第62話


そして戦利品。

 ブリジトの王都を占領した時に財宝庫の中で[アイテム]を獲得した。

 残念なのは古代王国時代の宝物、つまりロゼルンが保管していた[無名の剣]級の[アイテム]がなかったこと。

 十二家が分け合ったはずの古代エイントリアンの宝物がブリジトにはなかった。

 ブリジトも十二家のひとつだから古代王国の宝物を分け持ったのは確かだ。

 管理を疎かにして紛失してしまったのだろう。

 ブリジトの王すら特別なアイテムは使っていなかった。

 その後、ブリジトの王宮に仕える侍従長やメイド長に聞いてもわからなかった。

 他の王族も同じ。

 まあ確かに、ロゼルンでもその重要性を知られぬまま放置されていた。

 十二家がそれぞれ建国してから長い年月が経っているし仕方ないか。


 俺にはこの十二家の宝物に大きな意味があるように思えた。

何か秘密だとか、ゲームの特性からするとまた別の特典だとか。

 特典よりも秘密が隠されている可能性の方が高く感じた。

なおさら見つけたくなったが今は方法がないのも事実。

 手掛かりがまったくなかった。


 ルナンの王宮には何か手掛かりがあるかもしれない。

 終焉の時が近づいているルナン。計画通りに行けば、ルナンの財宝庫を調べる機会が得られるはずだから、その時に何か手掛かりが見つかることを願うしかない。


 まあそれはそうと、次はアイテムの分配だ。

 ブリジトの王宮に古代エイントリアンの宝物はなかったが、[アイテム]として認識される宝物がいくつかあった。

 そのうち能力値を上げられる宝物はふたつ。


[翡翠の剣]

[武力 +1]

[古代から伝わる翡翠からできた剣]


[黒鎧]

[指揮 +2]

[黒色が使い手の威厳を高めてくれる]


 どちらも俺には必要のないアイテムだったため、これを使って家臣の能力値を上げてみることにした。

 すぐにシステムを稼働して家臣全員の能力値を目の前に表示する。


[メルヤ・ハディン:武力60 知力57 指揮70]

[ベンテ:武力49 知力38 指揮82]

[ジント:武力94(+2) 知力41 指揮52]

[ユセン:武力82 知力69 指揮90]

[ギブン:武力70 知力34 指揮76]

[ロゼルン・ユラシア:武力89(+3) 知力57 指揮95(+2)]


剣は重複して使うことができない。

つまり、大通連を使う俺と無名の剣を使うジントには使うことができない。

ユセンは今後大きく活躍してもらう人物だ。

能力値が全体的に高い上に俺への忠誠度も高い。

だから、黒鎧でユセンの威厳を高めて指揮力を上げた方がよかった。

剣は少し迷いどころだ。

もっと強い武将が人材として手に入るから、とりあえず今は持っていることにした。


 不便な点があるとすれば、画面の中のゲームではないため能力値が自動的には上がらないということ。

 まさしくゲームの要素と現実が入り交じった世界だ。


 *


 ヘイナは首都の奴隷商人のもとを訪ねた。

奴隷のいる世界でも人身売買を主業とすることは厳しく禁じられていた。

もちろん、表面上はという話。

 いつの時代もそうだが、禁じられたものであるほど権力者たちはその魅力に惹きつけられた。

 それも奴隷というものは貴族にとって人間の貪欲さを刺激する最大の娯楽でもあった。

 貴族の貪欲さが国を揺るがしているルナンではかなり大規模な奴隷商人が暗躍していた。

 もちろん、いくら権力層の庇護を受ける奴隷商人でも堂々と活動することはできない。

 首都にある彼らの本部は極秘の場所に置かれていた。


「へぇ、これはこれは」


 ドロイ商会と銘打っているが人身売買、拉致、暗殺といった裏世界のことに特化した集団だった。

 ルナン全体とナルヤにまでその力が及ぶ巨大な商会でもあったのだ。


 主な顧客層が集まるルナンにドロイ商会の主であるゲンセマが常駐していた。

彼は闇の奴隷商人と呼ぶに遜色のない人物で、金さえ払えば貴賤を問わず奴隷にして依頼人に捧げることで有名だった。


 そして、ドロイ商会の最大の力は暗殺者集団。

 彼らを利用してあらゆる依頼を受けていたため貴族も下手に手を出せなかった。


 ゲンセマはひと目でヘイナに気づいた。貴族の身の上は知り尽くしていたからだ。

 その悪賢い表情を見せながらゲンセマはヘイナを歓迎した。


「私を知ってるの?」

「情報は事業の力ですから。もちろん存じてますとも。ヘヘッ」


 その卑劣な笑いにヘイナは眉をひそめたが目的のために我慢して口を開いた。


「その力を使って裏で別のことをしているようだけど?」


 ヘイナが単刀直入に尋ねると、ゲンセマはしらを切って首を傾げた。


「別のことだなんて。ハハハッ。何のことでしょう……?」


 そんなふうに笑っていたゲンセマは突然真顔になるとゲス顔で言った。


「ですが、そのことでここへいらしたのでは? 何なりとお申し付けください。ヘイナ閣下。男の奴隷でしたら好みさえおっしゃっていただければ……」

「私が興味あるのは別のことよ。殺したい者がいるの。何としても殺したいやつが!」

「そうですか。クククッ。ようこそおいでになられました。閣下」


 ヘイナは拳を握りしめた。ローネンからは睨まれ貴族たちの蔑視はさらに酷くなった。

 功を立てる機会すら完全に失ってしまったのだ。

 ヘイナはその元凶としてエルヒン・エイントリアンを挙げていた。自分と家門を滅ぼした張本人である彼を絶対に許せなかった。

 だが、正攻法で挑むのは不可能。その事実がヘイナの高いプライドを深く傷つけ、なおさらエルヒンだけは必ず殺すという思いを強くした。

 彼さえいなければ自分に策士としての機会がまた巡ってくる。ローネンが呼び戻すという一縷の望みもあった。

 だから、嫌悪しながらもゲンセマを訪ねてきたのだった。


「あなたたちに殺せない者はいないとか?」

「フフフ。何をおっしゃるんです。我われにも殺せない存在はいますよ。大陸の新星5人は殺せません。まあ、彼ら以外でしたら可能でしょう」


大陸最強と称される5人。つまり、大陸に5人しかいないS級のことでもあった。

その中で最上位にいるのはナルヤの王だ。


「閣下、我われは特殊暗殺組織を運営しています。幼い頃から教育してきた暗殺者の中には優秀な者がたくさんいるので難しいことなどありません」


 ゲンセマは絶対的な自信を見せながらククッと笑った。


「デマシン・エルヒートくらいになると難しくもなってきますが試みることはできます。必ずしもナイフで殺すのが暗殺というわけではありません。毒殺という手もありますからね。フフフ。ただ、その依頼費は高くつくでしょう。それでも依頼される貴族はルナンにはあまりいませんがね」


ルナン王国最強の武将の話を持ち出すゲンセマ。

 エルヒートは強いが新星5人には入ってないため殺せると豪語していた。

 大陸で暗躍する裏世界の集団の中で最大規模を誇るのがまさにこのドロイ商会。


「それで、誰を殺しましょうか? 等級によって金額も変わってくるので、目標物からおっしゃっていただけますか?」


 ゲンセマが両手を擦り合わせながら言うとヘイナは迷わず口を開いた。


「エルヒン・エイントリアン。あいつを殺して」

「ほぉ……これはまた、最近急浮上した人物ではありませんか」


 ゲンセマはクスッと笑いながらもう一度両手を擦り合わせる。


「エルヒン・エイントリアン伯爵といいますと、かなり優秀な策士では?」

「あいつの評価など知るもんですか! それで、殺せるのどうなの?」

「先ほど申し上げた通りです。エルヒートを殺せるのにそれ以下のエルヒンを殺せないとでも? 戦争と暗殺は別ものです。ヘイナ閣下。もちろん、等級が高いだけに莫大な費用がかかりますが」

「いくら?」

「そうですね……」


 ゲンセマは不気味な笑みを浮かべて5本指を立てた。


「領地の収益5年分ってところですかね」

「あなた何言ってるのよ!」


 巨額の大金を要求するゲンセマにヘイナは眉をひそめた。

 領地の収益5年分。1年分の収益が1年間の領地運営に充てられる。つまり5年分の運営資金をよこせということだった。


「知略に長けた人物。高いのは当然です。我らドロイ商会が希少性を持つ理由はまさに『高いだけに必ずなし遂げる』というところにあります。まあ、払えないようでしたら諦めてください。聞かなかったことにします」


 ゲンセマの断固たる態度にヘイナは怒りに震え出した。

だが、今のヘイナにはお金よりも傷ついたプライドが先だった。


「本当に殺せるのね?」

「もちろんです」


 ゲンセマが強くうなずくとヘイナは唇を噛みしめた。


「お金は始末した後よ」

「ごもっともです。我らドロイ商会は徹底した後払いで有名ですから。ククッ」


 エルヒン・エイントリアン。

 優秀な策士で知られている一方、彼の武力はルナンにあまり知れ渡っていなかった。

 ブリジトとロゼルンの戦いはルナンの人々が直接見たわけではない。それにナルヤとの戦争でもリノン城でひとり戦う時を除いては武力を行使したことがなかった。

エルヒンの武力について知る者が少ないがゆえにこのようなことが起きていた。

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