第56話

「開きました! でも、ブリジト王国の領土なのにどうしてロゼルンの宝物庫の鍵で……」

「その指輪は古代王国の宝物なので領土は関係ないのかもしれません。古代王国は大陸全体を領土とする国でしたから」

「あぁ、なるほど!」


 ジントにあげた[無名の剣]も古代王国の物だ。

何か得られるものがあるかもしれない。俺は興味をかき立てられた。


「殿下、剣を装備してください。できるだけ慎重に入りましょう」

「わかりました」


 宝物庫のように安全が保障された場所ではないため慎重に足を踏み入れた。

 すると、天井が光って通路の奥まで暗闇を取り除いた。

 天井に描かれた小さなマナの陣が光っていたのだ。


「へぇ……」


 緊張した顔でついてきたユラシアも不思議そうに洞窟を見回した。


「明かりがあってよかった。他に道はないようなので奥へ進んでみましょう」


 俺の言葉にユラシアがうなずいて、俺たちはしばらく通路を突き進んだ。

 特に異常もなく一本道がひたすら続く。

 天井に描かれたマナの陣もずっと続いていた。

 30分はとっくに過ぎたため大通連の代わりに普通の剣を持つしかなかった。

 こうなれば頼みの綱は[30秒間無敵]だけだ。

 その[30秒間無敵]もあと1回しか残っていない状況。

 危うい状況だったが何の危険も出口もないまま歩き続けるとついに変化が訪れた。

 狭い一本道の果てにはとても広い空間が見えたのだった。

 俺たちは目を合わせた。

 そして、互いにうなずく。

 暗黙の了解で唾をごくりと飲み込みその空間に足を踏み出した。


 まさにその瞬間!


「きゃあああっ!」

「うあっ!」


 突然、地面が開いて俺たちは落下し始めた。

 古典的な罠に掛かってしまったのだ。

 深さがわからない闇の中へ落下したため迷わず[30秒間無敵]を使った。

 最後のポイントだったが使わずにはいられない状況だった。

 この罠の先に鋭い鉄槍や竹槍のようなものがあれば貫通して死ぬだけだから。


 幸か不幸か、その備えは徒労に終わった。

 着地した先は何もない地面だったのだから。

 開いた地面はすぐに閉まって穴の中には闇が訪れた。

 何も見えない漆黒の闇。

 何か掴めるものもない滑らかな壁。

 飛び上がれる高さでもない。

 なす術もなく飢え死にするのにちょうどいい罠というか。


「大丈夫ですか?」


 暗闇の中だから見えはしないが、地面に敷かれた俺の体の上にユラシアの体が重なった状態になった。ラブコメなんかによく出てくるまさにあの姿勢だ。さらに、何だかもっちりと柔らかいものが存在感を発揮した。


「私は無事です。あなたこそ、私の下敷きになっているみたいですが……」

「平気です」


 俺が上体を起こすと、不本意ながら俺たちは抱き合って座った姿勢になってしまった。

 さらにボリューム感を感じた。この柔らかさは間違いなく胸の感触だった。

 自己主張の強い彼女の胸のせいで頭が混乱して、それに彼女も驚いたのか俺たちは互いを突き放すように同時に離れた。


「そ、それより! この罠は何でしょう? 暗くて何も見えないし……何だか……」

「もしかして、暗いのが苦手とか?」

「そうではありませんが、閉鎖されていて暗いのは……」


 それはそうだ。暗いこと自体は問題ないだろう。

山で夜を過ごしても特に問題のなかった彼女だから。

 それなら、閉所恐怖症とか?


「怖いというより嫌です。何も見えないから余計に独りぼっちな気がして……。父王が亡くなってからは、いつも独りのような気分で生きてきましたから。弟が王になってからは弟として接することはできなくなってしまいましたし……」

「大丈夫です。閉じ込められてしまいましたが、独りではありません」

「それはそうですが……」

「こんな時間も貴重ですから、むしろ記念になりそうです」

「罠に落ちたことが記念だなんて」

「俺はよかったと思います。ここに落ちたおかげで二人きりで話ができる時間ができたではありませんか。そんな時間だから言いますが、仕方なくできた二人きりの時間。これも何かの縁! だから、お互い敬語はやめませんか? 王女だから、領主だから、総大将だから、貴族だから、そういうのを離れて人として親しくなりたいんです。そのためには距離をなくす必要があると思うのですが、どうでしょう? こうでもしないと、いつまでも殿下はそのこわばった王女の表情しか見せてくれないような気がするので」


 彼女はルナンの王宮で初めて会った時からずっとこわばった表情しか見せていなかった。

 王女としての威厳に満ちた顔。

 喜怒哀楽を見せたことは一度もなかったのだ。

 人には感情がある。彼女にも感情はあるはずだった。

 それでも、まるで機械のような表情ばかりする彼女。

 素顔を知りたいという欲求もあった。

 彼女という人材を得るためにも。


「……」


 それを聞いて彼女はじっと俺を見つめる。

いや、そんな感じだ。暗くて見えないが沈黙がなぜかそう感じた。


「少し生意気でした?」


 もどかしい沈黙に耐えられず聞いてみると今度は答えが返ってきた。


「そんなこと言う人、初めてです」

「そうですか? もっとも、誰も王女にこんなこと言いませんよね」

「私は構いません。興味深い提案だと思います」


 興味深い? それなら実行だ。


「じゃあ、今から敬語はなし! いいな?」

「私は敬語が癖なので……すぐには難しいかもしれません。努力はしてみますが……。ところで、記念といいましたが、ここから出られなかったら記念にならないのでは? 結構高さがありそうですが……。あっ、もし一人でなら脱出できるスキルがあれば、私のことは気にせずに、どうぞ行ってください。足手まといになりたくありませんから!」


 何を言っているんだ。


「今まで俺が言ってきたことを忘れたのか? またそんなことを言ったら本当に怒るぞ」

「……でも!」

「ここに閉じ込められたのが記念になるかもしれないって言ったのは、脱出する方法があるからなんだ。俺たちは無事にここから抜け出すことができる。もちろん、そのためにはマナの回復を待たなくてはいけないから少し時間はかかるけど。5時間もあればまたスキルが使えるようになるから脱出できると思う」

「それは、本当ですか?」

「こんなことで嘘はつかないさ」

「それならいいですけど」


そう。5時間。

 5時間後には破砕をもう一度使うことができた。

破砕が回復したら、あの閉ざされた天井を破壊して脱出するつもりだった。


「でも、怒るだなんて……。プハッ!」


 その時。

 闇の中でわずかに笑い声が聞こえた。

今まで笑うどころか何の感情もあらわにしなかった女が笑うだなんて!


「今、笑ったよな?」

「怒るだなんて、幼い頃に父王から言われて以来です……。おかげで緊張感が消えてしまいました。私の演技が……」

「今さりげなく凄いこと言わなかったか? さっきまでの顔は演技だと?」

「はい。王女として生きていくための演技といいますか。父王が言ったんです。見くびられないように常に威厳を保てと。そのうちに表情がこわばるようになったんです。そして、人前では演技をするようになりました」

「じゃあ、笑ったってことはもう演技はやめたってこと?」

「ひとまず、あなたの前では」

「俺の前でだけ?」

「親しくなりたいという話を聞いたら、何だか演技する必要がなさそうに思えてきて」

「へぇ、それは光栄だな」

「でも、感情を表現するのと私の素顔を見せるというのはまた別です。王女とはまた違う隠れた本当の私……。誰も手に負えないと思いますけど」


 手に負えないってどんな姿が隠されているんだ。

 単純に笑うのとは違って真の姿は性格まで違うってこと?

 それは……。すごく気になる。


「構わない。それがどんな姿でも。だから、見せてくれていいよ」

「本当でしょうか? その言葉、後悔しない自信が?」

「うん。もとから後悔なんてものを知らない人生だから」

「何ですか、それ! 私の素顔を知って逃げないでくださいよね」


 逃げる? それほどのものなのか?


「約束する。何があってもそばにいる」

「そ、そんな……プロポーズじゃないんですから!」

「あっ……そっか。今のはなかったことに!」


 すると、また訪れた沈黙。ところが、何だかさっきとは違う沈黙だった。


「って、また密かに笑ったよな? 今、笑い声こらえただろ?」

「違いますっ! 思わず言葉を失っただけです。とにかく、素顔はそう簡単には出てきませんよ」


 そう言われると絶対に見てやるという意欲が湧く。


「絶対に見てやる」

「後悔だけはしないでくださいね」

「しないって。まあ、それはそうと。とりあえず、今は少し休もう。5時間も残ってるから疲労回復のチャンスだ。山では一睡もできなかったと思うし、俺も寝てないんだ」


 そう。ここは寒くもなく休むには最適な場所だった。暗闇に閉じ込められた状態だが、逆に他の危険はまったくないという意味でもあるから。


「それはいいですね!」


 その快い返事を聞いて、俺は壁にもたれて目を閉じた。

 すると、どっと疲れが押し寄せてきた。

 睡魔が俺を襲ったのだ。

.

.

.

 眠りから覚めて目を開けた時。

 彼女は微動だにしなかった。

 俺の肩に彼女の顔が寄り添っていた。俺の肩にもたれるように。

 おそらく、眠くてうとうとしているうちに自然とこうなったのだろう。

 まあ、確かに。

 俺よりも疲れているのは彼女だろう。

 山ではもちろん、戦争中はずっと、ろくに寝ていない彼女だ。


 あえて彼女を起こさずにひとまずシステムを確認した。

システムのメッセージはそれ自体が光っているためまったく問題なく読めた。

 確認すると[破砕]は回復していた。

 脱出できるようになったということ。

 その動きのせいか、彼女の顔が俺の肩からずれ落ちて、


「はっ……!」


 彼女は授業中に居眠りしかけた高校生のような声を出して目を覚ました。

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