第65話

リリアンはその女のほうに視線を移して聞いた。


「あの方は偉い人ですか?」

「そうよ! 私もよくわからないけど、すごく偉い人みたい」


 リリアンの目に映ったのは堂々としたエルヒンの姿だった。

 怖かったおじさんたちを皆殺しにしてしまった、また別のおじさんたち。

 そして、そのおじさんたちに号令する男。

 あの人なら妹を助けてくれるかもしれない。

 そんな考えがリリアンの頭の中を占領した。

 セディンまで死んでしまった以上、彼女はフリルのことしか頭になかった。

 それは死んだ両親との約束。

 こんなにたくさんの人を救ってくれたのだからフリルのことも救ってくれるはず。

 リリアンがそんなことを考えているとエルヒンは再び命令を下した。


「ベンテ、王都へ行ってくるから兵士たちと要塞を占領したまま待機してくれ。俺が戻ったらみんなを連れて帰るぞ!」


 その姿をずっと見守っていたリリアンは決心したようにエルヒンのもとへ駆け寄った。

 フリルさえ助けてくれるなら何でもするという覚悟で。


 *


 ゲンセマはローネン公爵の息子を訪ねた。

 ローネン公爵の息子セルヴィルはゲンセマの最重要顧客でもあった。

息子が顧客である以上、ローネンもゲンセマをどうすることもできないから。


「お呼びですか。セルヴィル閣下」


 公爵位はまだローネンのもの。

父親の爵位を受け継ぐまでは伯爵の爵位を持つセルヴィルは閣下と呼ばれていた。

 そのセルヴィルが何かとても気に食わないというような顔で言った。


「この間の奴隷が気に入らない」

「そ、そうでしたか! 返品は受けつけていないのですが、閣下のお気に召されないようでしたらもちろん代わりをご用意いたします!」

「クハッ。それはありがたい。俺が公爵になったら国を挙げて君たちの商会を後押しするよ」

「我われはその日を待ちわびながら忠誠を尽くすのみです。ハハハ!」


 ゲンセマはセルヴィルの主張に相槌を打ちながら笑ってみせた。


「それじゃあすぐに変えてくれ。クフフフ」


 セルヴィルは持っていたグラスを飲み干して席を立った。


「承知しました。すぐに献上いたします」


 ゲンセマは頭を下げたまま外へ出た。そして帰路に就くと部下にぼやく。


「ろくでなしめ。何が交換だ。奴隷に交換などあるものか」

「そのために要塞から子供を連れてこられたのでは?」

「まあそれはそうだが。こんな簡単に差し出すのは俺のプライドが……。チッ。仕方あるまい。後々やつを操り人形に仕立て上げるためにも」


 ゲンセマはそう言いながら王都の秘密アジトに向かって歩いた。


 *


 要塞は大体の位置を知っていたため騎兵隊を出動させてすぐに見つけることができた。

問題は要塞には代表の姿もなく帳簿もなかったということ。

俺に必要なのは帳簿だ。

エルヒートを揺さぶるためには帳簿が欠かせない。

機密文書だから代表が持っているはず。

とりあえずその代表を探せばいい。

残党を拷問して得た情報をもとに王都にあるやつらのアジトを訪れた。

略図を片手に到着した場所は平凡な二階建ての建物の前だった。

アジトはこの建物の地下にあるというのが残党たちの自供。


「代表ってやつは俺も見たことがない。本当に信頼する者だけに顔を晒すやつだから」

「そうか」


 まあ、もうすぐその顔を見ることになるだろう。

 俺の合図で地下へ降りていったジント。

 彼の武力によって地下の扉はまるで紙くずのように粉々になってしまった。

 中では人相の険しい男たちが集まって酒を飲んでいた。

突然扉が吹き飛ぶと困惑した表情で俺たちを見る男たち。

 その数は7人余り。

 俺が顎をしゃくるとジントは剣を持って駆け出した。


「何なんだ、こいつらは」

「奴隷商人なんか殺してやる」


 ジントが死刑を宣告したが奴隷商人たちは俺たちを嘲笑するだけだった。


「ふざけたこと言いやがって。俺たちのことを知っていながら攻め込んでくるとはな。何だ、恋人でも捕まったか? ガハハハッ」


 そして、その中のひとりが禁断の一言を口にしてしまった。

 ジントは怒りで目を血走らせた。

 その瞬間、そう言って嘲笑っていた男の首は胴体と別れを告げた。

さらに、その切断された頭部をジントはなんと4つに斬ってしまった。


「っ、兄貴!」


 残ったやつらがそう叫びながらジントを睨んだが何ともあっけない戦いだった。

1分も経たずして地下1階にいた男たち全員が悲鳴を上げる間もなく首を斬られてしまったのだから。

 それは一抹の慈悲もない虐殺だった。

 地下の床にはこれ見よがしに血の海が作り出された。

首を斬られた7つの死体から流れ出る血が板床に染み込む。

 グロテスクなここへ下の階から人が上がってきた。


「騒がしいぞ」


 耳の穴を掻っ穿るような仕草をしながら上がってきた男。


「本当にそこにお姉ちゃんがいるの?」


 そいつは少女と手を繋いでいた。

 リリアンという少女が言っていた妹の人物像と一致した。

 幸いにも手遅れではない模様。

 少女に血の海を見せる必要はないためユラシアにささやいた。


「子供を助けて保護してくれるか?」

「わかりました」


 ユラシアの返事と同時にやつらは顔をしかめて言った。


「代表、いかれた奴らが攻め込んできたようです」

「そのようだな」


[ゲンセマ]

[年齢:49歳]

[武力:71]

[知力:66]

[指揮:70]


[ルトリー]

[年齢:26歳]

[武力:94]

[知力:20]

[指揮:30]


 年老いたやつが代表。

 そして、背の高い男はその護衛に違いなかった。

おそらくドロイ商会で一番強いやつだろう。

 俺のもとに送り込んだ暗殺者が二番で、こいつが一番。

 まあどうせ大したことない。

 ユラシアはすかさずゲンセマに向かって駆け出した。

それをルトリーが阻止しようとするとジントが突進してユラシアに道を作ってくれた。


「貴様、まさかジントなのか?」


 すると、ルトリーがジントに気づいた。ジントも同様に彼に気づくと睨みつけて叫んだ。


「暗殺チームの総大将!」

「そう、俺様だ。使い物になりそうな目つきをしてたから使ってやったのに、とんでもないことをしでかして逃げ出したっけな? 自ら這ってくるとは自殺行為か? クククッ」

「黙れ!」


 ジントが剣を振り回すとルトリーはその攻撃を切り返した。

 ユラシアはその隙を狙ってゲンセマの腕を蹴飛ばし少女を救った。

 ルトリーはジントをすぐに片付けてゲンセマを保護するつもりだったようだが、ジントは暗殺組織にいた時よりもはるかに強くなっていた。

 それを感じ取ったのかルトリーの顔が歪み、ユラシアは少女を自分の方へ引き寄せた。


「貴様は誰だ?」

「俺か? 俺はお前が殺そうとしていたエイントリアン伯爵だ」

「エイントリアン? なんだと!? ホグは、ホグはどうした!」


 ホグか。

 どうやら俺を襲った暗殺者の名前のようだ。


「やつなら死んだ。だから、黒幕を突き止めるためにここへやってきた」

「ホグが死んだ? そんなはずが!」


 まだ状況を理解できていないゲンセマ。


「世の中には怒らせてはいけない人がいる」


 俺がそう言い放つとゲンセマは鼻で笑った。


「あいつがホグを殺したのか? ルトリーと張り合えるくらいなら可能かもしれんな。だが、ルトリーはあのホグより何倍も強い!」


 ゲンセマはジントと戦うルトリーという男に厚い信頼を寄せているようだった。

それが無駄な信頼であることに気づきもせず。


「依頼したやつの名前を言え。そしたら命を助けてやることもできる」


 もちろん生かしておくつもりはない。

本気で言ったわけではないが、ゲンセマはやはり俺の言うことを無視した。


「何してる、ルトリー! さっさとそいつを片付けて、こいつも殺すんだ!」


 まあそうだろう。武力94ならルナン王国にはエルヒートの他に敵わない相手はいなかった。一介の奴隷商人のくせに大陸で権勢を振るうことができるのも、あの暗殺組織とあいつのおかげだろう。

 S級を帯同しているとか10万の大軍を率いているというわけではない以上、無駄な自信にすぎない。


「ジント。ちょっと下がってくれ」


 ゲンセマの自信を打ち砕くため大通連を召喚してルトリーを攻撃した。

 [破砕]すら使う必要のない相手。

 ルトリーの胴体はすぐさま両断されてしまった。

 多くの女性を調教してきたルトリーだが、死の恐怖すら知らずして肉塊となってしまったのだ。


「な、なにっ……!」


 これまでルトリーと暗殺組織の力を信じて数々の悪事を働いてきたゲンセマはよほど驚いたのか口角泡を飛ばしながら叫んだ。


「ルトリーはルナン王国で誰にも負けない強さを誇る男だ!」


 ようやく何か異変に気づいたゲンセマは後ずさりしながら言葉を絞り出した。

自信満々だった顔が驚愕に染まった。

 すると、逃げるかのように地下へ降り始めた。

 地下に隠し通路でもある様子だったが、


「ごみくず」


 ユラシアはフリルの目を手で覆い隠して冷たい一言を放つとロッセードにゲンセマの足をかけた。

 その結果、ゲンセマは床を転がった。

 床とごみくず。

 とてもお似合いだった。

 俺はそんなごみくずに歩み寄り彼の片腕を切り落とした。


「ガアァァアッ!」


 ゲンセマの肩から切り取られた片腕は天井をかすめて床に落下した。ゲンセマは苦痛に歪んだ顔で血が流れ出る肩の断面を鷲掴みしてうめき声を上げた。


「助けてほしいか?」


 俺が目の前に剣を向けるとゲンセマは激しくうなずいた。

こういった類の人間であるほど生きることに強い執念を持っているから。


「じゃあ、あの子を連れて行こうとしてた場所に案内しろ。さもないと今度は首だ。ああ、それと帳簿もよこせ。俺を殺せと依頼したやつが誰かも白状してくれるといいが」

「……」

「この状況でまだ悩むか? それなら仕方ない」


 俺は未練なく大連通を手にした。


「ま、待ってくれ! 本当に助けてくれるのか? ……言う通りにすれば助けてくれるんだな?」


 ここで助かれば復讐のチャンスがあると思っているようだが。

 とんでもない。


「まあ、そうすることもできる。5秒以内に決めるんだな」

「わ、わかった、案内する。それと、あんたを殺せと依頼したのはベルヒン・ヘイナ伯爵だ」


 結局、ゲンセマはやみくもにうなずきながら白状した。

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