第57話

「起きたか?」

「私、寝てました?」

「うん。ぐっすり寝てたけど?」

「……そ、そうですか」

「それより、マナが回復した。そろそろここから出よう」


 彼女も目覚めたし、これ以上時間を引き延ばす必要もなかった。

俺はすぐに立ち上がった。

 [破砕]を天井にぶち込むつもりだ。

地面が開く罠だ。その開閉する部分を破壊して外に出る!

 破砕の角度を45度の方向に定めた。


「ユラシア。俺の体にしっかりつかまって。何があっても離すなよ」

「ここですか? もっと上かな?」

「そこでいい。しっかりつかまれ!」


 その後すぐに[破砕]を発動した。

俺たちの体は破砕の動きによって一瞬で天井の上に飛び上がった。

 そして、ようやく罠から抜け出した。

 天井のマナの陣から流れ出る光が俺たちを迎える。

闇の果てに現れた光が嬉しすぎた。


「うわぁ、すごい! あの必殺技をこんなふうにも使うなんて」

「だろ? だからって惚れるなよ? 殿下は俺のタイプじゃないから」


 そう言って肩を聳やかすと、ユラシアは怒って手を振り上げた。


「急になんてこと言うんですか! 私だって、あなたはタイプじゃありませんから!」


 何だか明らかに前とは違う。感情表現をするようになった。


「それより、殿下。よだれ垂れてます」


 ユラシアが俺の指摘に驚愕した表情で顔を背けた。

 驚愕しながらも恥ずかしがる表情。生きている人の自然な表情だった。

 罠の中では一瞬笑ったが暗くて顔は見えなかった。

だから、こんなにも表情が変わるのは初めて見たという状況。

 やはり感情のこもった彼女の顔は、これまでのこわばった表情とは全然違っていた。

 それまでは可愛い人形を見ている気分だったが今は人形に生命力が宿った感じというか。


「そそ、そんなはず!」

「疲れてるしそういう時もあるよ。それより、いつものこわばった表情じゃない、そんな表情は初めて見るけど……。やっぱり、ぜんぜん可愛いな」

「そんなことありません! それに、可愛いって……タイプじゃないって言っておきながら、何ですか! これは無効です!」


 何が無効だよ。


「ンンッ」


 彼女は恥ずかしくなったのか小さく咳払いをすると、あげくの果てに話をそらした。


「とにかく、今はそんなことより、とりあえずこの奥へ進んでみましょう」

「ちょっと待って。剣で地面を叩きながら進もう。念のため」


 急に恥ずかしさが込み上げてきたのか走ろうとする彼女を止めて用心深く移動を始めた。

 そして、やがて俺たちの前に現れたのは巨大なホールだった。

 ホールの床には巨大なマナの陣が描かれていたため一見すると平凡な場所ではなかった。

 ユラシアの指輪は静かった。

 指輪が反応するのはどうやら門だけのようだ。

 一緒に入ってきたユラシアは辺りを見回すと首を傾げて言った。


「ここ、何だか少し変です」

「変って? 何か感じるのか?」

「空気中のマナの量が違うんです。マナがとても濃いというか……」


 マナが濃いだと? 他の場所よりもマナが多いということか?

 マナを感じることができないからわからない。


「マナが多いってことはいいことじゃないのか? 修行するにはいいだろ?」

「マナが多いので消費したマナはすぐに回復しますが、体内に集められるマナの最大値は才能の領域なので。もちろん、才能がなくても長い修行を経て最大値が増えることはあるかもしれませんが、空気中にマナが多いからと短時間で増えるなんてことは……」


 まあ、それはそうだ。最大マナ量を増やすこと自体が武力上昇を意味する。さらに多くのマナを体内に貯められるようになるということだから。

 A級とB級の武将では体内に貯められるマナの最大値が確実に違うのだ。


「えええええっ!」


 しかし、今度はさっきよりも妙な反応。刻々と彼女の反応は変わっていった。


「変です。マナが……体内のマナが激しく揺れています……! あら? えっ?」


 ユラシアは立ったまま目を閉じた。

 同時に、床に描かれた巨大なマナの陣が白く光り出す!

 ユラシアはその流れに身を任せて手を前に差し出した。

すると、彼女の手の上に青く光る丸いエネルギーの塊が発生した。

青は彼女の持つマナの色。

 その青いマナの塊が手のひらに吸い込まれる光景が演出された、その瞬間!

ユラシアの能力値に変化が生じた。

87だった武力が89になったのだ。

なんと、一気に+2も上昇した。


「今、マナの最大値が増えたよな?」

「はい。体内にマナが入ってきて……最大値が増えました。いったい、これはどういうことでしょう……?」


 ユラシアはかなり驚いた顔で俺を見た。

 知るかよ。マナすら感じ取れないのに聞かれても俺が答えられることはなかった。


「ところで、一気にマナが増えてからは全然マナを感じられません」

「全然? まったく?」


 こくり。

 強くうなずく彼女。

 それなら、このマナの陣はマナの最大値を増やす効果があるということになる。

 ゲームにはなかったが、追加クエストや追加特典のようなものだろうか?

 さらに、マナの陣はまだ光っていた。

 また別の人もマナを増やせるということだ。

 だから、俺もできるということ。

 だが、俺は実際にマナを使っているわけではない。

 そのため、ユラシアとは違って俺には何の変化も起こらなかった。

 システムを作動させたままどんなに見つめても変化のない状況。


「あなたは?」


 ユラシアがそう言って俺に近づいてきたが返事に困った。

 大通連はどうだろうか?

 大通連も白い光を放つアイテムだ。そして、レベルのあるアイテムでもあった。

 マナの陣も白い光を放っている。つまり、同じ系列だった。

 特典の大通連も、このマナの陣もゲームの運営が生み出したもの!

 俺でだめならこれでもという思いで大通連をマナの陣に突き刺した。

 すると、変化が起こった。

 大通連が白い光を放つのは破砕を使う時だけ。

 しかし、マナの陣と共鳴しながら強力な白い光を放ち始めた。

 さらに、その白い光は無数の細かい光の粒子を作ると俺たちのいる空間を埋め尽くした。


[大通連がレベル2になりました]

[大通連の武力上限が105になりました]


 そして、次々とメッセージが現れた!


[真・破砕が生成されました]

[武力+5までの敵に限り即死または気絶させることができる]

[相手のマナスキルを無力化する]


 武力上限は105。

 大通連は30分間俺の武力を+30にしてくれる。

 だが、+30の限界数値がこれまでは100だった。

 つまり、武力70になった状態で大通連を装備すれば武力は100になる。

 ただ、武力が71になっても101にはならず武力の最大値は100に固定されていたのだ。


 その武力の制限が+5も上がった。

 つまり、武力75になった状態で大通連を装備すると俺の武力は105になる。

 S級の中でも上位になるというわけだ。

 もちろん、この場合も武力が76になっても大通連を装備後の武力は105に固定される。

 レベル3になれば、また限界数値は高まるだろう。


 だから、これについては十分納得できた。

 しかし、新たに生成された必殺技の相手のスキルを無力化するというものが、どういう意味なのかは曖昧だった。

無力化して攻撃するということなのか、それとも無力化するだけなのか。


「へぇ……。不思議ね」


 ユラシアはホールを埋め尽くした白く煌めく光を眺めながら幸せそうな顔をした。

 その煌めく光る背景によって彼女がまるで女神のように輝いて見える。

 タイプじゃないなんて。

 正直、そうではない。

 彼女の魅力なら世界中の男たちを虜にできるのではないだろうか。

 もし、彼女が現代の人だったら、演技ができなくてもCMだけで大金を稼ぐトップスターの座に就けるほどの美しさ。

 それだけか、彼女は高貴さまで兼ね備えていた。実際にも、王女という高貴さが倍加して人々が高嶺の花だと思うような美貌を誇っていたのだ。

 もちろん、俺にとっても高嶺の花だ。

 この世界はゲームのような現実。

 だから、大陸を統一することが何よりも先だ。

統一というものは恋愛までしながら成し遂げられるものではないと思うから。

 だから、今俺が最も思慮すべきことはこの世界の攻略。

 それをやっておくことで未来が見えてくるだろう。

 本来の世界に戻るか、それともこの世界で生きていくか。まあ、そんなことだ。

 攻略すれば選択肢が出てくるのではないだろうか?

ゲームだった世界だ。そういった選択肢も出てきてくれないと。

 とにかく、その女神は光を吸収する大通連を不思議そうに眺めながら、俺の隣にぴったりくっついて話しかけてきた。


「私より100倍はすごかったけど……。もしかして! 100倍強くなったんですか?」


 自分のことのように期待の眼差しで聞く彼女。


「いや、そんなわけないだろ。ほんの少しだけ?」


 大通連のレベルが上がるとマナの陣の光も消えた。起動を停止したのだ。

 そうなると、人数制限は2人ということ?

 マナの陣の放ったマナが全部消費されたということだろうから。


 それなら。

 もしかしたら、他の王国にもこういった場所があるのかもしれない。

 その可能性は高かった。ユラシアの指輪に反応したということは古代王国時代に作られたということで、もしそうであれば、最南端のブリジト方面の一か所だけに作られたというはずはない。

昔の古代王国の王都のようなところにもっとすごいものが隠された施設があるなら?

 それはとてもいいことだ。

 そんなものを見つけたら自分だけでなく家臣の能力まで育てることができるではないか。

 ゲームではアイテムで部下の能力を上げることができたが、そんな育成の楽しさもそのまま残っているということなのか?

 それなら、これらはすべて特典なのではと思った。

 古代王国と関連するものはすべてだ。

 問題はその場所がわからないということ。


 そういえば、十二家がそれぞれ分け合った宝物というもの。

 つまり、ジントの[無名の剣]を含む古代王国の12の宝物が、もしかしたらその場所に導いてくれるヒントなのだろうか?

 いや、待てよ。12の宝物がただのヒントなはずがないか。

 うーん。

 まったく見当がつかない。


 この施設を見つけたのはユラシアの指輪だ。

 エイントリアン領主城の地下にある金塊保管庫に入るためのペンダント型のアイテムはこういった施設にはまったく反応しなかった。

 だから、領主城にある施設は古代王国時代に作られたものではないということだろう。

 古代王国の滅亡後、その栄光を再現しようとするエイントリアンの子孫たちが集め始めた金塊なのだから。

 だから、こんな場所を見つけて中に入れるのは、今のところユラシアの指輪だけということになる。


「ユラシア。その指輪……。今度貸してもらえないか?」

「これですか? もちろん、貸すことはできますけど」

「そうか!」

「でも、だめです」

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