第52話

 *


 ロナフ城の前でブリジト王国軍を奇襲した理由は至って単純だった。

 奇襲で混乱した隙に敵軍に紛れ込むためだ。

 敵の軍服を着て自然に溶け込みロナフに入城した。

 俺たちを気にする者はいなかった。

 どうせ同じ王国軍でも互いの顔を知るのは十人隊、広く見ても百人隊くらいだ。

 他の百人隊の兵士の顔は知らない。

そもそも、王国軍というのは各領地から兵士を集めたものだから。


「兵営の隣の兵糧倉庫に兵糧を集めてある。みんな、兵営に行こう!」


 あまりの空腹に兵士たちは入城するなり兵営に向かって突進した。

 完全に大荒れの状況。

 軍隊は軍紀が命。

 当然ながら、バウトールがそれを黙って見ているはずがなかった。


「陛下の厳命だ! 少しだけ我慢しろ。食事はすぐに配給される。各部隊は割り当てられた場所で待機するように。混乱を起こせば直ちに斬首するとの厳命だ。補給部隊を除いて兵糧倉庫から全員離れろ!」


 バウトールの指示を受けた指揮官たちが大声で叫ぶと、兵士たちは不満を示しながらも後退し始める。そのおかげで兵糧倉庫の様子を確認することができた。

 補給部隊の所属と推定される兵士たちが倉庫から外へ兵糧を運び出して積み上げていた。

 兵糧倉庫はかなり大きな建物だ。


「さっさと動け! 明日また王都へ出発するという命令だ!」


 バウトールは兵糧をすべて持って明日またすぐに移動するつもりのようだった。

 だが、そうはさせない。


「おい! さっさと部隊に戻れ! 首を斬られたいのか?」


 ずっと倉庫を眺めている俺とジントに向かって指揮官が声を荒げた。

 俺が肩を聳やかして目配せするとジントはうなずいてその指揮官のもとへ走った。

そして、瞬く間に斬ってしまった。

 同時に俺は倉庫の前に積み上げられた兵糧と補給部隊をめがけて[地響き]を使った。


 地響き!

 それは地面に地割れが走って炎を噴き上げ敵を燃やすスキル。

 兵糧を手っ取り早く燃やせるスキルでもあった。

 スキルによって倉庫の前が燃え始める。

 補給部隊の兵士たちも燃えていく。


「ジント、倉庫の入口を守れ!」


 うなずくジントを後にして俺は倉庫内へ飛び込んだ。

 目的は当然ながらすべての兵糧を焼却すること!


 *


 兵糧倉庫で燃え上がる炎。

 イセンバハンは驚いて領主城を飛び出してきた。


「これは何事だ!」

「我が軍の軍服を着ていますが間者だと思われます。兵糧倉庫に侵入しました!」

「何だと? なぜすぐに殺さない!」

「それが……」


 もちろん、質問を受けた指揮官も同じことを考えていた。

 実際にも兵士たちが倉庫に突撃していた。

 しかし、その建物の前に立っているのは他ならぬジント。

 飛びかかっていく兵士たちの首が空中に舞うだけ。

 左から右から、四方から攻めたが、飢えた王国軍はジントを越えられなかった。


「いったい、何だあいつは」


 すぐにバウトールが怒った顔で現場に到着した。隣にはポホリゼンも一緒だった。


「たった二人の敵も始末できずに兵糧が燃えているとはどういうことだ! くそっ、全員引っ込め。ポホリゼン、お前が行け。あいつを八つ裂きにして殺すのだ!」


 バウトールの命令に兵士たちは分かれて道を作った。


「俺、腹が減った! 腹減った! 腹減った!」


 ポホリゼンは首を揺らしながらそう叫んだ。


「あいつさえ殺せば腹いっぱい食わせてやる。だから殺せ、いいな?」

「あいつ? あいつさえ殺せば飯をくれるのか? 本当か?」

「ああ、そうだ」

「あいつ、殺す!」


 飯というワードにポホリゼンはジントめがけて走り出した。

 二人の剣が交錯すると大きな摩擦音が周囲を覆う。


「くあああっ! 死ね! 俺は腹が減った! だから、死ね!」


 吠え猛ながら剣を振り回すポホリゼン。

 だが、ジントと互角だった。ジントの実際の武力は93。今は[無名の剣]を使ったことで+2となり95に上がった状況。ポホリゼンより1低かったが、何も考えず力で攻めるタイプの彼との戦いにおいて有利なのはジントだった。

 ジントは本能的に敵の動きを計算して戦うスタイル。

 死ぬどころかジントが全攻撃を受け止めるとポホリゼンは激怒して叫んだ。


「ぐあーっ、なぜ死なない。お前面倒だ。死ね。これは阻止できまい。爆炎波!」


 そう言って両手で握った剣を上から下に大きく振り下ろす。

剣が地面に触れるとジントの周りで物凄い爆発が起こった。

 強力な爆発音!

 スキルがジントを直撃するとバウトールは満足げにうなずいた。


「ポホリゼンの爆炎波には耐えられぬだろう。すぐに倉庫の消火にとりかかれ!」


 バウトールはそう命令したが、爆炎波が生み出した爆発の煙をかき分けて倉庫に突進した兵士たちが悲鳴を上げながら出てきた。

 煙が収まるとジントが姿を現した。

 全身に軽い火傷を負ったもののジントは剣で最大限のマナを放出し爆炎波を耐え抜いた。

 もちろん、自分が思っていた以上の力が出せたことを不思議に思わないはずがなかった。

 ジントは[無名の剣]を横目で見る。

 神秘的な剣だとは思ったが今それどころではなかった。

 剣を取り直してポホリゼンを狙う。

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