第67話
*
フィハトリは宣言通り本当に兵士たちを率いて退いた。
ユセンはそんな彼に感心の念を抱いた。
「へぇ、貴族にもあんなやつがいるんですね」
そう感じたのはギブンも同じようだ。
「まあ、それはそうと俺たちにはやることがある。領地の保護は警備兵に任せて山へ行ってみよう」
ユセンは領主城の執務室で地図を広げた。
「閣下のお話だとこの辺りだ。ここを重点的に探ってみる必要がある。ひとまず、ここの地理に詳しい領民の話を聞いてみよう」
エルヒンはゲームに出てきたおおよその位置しか知らなかった。
もちろん、それでも知っているのと知らないのでは大違い。
幸いにもある程度範囲を狭めることはできたからそれをユセンに伝えておいた。
「村長を集めろ。村長とはいっても村の数が少ないから人数はそういないだろう」
「了解です」
ユセンの命令にギブンが動いた。
すでにフィハトリが領民の沈静をはかってくれたおかげで何の邪魔も入ることなく事は進んだ。
しばらくして3人の年老いた村長がユセンを訪れた。
「この山で鉄を見かけたことはありますか?」
どうせ孤立した領地とその領民だ。話が漏れるとは考えにくい。
仮に話が漏れたとしてもそれはエルヒンが独立を宣言した後になるだろう。
今はまだルナンの兵士に話すことはできないが領民には協力を得るしかなかった。
それがエルヒンの指示。
「鉄ですか? どうでしょう。そんな話は初めて聞きました。ただ、その地域は……」
「ここに何か?」
妙な顔つきに何かあると判断したユセンは聞き返した。すると、村長は首を横に振って答えた。
「山族のアジトですから行ったことはありません」
「山族ですか?」
「はい。昔からそこは山族の領域です。彼らには近づかないよう代々伝えられているので、我われはその地域へ行ったことがないのですよ」
その話を聞いてユセンが突然立ち上がった。直感的に何かピンときたのだ。
その山族がいるという地域はエルヒンの話にあった地域と一致したからなおさら。
ユセンは山族がいるという山への道順を村長に詳しく聞いてギブンと共に出発した。
「いや何ですか、山族って」
「土俗的な部族だろ。彼らが何かを守っているらしいから、そこに何かあるはずだ。急ごう」
「隊長はそんな頭の切れる人じゃなかったような……。今、閣下のまねを……?」
「黙ってついてこい」
また無駄口を叩いて一発殴られるギブン。
必死に山を登った彼らはついに村長の言っていた区域に踏み入った。
すると、下半身を隠して顔を緑に塗った3人の男が木の上から降りてきて道を塞いだ。
「カラガテル!」
「何て言ってるんだ?」
理解不能な言葉。
確実なのは好意的な雰囲気ではないということ。
「隊長。雰囲気からしてすぐに消えろと言ってるのでは?」
「そうかもしれないな。まあ、好意的なわけはないだろう」
それと同時に山族が攻撃してきた。ユセンも仕方なく剣を抜く。
「ギブン、絶対に殺すな。むやみに殺したら事がこじれかねない」
ユセンが慎重に命令を下すとすぐに戦闘が始まった。
ユセンくらいになるとかなりの武力を誇る武将。
当然、3人の山族はあっという間に片付いた。
「君たちは誰だ! 勝手に侵犯して攻撃を仕掛けてくるとは!」
その時、木の上からもうひとり降りてきた。今度の男は幸いにも大陸の公用語だった。
「誤解だ! そっちが先に攻撃してくるから仕方がなかった!」
「先に侵入してきたのはそっちだ!」
結局、再び戦闘が繰り広げられた。
今度攻撃してきた男は先の男たちとは体格そのものが違った。
それだけか見るからに武力も違う。
ユセンはしばらく男と剣を交えて競った。
ギブンが助けに入ろうとするとすかさず叫ぶユセン。
「入ってくるな! そこで見てろ!」
そう言った後もしばらく戦闘は続いた。
長い戦いの末、勝者はユセンだったがだいぶ疲れ切っていた。
「君たちに危害を加えるつもりはない。聞くことがあってここへ来ただけだ!」
ユセンが呼吸を整えながら倒した男の前でそう言い放つとギブンは歓呼の声を上げた。
「隊長、その黒鎧を着てから何だかさらに威厳が増して見えます!」
「そうか。フフッ。これは下賜されたものだからって、いやいや。そんなことはどうでもいい。見たか、ギブン!」
「何をです?」
「あの男が着ている鉄鎧のようなものだ。鉄をあんなに薄く作るとはとんでもない技術だ」
「え? あれが鉄ですか?」
ギブンが驚いたように声を上げた。
すると、倒れていた男が急に起き上がって逃げ出した。
「隊長、逃げましたけど? 後を追いましょう!」
ギブンがそう言うとユセンは首を横に振った。
「あれはどう見ても罠だ。ついてきたところを包囲攻撃ってとこか。基本的な戦略だろ。後を追ってどうする」
「ですが……」
「迂回するぞ、あっちだ」
ふたりは迂回して山族が姿を消した方へ向かった。
おかげで何時間も山中を彷徨った。
そうして彼らが踏み入ったのは何だか不思議な場所。
「ここは……何でしょうか?」
彼らの前には巨大な石壁があった。さらに、その石壁にはマナの陣が描かれていた。
「こんなものが一体なぜ山の中に?」
ユセンが驚いた顔でマナの陣に近づこうとすると、
「バルカルカ!」
向こう側にまた山族が出現した。今度はかなり大規模だった。
「だめだ。あいつらを殺すわけにはいかないし、ひとまず退却しよう!」
幸いにも迂回したことで包囲されることもなく来た道に沿って逃げ切ることができた。
ある程度離れると山族は自分たちの区域から出られないのか追撃を止めてしまった。
それを確認したふたりは座り込んで息を切らした。
「ギブン」
「はい、隊長」
「疲れたか?」
「当然ですよ」
「それでも動いてもらうぞ。すぐにエイントリアンに帰るんだ」
「そんな、急に?」
「俺たちが見たありのままを伝えるんだ。ここで俺に決められることは何もない。あいつらが守っているものも何だか妙な感じだ。マナの陣とはな。もう俺が判断できる領域を超えている。だから、君が直接行って閣下に知らせるんだ。こんな重要な仕事を他人には任せられないだろ?」
「それはそうですが……。その間、隊長はどうするおつもりで?」
「もっと情報を集めておかないと。だから、君は閣下の指示を仰ぐんだ。いいな?」
「わかりました」
ユセンの命令にギブンはうなずいた。
*
王都の貴族は序列によって邸宅の規模が違った。
王城の前にある豪邸は公爵のもの。
権力を持つほど王城から近い場所に邸宅が位置していた。
一方、力のない貴族は王都の郊外に邸宅がある。
俺が訪れた場所もそんな郊外にある貴族の邸宅。
公式的な訪問ではない。
だから、ユラシアの助けを得た。
彼女はマナを使って壁伝いに移動する特技を持っていたから。
その力を利用して邸宅の執務室に忍び込んだ。
「ここで何をするつもりですか?」
「けりをつけないと」
ユラシアはやれやれと首を振ると窓から姿を消した。
このところルナンの汚い部分を見すぎて何もかもうんざりした表情だった。
ジントはおとなしく俺の背後に立っている。
頼もしい護衛だ。
それからしばらく待っていると執務室に人が入ってきた。
同時に部屋の明かりがつく。
伯爵の執務室に入ることができるのは掃除担当のメイドと伯爵本人だけ。
そして、掃除は昼間するのが普通。
夜ここへ入ってくるのは当然ながら伯爵だった。
「誰だ!」
ヘイナはそう叫ぶなりすぐにジントの攻撃を受けた。
ジントは彼女を跪かせると一瞬で口に猿轡をかませた。
ジントのスピードは強まる武力と比例してますます進化していた。
このくらいならブリジトで俺たちを苦しめた快剣やろうのスピードに追いつく日もそう遠くないだろう。
「お久しぶりです、閣下」
ヘイナは俺に気づくと地団駄を踏んだ。そうするほどにジントは彼女の両肩を強く押さえこむ。
実はこれでもだいぶ大目に見てあげている。
俺を殺そうとした相手だ、普通ならこの程度ではすまない。
「困りますよ。人を雇って俺を殺そうとするなんて」
騒ぎ立てるわけにはいかないため彼女の耳元でささやいた。彼女は憤怒の形相で俺を睨みつける。
俺が怒るべきこの状況でなぜこの女が憤怒しているのかはわからないが。
「なぜそんなことをした! なんて戯言を言いに来たのではありません、閣下」
そう。そんな言わずと知れた事実を確認しようとここまで来たわけではない。
もちろん、彼女は口を塞がれているため俺の質問に答えることはできなかった。
「あなたは俺の活躍ぶりを誰よりも詳しく調べて回った。ロゼルンとブリジトの滅亡。それらをすべて調べ上げたのでしょう。俺が暗殺組織なんかにやられるような人間ではないことくらい知っていたはずですから。帳簿を見たらとんでもない額の成功報酬を約束されていたようで。もちろん、これも出すつもりはまったくなかったのでしょうが」
俺の話にヘイナは驚いた表情で身を捩った。
「それでも軍の策士を務めたほどの知力だけあるというか。そこは褒め称えたい」
ヘイナは何か言おうと頑張っていたが、見え透いた戯言を聞くつもりはないため猿轡を外すつもりはなかった。
「閣下は帳簿の最上段にローネンの名前が書かれていることも知っていた。閣下の本当の狙いは俺とローネンの反目。そうだろ? 俺がこうして閣下を殺しに来るってことまでは予想できなかったか?」
殺気を放つとヘイナは一層踠いた。
「ローネンは俺のことを気に入っているのではなく利用しているだけ。そんな事実を知ったらますます復帰したくなったはずだ。またローネンに気に入られて策士の座に復帰し家門を再建する。その気持ちが強いのはわかるがちゃんと頭を使わないと。選ぶ相手を間違えたな。ローネンよりも俺に気に入られた方がいいと思うが?」
俺はそこまで言ってから口の猿轡を外してやった。もう大声を出しても構わない。
言いたいことは全部言ったから。
「公爵殿下との関係に亀裂が入ったのは事実じゃない! エルヒート閣下は国境に追放され、公爵殿下はあの帳簿を渡したのがあんたであることを突き止めた。真っ向から反旗を翻した人間を放っておくわけがないわ!」
「そうか」
まあその気になれば突き止めるのは簡単なことだ。
やはりエルヒートは俺が帳簿を渡したことは話していないようだが。
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