第51話

 *


 そんなガネイフに向かってユラシアがロッセードを振り回した。

ガネイフが着地しようとした瞬間を狙ったユラシアの攻撃!

その攻撃を阻止しようとガネイフも剣を振り回した。

 そのおかげでガネイフが着地した場所は欄干の上だった。

 十分な推進力を得られなかったのだ。

ユラシアの攻撃を阻止するために土壇場で剣の方向を変えたからだろう。


「直ちに飛びかかれ! 隙間を作るな!」


 兵士たちが一気にガネイフのもとへ押し寄せる。

欄干から下りて場所を取らせないための抵抗。

 その先頭にはジントがいた。

 ジントは[無名の剣]を使ってガネイフを攻撃した。

 思いのほか重みのある攻撃にガネイフは表情を変えてジントと剣を競う。

 だが、武力差は相当ある。

 アイテムを装備してもジントの武力は94。当然ながらジントが押され始めた。

 俺が狙っていたのはまさにこの瞬間だった。

 ガネイフがジントと戦うことに気を取られている今だ!


[破砕を使用しますか?]


 武力が95になったことで[破砕]の威力はなんと100!

 S級の境地に達したスキルを使うために大通連を召喚した。

 そんな中、ジントと戦っていたガネイフは急に剣を鞘に納めた。

 ジントはその隙を逃さず剣を振り回す。


 俺もすかさず[破砕]を発動した。

 すると、再び鞘に納めた剣を抜くガネイフ。

 目には見えない快剣の抜剣!

 それが彼の持つマナスキルなのか、抜剣すると強力な光の刃が噴き出した。

 瞬間的にガネイフの武力が102を突破したから彼の必殺技であることは間違いなかった。

 俺は反射的にジントに向かって[30秒間無敵]を使った。

 危険にさらされているからだ。

 命がけの戦闘だが他国の戦争でジントを失うつもりは毛頭ない。


 ガネイフの炸裂するマナスキルを[30秒間無敵]で相殺した後、[破砕]が彼の胸を貫く!

 それが俺の作戦だった。


 しかし、抜剣したガネイフは一瞬で[破砕]に気づいて体をひねる。

 ジントに向いていた光の刃の方向を変えて[破砕]に使ったのだ。

 だが、急に方向を変えたせいで[破砕]を弾き出せなかった。

 彼のスキルは[破砕]を完全に捉えることができなかったのだ。

 その結果、胸をめがけて飛んでいった[破砕]は逸れてガネイフの肩を貫通した。

 彼が使ったスキルの威力は102。

 もし、正面衝突していたら[破砕]は完全に消滅していただろう。

 だが、幸いにも怪我を負わせることができた。


 肩を突き抜かれたガネイフは片腕を失った。

 腕を肩ごと切り落とされてしまったのだ。

 同時に大通連が体をかすめた衝撃で欄干から押し出されて城壁から落下していった!


 そんな中、ガネイフは帯剣していた4本のうち3本目の剣を抜くと地面に向かって振りかざした。すると、剣から放たれたマナが地面に風を巻き起こし、ガネイフの墜落速度が遅くなる。その結果、ガネイフは墜落せずに着地に成功したが、そのまま倒れこんだ。

 片腕が切断されて肉がぐちゃぐちゃになった断面から血が噴水のように噴き出る。

 生きようとする意志で最後の力を振り絞ったのか血しぶきを上げて地面に倒れると、ブリジトの兵士たちが彼のもとに駆けつけた。


 その様子は遠くからでも十分確認できたため敵営では退却のラッパが鳴り始めた。

 殺せなかったのは残念だが片腕を吹き飛ばした。

 流れ出た血の量からしてすぐに回復できるような怪我ではない。


 王都に編成した駐屯地へと退却する敵の後ろ姿。


[連合軍 28,700人]

[ブリジト王国軍 30,110人]


 籠城戦の有利さがそのまま結果として現れた大勝利。

 敵の数は大幅に減ったが我が軍にほとんど被害はなかった。

 もちろん、逃げる敵軍を見て我が軍は歓声を上げた。


「何よ、怪物じゃあるまいし……」


 ユラシアは勝利の喜びも忘れて、死なずに生き延びたガネイフ向かって首を横に振った。


「殺せませんでしたが、この程度なら目的は達成です」


 俺はそんなユラシアを安心させながらも、


「ただ、ここからがもっと重要です。ここからが本当の勝負ですから」


 警戒心を解くことのないよう、もう一度作戦を強調した。

 俺の言葉にユラシアは強くうなずく。

 今日の勝利は本当に大したことない。

 ここからが本番だった。


 もちろん、本来の計画はここでガネイフを殺すものだった。ブリジトの王が城壁を攻撃するためにガネイフを活用することは目に見えていたからだ。

 惜しくも殺せなかったが敵の核心的存在は大怪我を負ったため、このまま戦略を実行することに問題はないはずだ。

 ここで躊躇えばむしろこの戦争を早期に終わらせる機会を失うことになるだろう。


 そのため、事前に話した通り王都はユラシアに任せて、俺は準備しておいた1000人の騎兵隊と共に敵が駐屯する南門の反対側に位置する北門から王都を出た。

 敵も偵察で我われの動きを把握できるだろうがもはやばれても構わない。

 釣り針にかかった魚みたいなものだ。


 *


「おのれ、よくも……! よくも、よくも補給を断ってくれたな」


 バウトールは参謀の報告を受けて腸が煮えくり返るほどの怒りを抑えきれずにいた。

 自信満々の表情には少し陰りがさしている。

 それもそのはず、王でさえ今日は食べ物をまったく口にできていないからだった。


 周辺の畑を探すよう命じたが近くで食べ物は見つからなかった。それでも、あまり遠くへ兵力を送ってしまうと奇襲部隊が突撃してくる。だから、頭を抱えていた。

 青々と育ち始めたばかりの稲や小麦を食べるのは草を食べるのと変わらなかった。むしろ、慣れない食べ物で腹痛を起こすだけ。


「補給部隊を保護するために送った兵力まで全滅した状態です。とはいえ、そこに兵力を送り続ければ……。王都を攻撃する兵力に支障をきたします!」


 困った顔で参謀のイセンバハンがそう言った瞬間、新たな報告が入ってきた。


「今度は何だ!」


 バウトールが声を荒げると、イセンバハンは躊躇いながらも口を開いた。


「それが……。先ほど補給の保護に送った鉄騎隊までも……消息が途絶えました……」

「何だと! おのれぇええええ!」


 歯を食いしばって叫ぶバウトール。だが、そうするほどに空腹感は増すばかり。


「こうなったら、ポホリゼンを送ってみるのはどうでしょう? 彼なら……」

「だめだ。やつを送ったら自分の空腹を満たすために兵糧をすべて食べつくしてしまうかもしれない。いや、その前に敵に騙されて帰ってこれなくなるだろう!」


 イセンバハンは王の話を聞いてすぐに納得した。ポホリゼンは何も考えず前に突き進む性格だから作戦に適した人物ではなかったのだ。


 弱り目に祟り目。

 空腹に耐えて攻撃を試みた王都占領は何の進展もなかった。

攻撃を続けてはいるが兵力は減るばかり。

 むしろ、今日は攻城兵器が全部燃えてしまった。


 王が1日飢えていたということは、一般兵士は3日以上飢えているということ。

だから、進展がないのは当然の結果。


 片腕を失って大量の血を流したガネイフはまだ目を覚ませずにいた。

 だから、バウトールはただ怒ることしかできなかったのだ。


 *


[連合軍 28,700人]

[ブリジト王国軍 30,110人]


[連合軍]

[兵力:27,300人]

[訓練度:20]

[士気:95]


 3日間に及んだ籠城戦での勝利!

 我が軍は今回の戦闘でむしろ士気が上がった。

籠城戦の特性上、死傷者もそれほど多くない状況。


 しかし、ブリジト王国軍には大きな変化が生じた。


[ブリジト王国軍]

[兵力:26,110人]

[訓練度:80]

[士気:50]


 兵数が我が軍を下回ったのだ。続く敗北で多くの死者が発生したからだった。

 それだけか、士気が90から50に急落した。敗北が続けば士気が下がるのは当然だが、これだけ大幅に下がったのはもちろん飢えていたから。


 エランテの死で憤慨して飛び出したバウトールと兵士たちは補給を受けれずにいた。

 俺はそんな敵の士気を蝕んでいった。


 ジントと俺が率いる1000人の騎兵隊は神出鬼没の如く敵の補給部隊を破滅させた。

 ロナフ城で偵察している兵士が報告を入れると、その補給はやがて破滅するシステム。


 その結果、空腹に耐えられなくなったバウトールは5日目となる今日、我を折って目前に迫った王都を離れロナフ城へ退却を始めた。

 もちろん、これは97の指揮力で士気を落とすことなく王都を守り抜いたユラシアの功によるところが大きかった。


 敵にできることはただ一つ。

ロナフ城で軍の整備を終えたらすべての兵糧を持って王都へゆっくり進撃すること。

 もちろん、主力軍が退却する前にロナフ城を占領することもできた。

 先に占領して兵糧をすべて燃やすこともできたのだ。だが、そうしなかった。

 あまり意味がなかったからだ。

俺がロナフ城を占領すればその報告を受けた敵は迂回して別の占領地に退却するはず。

 いくら敵が飢えていても1000人の奇襲部隊で主力部隊に勝つことはできない。

 つまり、ロナフを占領したところで敵はその下にある別の領地へ行って食糧を集める。

そうなるくらいなら、王都から一番近いこのロナフで勝負をつけた方がましだった。

 だから、敵がロナフ城へ退却していく様子を眺めた。

 もちろん、ただ眺めていたわけではない。

 すでに次の戦略は発動していた。


 *


 バウトールはロナフ城を目の前にして連合軍の奇襲を受けた。

だが、その奇襲攻撃にポホリゼンを押し出して一掃してしまった。


「見よ! あの逃げ出す姿を!」


 その姿を見ながらバウトールは大きく笑い出した。

 精鋭兵である自分の軍の相手にもならないということを確認できたのだから。


 退却中、バウトールの気分は最悪だった。

 怒りが込み上げてきて1日も早くロゼルンの王都を掌握したかったが、兵糧がないためどうにもならなかった。それについては早まった自分の失策だったため、一人で歯ぎしりばかりしていたバウトールだったが、奇襲を撃退して気勢が上がった。


「ガネイフがいなくても兵糧さえあれば王都の城門は開けられる。我われが戦ったロゼルン王国軍はあのように惰弱な軍だ。おまけに馬鹿でもある。補給部隊だけを狙わずロナフを奪還していれば、我われはさらに後方へ後退せざるをえなかったのに!」

「それもそうですね。ロナフに残しておいた兵力は、補給を絶やさぬよう送り続けていたせいで、1000人と残りわずかでしたから」


 イセンバハンがそれに同調して答えた。


「目の前の補給を断つことに汲々としてロナフにある食糧を処分するなんて考えは思いつかなかったのだろう。馬鹿め」


 バウトールは、今回の自分の過ちを揉み消そうと敵の失策と思われる部分を浮き彫りにしながら、さらに大きな声で嘲笑した。


「すべては油断したせいだ。すぐに軍を整備し兵糧を持って再び王都へ向かう。もう油断はない。王都を破滅させてやる!」


 後がない。

すでに退却で自尊心を傷つけられたバウトールは王都の陥落しか頭になかった。

 参謀のイセンバハンとしては思ったより敵が強そうに見えたため、もう少し慎重に敵の戦略を検討してほしいと思っていたが、その話を切り出すことは不可能だった。

 それは、バウトールの自尊心を傷つけることになる。イセンバハンにはそれに命をかけるほどの勇気がなかった。

 止める人もいないためバウトールは破滅させるという言葉を何度も繰り返した。

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