第49話

 *


「そなたの活躍、とくと見させてもらった。素晴らしい。実に素晴らしい。見事だ!」


 幼い王はブリジトを完全に退けたかのように喜びながら叫んだ。しかし、戦争はまだ終わっていない。もちろん、有利になったのは事実。それでも喜んでいる場合ではなかった。


「陛下、本当の戦いはここからです。その称賛はブリジトを倒してからお聞かせください」


 その指摘に王はうなずいた。


「そ、そうか、よし! その時は多大な褒美を進ぜよう!」


 この戦闘で王や貴族たちの目の色が変わった。

もちろん、それは王女も同じ。

全身に包帯を巻いたユラシアは激しくうなずいて王の言葉に同意した。

幸いにも彼女の傷は深くないようだった。切り傷程度で骨折のような大怪我もない。

一日昏絶した後に目を覚ますとすぐに動いていたくらいだ。


「ありがとうございます。陛下、できるだけご協力願います」

「もちろんだ!」


 王が声を張り上げると同時に貴族たちもうなずく。

 評価が変わったことを実感しながら儀礼的な謁見を終えて王女と共に謁見室を出てきた。

 戦略会議のために兵営へ向かうつもりだ。

 二人肩を並べて王宮の廊下を歩いていると、突然ユラシアが俺の前に立ち塞がった。


「それより、あんなに強かったんですね……。私にまで隠すなんてひどすぎます! ブリジト三剣士といったら、とっても有名なのに……!」

「説明している時間がなかったので。それに、聞かれてもいないし……」

「それはそうですが……」


 ユラシアは腰に帯びたロッセードを触ると立ち止まった。


「あの、今度……。怪我が治ったら私と勝負していただけませんか。ぜひ、戦ってみたいです。自分の限界を知るためにも……!」


 もっと強くなりたいという意志が感じられる眼差し。

勝負することくらい難しいことではない。俺は肩を聳やかせてうなずいた。


「わかりました。でも、怪我するかもしれません」

「それはわかってます。A級マナの使用者と戦えるなんて……。何だかどきどきします!」


 胸に手を当てながらそんなふうに言うユラシア。


「ちなみに、私と一緒に来た護衛のジントは、あのエランテと同等の実力があります」

「えーっ! それは本当ですか?」

「こんなことで嘘はつきませんよ」


 ユラシアは開いた口がふさがらなかった。ロゼルンには武力90を超える武将が一人もいなかったのだから。この王女が一番強い。だから、当然の反応ではある。


「だから、私を信じてほしいのです。仮におかしな命令を出しても、それはすべて戦略です。」


 彼女にもう一歩近づいた。透き通るような彼女の肌にも毛穴が見えるほどの距離。

その白い肌は昨日の熾烈な戦闘によって傷だらけになっていた。

 ユラシアはその至近距離に後ずさりすることもなかった。

 むしろ意志を持った眼差しで俺を見上げると言った。


「そうでなくても、申し上げるところでした。何があろうとあなたの戦略に従います!」


 そのまま地面に跪こうとするから腕を掴んで止めた。

包帯だらけの身体で激しい動きは禁物だ。


「殿下、そこまでしていただかなくても」

「ですが……! あの時、宝具が一つでも残っていれば、敵が中央広場に集まることはなかったかもしれません。私のせいでこの戦略が台無しになっていたかと思うと……。100回の土下座でも償いきれません……」


 罪を犯したかのようにうつむいてそう話す彼女。

幸いにも、彼女からはだいぶ信頼を得られたようだ。


「代わりに、そのロッセードを見せていただけませんか? その剣すごかったです!」

「ロッセードですか? ……でも、どうして剣名を?」


 ユラシアは不思議そうな顔で腰に帯びたロッセードを鞘ごとはずして俺に手渡した。


「有名な剣ですから、聞いたことがあります」


 剣はやはり美しかった。しかし、俺が使ったところで得られる効果は武力+3だけのようだった。B級マナの使用者でもマナスキルのようにマナを放出してくれる宝物だが、俺は蓄積されたマナがないから、そのような付加効果を享受できないのだろう。


「昨日のあの宝具といえ、ロゼルン王家には代々伝わる宝物や宝具がたくさんあるようですね。もしかして、他にもまだあるんですか?」


 俺が剣を返しながら聞くと王女はすぐにうなずいた。


「宝具なら他にもあります。手持ちのものは使い果たしましたが、王宮の宝物庫に行けばまだいくつか残っているはずです」

「へぇ、王宮の宝物庫に?」

「ちょうどよかった! 宝物庫へ行ってみますか? 必要なものがあれば差し上げます!」

「いいんですか?」

「はい、戦争に使えそうなものがあればどうぞ。大事にしまっておいても意味がないので」


 王女はそう言うとすぐに背を向けた。


「では、こちらへどうぞ!」


 彼女はすぐに地下へ移動した。宝物庫とは王宮の地下にある施設のようだ。

地下へおりると巨大な扉が目に入ってきた。そこに番人の姿はない。

扉は王女が手をかざすとはめていた指輪に反応して光を放ち自動で開いた。

 それは白い光だった。

 エイントリアン領主城の地下にある施設と同じような感じだ。

 マナの陣に関係する施設のようだった。

すべて古代に造られた施設だろう。

白い光は神聖力とも関係しているため、この大陸に残っているこういった古代の施設は、このゲームの運営とも関連があるということではないだろうか?

 つまり、神の宝物、神の宝具、そんな感じか。

 ロッセードに至ってはアイテム級の宝物だ。

 それと違って白い光を放つものは特典やそれ以上のものと関連があるのだろう。

 大通連のように。

 もしや、隠された特典や集めるべきものがまだ他にもあるのか?

 白い光に関連する宝物や宝具を見てそんなことを思ったが、今は何の手掛かりもない。

 ひとまず彼女の後に続いて宝物庫に足を踏み入れた。


「これがロゼルン王家の宝物庫……」


 そこにあったのは金銀財宝が入ったおびただしい数の宝石箱。

そして、高価であろう装身具と一緒に各種武器が陳列されていた。

 もちろん、宝物庫にあってもゲームアイテムとして認識される宝物ばかりではない。

アイテム級は珍しい。おまけに、宝物と宝具はまったく概念が違う。

 宝物は装着すれば何度も使えるアイテム。

 宝具は一度使えば消えてしまうアイテムだ。

 実際にも、昨日彼女が使った白い光を放つ爆発型アイテムは使うとすぐに粉々になった。


「私が使った宝具はこれです。このペンダントです。残り少ないですが」


 彼女はその宝具を首にかけながら説明した。


「あの辺の武器はもちろん、必要なものがあれば遠慮なく仰ってください。よかったら、あなたもこのペンダント型の宝具をお使いになられますか?」


 彼女は首にかけたペンダントのほかに一つだけ残ったペンダントを手にして聞いた。


「そちらは殿下がご自身を守るためにお使いください。私は別の武器を探してみます」

「そうですか」


 俺は宝物庫を真剣に調べ始めた。アイテム級の[宝物]があるかどうか。

 すると、宝石箱の中に一つただならぬものが入っていた。

システムがアイテムとして認識したのだ。


[リンキツ]

[月の気運を受けた宝物]

[使用者の魅力を高める]


 見た目はただのブレスレッドだったが、内側には複雑な細工が施されていた。

 どう見ても平凡なアイテムには見えない。

 軽くはめてみたが意味がなかった。俺は武力しか表示されないから。


「そのブレスレッド、お気に召されましたか?」


 その姿を見たユラシアが妙な表情で俺を見る。女性用の装身具だから。


「はい。気に入りました」

「あら、本当ですか?」


 俺は笑いながら彼女に近づいた。そして、彼女の手首をそっとつかむ。


「ご存じないようですが、これは古代のマナが宿る珍奇な宝物です。実は、私には鑑定能力があるので古代の宝物は一目で見分けられるんです。これは私が使っても意味がありません。殿下にぴったりの宝物かと」


 そして、ブレスレッドをはめてあげると、


「え? ……私に?」


[ロゼルン・ユラシアの魅力値が上昇しました]

[ロゼルン・ユラシアの指揮が+2になりました]


 魅力値は指揮と深い関わりがある。魅力が高ければ人々が従うから。

 そのおかげか彼女の指揮がなんと+2も上がってしまった。ただでさえ、兵士たちを感化する能力に優れていて指揮が高い彼女だ。そんな指揮がさらに上昇したのだ。


「よくお似合いです。殿下専用という感じで。黄金色の輝きは髪の色ともぴったりです」

「そ、そうですか? 似合ってますか?」


 ユラシアはブレスレッドをじっと眺めた。

 でもまあ、それを外す気はなさそうだった。彼女の指揮が上がるのはいいことだ。

 俺はそんな彼女を放置して再び宝物庫を見て回った。

 やはり、宝物庫とはいってもアイテム級はほとんどない。

一通り見て調達できたのはユラシアの手首にはめたブレスレッド。

そして、1本の剣だった。なんの細工もなく土色漂う変わった剣。

色からして鉄ではなさそうな気もしたが、叩いてみると紛れもなく鉄だった。


[無名の剣]

[古代に製造された剣]

[武力+2]


 ロッセードのように特別な付加効果はないが武力が+2だった。

 これだけでも価値の大きい宝物だ。一般武器にこのような効果はないから。

 もちろん、+2という武力を見るなりジントのことが思い浮かんだ。


「殿下、この剣は……?」

「あ、それですか? 色が変でしょう? とても古い剣だと父王が言っていました。ロッセードはロゼルン家代々伝わる宝物ですが、その剣は大陸十二家が古代王国エイントリアンを滅ぼした時に分け合った宝物の一つだそうです」


 大陸十二家。

 古代エイントリアン王国を滅ぼし、大陸を12の国に分けて各自王となった家柄を言う。


「では、かなり貴重なものですね?」

「いいえ。古代王国時代のものを保管していただけです。必要であればどうぞ!」


 ユラシアは迷うことなく承諾した。


「あっ、もしかして! この剣に何か秘密でも? 鑑定眼を持っていると仰っていたので……! 見たところただの古い剣ですが……」


 俺の肩に寄り添いながら不思議そうに剣を眺める。

おかげで、間近に迫ってきた彼女から漂ういい香りが嗅覚を刺激する。


「秘密があるかはわかりませんが単なる古い剣ではありません。普通の剣よりも硬いというか。ぜひ、使わせていただきます。部下の中でもジントは武器を持っていないので、彼に戦争で使わせようと思います」

「どうぞ、そうしてください!」


 そんな中、不思議そうに[無名の剣]を手に取って眺める彼女の指輪がまた目に留まった。


「ところで、その指輪は?」


[神聖なる指輪]

[古代の宝物]


 システムに出てきた説明はたったそれだけ。付加効果の表示もなかった。

だから、直接聞いてみるしかない。

 彼女が身につけている指輪やペンダント。それらすべてが宝具だから。

いや、指輪に関しては宝具ではなく宝物か。使えるのは一度きりではないから。


「ああ、これは宝物庫の鍵です」

「鍵以外の用途は何か?」


 鍵なら俺も持っている。エイントリアン領主城の地下に金塊を保管している施設の鍵だ。


「私の知る限りではそれだけです。あとは、美しい指輪ってことくらいかしら?」

「そうですか」


 そういえば、これらの施設。

 エイントリアン領主城。そして、ロゼルンの王宮。

古代王国と十二家が建てた王国の地下だけにある変わった施設なら。

 これらの施設がゲームの特典やゲームの特級アイテム?

まあ、そんなものと関連がありそうな気がした。

 他の王宮にも似たような施設があるなら調査すべきではないか?


「もしかして、ブリジトの王も何か宝物を使いますか?」

「どうでしょう。聞いたことはありませんが。十二家が古代王国を滅ぼして分け合った宝物は、この土色の剣のようにどれも大したものではなさそうです」


 本当に何もなければわざわざ分け合うはずがなかった。

 見た目は悪いが何か秘密があるに違いない。

それが後世にきちんと伝わっていないだけではないだろうか?

 まあ、これについてはブリジトの王都を占領したら必ず確認すべき部分だった。

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