第70話
「先祖のお言葉だ。青い光で聖地の扉を開ける者。それがまさに我らを解放し我らを率いる主である。青い光で我らを導く主を待ちわびながらここを守ってきた!」
それを聞いたユラシアは困った顔で俺を見た。
ポーカーフェイスが崩れた彼女の顔はむしろ女神のようで彼女の前に平伏す山族が信奉者のように見えた。
山族によってユラシアの美しさが引き立つというか。
「これは今何をしてるんでしょうか?」
「君が信仰されているようだ」
「え?」
ユラシアはそっと俺の後ろに隠れた。
それから俺の服の裾を掴む。
いつも戦闘が起こると俺より前に出て戦う彼女だ。
後ろに隠れるなんて珍しい。それだけか裾を掴むなんて。
その新鮮な姿を見せた彼女のことは後にして、ひとまず山族に聞いた。
聞きたいことが山ほどある。
「マナの陣で封印された扉を開ける者が現れるのを待っていたということか?」
「そなたは誰だ! 主でなければ話すことはない!」
山族の族長ベルタルマンの答えに後ろにいたユラシアが怒った顔で叫んだ。
「主だか何だか知りませんが、彼と私は一心同体です!」
「何だと? そうか、では、そなたは主の伴侶ということだな?」
すると、ベルタルマンはとんでもない推測を始めた。
「そ、それはちがっ……んんんっ?」
ユラシアはすぐに否定しようとしたが俺は彼女の口を手で塞いだ。
「彼女が伴侶なら俺の話も聞くのか?」
「そういうことだ。我ら山族は夫婦を同一視する。だから、そなたが主の伴侶なら話を聞こう」
そうか。そういうことか。
俺はそっとユラシアの肩を抱いて自分の方に引き寄せた。
「そうか。君たちの主は俺の妻だ!」
そのように堂々と主張したが当然ユラシアの反発はあった。
「って、誰があなたの妻ですか!」
「今はそういうことにしてくれ。とにかく今は山族を味方につけるんだ。得るべき情報も多い」
両手を合わせて言うとユラシアは軽く唇を尖らせた。
「タイプでもないくせに、まったく!」
そして小声でぼやくと山族を見渡しながら声を張り上げた。
「そうです。彼は私の伴侶です」
「えっ?」
あまりに平然と認めてくれたことに驚いて聞き返してしまった。
「こういうことでは?」
「いや、まあそうだけど……」
「あなたの役に立てるなら構いません。それに……」
「それに?」
言葉に詰まったユラシアは目を細めると首を左右に振った。
「あなたが変態でも私は受け入れられるかも……?」
そう言うと背を向けて中へ入って行くではないか。
いや、ちょっと待てよ、まだ変態だと思ってるのか?
「って、おい、ユラシア! だからそれは誤解だって!」
ユラシアは聞こえないふりをして中を見回すように消えて行った。
残された俺は彼女の背中を見つめていたが再び山族に視線を戻した。
追いかけようと思ったが今はこっちが先だ。
「とにかく聞いたか? 俺の質問は彼女の質問も同然ということだ。だから答えてくれ。山族はこのマナの陣の封印を解く者を待っていたのか?」
俺たちを眺めていたベルタルマンは何か納得したような顔で口を開いた。
「夫婦喧嘩は負けてやった方が勝ちだ。主よ!」
一体何に納得したんだ。なぜ俺を情けなそうな目で見るんだよ。
俺は黙れという顔で改めて聞いた。
「いいから質問に答えてくれないか?」
「愚かな主よ。答えよう。そう、我らは長年待ちわびてきた」
「何か事情があるのか?」
「我ら山族はおよそ千年前にブリジトの手によって滅亡しかけたことがある。その時に救ってくれた恩人がいた。我らの先祖はその恩人の言葉に従い、この地でマナの陣を守り続けてきた。彼いわく、青い光と共に現れる者が我らの主であり、その主が山族の名を大陸に広めてくれるとのことだ」
「ちょっと待ってくれ。恩人とはいえ、この長い年月を待ち続けてきただと?」
「我らはブリジトのやつらとは違う。一度受けた恩義は何千年経とうと忘れることはない! 彼は多くのことを予言したと伝えられていて先祖は彼に従うことにした。だから、我らも従う!」
へぇ。かっこいいこと言うじゃないか。
これが部族の信仰トーテミズムというものか?
ますます部下にしたいという気持ちが大きくなった。
山で機動力を誇るのが山族だ。
彼らが部下となり忠誠まで尽くされたらもの凄くラッキーじゃないか。
そして重要なのは彼らの話の中に古代王国の宝物に関するヒントがあるということ。
その恩人という人はユラシアがはめている指輪の本来の主のようだった。
ブリジトが保管していた古代王国の宝物を持ち出してここに保管し山族に守らせたというわけだ。
そうなると、その恩人という人は古代王国と関連のある人なのか?
つまり、エイントリアンの先祖?
ここを去ったその恩人はロゼルンへ行き指輪を渡したのではないかという仮説が立つ。
なぜそんな行動をとったのかはわからないが。
それでもヒントがあるのとないのでは天と地の差。
「うーん……」
まあ、こうして秘密を追い続けていればパズルが合わさるかのように何か現れるだろう。
「閣下! 王女殿下と結婚されてたんですかっ⁉」
深刻に悩んでいると急にギブンが近づいて来て驚いたように聞いた。
「何?」
この世で最も突飛な発言を聞いた人の顔でギブンを見てやると、ユセンはため息をつき首を横に振って彼を引っ張って行った。
ギブンはユラシアに一言も声をかけることができなかった。ここへ来るまでの間ずっと。
美しさに圧倒されたのか、彼女の身分に圧倒されたのか、まあ両方かもしれないが。
とにかく、俺はまた山族に向かって言った。
「つまり、山族に名誉をもたらしてくれる主を探していたということだな? その予言は正確のようだ。君たちを追い出したというそのブリジトを滅亡させたのも俺だ。俺とユラシアの部下になれば山族は復興できると断言しよう!」
「ブリジトは滅亡したのか? 主よ、それは本当か?」
ベルタルマンが唖然とした表情で聞き返した。
山から出れないため情報がないのは当然のこと。
「ここベルタクインの領主が変わったのもブリジトが滅亡したからだ」
「本当に主がブリジトを滅ぼしたと?」
「君たちの待ちわびた主がこうして現れた。その主の話も信じないなら一体なぜこの長い年月を待ち続けたんだ」
「信じる! それならそなたも我らの恩人だ!」
ベルタルマンは後ろを向くと部族たちに彼らの言語で騒めき出した。
「ウオオオオ!」
すぐに山族たちは大きな歓声を上げた。そして、俺に向かって何度も頭を下げるではないか。
「まだそんなことしてるんですか?」
いつ戻って来たのかユラシアが聞いた。
彼女が突然現れるのはいつものことだから今ではもう驚きもしない。
「どこまで行ってきたんだ?」
「ここすごく奥が深いです。どうやら鉄鉱石があるようですが、入口にはあれもありました」
「あれって?」
「前に私たちのマナを増やしてくれたあのマナの陣です」
「そんな!」
やはり古代王国と関連のあるマナの陣にはあの機能があるということだ。
かなりの朗報だった。ふたりの能力値を上げられる。
「ユラシア、もしかしてその指輪の由来について知ってるか? 誰からもらったとか」
「いいえ。父上がそれについて話したことはありません。というより、父上も知らないようでした」
とにかく簡単にはいかない。古代王国のこうした施設や宝物には一体どんな意味があるのだろうか。
「まあいい。君たちが守るべきマナの陣は封印が解けた。これからは俺に従うんだ。それが山族の光明となるだろう」
「それが我ら山族の望みだ。主がブリジトを滅ぼしたという話が本当なら我らは主に従う!」
そうしてくれると助かる。
なぜブリジトから追い出され、なぜエイントリアンの先祖が彼らを救ったのかはわからない。
だが、とにかく今重要なのは大陸には山が多いということ。
その山で凄まじい機動力を持つ山族の力を得れば大いに役立つのは事実だ。
さらに鉄を確保した。
この鉄で真っ先に精鋭の鉄騎隊を育成するつもりだった。
攻撃力と防御力で武装した鉄騎兵を。
ルナンの滅亡と共に訪れる混沌の時代に欠かせない存在となるからだ。
そして、俺の頭の中に描かれたこの鉄騎隊を率いる隊長はひとりだけだった。
武力96。知力70。指揮92。
武将として卓越した能力を誇る存在。
まさにデマシン・エルヒートだ。
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