第68話
「殺すなら殺せばいい! あんたも終わりよ、復讐はできたわ!」
「終わりだと? 何か勘違いしてるようだが、俺はローネンにどう思われようとそんなことはもうどうでもいい。それに、閣下がどうなろうともまったく興味ない」
「何よ!」
「むしろ感謝してる。おかげでローネンとエルヒートの仲がこじれた。それが俺の狙いだったんだ」
「何なのよ! ローネン公爵に睨まれてルナンで生きていけるとでも? 父もローネン公爵に見放されて悲惨な死を遂げたわ、私の父も!」
父親の復讐。家門の再建。
それをなし遂げようとする気持ちを理解できないわけではないが彼女は完全に手段を間違えている。
「広い目で見ろ。大陸を見ろと言ってるんだ。この腐ったルナンがこの先どのくらいもつかな。俺はローネンなど眼中にもない。この広い世界を掌握するつもりだ。ブリジトを滅亡させたのもその一環にすぎない。俺は決してルナンに忠誠したわけではない。だから、閣下も新しい道に進んだ方がいいのでは? ひとつ教えるなら、間もなくナルヤが再侵略を始める。そして、ルナンはそれを阻止できない。俺にその気はないから。家門を再建する方法、復讐する方法は他にもたくさんある。ローネンに気に入られる必要はないんじゃないか?」
「あんた、一体何を言うのよ!」
「少しでも頭を使って考えてみろってこと。ローネンに捨てられて悲惨な死を遂げた父親。それならいっそローネンを殺して復讐したらどうだ? やがてそんなチャンスも巡ってくるだろう」
俺への怒りをあらわにして俺を狙えばその時は殺す。
しかし、彼女にはまだ使い道があった。
どんな行動を起こすかはわからないが使い道があるのは確かだった。
「復讐は俺じゃなくて直接的な原因に向けてしたらどうだ?」
そう、これがまさに火種だった。
彼女がローネンを狙うこととなる火種。
とにかく言いたいことは全部言ったためジントに合図し彼女は自由の身となった。
だが、彼女は動かなかった。呆然と俺を見つめるだけ。
悩んでいる様子の彼女を放置して俺たちは邸宅を抜け出した。
そして、すぐに合流したユラシアがいきなり問い質す。
「ところであなた、一体どういうつもりですか? ナルヤの再侵略がそう遠くないのなら……。結局、ルナンの国民は……」
話はすべて聞かれていた模様。
「愚かな王と貪欲な公爵。彼らがどうなろうと知ったことではないが、国民まで戦争で死なせるつもりはない」
「……」
俺の答えにユラシアは何も言わなかった。
いや、むしろ俺が視線を向けると顔を背けてしまった。
*
「なーに、逃げようとしてんだ」
ゲンセマは逃げ出そうとしてジントに捕まった。
「助けてくれ! 助けてくれるんだろ? 全部言う通りにしたはずだ! 頼む、助けてくれ!」
悪いが、助けてやるとは言ってない。助けてやることもできると言ったのだ。
「世の中は因果応報だろ? 悪い行いをすれば悪い報いがある」
俺はそう言ってジントにゲンセマを引き渡した。
「好きにしろ」
「本当か?」
「もちろん」
俺がうなずくとジントは唇を噛みしめてゲンセマの髪をつかんだ。
そして、そのまま引きずった状態で丘をのぼった。
「っ、助けてくれ! 頼む……! わかった、全部くれてやる。金塊が必要なら言え。山ほどある!」
ただならぬ殺気を感じたのかゲンセマはさらに泣き縋る。
だが、ジントは何も答えなかった。じっとゲンセマを見つめると剣を振りかざした。
その瞬間、ゲンセマの首は空へ跳ね上がった。
「助け……ぐあっっ……」
胴体から切り離された首はまだ口が動いていた。
意識を失うまでの数秒。首を切断されたまま騒いだのだ。
その数秒。
彼は宙に浮く首で自分の胴体を見たのだろう。首がちぎれた胴体を見下ろすかの如く。
数秒の絶望。
多くの人々を不幸のどん底に陥れたクズの最期にしては物足りないかもしれないが、それなりの最期ではないだろうか。
ジントはそのようにゲンセマを始末して俺のもとに歩いてきた。
すると、突然跪く。
「あんたにはどう恩返ししたらいいか……。一体どうすれば……」
その質問は実に愚かだった。
何だその質問は。
「そんなに恩返しがしたいか?」
「当然だ! 助けてもらってばかりで俺は何もできていないじゃないか!」
「それならもっと強くなれ。それが恩返しだ。もっと役に立てれば、それはいいことだろ?」
そう。早くS級になってくれ。
忠義を尽くすS級の部下。俺にはそんなのが必要だ。
彼が強くなるほど死亡リスクは下がるからミリネにとってもいいこと。
「強くなればいいのか? そしたら恩返しできる機会がもっと増えるのか?」
「そういうことだ」
「それなら強くなる」
ジントらしく長くは語らなかった。
意気込む様子から一応は理解したようだが。
実は今それよりも重要なことが他にある。
それはゲンセマが死んでもドロイ商会はまだ壊滅していないということ。
ルナンの要塞を破壊してその代表を殺したことはボスが死んだことにしかならない。
ルナン各地の支部、そしてナルヤ各地の支部はまだ無傷だった。
ドロイ商会は現代の麻薬密売組織のような犯罪組織とその構造が似ている。
秘密がきびしく保たれているためその正確な実態を把握するのは簡単ではない。
麻薬密売総責任者をはじめ、仕入れ係、小分け係、保管係、運搬係、密売現場責任者、売り子、見張り係、会計係などの地位があり、各自役割を分担している。
幹部クラスの者は表に姿を現さないのが普通だ。
これらの分担は縦のつながりはあっても横のつながりはないため、それぞれの分担者は直接上の地位のメンバーしか知らない。
同じ業務をしていても顔だけ知っていて名前は知らないということがほとんど。
つまり、実際の販売業務を行う現場責任者を捕まえても組織の上層を探知するのは困難だから一網打尽は難しい。
要塞の捕虜を尋問して情報を得た結果、ドロイ商会のゲンセマもルナンの要塞と本部だけを管理し、他の支部には顔を見せずに命令を出すというやり方で秘密裏に運営していたようだ。
つまり。
結論は、ドロン商会は今もなお健在でそれを俺のものにすることもできるということ。
*
ユラシアはフリルを連れて先に要塞へ向かった。
ゲンセマを始末して俺とジントも後から要塞に合流した。
俺は要塞に着くなり生かしておいた捕虜から再び情報を聞き出した。
「だから、定期的に報告をすることになっていて、もうすぐそれぞれの支部から人が来るということだな? そして、また命令を持ち帰ると?」
「そ、そうです!」
力強く叫ぶ。
「君の情報は正確だった。おかげでゲンセマとルトリーを殺すことができた。そんなふうに正確な情報だけを提供してくれることで生かしておく価値が生まれる。どういう意味かわかるな?」
「はい、もちろんです! 絶対に……絶対に嘘はつきません! 他のやつらとは違います!」
捕虜は恐怖に震えながらそう叫んだ。
こんなやつらに慈悲は必要ない。
だが、得るものがあれば話は別だ。
「まあ、とにかくその総本山がこの要塞であることは確かだろ? いくら互いに知らないとはいえ」
「そ、そうかと!」
「ゲンセマは彼らの前に姿を現したか?」
「いいえ。疑い深いやつですから。特にナルヤ王国はルナンよりも厳しいところなのでそっちの支部の人間には顔を明かしていません。支部同士が互いを知らずにいることで、どこかの支部が討伐されても他は生き残れるわけですから」
「俺に必要なのは、まさにそのナルヤ王国の支部だ」
正確に言えばナルヤ王国の支部がもたらす生の情報が必要だ。
貴族を相手する犯罪組織だからこそ重要情報を入手するのも簡単で斥候を放ったとき以上の情報が得られた。
戦争において情報は金より大事だ。情報の多さは勝利に他ならない。
その情報のためなら喜んでドロイ商会の代表になるつもりだった。
もちろん、人身売買や拉致といった行為を容認する気はない。
情報を得ると同時にドロイ商会の各支部も一網打尽にするつもりだった。
どうせ一網打尽にするなら代表のふりをして情報を得るのもありだろ? 一石二鳥だ。
今この時期のナルヤの情報なら何よりも大事だ。
エイントリアンの地下にある金よりも。いや、ベルタクインの鉄よりもだ。
「では、準備しろ。各支部の仲介役に俺が直接会おう」
俺は生かしておいた捕虜にそう宣言した。
*
「フリル!」
「お姉ちゃん!」
フリルはリリアンに抱きついた。
フリルの方は何も知らずに行ったり来たりしただけだがリリアンは違う。
少女はフリルを抱きしめて涙を流し始めた。
妹を助けてくれと泣きついてきた少女。
その願いを叶えてあげるのは当然のことだった。
まっすぐな想いとはそばで見て聞いてる人たちに伝わるもので、そういったものが集まって民心が形成される。
事実上、民心という数値はゲームにおいて最も配慮すべき要素だ。
ゲームの真の勝者となるために。
「心配するな。領地に村を作るからみんなとそこで暮らせばいい。もう君たちを苦しめるやつはいない」
俺がそう言うと、
「フリル、ちょっと待ってて」
「お姉ちゃん?」
突然号泣するお姉ちゃんの姿を不思議そうに見つめるフリルを置いて、リリアンは俺のもとへ歩いて来ると平伏した。
「領主様!」
「え?」
「私……何でもします! どんなことでも! だから、おそばに仕えることをお許しください!」
そして、とんでもないことを言い出した。
「そばに仕えるだと? その必要はない。村へ行って自由に暮らすんだ」
唐突な頼みに現実的な答えを返すと彼女は平伏したまま急に俺の足をつかんできた。
「村へ行って暮らすのは私自身のためではありませんか! 領主様のために生きたいのです! 恩返しをさせてください。だから、どうかお許しください!」
「いや、そう言われてもな……」
かえってゲンセマのような悪党を相手にした方がましだ。
急に冷や汗が流れ出た。
引きずられても離れる気はなさそうだった。
小さな両手は俺の足をぐっとつかんだ。
そうするほど人の目は多くなるだろう。
それだけか、これは誤解を招き、その誤解が民心を下げるような状況だった。
だから、この状況をうまく解決しなければならなかった。
こんな姿勢で泣かれたりしたら取り返しがつかなくなる。
そばに仕えるという意味では似たようなものはある。
俺は頭脳を駆使してリリアンに提案した。
「それなら、領主城でメイドの仕事をしてみるか? 覚えることはたくさんあるけど、領主城で働くことは俺に仕えるってことにもなるからな」
「やります! やらせてください! 私が領主城を大陸で一番きれいな城にします!」
変な抱負を語って喜ぶリリアン。
本人が望むならそうさせればいい。あとは侍従長に任せるだけだから。
「わかった、わかった。帰って手続きするから、もうその辺にして立つんだ」
「私、頑張ります! 本当に一生懸命やります!」
リリアンは両手を合わせて意志を燃やした。
よりによってそれを見ていたのか、突然ユラシアが現れてやれやれと首を振った。
そして一言。
「変態」
いや、ちょっと待てよ。
今の俺のどこが変態なんだよ?
「おい、ユラシア!」
去りゆく背中に向かって必死に叫んだが彼女に足を止める気はなさそうだった。
*
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます