第77話

「総大将!」

「何事ですか?」

「捜索隊がルナンの王を見つけたようです!」


 部下の報告にフランは駐屯地の司令官幕舎で頬を掻いた。

 ルナンの王か。

 ルナンの王を殺せば彼の思惑通りに動いてやるようなものではないか。

 フランはエルヒンが王座を狙っていると確信していた。

 だから、ルナンの王を殺せば彼に名分を与えることになる。

 そうとはいえ王を見つけておいて殺さないわけにもいかなかった。

 ルナンの王を殺せというのはナルヤの王の命令だったからだ。


 ガンッッッ!


 フランはテーブルに強く額を打ちつけた。

 彼が王座を狙っているから何だというのか。名分とか大義とかそんなのは何の関係もない話だ。

 今度の戦争の目標はエルヒンに勝つこと。

 彼との戦争に勝てば名分も何もかも必要ないという話になる。

 恐怖心が残っていてはまともに戦って勝てるわけがなかった。

 恥を知れ。バルデスカ・フランよ!

 苦笑してしまった。この大征伐に動員した兵力数はなんと30万。

 そのうちルナンに投入された数は20万だ。

 ルナンを占領してすぐに南部諸国に進撃するための数だった。

 ルナンの兵力といっても大した事はない。

 彼が動かせる兵力も多くて5万だ。

 圧倒的な兵力差。

 そこに強力な武力を誇る十武将。

 これでもだめなら一生勝てないということになる。でも、何を恐がっているのか。


 ガンッッッ!


 フランはまたもや額を打ちつけた。

 彼の意はどうでもいい。ルナンの王を殺して自分のやり方でルナンを滅ぼす。

 エルヒンの本拠地であるエイントリアンの占領計画もすでに完璧に構想してある。

 ルナンの征伐軍は自ら率いてきた一軍、二軍、三軍だけではない。四軍という切り札が存在していた。


「包囲してください。ルナンの王を捕まえます」

「かしこまりました、殿下!」


 決断を下したフランはやがて捜索隊が王を包囲した場所に到着した。

 フランがうなずくと一瞬にして親衛隊は鏖殺された。

 ルナンの王の親衛隊などフランの精鋭軍に敵うわけがなかった。

 王はすぐに馬車の外へと連れ出された。

 ルナンの王は王城でも玉座でもない地べたに跪かされた。


「ルナンの王よ」


 その前でフランが冷めた表情で王を見下ろした。


「っ、助けてください!」


 王はすぐに命乞いを始めた。彼にプライドなど最初からなかった。


「ナルヤ王国に亡命する。ルナンを捧げよう。降伏だ、降伏!」

「それは困りますよ。陛下は戦う前の降伏ならともかく、その後の降伏はお許しいただけないのです。降伏するつもりだったのであれば兵力が国境を越える前に国を捧げるべきでした。いいですね?」

「今からでもルナン全体を捧げよう!」


 フランは情けない王の前でやれやれと首を横に振った。

 話で聞いていた以上に愚かな王だった。

 フランが最も険悪する部類。


「残念ですが生かしておくわけにはいきません。愚かにも大路を通って逃げたのが間違いです」

「ふふっ、ふざけるな! 朕はルナンの王、トゥタンカ。この大陸で最も声望の高い王家の一員だ。侵略軍の大将の分際で俺を殺すだと? 笑わせるな! ナルヤの王に会う!」


 少しでも生きてやろうと捕虜を買って出るルナンの王。


「クッハッハッハッハ!」


 フランはその前で大きく笑い出した。


「私はバルデスカ・フラン! バルデスカ家の承継者です。我がバルデスカ家がルナンに劣っていると思ったことは一度もありません」

「バ……バルデスカ……? 貴様がバルデスカだと?! そ、そんなばかな……!」


 ルナンの王は信じられないというように首を横に振った。バルデスカも大陸十二家のひとつ。

 その格が下がることは絶対になかった。


「醜いまねはもうやめませんか。ルナンはもうおしまいです。ですから、陛下あなたも最期を迎えるのが当然かと」


 フランは部下のランプにうなずいた。

 すると、ランプの剣が王の首に向かった。


「だ、だめだ……。助けてくれ! やめろ! グアァァァッ!」


 王は最後まで発狂したがすぐに彼の首は空に舞い上がった。

 ルナンの王の最期。


「わぁぁあああああああ!」


 その前で兵士たちが激しく喊声を上げた。

 大国だったルナン王国最期の王の最期はこの上なく虚しかった。


「王の首級を陛下にお送りします。ヘラルドの前線に送る準備をしてください」

「はい! 総大将!」


 その頃、ナルヤの王カシヤは自ら新政をしていた。

 彼はルナンよりもナルヤと東の国境を接するヘラルド王国に興味を持っていた。

 ヘラルドにナルヤの王カシヤのような相手、S級の武将がいるという噂があったからだ。

 だから、最初からルナンはカシヤの眼中になかった。

 ゲームの歴史でも本来ルナンは侵略さえすれば手に入る土地だったから。


「全軍、空いているルナン城に進撃します」


 フランはそう命令を下した。

 長い歴史を誇るルナン城がフランの手に落ちる瞬間だった。


 ***


 朝になるとイスティンとエルヒートの戦いは再開された。

 彼らの戦いはやはり昨日と同じ様相を呈した。

 互いに互いを殺して本意を遂げようと思っていたから。

 しかし、昼過ぎに状況が急変した。関所に向かうまた別の軍隊が現れたのだ。

 ルカナはその部隊を見るなり大きくため息をついた。


「くそっ、なんであいつが……!」


 そう。それはイスティン率いる第二軍とほぼ同規模の第三軍だった。

 そして、その三軍の登場でイスティンとエルヒンの戦いには亀裂が生じた。

 第三軍の先頭に立ち全速力で馬を馳せて戦闘に介入した男がいたからだった。


「何をしている。呑気に一騎打ちなどをしている場合か。イスティンよ」


 それは第三軍の隊長である十武将序列4位のケディマンだった。

 ケディマンはそう叫びながらイスティンと戦っているエルヒートの背後から攻撃を仕掛けた。

 その瞬間、完膚無きまでに戦闘バランスは崩れた。

 エルヒートは背中から血を噴き出し、その攻撃に膝から崩れ落ちた。

 すでに攻撃を試みていたイスティンの大剣は防御態勢が崩れたエルヒートの首に向かって猛然と襲いかかった。


「情けないやつめ。こうすれば一発で始末できるものを。さっさと片付けて進撃するぞ!」


 エルヒートは背中から血を流しながらも、


「これがナルヤの一騎打ちか? 卑怯だぞ!」


 そう叫びながら首を差し出す覚悟で槍を突き出した。

 首が飛んでも敵を劈く。その思いで体を避ける代わりに槍を振り回した。

 その瞬間、大剣の動きが止まった。

 それを見たエルヒートも槍の動きを止めて聞いた。


「どうした」


 背中に致命傷を負った状態で足元をふらつかせることなく立ち上がったエルヒートを見てイスティンはやれやれと首を横に振った。

 それからケディマンを殺す勢いで睨みつけると後ろに退いた。


「フッ、最後まで情けないまねしやがって。俺が相手になってやろう!」


 ケディマンがそんなエルヒートに向かって剣を振り回した。ケディマンとエルヒートの戦いが始まったのだ。

 そして、その後ろからはケディマンの部隊が突撃した。

 イスティンのように対決を見守るつもりは毛頭ないというように。


「後退ですか? ケディマン任せるおつもりで? ちょっと待ってください! 隊長!」


 イスティンの部隊は後退した。

 もちろん、撤収したわけではない。

 いずれにせよイスティンの部隊も関所を越えてフランと合流しなければならないのは事実。

 だが、イスティンにはケディマンに同調する気はなかった。

 一騎打ちを邪魔されたってだけでも殺してやりたかったが戦争中に味方に刃を向けるわけにはいかなかった。

 部下なら抗命罪で処刑できたが同等の立場だからなおさら。

 イスティンは怒りを抑えようとして体が震えた。

 自分のような男だ。だからせめてこの手で殺してやりたかった。それをあの野蛮なケディマンが奪っていったのだから。

 ルカナはその姿を見て何も言えなかった。

 この戦いに介入したのが自分でないということに安堵するだけだった。

 もし、イスティンが不利な状況になったら、その時は介入するつもりだったからだ。

 ならば、怒りの矛先がそのまま自分に向いていたに違いない。

 そう思うと、むしろケディマンの存在がありがたくさえ感じられた。

 もちろん、彼女もケディマンのことはあまり好きではなかった。野蛮な男だと思っていたからだ。

 そうしてエルヒートはケディマンと戦うことになり、ケディマンの兵士たちは一斉に関所に突撃した。

 そして、実際にも背中に大怪我を負った上、同等な武力数値で体力をまったく消耗していないケディマンを相手するには無理があった。

 次第に押され始めるエルヒート。


「閣下をお守りしろ!」


 関所の上に押し寄せるナルヤの兵士たちを相手しながらエルヒートの家臣たちが叫んだ。

 エルヒートの腕が。

 エルヒートの足が。

 張り合うほどに怪我は増えていき、結局エルヒートは槍を地面に突き刺した。


「諦めるのか? クククッ、こんなのがルナン最高の武将だとはな。張り合いがなさすぎて肩慣らしにもならねぇな。それじゃあ、死んでもらうか!」


 イスティンの獲物をハイエナのように横取りしておきながらケディマンはエルヒートを嘲笑した。

 その時、エルヒートの家臣たちが包囲網を破ってエルヒートの前に飛び下りた。


「閣下! あとはお任せください! 閣下は関所に上がって怪我を治療しルナンをお守りください。我われが時間を稼ぎます!」

「そんな……自分が助かるためにお前たちを見捨てるわけにいくか。俺ではなくお前たちが関所に上がるのが先だ。俺はすでに大怪我を負ってしまった。命なんかとっくに捨てた」


 エルヒートは全身から血を流しながら最後の力を振り絞ってスキル[鬼槍]を発動した。

 数百人の首が吹っ飛ぶ強力なスキルに突撃していた兵士たちは低迷し始めた。

 面白いというように下がって見ていたケディマンは笑い出した。


「面白い。面白いぞ。ルナンにもイスティンのようなやつがいるとは」

「閣下!」


 その時、エルヒートの家臣であるふたりの男がケディマンの前に躍り込んだ。

 もちろん相手にもならなかったが攻撃を1ターン阻止できた。


「このまま無駄死にさせるつもりか? 俺が時間を稼ぐからお前たちだけでも早く城壁の上にのぼるんだ! あと少しだけ辛抱してくれ。それが今のルナンに必要な力だ!」


 それを見てルヒートは再び立ち上がった。槍を持ち直し、命の限り後ろを渡さないという目でケディマンを睨みつけた。

 エルヒートの残りの家臣たちは互いに顔を合わせた。

 これ以上隠していては主が死んでしまう。互いにうなずくとエルヒートに向かって叫んだ。


「お許しください、閣下! 実は隠していたことがあります。陛下は……すでにルナン城を捨てられました。国民から目を背けて真っ先にルナン城を逃げ出したそうです。ローネン殿下も……閣下を待たずにルナン城を捨てたようです。ルナン城で戦っている兵士はいません……空き城です。ですから、我われにお任せになって閣下は退却してください!」


 家臣たちはエルヒートに生きてほしくてそう言ったのだが。

 その言葉はエルヒートが燃やしていた生命力を一瞬にして打ち消してしまった。


「そっ、それは、本当なのか! どうしてそんなことを」


 怒りに体を震わせながら血を吐き出すとエルヒートは座り込んだ。

 そんな簡単に逃げ出すなんて。

 ローネンに仕えたのは王国で唯一ルナンを守ろうと努力する人だったから。

 奴隷商人のことでは失望したが裏切られたとは思わなかった。

 だが、今回は違った。


「クッハッハ! お前たちの王はそんなやつさ! 今頃気づいたのか? 無意味な忠誠。まあ、気持ち悪い虫の最期にふさわしいか。ルナン城はすでに我らの総大将の手中に落ちた! 降伏しても助けてやるつもりはないから黙って死ぬんだな。俺は退屈なやつらが大嫌いなんだ」


 ついにケディマンの剣がエルヒートの胸を突いた、その時。

 胸を貫通した剣をエルヒートが素手で握りしめてケディマンを睨みつけた、その瞬間。

 突然、ケディマンの部隊に向かって空から大量の矢が降り注ぎ始めた。


「何だ?」


 歩兵隊で構成されたケディマンの部隊は奇襲に驚いて後方を注視した。

 関所の上では信じられないというようにエルヒートの兵士たちが目をこすった。


「あ、あれは……!」


 エルヒートの兵士が驚いて指さしたところ。

 そこには、エイントリアンの紋章が刻まれた青い軍服!

 ケディマンの部隊を踏みにじる勢いで、鉄で武装した青い鉄騎隊が戦場に向かって走り去った。

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