第48話

 *


 やがて、ユラシアとロゼルンの兵士が中央広場に合流した。

南門を掌握した鉄騎隊はエレンテを待っているのか、まだ姿が見当たらなかった。

 エレンテが到着したらすぐにここまで追ってくるだろう。

 そう。それでいい。


「殿下、お待ちしていました」

「いったい、なぜ中央広場に? ここまで敵を入れたら王都は占領されてしまいます!」


 王女の言葉に俺は首を横に振った。


「殿下、それでは敵の数を減らせません。南門を守り抜いたとしても、城門が閉ざされたら敵はひとまず退却するはずです。2万の兵力をそのまま帰してしまうことになるのです」

「それが最善なのでは? いったい、何を言ってるのですか!」


 ユラシアが話にならないという顔で声を張り上げた。


「城外での殿下はお見事でした。あとは見守っていてください。ここからは俺が!」

「こんな状況で休んでいられるものですか。本当にあなたって人は!」


 ユラシアの疑問はまったく解消されていないようだった。そして、それはフィハトリと援軍も同じに見えた。城門を開けたままにして敵を王都の奥深くまで引き込むなんてどうかしていると思っているだろう。


 そうこうしているうちにエレンテ率いる鉄騎隊が登場した。面白いことに、重剣を持ったままでは馬に乗れないのか、重剣を運ぶ専用の馬が別にいた。

 エレンテが他の指揮官と違って馬に乗ったまま重剣を振り回さなかった理由は、重剣が重すぎて馬が耐えられないからなのか?


「クククッ、おまえらは馬鹿の集まりか?  プッハッハ! 城門で総力戦を繰り広げるどころか、中央広場まで道を譲ってくれるとはな!」


 エレンテはそう叫ぶと馬から下りた。鉄騎隊の3人が息も絶え絶えになりながらエレンテのもとへ重剣を運ぶ。エレンテはその重剣を両手で握るとこっちに向かって構えた。


 後ろから続々と兵力が押し寄せてくる。システムで確認したところ、その数1万人。その1万の兵力は中央広場を包囲するかのように押し寄せてきた。鉄騎隊以外は歩兵隊だ。残りの1万はまだ城門を通過しているところだろう。

 この辺で俺はひとりエレンテのもとへ向かった。


「ちょっと、あなた! 止まりなさい!」


 ユラシアが叫んだが無視した。

 彼女だけではない。

フィハトリも、そして城郭の上から彼のマナを見た援軍も驚愕の顔をした。

 たかが武力92の武将にすっかり怖気づいてしまったのだ。

 だから、ロゼルン王国軍と我が軍にもっと現実を見せる必要があった。

 あの程度の武力に怯える必要はまったくないということを。

 そう。It’s My Turnだ。


「よし、まずはそこの鉄騎隊から」


 俺はそう言って、


[地響きを使用しますか?]


 鉄騎隊をめがけてスキルを発動した。


 ゴゴゴゴゴゴッ!


 すぐに地面が揺れる。揺れた地面に無数の地割れが走った。

 まるで日照りが続いて乾ききった川底のように!

 そして、そのひび割れた地面の底から赤い光が漏れ出した。

 溶岩を形象化したものである。


 ボーン!


「うあああっ」


 やがてそこは赤い炎に包まれ燃え盛る地獄絵図と化した。


「ふっ、なんのこれしき!」


 もちろん、エレンテは鼻で笑って重剣を地面に突き刺した。

すると、彼の前に黄色い光が出現する。

 防御スキルを使ったのである。

 つまり、マナスキルだ。

 何であろうと関係なかった。

 やつの武力は92。

防御スキルを使ったことで瞬間的に武力が94まで上昇したが意味はない。


 保有ポイントは300。

 スキルは全部で3回使える。

 だから、あと2回残っていた。

俺は生き残った鉄騎隊とエレンテを範囲に入れてもう一度地響きを使った。


 *


 ボーンッ!


 ローセッドのような特別な宝物でもなければ、集めたマナを武器で放出するマナスキルを使えるのはA級以上の武力を持つ武将に限られた。


 エルヒンが使ったスキルによって地割れが走って炎の爆発が起こった。

 その一撃で鉄騎隊の戦列が崩れる。

 戦列とは戦争において最も重要なもの。それが崩れると隙ができてしまう。


「あっ、あれは……!」


 ユラシアは驚いて目を瞬かせた。戦略の鬼才とは聞いていたが、まさかA級マナの使用者だったとは。夢にも思ってみないことだった。


「まさか総大将が……!」


 それはフィハトリも同じだった。いや、そこにいるほぼ全員が驚愕していた。


「いくら何でも一人では!」


 ユラシアはそう言ってローセッドを手にした。

二人で戦えば、もしかしたら!

そう思ったのだった。

 しかし、その瞬間。


 エルヒンがもう一度同じスキルを使うと再び炎の爆発が起こった。

エレンテはまたもや嘲笑しながら重剣を地面に突き刺す。


「敵将よ、自信と自惚れの違いがわかるか? 敵を知り己を知ればそれは自信だ。一方、敵を知らずして嘲笑するのは自惚れだ」


 エルヒンはそう言って持っていた剣を投げ捨てた。そして、手を広げると白い光が発生して彼の手に1本の剣が召喚された。


 すぐにエルヒンは召喚した剣をエレンテに向かって投げつけた。

 地響きの効果が消えて、重剣を地面から抜いたエレンテが眉間にしわを寄せる。


「ふざけやがって……。無駄口を叩くな!」


 だが、破砕は速かった。

 あまりの速さに驚いたエレンテは重剣で破砕を阻止しようとした。

 しかし、そもそも彼の武力は92。

 スキルを使えば瞬間的に94まで上がるといった程度の武力は[破砕]の敵ではなかった。

 敵の油断と自惚れは、今この瞬間に誘引戦術の成功という贈り物を与えてくれたのだ!

 その結果。

 破砕に触れた重剣はまるでガラスが割れるかの如く粉々に砕け散り、大通連はそのまま勢いを落とすことなくエレンテの胸を貫いてしまった。


「ぐあはっ!」


 心臓を突き抜かれたエレンテの巨体は、


 バタッ!


 断末魔と共に倒れてしまった。

 それも一瞬の出来事。

 ユラシアとロゼルンの兵士たちも。

 そして、フィハトリとルナンの援軍も。

 勢いよく前進していたブリジト王国軍も。

 全員が驚愕してあんぐりと口を開けた。

 それだけエレンテはブリジトで有名な武将だった。

 エルヒンは大したことないというように歩いて行くと地面に突き刺さった大通連を抜く。


「お前たちの隊長は死んだ。それでも戦いを続けるならかかってこい。受けて立つ!」


 エルヒンはそう言って敵中に飛び込んでいった。

1000人の鉄騎隊は地響きによって200人も残っていなかった。

エルヒンが大通連で武力94の攻撃コマンドを乱発するとその数は急激に減り始める。


「フィハトリ、何をしている! 敵が混乱に陥った今だ!」


 その様子をただ呆然と見守っていたフィハトリは、エルヒンのその叫びで我に返っては兵士たちに命令を出した。


「たた、直ちに攻撃せよ。敵は混乱している。我われが有利だ。全員突撃!」

「うぉおおおおおおおおっ!」


 エルヒンの武力で自信がついたルナンの援軍は歓声を上げながら敵めがけて突進した。


「……っ、私たちも行きましょう。ここは私たちの王都です。援軍だけに任せるわけにはいきませんっ!」


 体は疲れ果てていたが、ユラシアは足元をふらつかせながらも戦いに合流した。

 王都に進撃してきた約1万の兵士は混乱のあまり慌てふためき出した。


「退却だ。くそっ、隊長が死んだ。退却するのだ!」


 混乱に陥ったこのような状況では退却するという基本兵法を思い出したブリジトの指揮官がそのように叫んだ。しかし、それによってエレンテの死が後方の兵士たちにも伝わり、ブリジト王国軍はますます混乱に陥ってしまった。


 *


 ジントは弓兵と騎兵隊を率いて西門から出ると南門へ移動した。

 そして、一緒に来ていたフィハトリの部下ヨルレン子爵に聞いた。


「鶴翼の陣とは、いったい何だ?」

「鶴翼の陣ですか? そうですね、南門に対して半円形に翼を広げたような陣形を整えることを言います!」


 彼がジントについて知っているのはエルヒンの家臣であるということだけだった。

さらに、ジントはエルヒンにもため口をきいていたため思わずそのように答えた。


「難しくてよくわからねえや。とにかく、その陣を敷け!」

「難しいことはありません。陣法の中では簡単な方です」


 ヨルレン子爵はそのように答えて兵士たちに命令を出した。


「よし。今から城外に出ようとする敵軍に矢を浴びせる!」

「なんと? 王都を陥落させる勢いの敵がすぐに出てくるでしょうか?」


 ヨルレンの質問にジントは少し考える素振りを見せると答えた。


「さあな。俺はただ、やれと言われたらやるだけだ」


 それが死ねという命令でも。

 ジントはそう思いながら剣を手に持った。

 しばらくして、驚くべきことに本当にブリジト王国軍が城を出ようとし始めた。

エルヒンが援軍の弓兵を一人残らずここへ送ったのはまさにこのためだった。


「本当に敵が出てきます!」


 ヨルレン子爵が信じられないという顔で叫んだ。


「それじゃあ、矢を放たないとな」


 ジントの合図と同時に城門を出てくるブリジト王国軍に向かって雨あられの如く大量の矢が降り注いだ。


「うあっ、押すな。矢だ!」


 ブリジト王国軍は矢を見ても城内に引き返すことはできなかった。いっそのこと城内で戦った方がましだったが、隊長を失って混乱に陥ったブリジトの指揮官たちが一斉に退却命令を出したことで、それが最悪の結果として返ってきたのだった。

 王都内ではさっさと退却するよう促していて外に出てくると待っているのは大量の矢。

そんな地獄が生み出されていたのだから。


「矢を射終わったらそのまま陣形を保て。その状態で走ってくる敵を斬れ。逃がすな!」


 ジントはそう言いながら先頭に立って剣を抜いた。

 戦鬼の登場だった。


 *


 王都は血の海となった。

 仕方のないことだ。2万の残兵をこのまま帰せばこの戦争は果てしなく長引く。

 俺は戦争を長引かせないためにこの機会を利用する必要があった。

 訓練の足りていない兵力ではあるが、敵を大混乱に陥れてから退路まで塞いでしまえば、当然我が軍が有利となる。


 中央広場では城郭という地物を使って退路を塞ぐことができた。

 だが、城外でエレンテを殺していれば敵軍は広大な平地へ逃げることになる。

 その差はかなり大きい。

 それに、この戦闘において一番重要だったのはロゼルンの士気。

 それは今もなお90を維持していた。

 兵士たちの前で疲れ果てた身を投じて戦った王女。

彼女が生きている限りこの士気は保たれるだろう。


 ユラシアを一人で敵と戦わせるのは士気のための苦肉の策だったが、結果的に敵まで殲滅できたから、彼女の犠牲はこの上なく貴重だった。

 勝利の果てに俺はルナンの援軍に向かって叫んだ。


「これは確かに他国の戦争だ。だが、ロゼルンが負ければ、その次はまさにルナンの南部領地が戦場となるだろう。ルナンの南部領地はどんな場所だ? そう、君たちの家がある場所だ。ここで勝てば戦場がルナンまで拡大せずにすむ。だから、この戦争は君たちの戦争でもあるのだ。俺に従うんだ。俺の言う通りにさえすれば少ない死傷者で大きな栄光を手にすることができる! そして、俺たちが戦いに勝ってブリジトの土地まで進軍する日! 陛下は君たちに大きな褒美を与えてくれることだろう。農業を営んで大変な思いをしながら暮らす必要がないくらいの大金を得ることができるはずだ!」


 他国の戦争に来ている援軍に必要なもの。

 それは動機付けだ。

 だから、俺の力を見せつけて大勝を収めたこの瞬間こそが、援軍の士気を高められる絶好のチャンスだった。


「うぉおおおおおおおおおお!」


 俺の話が終わると援軍の喚声が響き渡って、


[士気が80になりました]


 援軍の士気も嘘のように急上昇した。


 おそらくもっと強い武将もいる。その中に破砕が通用しない無力を持っている武将がいたり、A級武将が2人以上いれば、[破砕]だけでは絶対に勝てない。

 ここからが戦略戦となるだろう。

 幸いにもユラシアの奮闘で士気を得たためその準備は終えたのだった。


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