第79話
*
ヴォルテール城。
ルナンの西南にあるのがエイントリアンだ。
ルナン城からエイントリアンへと向かう途中にある領地こそが他ならぬヴォルテールだった。
ヴォルテール城まではまだ戦火が及んでいない状況。
北部の領地はすでにナルヤの手に渡っていて、近隣の城では逃げ出す領主も多かったが、ヴォルテールの領主は城門を固く閉ざしていた。
その理由は簡単だった。
家臣たちと酒を飲みながらこの領地を守ると宣言したのが禍根となった。傍若無人な性格だったらそんなことはなかったことにできたがヴォルテールは極度に優柔不断な性格だった。
彼の国のためを思う気持ちに感動したと言って意気投合した家臣たちの前で逃げようなんて言葉は口にできないため、こんな状況になってしまったのだった。
「閣下が仰ったように、たとえ死ぬことになっても我われはこの地で死ぬのです。逃亡中の死は惨めすぎます!」
その言葉には逃亡中に惨めな死を遂げた王への嘲笑も含まれていた。もちろん、家臣たちが自分の気持ちも知らずにそんな発言をする度に気が狂いそうだった。
「それはそうだな……」
アルコールが入っていない状態のヴォルテールはただの小心者。
「陛下が逃亡中に捕まり斬首されたという噂が広まっています。多くの避難民がその現場を見たようなので民心はすでに動揺しているかと」
ルナン城から逃げ出した避難民の中には当然ヴォルテール城を通過する者も多くいた。
もちろん、噂は自然と広がっていくもの。
フランは虐殺を行う指揮官とは程遠い人物。特に民間人に手を出すことはそうなかった。
まあ、それとルナンの国民が避難することに大きな関係はない。
ナルヤの国民となれば奴隷にされるかもしれない、そんな心配をする者が多かった。
母国で暮らしたいと思うのが普通。
「領民が逃げるのは構わない。止めるな。ナルヤを恐れて逃げる者を止めるわけにはいかない」
なんとか逃走の余地を残しておくためにヴォルテールはそう命令した。
「はい、かしこまりました!」
そうするほどに家臣たちは闘志を燃やしてこう答えた。
その時だった。
遠くから土埃が立ち始めると間もなくしてヴォールテール城へ向かってくる騎兵隊の姿が捕えられた。
「閣下!! 敵です!」
家臣が驚きのあまり叫んだ。
ヴォルテールは驚愕して内心ため息をつく。
こんなに早く攻め込んでくるとは。
逃げるかどうか深刻に悩んでいた彼だがこれでは戦えもせずに死んでしまうとしか思えなかった。
家臣ともなるやつらが逃げることを提案せずに闘志を燃やしてどうする。
この役立たずめ! と思いながら叫んだ。
「今すぐ全ての門を閉めろ! 急げ!」
「命がけで守ります! さっさと門を閉めろ。この地は我われの手で守り抜くぞ!」
何を言ってるんだ。
今からでも逃げた方がいいって主張してこいよ。
いくら優柔不断なヴォルテールとはいえどやはり命が先だった。
こんな最後の瞬間までプライドを守る必要はない。
そうだ。
プライドを守ったところで何になる。
ヴォルテールは固く心に決めて言った。
「ここまでだ」
「閣下……!」
「あんな恐ろしい勢いで突進してくるんだ、我われも……逃げた方が……」
「騎兵隊です! 城門を閉めれば絶対的に我われが有利です! むしろ外へ出たほうが危険では?」
「そうか……それはそうだな! こいつめ、俺は逃げようとは言ってないぞ。その気ならとっくに逃げてたさ。阻止してやる。よし、かかってこい!」
「あれは……! 閣下!」
「今度はどうした」
その時、家臣が首をかしげた。騎兵隊が前進してきたことで軍服の色が見えたからだ。
「青です! 青色です!」
「何が青色だと?」
「青色の軍服です。味方です!」
「何が味方だ。なぜやつらがこっちに向かってるんだ」
ヴォルテールは首を横に振った。ところが見たところ青い軍服であることは確かだった。
だが、報告された前線の状況は連戦連敗。応援に来れる騎兵隊がいるはずはなかった。
「なるほど、そういうことか!」
「何でしょう、閣下」
「目くらましだ。ナルヤ軍がルナンの軍服を着て我われを騙そうとしているのだ。門を開けてはならない。開けてはならぬぞ!」
「な、なるほど。それの可能性は十分ですね」
ヴォルテールの言葉に家臣たちは同意してうなずく。
城門を閉め直して戦闘態勢をとった。
「すぐに弓兵を用意しろ、我われを騙そうとしているナルヤのやつらを打ちのめしてやる!」
そうして家臣たちが矢の雨を降らす準備を終えた。
「だが……もし本当に味方だったら……?」
「え?」
ヴォルテールの優柔不断さがまたも勃発してしまった。
「それは……」
「味方を殺した無責任な領主となるかもしれない!」
ヴォルテールの言葉に家臣たちは互いに顔を合わせた。
「で、では、どうしたら……」
「ひとまず待機だ。騎兵隊にはすぐに城門は開けられない。まずは様子を見るとしよう。待機しろ!」
「弓兵は待機だ、いいな!」
ヴォルテールの言葉に城は静まり返った。
そして、ついに城門前に騎兵隊が到着した。エイントリアンの紋章が刻まれた軍服を着た鉄騎隊だった。
城門前で足を止めた鉄騎隊の先頭にはジントとエルヒートが立っていた。
「君たちは誰だ! どこの所属だ!」
城門の上からヴォルテールの家臣が尋ねた。
「ヴォルテール伯爵か? 久しぶりだな。俺の名はエルヒートだ。門を開けてくれないか!」
「これは! エルヒート閣下! 閣下ではありませんか!」
ヴォルテールはすぐにエルヒートに気づいて叫んだ。
「すぐに門を開けろ! 助かった、助かったぞ!!」
それから安堵のため息を漏らした。どういうわけで彼がここへ来たのかはわからないが彼についていけばいい。
いい口実ができたと思ったヴォルテールはエルヒートを出迎えるために城門から飛び下りた。
「ジント、エルヒン伯爵がここで会おうと言ったのは確かだな?」
エルヒートの質問にジントはうなずいた。かなり無礼な態度だったがエルヒンにもそうなのがジントだ。
エルヒンは当然気にしなかった。自分に心から忠誠を尽くしてくれるならどうであろうと関係ない。
エルヒートもまた、そんなことは気にしない男だった。
「ここで待つように言っていた。それだけだ。待てと言われたんだ、俺は死んでもここで待つ!」
その姿を見てエルヒートはむしろ笑った。もちろん、ジントのことが気に入ったからだった。
「閣下! 閣下!」
ヴォルテールが駆けつけてきて、その瞬間からヴォルテール城の実質的な指揮官はエルヒートとなったということは言うまでもなかった。
***
ルナンは確実に滅亡へと向かっていた。
王が死んだのだから。
むしろルナン城での決死抗戦を選んでいたら結果は変わっていたかもしれない。
俺がロゼルンから戻るまで奮闘していれば戦争の状況は変わっていたかもしれないから。
もちろん、そんな王でもないため逃亡中に死ぬことは予想していたことだった。本当に相変わらずなやつだ。
おかげでフランはルナン城、そして俺は名分を得た。
ルナンの滅亡に憤慨しながら自分の利益だけを考える戦場となったのである。
ルナン城で王の状況を確認してすぐに関所に駆けつけた。
続いてジントとエルヒートが一緒にいることを確認した後、2日ほど空けてヴォルテール城へ向かった。
いずれにせよ俺はロゼルンにいることになっていた。ルナンの王の指示でロゼルンに出向かうことになったのだ。
少し早めに出発したものの、実際にロゼルンへ行って来たということが大事だ。
ルナンを救おうとも救えなかったというイメージが今後必要となるから。
ルナンを危機から救うことを拒んだ領主ということにでもなれば、非難の的となるのは逃げ出した王ではなくむしろ俺だ。
だから、ロゼルンに行ってくることが必須。
利用できるものはすべて利用して統一を成し遂げる!
それがこのゲームの目標だから。ゲームを攻略するために事を進めるだけ。
統一のためには民心が重要となるから、それを獲得するのは当然だった。卑怯なやり方を使ってでも。
そうして2日後に到着したヴォルテール領地。
[ヴォルテール城]
[領地民心:60]
[ヴォルテール領地軍:3000]
[兵科:歩兵2500、弓兵500]
[訓練度:30]
[士気:30]
[援軍]
[エイントリアン鉄騎隊:9330]
[兵科:騎兵]
領地軍が3000人。かなり少ないが当然の数値だ。ここは国境の領地ではない。兵力が多い方がおかしい。
システムが確認させてくれた情報は予想していたものとあまり変わりなかった。
ヴォルテール城の城門は低かった。防御に重点を置いた城郭ではない。
国境でも王都でもなく、主要な関所でもないから当然のこと。
特に戦略の要衝として使えるような場所ではない。
ここへジントとエルヒートを送ったのはもっぱら民心のためだった。
ヴォルテールはルナンの北部とルナンの王都からエイントリアンに向かう途中にある領地だ。
そのため、多くの避難民が通過する領地でもあった。
彼らの民心を引き寄せるためにはここで何かしらする必要があった。
俺に有利な噂を作るために。
「そなたは誰だ!」
ひとり現れて城門の前に立つ俺に向かってヴォルテールの家臣らしき男が叫んだ。
城門は固く閉ざされていて至る所で避難民の行列が目についた。
城郭というのは都市の中心部だけを守るもの。だから、城門が閉まっているからと避難民が西南部に逃げられないということはない。
攻撃をしてこないことから俺が着ている鎧がルナンのものであることに気づいたようだ。そこで身分を明かそうとすると突然城門が開いた。
開いた城門の向こうからひとりの男が飛び出してくる。さっき城門の上で問いかけてきたあの武将だった。
「これは! エイントリアン・エルヒン伯爵ですか!」
彼はかなり緊張した顔つきでそう叫んだ。どうやら俺について聞いていたようだ。
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