第4章 王への道に向かって
第61話
*
フラン・バルデスカ。
彼は農民の服装をして国境を越えた。馬も果敢に捨てた。農民は馬で移動したりしない。
だから、ひたすら歩いてエイントリアンに近づいたのだった。
だが、体力のないフランはすぐに疲れた様子を見せた。
彼は部下たちが引き止めても自分の意思を貫いて休むことなく歩き続けた。
そして、そんなフランの目の前には兵営が現れた。
フラン・バルデスカはエイントリアンの動きを自分の目で確かめるために国境を越えた。
なぜ、ルナン王国の中でもエイントリアンを注視するのかは明白だ。
エイントリアン・エルヒン。自分に敗北を喫した貴族のためだった。
さらに、最近エイントリアンの動きが怪しいという間者の報告まで入っている。だからこそ、なおさら自分の目で確かめる必要があった。それだけフランはエルヒンを高く評価していたのだ。
それに、彼に勝ちたいと思っていた。
何としても、どんな戦略を使おうとも、過去の敗戦の仕返しをしてやるという一念で戦争の準備をしていたのだった。
もちろん、急ぐつもりはない。
大征伐の準備は順調だった。復讐心に目が眩んで急げば天下統一は成し遂げられなくなる。それをよくわかっていたフランは着実に力を蓄えていった。それでも気がかりなのが、まさにこのエイントリアンだったのだ。
「こんなところに兵営だと? この間の諜報上にはなかった内容だが?」
「左様でございますか」
フランの知らないことを彼の部下ミルトンが知るはずもなかった。
兵営付近では訓練が行われていた。フランはそれをぼうっと眺めた。
しかし、軍事施設の偵察は時代を問わず目立つもの。
当然のことながら遠くから一人の兵士が馬を馳せてきて叫んだ。
「誰だ!」
すると、驚いたミルトンが素早く答えた。
「通りかかった農民です」
すると、兵士がふーんと声を出し言った。
「ここは軍事地域だ。どこへ行くつもりだ。道を間違えたか?」
「エルン城へ向かうところです」
「こっちじゃない。あっちへずっと下って行けば見えてくるだろう」
兵士はそう説明した。最近は税金政策の影響で移住を望む農民が増えているため親切に説明までしたが、すぐに表情を変えて早く行けというように手で追い払うような手振りをした。仕方なくフランは引き返した。そして、その兵士から遠ざかるとようやく低い声で言った。
「すごい士気だ。訓練状態や兵士たちのすべてが見事だった。こんな野外宿営を好む兵士はいないはずだが……」
わずかな時間でフランは訓練状態から軍の綱紀に至るまですべてに目を通していた。
「やはり違う」
そう。報告を受けていたルナンの領地とは違ったのだ。
フランの前進は続いた。そして、今度は一つの小さな村がフランの目に飛び込んできた。不思議なことに兵士たちが畑仕事を手伝っている。さらに、兵士以外はみんな女のようだった。
「あの、ちょっと聞いてもいいかね」
そして、隣にいたミルトンが手を打つ間もなくフランは演技もせずに質問を投げかけた。それだけ不思議な光景だったから。それでなくともフランには特別演技の才能はなかった。頭の回転がいいだけの男だ。
「お気をつけください!」
パトリックが急いで駆けつけ耳もとで囁いた。
「ああ、そうだったな」
フランも自分の失態に気づいたのか急いで口調を変えた。すると、兵士が畑から立ち上がってフランを見ながら皮肉った。
「いいかねだなんて。お偉いさんかい?」
見た目は乞食だけど? 兵士はそんな顔をしていた。
「っ、失言をしてしまったようだ」
「ふーん」
怪しいという目つきの兵士。フランは咳払いをして素早く足を運ぼうとしたところ、今度は石につまづいて転びかけた。
それを見た女たちは笑いをこらえきれずにくすくすと笑う。
その無様な姿を見た兵士もすぐに疑いを解いてしまった。
もしこれがフラン自ら計画したことなら見事だが。
「ちゃんと前を見てくださらないと」
ミルトンは慌ててフランの体を支えた。
「なぜ、いつも俺の前には石ころがあるんだ!」
「世界情勢に広い視野を持たれている方が、どうして目の前の石ころは目に入らないのですか」
パトリックは隣でため息をついた。それでもフランは女たちに向かってまた質問を投げかける。今度は突然敬語だった。
「ここは新しくできた村ですか? 以前はなかったような気が……」
村のあちこちに建設中の家がたくさん見えるため探りを入れてみたというところか。
「そうです。農民移住政策によって最近できたばかりの村ですが、あなたたちも移住してこられるおつもりで?」
「まあ、そんなところです」
「国境なので不安はありますが、いつもこうして兵士の方々が来てくれるので助かってますし、とても満足しています」
それは領民を増やしているということだった。結局、それが兵力数に大きく関係してくるということにフランが気づかないはずもなかった。
領地の領民を増やす。
領地の兵士を増やす。
彼はルナンに忠誠を誓っているはずでは……?
領地を見て回るほど、ルナンの王に忠誠を尽くしていると考えるには主体的に行動していることが多いように思えたため、フランはあごを撫でた。
フランはその道を通ってエイントリアンの都市まで入城した。
エルヒンの不在は既知の事実。
そのため、それほど緊張感もなくフランは街のあちこちを見て回った。
そして、税金政策に驚愕した。
1年間も税金を免除するなんて!
信じられない。
そんなことをしては領地の財政が破綻してしまう。
中央に納める税金そのものがなくなるということだから。
莫大な資産を隠してない限り不可能なことだった。
ますます怪しいと思うようになった。
城外の兵営。
新たに作られた村。
そして、来る途中で見た建設中の村の様子。
フランは掲示板に頭を当てるとごんごんと額を打ちつけた。
ようやく少し集中できたような気分だった。
エイントリアン・エルヒン。
何を企んでいるんだ?
たかがこんな領地で?
そんなことを考えていると急に全身に戦慄が走った。フランは何かを悟ったのだ。
「待てよ……」
「ご主人様?」
ミルトンが小声で聞いたがフランは何も答えなかった。そして、自分の話を続ける。
「もし彼がルナンを狙っているなら。ルナンの王を……。反逆を計画しているなら……」
フランは後ろを振り向いた。
「帰るぞ。厄介なことが起こる前に領主のいないエイントリアンを攻略しなければ。急げ!」
「ご主人様……? それはどういうことです?」
フランが急ぐとミルトンとパトリックは慌てて後に続いた。
フランとしても急に兵力を引き抜いてエイントリアンを攻撃することの危険負担がどれだけ大きく、準備している大征伐を台無しにすることかはよくわかっていた。
「帰ったらすぐにバルデスカ公爵家の兵力を移動させる!」
だから、公爵家の兵力だけを動かすつもりだった。彼がルナンの王になれば、計画していた大征伐はなおさら長い戦争になるかもしれない。そんな事しか考えられなかったフランは急いで動いた。
「いや、待て!」
慌てていたフランはまたもや立ち止まった。
もしかしたら、これも罠かもしれないと思ったからだ。
「兵力は移動させるが、ひとまずロゼルンの戦況を確実に把握するんだ。いいな!」
ミルトンに再び命令を下すと、フランはそのままエイントリアンから近いセントリート領地へと向かった。
考えが変わって攻撃しようとすると前回やられた記憶がトラウマとなり躊躇っていたが、結局攻撃の決心をした、その時。
「閣下! 閣下!」
「何事だ!」
「ブリジトの王都は崩壊して、エルヒンはルナンの王都に復帰したという急報です!」
その言葉にフランは勢いよく立ち上がった。
「すぐに兵力を引き返せ。王都に帰るぞ!」
エイントリアンは兵力数が多く訓練度も高かった。攻城戦になれば長期戦になる。それに、エルヒンに何の対策もないはずはなかった。いや、それ以前にフランは呆れていた。
一体どうやったらあの短い時間でブリジトの王都を手にできるというのか。自分なら? 絶対に不可能だ。自分に自信のあるフランだ。ロゼルンを守ることまでは可能だと思った。だが、それ以上は無理だ。敵の王都まで占領するだと?
拳を握りしめたフランは詳しい状況を調査してくるように促し、エイントリアンから逃げるようにして王都へ向かった。
やはり徹底的に準備が必要な相手だということを繰り返しながら。
*
朝目覚めると疲れがどっと押し寄せてきた。
今までの疲れがまったくとれていない感じ。もう体力がついてもいい頃なのに。
あくびをしながら起き上がる。
部屋の風景に変化はない。豪勢な領主の部屋。窓越しに広がる領地は平和だ。
風景は変わってないが、これまでの領主の名声は見違えるほど変わった。
悪徳領主と呼ばれるようになってまだ間もないが、現在エイントリアンは税金政策と土地の開墾により難民が噂を聞いて訪れてくるような領地となっていたのだ。
ロゼルンに行っている間の最大の変化はまさに人口だ。
22万人だった人口は現在23万人で2か月の間に1万人も増えたのだった。
目標の30万人には届かない数字だが、ひとまず増えているということが大事だ。
民心はなんと80。
この数値を維持するだけでも何の問題もない領地となる。
下がるようなことさえしなければいいといおうか。
新たに流入した人口も領主への期待を抱いて移住してきているため、民心に悪影響を及ぼすようなことはなかった。
そして、俺の留守中も2万人に達する兵力の訓練は続けられ、
[エイントリアン領地軍]
[兵力:20,000人]
[訓練度:89]
[士気:80]
かなりレベルアップしていた。
我が軍の陣営に指揮力の高い人材がいたために可能な数値だった。
少数精鋭の強軍2万人なら戦略に従ってくれさえすれば十分大きな効果を出せる数値だ。
2万という数字は少なそうに見えるがそれほど少なくはない。
訓練は続く。そして、士気を高めるための補償政策も続く。
これらは決して止めてはいけない。
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