第59話

ナルヤのフランみたいに畏敬の念を抱く知略家でも人格の優れた王でもない。

ただの虐殺者ということだ。


「攻撃だ! ブリジトの残党を殲滅しろ!」


俺が攻撃の合図を出すとブリジト王国軍を包囲したルナン軍があちこちから飛び出した。

すぐに一方的な戦闘が始まった。

ユラシアもブリジトの王に向かって駆け出す。

すでに彼女の武力はブリジトの王とほぼ同等になっていた。

だが、バウトールは一般兵士の相手までしなければならなかった。

だから、ユラシアの敵ではなかったのだ。

ロゼルンに向かった虐殺の代償!

それを払わせるかの如くユラシアはバウトールの喉をロッセードで貫いてしまった。


「うぉおおおおおおおお!」


敵の王が死ぬと周囲で歓声が鳴り響いた。

その姿を見たブリジトの兵士たちはあちこちで降伏を始めた。

いや、彼らは初めから戦う意志を持っていなかった。

だから、王が死んだその瞬間に戦争が終わったも同然。


「わあああああああああ!」


ルナンの兵士たちはさっきよりも大きな歓声を上げた。

そして、俺はそんな兵士たちの中心で叫んだ。


「すべて君たちの手柄だ。約束の褒賞は必ず支払われるだろう。だから、勝利に酔っても構わない。今日は飲酒も許すとしよう。だが、ブリジトの国民には決して手を出してはならない。軍法を犯した者には厳しい罪に問うつもりだ!」


 *


フィハトリは机に拳を強く叩きつけた。

ルナンの王がエルヒンの復帰を命じたのだ。

ローネン公爵家の家臣としてエルヒンよりも早くこの知らせを聞いたフィハトリは首を横に振った。

王の決定が気に入らなかったからだ。

ルナンから5万の兵力を追加派兵したためブリジトの領地が降伏するのは時間の問題。

だから、ブリジトを占領する前にエルヒンを復帰させ、戦功はすべて自分の系列に与えるというのがルナンの王の考えだった。


「この国がこれほどまでに腐敗していたとは」


すでにフィハトリにとってエルヒンは共に戦った仲間だった。

心から接してくれたうえに一番大きな活躍をするようにと最前線を任せてくれた。

だから、フィハトリはエルヒンに心を許したのだった。

最初は監視するだけのつもりだったがすっかり気持ちが変わっていた。

同じローネン公爵家の家臣であるデマシン・エルヒートとも共に戦ったことのある彼だ。

彼はもちろんエルヒートを尊敬していたがエルヒンにはエルヒートにない何かがあった。

兵士を扱う力、そして戦略と戦術。

そのため、フィハトリは説得してみるつもりで臨時執務室を飛び出した。

それがローネン公爵家の意に反することになるとしても。


 *


俺は帰る支度を始めた。

ブリジトの王都を占領すると状況は急変した。

知らせを聞いたルナンの王はなんと5万の兵力を追加派兵したのだ。

ロゼルンを守りブリジトを滅ぼせと与えてくれた兵力はたったの3万だ。

その滅亡が現実になりかけたから急いで追加の兵士を送り込んだのだろう。

ナルヤという危険要素よりも目の前の巨大な獲物を最優先にした貪欲の発動といおうか。


もちろん、俺の思惑通りだ。

この貪欲が結局はルナンの滅亡をもたらすだろう。

兵力をブリジトに使えば、ナルヤの大征伐を阻止するのはなおさら困難になる。

ナルヤが攻め込んできてルナンの王都を占領したら、そこから無政府状態となったルナンの領地は俺が吸収するつもりだから!

ナルヤと争うことになるだろうが、いずれにせよすべては戦略の戦い。

だから、目標を達成した今ここで無駄な時間を費やす必要はなかった。


もちろん、ブリジト全体を占領したわけではない。だが、それは新たに派兵されたルナン王国軍のすべきこと。

ルナンの王もそのつもりだろう。


最も危険な仕事をやり遂げた総大将を交代するのは常識的にありえないことだが、今はその待遇がむしろ望ましかった。

本当の敵はナルヤだ。

バウトールなんか相手にもならないほど強力な敵だ。

目標を達成したから未練なく帰るだけ。

この領地は後で取り戻せばいい。


「5万の兵力が到着したらすぐに総大将はルナンに復帰せよとの命令です!」

「そう言われたら復帰しないとな」


俺が少しの興味も示さずに答えるとフィハトリは不満顔で聞いた。


「ブリジトの王都を占領した総大将をこの戦争から外した後はローネン殿下の部下が大挙送り込まれるでしょう。まさか、その意味がわからないのですか?」


その意味か。

それを知らないはずがない。

ブリジトの領地はすべて王と公爵で占領して俺からその手柄を奪うってことだろう。


「それより、君はローネン殿下の部下ではないか。俺の心配をしてくれるとは」

「それは……! 違います!」


フィハトリは意外にも首を横に振った。

本当にこれはありえないという顔だ。


デルヒナ・フィハトリ。

確かに能力のある男だ。

問題はローネン公爵家の家臣であるという点だった。

伯爵だが領地を持っていないため俺よりは等級が下の貴族だった。

伯爵でも領地のない貴族は多い。

特に、大貴族である公爵の家臣にはそういった貴族が多かった。

そんな彼だ。

むしろ黙っていればこの機会に領地をもらうことになろう。

ローネンの系列ではない俺と違って彼はローネンの家臣だ。

俺の手柄の大半が彼に帰するはず。

それでも俺にそんなことを言うのは気持ちの変化があったということだが。


悪いことではない。

人材はいつだって歓迎だから。

数々の戦闘でフィハトリは兵士たちを立派に率いた。

素晴らしい動きを見せてくれたのだ。

命令を的確に履行し実行する能力に優れていた。

しかし、まだ早い。

彼の置かれた状況を考えると仲間に迎え入れるのはもう少し後の方がいいから。

俺はそんな気持ちを込めて肩を聳やかした。


「まあいい。俺は政治争いに加わるつもりはない。それより、今度ブリジトの領地を一つもらうことになるだろうな。おめでとう。フフッ」

「笑っている場合ではないかと! それに、とんでもありません! 総大将が何も貰えないのに、私だって受け取れません!」

「それは違うだろ」


俺は首を横に振った。


「君が俺のことを思ってくれるならブリジトに残った方がいい。領地を与えられたら受け取れ。そして、これからもローネン公爵に忠誠を誓うんだ。君が領地で力を蓄えていれば、いつか俺を大いに助ける出来事があるはずだ」

「それはいったい……」

「今はそれより大事なことがある。兵士たちに与える褒賞金だ。常に動機づけのために褒賞を与えると言ってきたんだ」

「しかし、陛下がお金を出してくださるでしょうか? 陛下の性格なら……」


フィハトリが不可能ではないかという眼差しで質問した。

まあ、それは正答だ。

あのルナンの王が兵士たちに褒賞を与えてくれるはずはない。


「おそらく出してくれないだろう。だが、約束を守ることは大事だ。言ったことを守らなければ、今回活躍してくれた兵士たちは二度と俺に従わないだろう」


兵士たちの民心を得ることはとても重要だ。後にルナンの兵力を吸収することを考えればなおさら。


「陛下が出してくれなければ、その褒賞は俺が支払わないとな。お金を送るから兵士たちに渡してくれないか?」

「もちろんです。名誉にかけて他の貴族たちが横領できないようにします。ですが、本当にこのままお帰りになられるのですか? ブリジトに残られた方が……!」

「大きいものを見ろ。大きいものを。あまり小さいことに執着すると大きいものを逃すぞ」


俺が首を横に振りながらそう言うとフィハトリは間の抜けた顔になった。


 *


疑問だらけの人は他にもいた。


「エルヒン、聞きたいことがあります」

「聞きたいこと?」


「その……。あなたの目標は何ですか? あなたの理想が知りたいです。どう見ても、あなたは一介の領主で満足するような人には見えないので」


それを感じ取るとは。

案外見る目があるな。

フィハトリはまったく感じ取れていないようだったのだが。


「あなたが夢見ているものとは? もしかして……」


ユラシアは辺りを見回すと誰もいないことを確認して強烈な一言を言い放った。


「ルナンの王ですか?」


その言葉に正直驚いた。

わずかながら当てたのだから。


「何ていうか、それは小さすぎるな」

「え……? 今、小さいって言いました? ルナンが小さいと?」

「質問に答えるなら、俺の理想はそれほど大したものではない。俺と仲間の幸せ。ただ、それだけだ。今の大陸は混乱している。大体の国が戦争を夢見ているからな。だから、戦乱は終わらない。そんな時代で幸福を見出すこと? その方法は統一しかないと思うんだ。大陸が統一されれば、自然と平和は訪れるはずだから」


これは大げさに並べ立てた話に過ぎない。

俺の目標はゲームの攻略だ。つまり、大陸の統一。

もちろん、最後に望むことが平和なら素晴らしいことではないか?

戦国時代よりも統一時代の方が国民にとって良いということは歴史を見ても当然のこと。

戦国時代と徳川幕府、つまり江戸時代の暮らしを比べると当然ながら後者だろう。

戦争が一日おきに起こる世界とそれでも表面的に平和が宿る世界では全く違うもの。

大陸は本来一つの国であったのだからなおさらだ。


「だから戦うつもりだ。戦争を終わらせるために。もちろん、統一されたとしても、戦争はまたいつか起こる。でも、平和の宿った時間が存在すること、そして戦乱の時代が続くこと。誰がどう見ても前者に意味があると思わないか?」


統一されればそう簡単にはまた戦争が起こることはない。

その統一王国がまともな政治さえすればの話だが、数百年は平和が続くだろう。

実際に地球の歴史に代入してみてもそうだし。


「……」


ユラシアはただ俺を見つめるだけだった。


「ロゼルンの国民……。そして、大陸のみんなが平和になる……。そういうことですか?」

「ああ、そうだ。国の区分なくみんなが」

「そんなことが可能ですか?」

「さあな。ただ努力するだけさ。だから、もし、君がロゼルンの名前を捨ててユラシアという個人でその意を共にする気があるなら、俺はいつでも歓迎だからな」


俺の提案にユラシアはただ目を瞬かせた。


「話のスケールが大きすぎてついていけません。あなたは、いったい……!」

「それより、ユラシア」

「何ですか? これ以上、私を混乱させないでください……!」

「いやいや別の話さ。君さえよければエイトリアンに来い。俺はいつでも歓迎だ。君、友達いないだろ? 俺が友達になってやるってこと」

「なんてことを! いますよ、友達くらい!」

「へぇ、誰?」

「仲良しの侍女……はいます!」

「それって友達なのか?」

「……うっ」


ユラシアは図星を突かれたかのようにぶるぶる震え出した。


「知りません!」


すると怒った顔で叫ぶとつかつかと出て行ってしまったのだった。

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