それにケディマンが死ぬとは。本当に油断ならない者たちです。しかも鉄騎兵……。一体いつの間にそんな兵科を育てたのか」


 ルナンは鉄が取れる国ではない。諜報にも載っていなかったからエイントリアンでも隠れて育てあげた兵力のはず。

 鉄のない国で鉄騎兵を密かに育てあげるとは。

 あまりにも予想外のことだった。


「申し訳ございません。それは……不覚でした。と言ってます。総大将!」

「まあいいです。ケディマンの第三軍はランプに任せます。兵力に大きな被害がないだけでも幸いです。罪は後で問うことにします。手柄を立てて罪を償うことを考えてください」


 しかし、やはり悔しかった。絶対に負けたくなかった。

 結果的にルナン城は手に入れたが何だか負けた気がするのは仕方のないこと。

 フランはすぐに柱に頭を打ちつけた。

 ゴンッという音と共にフランの額は赤くへこんだ。


「今度は思い通りさせません。油断は許されませんよ。全軍はルナン城の前に堵列します。鉄騎兵が退却したというヴォルテール城に向かうのです!」

「私に行かせてください! と言っています。総大将」


 ルカナがイスティンの意志を伝えたがフランは首を横に振った。


「圧倒的に我が軍の数が多い状況で部隊を分けるのは下策。余地を与えるつもりはありません。全軍でヴォルテール城に進撃するのです!」


 分散して勝てる相手ではない。

 各個撃破される最悪の手を打つつもりはなかった。

 それは敵に万が一という勝利の確率を与えることに過ぎなかったから。

 必ず勝つ。戦略で勝ってやると決心しながらフランは各武将に命令を下した。


 ***


 この低い城でフランの本隊と戦うのか。

 それは正気の沙汰ではない。

 戦略とも言えない自滅の道だった。

 15万の兵力がこの城を囲めば守城戦で有利に立つこともほとんどなくなる。

 ただでさえ低くて上りやすいのに、育てあげた精鋭鉄騎兵は活躍することもなく取り囲まれ、攻撃を受けた後に飢え死にするのにもってこいだ。

 俺がブリジトで使った方法を逆にやられるのに打ってつけじゃないか。

 それも何の準備もできていないヴォルテール城で?

 それはならない。


「閣下。エルヒン閣下。閣下!」


 だから、ナルヤを苦しめる別の方法を構想していると、ヴォルテールの家臣が駆けつけてきた。


「どうした」

「ナルヤの、ナルヤの大軍が押し寄せてきているようです! 遠くで土埃が!」


 すっかり怯えて息が絶えんばかりの顔で叫んだ。そんな状態でまともに戦えるのかよ。


「ナルヤの大軍が? とりあえず行ってみよう」


 俺は落ち着いて答えた。


「はっ、はい!」


 なぜなら、ナルヤ軍がこんなに早く到着するのは不可能だったから。15万もの大軍だ。

 1万と15万の機動ではその速度がだいぶ違う。

 フランが部隊を分散させたならともかく。

 ブリジトの王のように先発隊を送るだとか。

 そうしてもらえるとありがたいことだが、あのフランがそうするはずはなかった。

 フランはブリジト軍とはその格が違う戦略家。

 いずれにせよこの目で確認するためにヴォルテールの家臣の後に続いて城門に上った。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る