第53話

*


兵糧が大量にあったせいで全部燃やすのに思ったより時間がかかってしまった。

倉庫から戻ると、苦戦していたのかジントは酷いありさまだった。

服と髪が全焼していたのだ。

ただ、それに比べてわりと肌の損傷はなかった。

彼が相手している敵はポホリゼン。

苦戦するのは当然だった。三剣士と呼ばれる人物だから。


「ジント! 大丈夫か!」


ジントはすぐにうなずいて見せた。


「よし、挟撃だ。やつを殺して逃げるぞ!」


やるべきことはやった。だから、今は脱出が最優先。

俺はジントと共にポホリゼンに飛びかかった。

ポホリゼンは狂奔した顔で剣を振り回す。

だが、大通連を装備した俺の武力は95。

ポホリゼンなど敵ではない。

[破砕]で勝負がつく話だが、その必要もなかった。

ジントがいるからだ。


俺が[攻撃]コマンドを使ってポホリゼンと剣を交えると、自由の身となったジントがその隙を突いて彼の後ろに回り込んだ。

速い!

快剣のガネイフほどではないが、ジントの攻撃スピードもかなり速い方だった。


「何っ、何だ、お前、いつの間に!」


当然ながらポホリゼンはジントに気を取られて後ろを振り向いた。俺に背を向けたのだ。

さすが知力10にも満たない武将。

彼のそんな行動を嘲笑しながら、俺はすぐに[攻撃]コマンドでやつの首を突き刺した。

そこから血が噴き出すと同時にジントもポホリゼンの胸を貫く。

前後から剣で突き抜かれて倒れたポホリゼンは二度と起き上がることはなかった。


「っ、早くやつらを殺せ! 殺した者には爵位を与える! 何としても殺すのだ!」


すると、遠くから指揮していたバウトールが激憤して叫ぶ声が聞こえてきた。

爵位の話まで出すとは。

その言葉に兵士たちが四方から飛びかかってきた。平民に爵位を与えるということはそれだけすごいことだから。

だが、俺たちにとってそれはむしろチャンスだった。

バウトールが俺の視野に完全に入ってきたのだ。

ここで王を殺せるなら、それは最高の戦功だ。


そう、最高の戦功だろう。

だが今は違う。

ブリジトの王はここで死んではならない。

ここで彼が死んだらブリジトはすぐに新しい王を迎えて防御モードに入るだろう。

ブリジトの占領を考えると王が席を外していることが必須条件だった。

王だけは生き延びてもらう必要があった。

続く次の戦略のためにはブリジトの王が必要だから。

だから、兵力は絶滅させるが王は生きたまま帰す。


それなら気絶でもさせないと。

完璧な後退のために。

王さえ気絶すれば飢えてふらふらの士気がないブリジト軍は俺たちを阻止する方法などなくなる。

だから迷わず、


[破砕を使用しますか?]


破砕を発動した。効果は気絶!

経路にいた兵士たちは白い光を纏った大通連に全員弾き出されてしまった。


「……くっ」


バウトールは慌てて剣を抜いた。

だが、阻止することはできない。バウトールの武力はわずか93。

破砕の武力は100だ!

勝利を確信して拳をぐっと握ろうとしたその瞬間。

そんな破砕に突然現れた光の刃が激突した。

光の刃が正確に[破砕]を捉えたのだ。

王をめがけて飛んでいった大通連はそのまま空に舞い上がって地面に突き刺さった。


光の刃の武力は103。

破砕を弾き出せる人物。

それは今回の戦争でひとりだけだ。


俺は光の刃が飛んできた方向を見た。

やはりそこにはガネイフが立っていた。もちろん片腕はなく身体は包帯でぐるぐるに巻かれていた。

兵士たちに助けられながら地面を眺めるとこっちを睨みつけてくる。

負傷して弱っているため馬車の中で待機していたようだ。

純粋に武力と忠誠の観点から見ると、この男も尊敬に値する存在であることは確かだが、他国民の虐殺に何も感じない男は俺の部下として必要なかった。

優れた部分があっても、この男はあくまで敵。

そして、その敵は腕を失うといった大怪我のせいか力など残ってなさそうだった。

先ほどのスキルで残りのマナを全部使ってしまったかのようだというか。

あんな身体だからマナを回復する状態になっていなければ今のガネイフは武力97には見えなかった。

武力は限りなく下がった状態だろう。

ただ、口だけは達者だった。


「陛下をお守りしろ。城郭を守る必要はない。こいつらを殺せばいい。今すぐここを幾重にも包囲しろ!!」


マナは残っているものの俺やジントの敵にはなりそうにもなかった。

だが、それでもブリジト最強の武将らしく叫び続けることで兵士たちを動かそうとしていた。

兵士たちもガネイフの登場に勇気づけられたのか、ポホリゼンの死によって一層低下していた士気が少し上昇すると動きが活発になり始めた。


それなら、まずガネイフを殺す。

どうせ殺すことになる人物。


「ジント、とにかく敵の数は果てしなく多い。あいつを殺して敵をさらに混乱させてから道を作って退却するぞ!」


ガネイフを殺して退却すれば敵は拠り所がなくなる。

だから、退却さえできればすべて終わりだ。


「俺が道を作る。何があろうと!」


ジントは俺の言葉にうなずくとガネイフに向かって突撃した。

って、いやいや。

一緒に行こうという話だったのだが。

困ったことにひとり突撃したジントはすぐに敵に包囲され姿がよく見えなくなってしまった。


*


ガネイフの登場もどんどん増える敵兵もジントの目には入ってこなかった。

死んでも道を作るという一心。

エルヒンが無事に退却できるなら自分は死んでも構わないと思っていた。


ミリネは生まれて初めて勉強というものをしながら笑った。


「ジント、本当にこんな幸せでいいのかな? 私、まだ信じられないよ」


本が面白いと言いながらミリネは毎日そう聞いた。

それは自分も同じだった。

どん底のどん底。

そんな自分にむしろ尊敬のまなざしを向ける兵士たち。

エイントリアンでは誰ひとりジントを軽蔑できなかった。

人間として生きることができた。

人間らしく生きることができた。


たとえここで死んでも彼はミリネの面倒を見てくれるだろう。

そう信じたからこそ命を捧げることには少しの躊躇いもなかった。

ジントはただ一途に走った。


「矢を放て!」


弓兵を指揮する千人隊長の命令でガネイフの後ろから矢が降り注ぎ始めたがジントはものともせず進撃した。


「ジント!」


エルヒンは後からさらに別の命令を出すつもりだったのだ。

だが、ジントは駆け出してしまった。

もう一度呼んだが、すでに戦鬼モードとなったジントにエルヒンの呼ぶ声は届かなかった。


もちろん戦鬼は戦鬼。

さすが武力94のA級だ。

矢の雨はジントを阻止できなかった。

矢は大量に破壊され、やがてジントはガネイフに接近した。


「貴様!」


ガネイフは声を荒げて剣を抜いた。

快剣同士の戦い。

元祖快剣と呼ばれる者。

無名から始めて急速に武力を上げ快剣を振り回すようになった者。

ふたりの快剣が激突したが結果は呆気なかった。


 *


ガネイフにはジントを阻止できるほどのマナは残っていなかった。

戦場に立っていることすら不屈の精神力によるもの。


「どけ!」


ジントは交わろうとする剣の向きを変えるといきなりガネイフの首を斬り飛ばしてしまった。

衰弱したままマナを回復する時間がなかったガネイフはジントの快剣に歯が立たなかったのだ。


「貴様らぁあああ!!! よくもガネイフを! よくも!!!」


ブリジトの王は無念だと言わんばかりに叫び散らした。

もちろん[破砕]に驚いたのか相当後ろまで下がった状態で。


実はジントとふたりで食糧焼却作戦を実行しながら俺には信ずるところがあとふたつあった。

[破砕]のような基本的なスキルなく信ずるところがふたつ。

ひとつ目は30秒間無敵だった。

新しくできたこのスキルなら重要な場面で退却するのに大いに役立つ。

まだ大通連が使えるため大通連を使ってジントに近づき、今度はスキルを使って馬に乗り退却すれば少しは先を行けるだろう。

だがそれでは距離を広げることはできなかった。

30秒は短い。

だから、今必要なのはふたつ目のユラシアに借りた宝具だった。

強力な爆発を生み出すこの宝具があれば逃げる時に有用に使われるはず。

もちろん、ジントがひとり包囲されて孤立したこの状況では使うことができなかった。

まずはジントと合流する必要がある。

いくら士気を失って飢えた敵でも数がこれだけ多いと慎重にならなければならない。

大通連の効果時間には明白な限界もあるから。

宝具で道を作り城壁まで逃げて[30秒間無敵]で矢から身を守りながら逃げる!

そんな計画でジントのもとに駆けつけた。

ジントはその瞬間にも戦って斬ってを無限ループしていたから。


「どうして……! ここは危ないぞ!」


ガネイフを殺してからもその勢いを失うことなく敵兵を屠殺していたジントが俺を見つけて叫んだ。

兵士たちが俺にまで攻撃を始めたため大通連で阻止したが、瞬く間に包囲され四方が敵に塞がれてしまった。

果てしない兵士の数。


「さっきの命令はひとりで突撃しろというわけではなかった。一緒に突撃するつもりだった」


俺はそう言ってひとまずこの辺で宝具を使おうとした。

もちろん、そんな中でも敵の攻撃は続いていたため大通連は休めなかった。

そのせいかジントは、


「くっ……だめだ。下がってろ。何があっても道は作る!」


さらに悲壮な声で叫びながら[無名の剣]を振り回した。

すると。

まさにその時!


ジントの[無名の剣]が白い光を放つと同時に大地が地震でも起きたかのように揺れ出した。

土色の地面。

ジントが持つ[無名の剣]と同じ色の地面だ。

すると、驚くべきことにその地面から土が剣と化していくつも浮かび上がってきた。

それほど範囲は広くないが、ジントが発動させたこの奇妙なスキルの範囲内にいる兵士たちは全員足元を貫かれてことごとく倒れ込んだ。

さらに逃げ出す兵士さえもまるで誘導弾の如く浮かび上がった土の剣が果てしなく追いかけた。

物凄い数の土の剣が!


[ジントの武力が+1になりました。]


さらにその瞬間、彼の武力は92から93に上昇した。家臣の成長!

しかも、ジントはA級の武将でありながらマナスキルを使えていなかった。

エルヒートがジントと対決した時になぜマナスキルを使わないのかと聞いていた。

あの日以来、ジントは随分悩んでいたようだが、結局使えていなかったのだ。

それが今発動した。

それが[無名の剣]によるものなのか、死を覚悟した精神力によるものなのか、それとも俺を助けようとする強烈な利他の心によるものなのか、それはわからないがこれだけは確かだった。

宝具を使うよりも確実に逃げ出せる状況が生まれたということ。

俺は混沌に陥った敵の間で死んだ敵の指揮官が乗っていた馬に乗り上げた。


「ジント! 後ろに乗れ! 早く!」


俺は馬を馳せて自らもスキルに驚いた顔で立ちすくむジントのもとに駆けつけた。

スキルの威力に驚いた兵士たちは何もできないまま俺たちは順調に南門前まで逃げることができた。

王はスキルの範囲外にいたがその威力に驚いてさらに後退してしまったため、もう俺たちを追うよう命令を下す存在もいなくなった。

完全に距離が広がった状況。


馬を捨て、そのまま城郭に飛び乗った。

閉ざされた城門を開けるよりもこの方が手っ取り早かったからだ。

だから、城郭にのぼって叫んだ。


「ジント! 背中に乗れ!」

「え?」

「説明している時間はない! とりあえず乗れ!」


訳がわからないジントを背中に乗せて城壁の下へ飛び降りた。

そして、[30秒間無敵]を発動した。

ちょうど100ポイントしか残っていない状況。

これが切り札!

普通なら地面に着地した瞬間に足の骨が砕けるだろうが[30秒間無敵]だから無敵だ。

おかげで難無く着地できた。

城郭の上まで後を追ってきた敵兵は驚愕して、それ以上は俺たちを追撃してこなかった。


それもそのはず。

俺たちの前にはロナフ城周辺を完全に包囲した我が軍がいたからだ。

ポホリゼンを殺してレベルが上がったことでまたポイントを獲得できた。

ポイントの使用は保留にしたまま俺のもとへ走ってくるフィハトリと合流した。


 *


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