第63話

 *


日が沈みかけた夕暮れ時。

 領地視察を終えて執務室に戻った俺は仕事をしようと机に向かった。

 視察のほかにもやることは山積みだ。

 一番重要なのは支出に関する決裁。

 地下に財宝がたくさんあるとはいえ、計画もなく使えばあっという間になくなってしまうのが軍事費というものだから。

 ペンを持って書類の作成に取りかかろうとした、その時。

 邪魔が入った。

 突然、窓ガラスが割れたのだ。


「……え?」


 その窓から入ってきたのはなんと5人の敵だった。


「死ね!」


 やつらは何のあいさつもなくすぐに攻撃を仕掛けてきた。

 C級の武力が4人。そして、A級がひとりだった。

 大陸にいるA級実力者は40人ほど。

 本当に希少なのは大陸に5人しかいないS級だ。

もちろん40という数も多くはない。

それに、その40人ほどのA級実力者も武力が90台前半で形成されている。

武力95以上は大陸に10人いるかいないか。

まあとにかく、A級のいる暗殺チームなら決して平凡なやつらではなかった。


 不意打ちを食らうと危険だ。

 大通連を装備していない状態での俺の武力は相変わらず低いから。

それでもこうして平然としていられるのは、ほぼ同時に窓から飛び込んできたユラシアのおかげだった。


「あなたたち、何ですか?」


 ユラシアはそのまま近くの覆面男に向かって容赦なく剣を振り回した。

 青いマナが覆面男の胸に鋭く入り込む。

 同時に左から右へ剣を振り抜くと隣の覆面男の身体が真っぷたつに切断されてしまった。

 血が迸る執務室。


「いや、ユラシア……。そこまで過激に戦わなくても」


 なぜかわからないが怒りで目尻の上がったユラシアは何も答えないまま攻撃してくる別の覆面男を相手した。

 俺も黙って見ている場合ではなかった。

 何しろA級実力者がいるのだから。

 男も俺を殺すのが先だと思ったのかユラシアを部下に任せて俺に飛びかかってきた。


 武力90。

 おそらくこの暗殺集団の中では最上位の実力者だろう。

 だが、大通連を装備した時の俺の武力は99。大陸に40人ほどいるA級の中でも最上位だ。

 だから、こいつは相手にもならない。

 大通連を振り回して敵に立ち向かうと、それはあまりにも安易な結果をもたらした。


 たった2回。

 俺が剣を振り回すと敵は倒れた。圧倒的な武力差の結果。

 やつは信じられないという目をして死んでしまった。

 聞いていた話と違うというような疑問の眼差しで。


「待て、ユラシア!」


 背後を探るために一人は生かしておきたかったが、俺が叫んだ時すでにユラシアは敵を全滅させていた。

 彼女の武力はロッセードと合わせると91。当然と言えば当然の結果だ。


「何ですか?」


 彼女は妙にさわやかな顔で答えた。

 まるでよくやったと褒めてというような顔にも見えるが、俺の勘違いか?


「一人は生かしておきたかったんだ。誰が俺を狙ってるのか調べるために」

「えっ?」


 ユラシアは軽く頬を膨らませた。

 俺の言うことにも一理あると思ったのか、座り込むと無表情な顔で目の前に倒れる覆面男の頬をビンタし始めた。

 そんなことして起きるわけないだろ。もう死んでるんだから。

 彼女はさらに頬を膨らませ、死んだ覆面男を放り出して立ち上がると言った。


「ムカついて力の調節ができなかっただけです」

「何でそんなに怒ってるんだよ」

「なんとなくですよ」


 ユラシアはそう言うと入ってきた窓から消えてしまった。


 *


 領主城の執務室に家臣が集まった。

 領主が襲われたのだからみんなが集まってくるのは仕方のないこと。

 ユセンは死体を見ると顔をしかめて聞いた。


「実力者ですか?」

「ああ。マナの使い手だった」

「そんな……! では、よほど権力のある者が送り込んだとしか……。何か心当たりは?」


 心当たりか。

 殺すべきやつは全員殺した。

ローネンと王はまだ俺を必要としているため、こんなまねをするはずがなかった。

 もちろん、俺に恨みを持つ人はいた。

 まったく心当たりがないわけではない。


「特にない」


 だが確信を持てなかったため、俺はひとまず首を横に振った。


「調べてみる必要がありそうですね」


 ユセンの言葉に俺はうなずく。

その時、深刻な顔で死体を調べていたジントが死体の手首を持ち上げて言った。


「これ……」

「何だ、ジント」

「暗殺者っていうから調べてみたけど、やっぱりこれ……あいつらだ」


 その手首には蜘蛛のようなタトゥーが入っていた。


「あいつら?」


 俺の質問にジントは自分の手首を見せた。そこにはやつらと同じ蜘蛛のタトゥーが入っていた。俺はそれを見て気づいた。


「まさか、ミリネを連れ去った奴隷商人か?」


 強くうなずくジントは目に炎を浮かべる。

当然だった。あの奴隷商人ならジントにとっては敵中の敵。

 ジントはミリネを取り戻そうと、その情報を得るために彼らが運営する暗殺団に入り、ロボットのように生きた時代があったのだ。


「ドロイ商会と呼ばれてた」


 ドロイ商会か。

 それなら知ってる名前だった。

 ゲームの中でも有名なやつらだ。

 ルナンが滅亡してからはナルヤとマテイン王国で暗躍し、人身売買、拉致、暗殺などを行うクズ集団。

 規模が大きい上に権力層と癒着しているため歴史から消えることのなかったやつらだ。

 だが、その名前は一般には知られていなかった。

権力層だけが知る名前。顧客は全員貴族だから。


「ドロイ商会? そんなところがあったか?」


 やはり王都出身のユセンは初めて耳にするという顔。他の家臣も同じ反応だった。

地方貴族のハディンすら知らないというような顔をしていた。


「闇商人だと思えばいい。俺の知る限りでは、ドロイ商会が俺を狙っているとすればそれを差し向けたやつは当然王都の貴族だ」

「王都の貴族が閣下を暗殺しようとしたと?」


 ユセンが驚いた顔で聞き返す。


「そういうことだ。だから、俺が自ら出向いて直接聞く必要がある」


 ドロイ商会を始末することは難しくなかった。

 ブリジト王国まで滅亡させたのだ。今の俺なら十分に始末できる。

いくら闇に暗躍しているとはいえ国レベルではない。

 誰かが俺を狙っているなら復讐しなければならない。

 やつらは消えて当然の存在でもあった。

 そして、もうひとつ。

 もし俺の読みが当たっていれば、それを利用してエルヒートを俺の味方にすることもできた。

 想像以上にドロイ商会はルナンの貴族と深いつながりを持っているからだ。

 エルヒートが手に入るなら躊躇う理由はなかった。


 やつらの本部の所在がわからないのが問題だが。

 ゲーム上ではルナンの滅亡と共に本部を移す。

ルナンが滅亡するまではルナンの王都に本部を置いていた。

 ナルヤにあるのは全部支部だ。

 ゲームと違ってルナンは滅亡しなかったから、やつらの本部もまだ王都にあるのか?


 *


 ミリネは本を読んでいた。

 エルヒンのおかげで文字を学んだ彼女はいろんな分野の本を手当たりしだいに読んだ。

 ミリネは恩に報いるため縫い物でも何でもすると言った。

 だが、エルヒンはそんな彼女に文字を習わせた。

 文字は貴族だけが学べるものだと思っていた彼女だったが、自分たちを助けてくれた恩人の言うことだから従おうという気持ちで文字を習った。

 そう思っていたことが意外にも彼女は文字というものに面白みを感じ始めたのだった。


[ミリネ]

[年齢:21歳]

[武力:5]

[知力:59]

[指揮:10]


 エイントリアンに来た当初の彼女の能力値はこうだった。

 だが、文字を学んでから変わった。


[ミリネ]

[年齢:21歳]

[武力:5]

[知力:70]

[指揮:20]


 彼女は基本的な知恵はあったもののそれを活用する方法を知らなかった。

 文字を学ぶことによってその知力が11も上がったのだ。

 さらに、それによって指揮が10も上昇した。

彼女の能力値は子供のようだった。

成長が早く伸びを期待できるのが子供なだけにこれだけの成長を遂げたのだ。


「ミリネ」

「あら? いつ来たの?」


本を読んでいた彼女は驚いて立ち上がりジントを迎えた。


「今来たところだ」

「私これを読んでいたの。こんなのが領主様の役に立つかはわからないけど……」


ミリネはそう言いながら自信なさげに微笑んだ。

ジントはそんな姿を見る度にただ幸せだった。逃亡者生活をしていた彼女がこんなにも楽しそうに何かをしながら暮らせるようになったのだから。


ロゼルンでの戦争。

危機の瞬間があった。ジントは彼のために命を捨てようとした。

だが、むしろ彼に救われた。

彼が自分をミリネのもとに帰らせてくれたのはこれでもう二度目だった。

さらに今日。

彼は敵討ちの機会を与えてくれた。ミリネの敵であり俺の敵。


「ジント? また何かやらかしたわね?」


ジントの表情に異変を感じたミリネが腰に手をあてて大声を出した。


「何もしてない! きっと役に立つさ。これまで彼の言うことに間違いはなかったから」

「それはそうだけど」

「それより、作戦のために王都に行くことになった。だから寄ったんだ」


 ジントは奴隷商人のことを話さなかった。

あいつらことを話してミリネの傷を思い出させる必要はなかったからだ。


「そう。じゃあ食料が必要ね。すぐに用意するわ!」


 ミリネは拳を握りしめるジントの手に気づかないままキッチンに駆けこんだ。


 *


「よし、みんな集まったか?」


 出陣を決めて家臣を集めた。出陣するだけでなく命令を細分化する必要もあったからだ。


[メルヤ・ハディン:武力60 知力57 指揮70]

[ベンテ:武力49 知力38 指揮82]

[ジント:武力94(+2) 知力41 指揮52]

[ユセン:武力82 知力69 指揮90(+2)]

[ギブン:武力70 知力34 指揮76]

[ロゼルン・ユラシア:武力89(+3) 知力57 指揮95(+2)]


 家臣の数値を見ると涙が出る。

 それはそうと、まずは家臣の中で唯一貴族出身であるハディンを呼んだ。


「ハディン!」

「はい、閣下!」

「国境の関所は修理を終えたようだな?」

「左様でございます、閣下!」

「王都側の城壁の増築は進んでるか?」

「もう少しかかりそうです」


 ナルヤ王国との国境側だけでなくルナンの王都へ向かう要所にも城壁を築いているところだった。

 これから大混乱が起きることを考えればナルヤ側だけを防いでも何の意味もない。


「そうか。君は引き続き増築に邁進してくれ。民心が下がるようなことのないよう十分に配慮するんだ。難民の受け入れを続けて彼らに職を与え、食料もできるだけ供給するように」

「はい、閣下!」


 ハディンなら領民を搾取するという心配はなかった。だからこそ彼が適任者だ。


「ユセン!」


 ユセンは実に多芸多才だ。家臣の中でも一番の逸材だった。能力値がどれも高い人物。


「君は以前話したベルタクインにギブンと一緒に行ってくれ。ブリジトの昔の王都に駐屯してるフィハトリ伯爵に兵士を送っておくよう言っておいた。君は大官としてベルタクインへ行き、鉄鉱と運搬ルートを必ず確保するんだ」


 一番重要な仕事だったが俺が自ら出向くには時間が足りなかった。

 そこで、何事にも慎重なユセンなら完全に信用できるため任せることにした。


「承知しました。すぐに出発します!」


 次はいよいよ出陣だ。


「ジント、それからベンテは俺と共に出陣する!」


[出陣しますか?]

[出陣可能兵力]

[エイントリアン領地軍:2万人]

[訓練度:89]

[士気:80]


 それほど多くの兵力は必要ない。大軍が動くのは困る。


[騎兵隊:100人]


 俺は出陣数を100人に決めた。

 訓練度89、士気80の強軍だ。

 ベルタクインから鉄が供給されるまでは鉄騎兵の育成はできないが、騎兵隊100人ほどなら運用に問題はなかった。


「私も行きます」


 その時、ユラシアが現れた。

 彼女はまだ部下ではない。だから彼女の好きにさせている。

 まあ、役に立つのは確かだったためうなずくと、


[出陣する兵士の士気が一時的に+10上昇しました]


 突然、出陣することにした兵士たちの士気が上がった。

 これが指揮97の威力か?

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