第78話
「そ、そなたは……!」
その鉄騎隊に先立ってケディマンの兵士たちをかき分け着地した男がいたが、まさにジントだった。
「彼の命令だ。助ける!」
それを見た瞬間、エルヒートは自分の胸を突いたケディマンの剣をさらに強く握った。
絶対に渡さないと言わんばかりに。
剣刃がそれ以上に深く入り込んでくるのを阻止したのだ。
そうするほどにケディマンは完全に剣を突き刺してエルヒートの息の根を止めようと全力を注ぐ。
そんな状況で突然現れたジントが着地と同時にケディマンの手首を切り落としてしまった!
「クアアアアッ!!」
エルヒートに気を取られていたケディマンは不意をつく襲撃で手首が切断された腕を掴んで悲鳴を上げた。
一騎打ちだ。
だが、ジントにそれは何の意味もなかった。一騎打ちだから介入してはならない?
そもそもジントにそんな発想は全くなかった。
エルヒンに助けろと言われたら手段と方法を選ばずにとにかく助けるだけだった。
命令を完遂することがジントにとって命よりも大事だったから。
彼の前に辿り着いた青い鉄騎隊はケディマンの部隊を蹂躙し始めた。
恐ろしいほどのスピードと鎧で武装した鉄騎隊の勢いにケディマンの部隊は愚図つき後退せざるをえなかった。
自分たちの隊長までやられてしまったのだから。
ケディマンの部隊の士気は80。訓練度は95だった。
そして、ジント率いる鉄騎隊の士気は90。訓練度は97だ。
エルヒンが主力となり育て上げた部隊!
士気と訓練度においてはどんな部隊にも力負けするつもりはない。それだけかケディマン部隊の兵科は歩兵だから鉄騎隊に押されて当然。
隊長のケディマンが悲鳴を上げて座り込んでしまったからなおさら!
エルヒートはケディマンの手がぶら下がった剣を抜き取った。胸の傷からは出血していたが深く入ってはいなかった。渾身の力でマナを使い切って阻止したからだ。
そして、槍を手に握って立ち上がった。
「グアアアッ、貴様……貴様ぁあああ!」
憤怒しながらジントに飛びかかるケディマン。
彼は自分の手首が切断された状況そのものをジントの実力と見なさなかった。
見た目からしてただの若造だと思っていたため相手にもならないと思っていたのだ。
「剣をよこせ!」
だから兵士から受け取った剣を手にしてそのままジントに飛びついた。
しかし、手が切断された時点ですでに武力は下がってしまった。片手で強力な武将に仲間入りする者がいないわけではないが、手首を切り落されたばかりのケディマンには到底可能性のない話。
ジントの剣はまるで稲妻のような神速でケディマンの胸を斬り裂いた。一瞬でケディマンの体は滅多斬りにされてしまった。
「グハッ……!」
そうしてケディマンは目を開けたまま死んだ。
ジントは続けていつもと変わらぬポーカーフェイスで周りの兵士たちを斬り始める。
***
ルカナも突然乱入してきたジントのことはただの若造だと思ってあまり気に留めていなかった。
だが、その凄まじい速さの抜剣と剣捌きを見て考えを改めた。
イスティンもルカナもケディマンがあんなふうに一撃でやられるとは思ってもいなかったのだ。
イスティンはすぐにルカナの顔を見た。ルカナもその意味を理解してすなずく。
「すぐに我が軍の援護に入るぞ! 突撃だ!」
ルカナにとってケディマンは前から気に入らない存在だった。だから、その死には一抹の同情も感じられなかったがケディマンの部隊は仲間だった。
それをそのまま見捨てるなんてとんでもない話。
関所前の戦場でイスティンの部隊が再び合流した。
それだけでまたも版図は変わってしまった。
ケディマンの部隊は5万。
イスティンの部隊も5万だ。
合わせて約10万。
それに比べて鉄騎隊の数は1万に過ぎなかった。
5万対1万までは鉄騎隊が兵科の差で優位に立てたが、いくら兵科で優位に立って歩兵にうまく対応するとしても10万対1万は話にならなかった。
それも一般の平地争いでは数の優位が絶対的だ。
今、鉄騎隊の指揮官はジントだった。ジントはただエルヒートを救うために先頭に立っただけ。
鉄騎隊は全体的に散らばって闇雲にナルヤの兵士を斬りまくった。
そのため、イスティンは自ら部隊を動かして鉄騎隊の退路を半円の陣形で囲む包囲陣を選んだ。
つまり、前には関所。そして後ろにはイスティンの部隊となるわけだ。
「ここからはイスティン様が指揮される。ケディマンの部隊は命令に従え! 今すぐ陣形を組んで戦列を整えろ!」
さらにはナルヤの名将イスティンの出撃によって混乱に陥っていたケディマンの兵士たちまで歓声を上げ勢いを取り戻し始めた。
***
ジント。
彼は前だけを見て戦うことに一見識を持っていて、一騎打ちやさっきのような奇襲作戦には特化しているが、こういった対決では指揮官の資質が無いに等しかった。
「彼が言った!」
だが、エルヒンの命令を履行することには誰よりも忠実だった。
「もし、ルナン城が陥落したら、この鉄騎隊を率いてヴォルテール城に来てくれと!」
ジントは兵士を斬り倒しながらエルヒートの目の前まで来て叫んだ。
その言葉に改めて鉄騎隊を見るエルヒート。
よく訓練された鉄騎隊だ。
それは一目でわかった。
「クッハハハハハハハッ!」
だからこの状況に思わず笑ってしまった。やはり思った通りエルヒンは一途な男だ。
「そうか。エルヒン伯爵はこんな部隊を育てていたのか!」
すでにルナン城は陥落した。その知らせを聞いてすべてを諦めていたが、エイントリアンの紋章を見るなり最後の力を振り絞って剣を握った彼だった。
エルヒンがいるなら話は違ってくる!
だが、それでも彼の部隊を自分が率いるのは道理に反するのではないかと思った。
しかし、そんなことを言っている場合ではなかった。
どう見てもまともな指揮官がいない状態。
他のことはともかく、自分を助けるために送ってくれた鉄騎隊だ。そんな鉄騎隊の命まで疎かにするのはなおさら道理に反する。
結局、エルヒートは疲れ果てた体で馬に乗り上げた。
武力としてはマナがほとんど消尽してしまったが、指揮ができない状態とまではいかなかった。
もちろん、あちこちにかなり深い傷もあったが奮起した彼だったのだ。
「エイントリアンの鉄騎隊はよく聞け!」
エルヒートは馬に乗るなり散らばって戦っている鉄騎隊に向かって雄叫びを上げた。
「俺はルナンの武将、デマシン・エルヒートだ。今からしばらく君たちを指揮する。俺についてきてくれるか!」
ルナン出身でデマシン・エルヒートの名前を知らない者などいるわけがない。
「わぁぁあああああ!」
その声を聞いた鉄騎隊の兵士たちは一斉に喊声を上げた。
武力96。
知力70。
そして、指揮力97!
生涯戦場で築き上げてきた凄まじい指揮力。
エルヒートの指揮力はユラシアの魅力度から生まれる高い指揮力とは違った。
戦場で特化した指揮力だ。
ブリジトの王のように強圧的なカリスマと恐怖で支配する指揮力とも全く違う、純度の高い戦場での指揮力だったからだ。
「関所の兵士たちは聞け! 今すぐ関所を諦めて鉄騎隊に合流する! それと鉄騎隊は一点突破を試みるから中央に集まれ! いいな! ジント、君は前方で時間を稼いでくれ!」
瞬く間に関所の兵士と鉄騎隊にそう指示を出すとジントにも命令を下した。
エルヒートに鉄騎隊を任せた後は彼の命令に従うよう言われていたジントは愚直にうなずく。
イスティンとルカナは十武将だ。武力には特化しているが指揮力はずば抜けて高い水準とまではいかない。
戦場での指揮力においては断然エルヒートの方が上だった。
エルヒートが指揮官となった瞬間、エイントリアンの鉄騎隊は全く別の集団となってしまった。
「君たちを完全体で退却させることができなければ、エルヒン伯爵に合わせる顔がない!」
エルヒートはそう叫びながら、
「全員集まったら一斉に突撃だ!」
彼の指揮に従い集まってしばらく身を屈めていた鉄騎隊はケディマンの部隊を突破すると、その奥で待機するイスティン部隊の包囲網に向かって突撃した。
あちこちに散らばる鉄騎隊を包囲して殲滅するつもりだったイスティン部隊だが急な動きの変化に対処できなかった。
エルヒートの指揮によって鉄騎隊の士気はさらに高まり、ケディマンとイスティンの部隊の歩兵隊はそんな敵の勢いを止めようがなかった。
包囲陣は瞬く間に撃破されてしまった。
しかも、その先鋒に立っていたのは戦鬼ジント!
鉄騎隊が突撃する進撃路にいるナルヤの兵士たちは雨後の筍の如く騎馬隊の威力に弾き飛ばされていった。
凄まじい勢いの鉄騎隊に懲りたナルヤの歩兵隊は躊躇い出した。
鉄騎隊が猛速で関所から脱出を始める。
その目的は退却にあるため現状の構図はほぼ無敵だった。
***
「やはりすごい武将だ? こんなあっという間に突破されるとは思わなかったですって?」
ルカナはもどかしそうな表情で胸元を鷲掴みにした。
「追撃は? 追撃はしないんですか?」
ルカナがイスティンに聞いた。しかし、イスティンは首を横に振った。
「すでに勢いはそがれたし、退却する騎馬隊をどうやって追いかけるのかって? それはそうですが……!」
ルカナがうんうん唸りながら髪をぐしゃぐしゃにする。束ねていた長い髪がほどけて肩下までおりてきた。
「我われの本来の目的は関所を占領しルナン城で総大将と合流することだから任務は果たしたですってぇええ?」
見かけはそうだ。
見かけはそうだが、ルカナはなぜかすごく負けたような気分になった。
フランに何か問い詰められるのではないかという思いからもどかしい気持ちになっていたルカナだったがイスティンは平然としていた。
「あの男とは戦場で決着をつけることになるから、その日が待ち遠しいですって? 今度は正々堂々と決着をつけたいですって? やれやれ……」
ルカナは呆れたように首を横に振った。
イスティンは表情を変えることなく、幼少期から面倒を見てきたルカナにしか理解できないような意思疎通を終えると、今度は関所への突撃を始めた。
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