第60話


  *


 ルナンの王宮。


「ウハハハハ! 君を信じていたぞ。さすがだ。素晴らしい。本当によくやった!」


 ルナンの王は喜びの舞を披露しながら俺を迎えた。


「よくやってくれた。エルヒン」


 ローネン公爵も称賛を惜しまなかった。問題は褒めるだけということ。

 その褒賞を与えるつもりは毛頭なさそうだった。

 あまりにも魂胆が見え透いているというか。

 まったく、人をずいぶんカモ扱いしてくれているようだ。


「陛下、もうすぐでブリジト王国全体がルナンのものとなるのでは?」

「まあな。後から送り込んだ兵力が上手くやってくれているようだ。ウハハハ!」

「それを可能にしたのは誰が何と言おうとこの私です」


 俺は王の笑った顔にそう宣言してやった。

 その言葉にこの時が来たかという顔で王とローネンは互いに目を合わせた。

笑みの消えた顔で。

 すでに俺という存在は戦争で使い終わったら始末することになっているという雰囲気。


「ふむ、それはどうだろうか。結果はわからないものだ。君がいなくても可能だったかもしれない。フィハトリ一人でもな」


 王はそんな戯言を始めた。とにかく貪欲なやつらだ。


「陛下、多くは望みません。それに、私は今後も陛下のために戦うべき運命。大したことはしていませんが、わずかながらも褒美をいただけませんか?」


 俺がまた別の戦争について言及すると王は軽く咳払いをしてうなずいた。

今はまだ使うところがあるから仕方ないという顔で。


「それはそうだな。手柄はある。ないとは誰も言っていない。褒美はやらんとな。褒美は。金塊でいいか?」


 ふざけるな。金塊は十分にある。ルナンの財政よりもたくさんあるんだよ。


「金塊は陛下がお使いになるべき資産ではありませんか。それなら、ブリジト王国の海岸沿いにある領地を一ついただけませんか?」

「海岸沿いにある領地?」

「はい。ロクトインという場所があります。海岸が美しいとか」

「ロクトイン? おい! すぐに地図を持ってこい!」


 ルナンの王はその話を聞くな否や謁見室の前に地図を広げた。

そして、直接その領地を指し示す。


「どうして海岸沿いの領地なんだ?」


 すると、その小さな領地もくれるのが惜しいのかローネンが鋭い質問を投げかけてきた。


「昔から海岸沿いの土地が欲しかったんです。静かで小さな海辺。その領地を別荘として使うつもりです。女遊びのために」

「ああ、そうか。そういえば、君はかなりの女好きだったな。まあ、この程度の大きさならくれてやってもいいが……」

「では、今この場で玉璽が押された勅書をいただけますか?」

「陛下、そう急ぐことはないかと。エルヒン、とりあえず明日また出向いてはどうかね?」


 欲深いローネンだ。土地の一つも簡単には渡さないということだろう。

 俺は仕方なくうなずいた。

 そして翌日、改めて王に謁見した。

 この一晩でローネンが何をしていたかは高が知れている。

 俺が欲しいと言った土地について徹底的に調べ上げたのだろう。

 今後の戦争でも使い続けるためには褒美を与えなければならないが、俺が勢力を伸ばせるような土地を引き渡す気は毛頭ないだろうから。


「君の言っていた海岸沿い領地について陛下と話し合ってみた」


 ローネンはそう言うと地図のある一カ所を指さした。


「君が言っていた場所よりもいいところを見つけたよ。ベルタクインという領地だ。本当に何もないところだから君の望む息抜きの意味ではまったく世間に知られずに楽しめるだろう。フフフッ。完全に山に囲まれた領地だ。周りを塞がれた海岸。君が何をしようと誰も簡単には逃げられない場所だと思わんか?」


 彼が指さした場所はブリジトの片隅。

 海岸と小さな都市。

 正直、都市とも言えない平地。

そして、完全に山脈で囲まれた土地だ。

 本当に山しかない領地だった。


「その領地をいただけるのですか?」

「そうだ。こうしてすでに勅書に玉璽まで押して準備しておいた。君にとってもっといい領地を探すのに苦労したんだぞ。気に入らないのか?」

「そ、そんなことありません……!」


 俺の表情が曇ったのを見た二人が同時に俺を見た。


「ありがたく頂戴します。陛下」

「そうかそうか、気に入ったならよかった。ウハハハハハ!」


 使い道のない土地を褒美の代わりにできたと思った王は豪快に笑い出した。

 俺はそんな王を心の中で嘲笑しながら勅書を受け取り王宮から出てきた。

 そう。

 嘲笑しながら。

 ベルタクイン。

 まさにこの何もない領地こそが最初から俺が狙っていた土地だった。


 休養地が欲しいと言えば、ブリジトの領地で一番使い道のないこの土地を勧めてくるだろうと予想はしていた。

 あの王とあのローネンだから。

 おそらくローネンは俺の休養地という失言を嘲笑しながらこの土地を選んだのだろう。

 休養地という言葉を口にしたからにはそれに最適なベルタクインを断れないだろうと思ったようだ。

 もちろん、俺は最初から断るつもりなどなかった。


 ベルタクインは大陸で最も鉄鉱山の多い場所だ。

 エイントリアンには鉄があまりない。

 輸入して使っていて、その管理は王室が行っている。

 そのため、鉄を手に入れるのは何かと大変だった。

 鉄は戦争物資であるため、どの国も管理が厳しいからだ。

 そんな状況で鉄を得られるということは莫大な利益。

 もちろん、ベルタクインの鉄のことはブリジトでも知られていない。

 ゲームではベルタクインの領地を得て開発を始めると鉄が溢れ出すそんな場所だった。

 だから、この時点ではまだ俺だけが知っている情報。

 そう。

 俺がこの戦争でブリジトよりも切実に望んでいたのはこの鉄だった。



 *


 エイントリアンを目前にしてジントは珍しく笑顔だった。


「ずいぶん上機嫌だな。ジントが笑うなんて」


 何を与えても平然としていたやつだがミリネに関わる話となれば違う。

 ブリジト王宮の宝物庫で見つけたものはたくさんあった。


 俺はジントにその中からミリネのプレゼントを選ばせた。

 宝物はたくさんあったから好きなだけ持たせてやることもできた。

だが、一度にたくさんの宝物をもらうと感動は少ない。

 戦争から帰った男が美しい宝物を一つ手渡す。

 その方がかっこいいだろ?


「っ、笑ってなんかない! 表情管理をしただけだ」


 何だよそれ。


「それより、まだ包帯がとれないからそれが問題だな」


 ジントは胸の傷がまだ治っていないため包帯を巻いている状態。


「平気だ。男が戦争に出たら怪我して当然だろ。何を言ってるんだ!」

「へぇ、そうか。俺の前では大口をたたいてもミリネの前では何も言えないやつが」

「そんなことはない」


 断固として否定するジント。

 ありえない。耳を引っ張って連れて行かれる姿が目に見える。

 とにかく、そうしてジントと二人で領地に復帰した。

 これからますます忙しくなるだろう。


「ご主人様! お帰りなさいませ!」


 領地の城門に着くと、どこから情報を得たのか侍従長や家臣がみんなで出迎えてくれた。


「閣下!」


 地面に跪く家臣たち。

 だが、今は休みたかった。

 正直かなり疲れている。

俺は鉄人じゃない平凡な現代人だ。

 だから、家臣たちを立ち上がらせて各自に命令を出し、


「侍従長、ひとまず領主城に向かう。それと、ハディンとユセンは、俺が不在にした間の報告は明日受ける!」

「かしこまりました、閣下!」

「ジント、君はミリネのところへ行ってみるんだ」

「わかった」


 俺はすぐ馬車に乗った。

 レベルアップもアイテム整理も全部寝て起きてから。

全部後回しにして寝室に直行するつもり。

 領主城に到着して中に入るとメイドたちが一斉に頭を下げた。


「気にするな。みんな仕事に戻ってくれ。侍従長、俺は寝室へ向かう」


 侍従長にそう言って階段を上ろうとすると、


「ご主人様、お客様がお見えになられています」

「客?」


 急に客だと?


「今日は疲れてるから明日にしてくれ」

「かしこまりました」

「ところで、誰なんだ?」


 家臣を客とは言わないはず。だから、階段を上る足を止めて聞いた。

 来る予定の客などいなかったから。


「それが……。女性の方です。ご自身を王女だと……」

「何?」


 俺はルナンの王都に立ち寄ってきた。だから、エイントリアンまでの道のりはロゼルンに寄った彼女の方が早いのは確かだ。時間的に不可能ではないが。


「彼女がここへ来ているのか?」

「はい。私ならここにいます」


 侍従長に聞いたはずが、返事は突拍子もなく2階の欄干から聞こえてきた。

 2階には来客用の客室がある。


「君、どうして……!」


 ユラシアは優雅に階段を下りて来ると首を傾げた。


「驚きすぎでは? 友達として迎えてくれると言ったのはあなたですよね?」

「いや、そうだけど」


 すると、ユラシアは周囲を見回す。人が多くて落ち着かないようだ。


「ひとまず、書斎に行こう」

「はい。そうしましょう」


 俺は侍従長に入ってこないよう伝えた後、彼女と書斎まで移動した。


「へぇ、本がたくさん」


 ユラシアは書斎を見回すとそう言った。


「それでも王宮の書斎よりは少ないだろ?」

「そんなことより、あなたの言う通りでした」

「ん?」

「帰るなり面倒なことが絶えませんでした。王女派という貴族たちが」

「ああ、そのことか」


 そう。それは仕方のないことだ。


「王になるつもりはないのかって。冗談じゃありません。それだけか、兵権を移そうと、弟に王国軍の総大将の座を私に譲れだなんて。私、もうばからしくなってしまって。弟の王権を脅かしたら全員斬ってやると言って飛び出してきました。そんなロゼルンでもまた危険にさらされれば助けに行きますが……。今は考えたくもありません」

「そうだったのか」

「今のは冗談」

「何だと?」

「思ったよりロゼルンにおける私の権力は強いようです。顔色を窺うばかりで何も言わないほど。弟も何かあると私に聞いて来るし、むしろその方が問題に思えて、しばらくはロゼルンを離れることにしました」

「でも……」


 ユラシアが髪をくるくると指に巻きつける。

 そして、にやりと笑った。

 彼女らしくない。

 ロゼルンでずっと一緒にいながら彼女が笑ったのはたったの2回。

それも1回は暗闇の中。2回目はほんの一瞬だった。

 堂々と笑う姿はだいぶ可愛かった。


「ここへ来たのには別の理由が」

「別の理由?」


 ユラシアは俺の前にもう一歩近づいて来た。


「絶対に聞いておきたいことがあったので。だから来ました」

「聞いておきたいこと?」


 たかが質問一つのためにここまで訪ねてきただと?

呆気にとられて聞き返すと、彼女は真顔になってゆっくりと口を開いた。


「私のことタイプじゃないって言いましたよね? では、あなたのタイプは?」


 武力92。[89+3]

 指揮97。[92+5]

 並みならぬ能力を持つこの人材は思わぬことに俺の好みを聞いてきたのだった。




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