第47話
「おい、何だよ。少しは楽しませてくれると思ったのに。たったその程度か?」
がっかりしたような口調でユラシアに向かって重剣を構えるエレンテ。
地面を転がりすぎて傷だらけのユラシアだったが、ふらつきながらも立ち上がった。
ロッセードはマナをスキルで具現してくれる宝物だ。
A級マナの使用者でなくとも青いマナを放出できるが、その放出されるマナはあくまでも使用者が蓄積したマナ。結局、それが全部消費されると力を出すことはできなかった。
負傷すること。
それは仕方がない。
ロゼルンの兵士を糾合するためには彼女の奮闘が必須だった。
だから、血を流すことはやむを得ないため俺はただ傍観していた。
それでも死なせる気はない。
負傷までが最低ライン!
スキルを使っていつでも彼女を守れるよう準備しておきながら戦いを眺めていた。
彼女はもう限界のようだからロゼルンの兵士に向かって叫んだ。
「ロゼルンの兵士たちよ! 君たちは王女のあの姿を見て何も感じないのか!」
全員がユラシアの姿をその目に収めた今、重要なのは引き金だった。
あの凄絶な姿に誰も反応しないようならロゼルンは本当に救いようがない。
そうなれば諦めてエイントリアンに帰った方がましだ。
引き金を引いて、俺はひとまずユラシアのもとに駆けつけた。
すると。
変化が起こった!
「くそっ、俺も行く!」
「俺も!」
「王女殿下はいつも俺たちのことを気遣ってくださったよな。貴族たちにやられた時も助けてくれたのは王女殿下だけだった!」
「そうだな! それに、殿下は通りすがりに倒れていた見知らぬ婆さんの面倒まで見てあげてたっけ。ちくしょー。ブリジトのやつらめ!」
結局、王国軍の兵士たちが一人二人と剣を抜いた。戦う意思がなく死んでいた彼らの目の色が変わり始めたのだ。
「殿下をお救いするのだ!」
「殿下をお守りしろ!」
ロゼルンの兵士たちが先を争って飛び出していく。
その数が次第に増えていくとその意欲は伝染し始めた。
そう。
これが群集心理。
このような群集心理は一度生まれると一瞬にして広がるもの!
一斉に駆けつけた兵士たちが、
「殿下を保護するのだ!」
身を挺して重剣の前に飛び出した。
あの死んだ目をして何もできずにいた兵士たちとは思えないほどの勢いで、ユラシアの前に身を投げ出し始めたのだ。
[ロゼルン王国軍]
[兵力:5700人]
[士気:99]
[訓練度:20]
そして、その瞬間。
わずか3だった士気が99まで跳ね上がった。
おかげでユラシアに向かっていたエレンテの一撃がロゼルンの兵士数十人に降り注ぎ、肉弾防御によってユラシアは無事だった。
もちろん、士気が上がっただけで訓練度に変化はない。
歯を食いしばって戦うも敵は精鋭兵。
こうして何の戦略もなく平地で戦ったところで敗北するだけだった。
この士気さえ維持できればあらゆる戦略を用いることができる。
城郭を挟んだ作戦の遂行が可能になるということ。
そのために士気は必要不可欠なものであって、今それを得た!
彼女が兵士たちを覚醒させた。
身を捧げて兵士たちを覚醒させたのだ。
ジントが見事な攻撃力で目の前の敵を一掃して俺を王女のもとへ導いた。
兵士たちが阻止しなければスキルを使って彼女を助けるつもりだった。
だが、その必要はなくなった。
ロゼルンの兵士たちが躊躇なくユラシアの盾となったからだ。
「殿下、もう十分です。逃げましょう!」
彼女を先に馬に乗せて前には俺が乗った。彼女ひとりで騎乗できそうにもなかったから。
「え? 逃げるのか?」
ジントがきょとんとした顔で聞いた。
俺はおとなしくついて来るよう彼を顎で使ってユラシアに言った。
「こんなところで勢いにまかせてあの大男を相手するのは愚かな真似です。幸いにも殿下が時間を稼いでいる間に捕虜にされていた領民のほとんどが王都に入りました!」
士気を高めるという目標は達成した。だからこそ、今は逃げなければならない。
「待ってください、それなら!」
ユラシアは何かを一つ一つ取り出すと敵に向かって投げつけた。
その瞬間、強力な光が前方に拡散される。まるで閃光弾のような効果だった。
「みなさん、今のうちに王都に退却しましょう!」
ユラシアが戦い始めた兵士に向かってそのように叫ぶとすぐに退却が始まった。
どうやら彼女はいくつか宝具を持っているようだった。
おかげで少しは引き離せたが、当然ながら敵は閃光が消えるなり追いかけてくる。
「……くそっ、まぶしすぎる! すぐに後を追え! 後方にいる鉄騎隊を呼ぶのだ! このまま城門へと押し入るぞ!」
後ろから命令を下すエレンテの声も聞こえてきた。
「あの男をご存じで? 粗暴なやつでしたが」
システムで名前と能力は把握しているがそれ以上は知らない。
そこで、聞いてみるとすぐに答えが返ってきた。
「あの者は重剣のエレンテ。ブリジトの三剣士の一人です」
「三剣士? あんなやつが3人も? その中で一番強いのがあいつですか?」
「いいえ。噂では快剣という者が一番強いとか……」
やはり彼女は彼をとても強い武将と評していた。
これが武力90を超える武将が一人もいないロゼルンの現実だ。
だが、エレンテは何の問題にもならない。
ブリジトの王は捕虜を利用して困らせるためだけに彼らを送り込んだはず。
ロゼルンはもちろん、ブリジトもこの王都に彼よりも強い武将がいるとは想定外だろう。
その自惚れが生んだこの状況。
それゆえに、この機会は絶対に逃すことができなかった。
だから、退却だ!
「それより、大丈夫でしょうか? 引き離すことはできましたが……。このままでは城門を突破されてしまうかも……」
俺の腰に両腕をまわしてしっかりつかまった彼女は後ろを振り返ったのかそう質問した。
彼女が鉄騎隊1000人を倒したが、依然として1万9000人の兵力が残っている。
心配になって当然だ。
「ひとまず城門へ!」
俺は彼女を後ろに乗せたまま王都の城門を通過した。
*
「あいつは重剣のエレンテだ! 自信満々だったあの男の逃げる姿を見ろ! プッハッハハハハ! いい気味だ!」
城郭の上でベラックが笑い出す。
しかし、フィハトリはそれが正しい選択だと思った。
負けることがわかっている相手と戦う必要はない。
マナを使ったということ自体がA級武将ということ。
それなら王女や総大将に勝算はないというのがフィハトリの判断。
「時間を稼げるよう弓兵は敵を狙え!」
それでも自分たちの総大将。フィハトリは援護するために弓兵を準備した。
「キキキッ、そうさ。ロゼルンは滅びて当然だ」
ベラックは邪悪な笑みを浮かべて一人呟いた。
*
城門に入るなり俺はユラシアを下ろした。ユラシアは少し足を引きずっていたが、それでもわずかにマナの力が残っているのか歩けるようではあった。
「兵士たちが全員戻り次第すぐに門を閉めるのだ!」
城郭の上からフィハトリが弓矢で援護していた。
だが、問題は鉄騎隊だった。
ドドドドドドドドドッ!
エレンテと共に現れたのは全員歩兵だ。2万の兵力の中に鉄騎隊の部隊は二つあった。一つはユラシアが全滅させたが、後方にいたもう一つの部隊がもの凄い速さで進撃してきていた。あとは歩兵だから速くはない。
だから、あの鉄騎兵が問題だ。
歩兵の我が軍よりも速かったのだ。
「フィハトリ!」
俺は城郭の上にいる彼を呼んだ。
「援護はいいからすぐに弓兵2000と騎兵3000をジントに引き渡してくれ。ジント、君は彼らを率いて南門ではなく西門から出るんだ。すぐに西門は閉める。前に話した作戦の通りだ。そして、フィハトリ! 君は残りの援軍2万5000を率いて俺について来い。中央広場へ向かう!」
フィハトリとジントにそれぞれ命令を出した後、ユラシアに聞いた。
「殿下、ここからが問題です。鉄騎隊は矢を恐れていません。あの速さだとまだ戻っていない我が軍の歩兵よりも先に城門を突破するでしょう。入ってきた鉄騎隊が城門を守ることになれば、敵の残りの兵力も難無く王都に入れてしまいます。それを阻止するには、今すぐ城門を閉めるしかありません!」
「それは……!」
ユラシアはすぐに答えられずに言葉を濁した。だが、とっさに首を横に振る。
「私の代わりに身を挺してエレンテに立ち向かった兵士たちです! 間に合わなかったからと見捨てた後で彼らの心をもう一度動かすことは不可能でしょう。ここには、あなたの言うようにロゼルンの士気がかかっているのです!」
それが正解だった。士気のためなら。
「まだ平気です。私が城門の前で鉄騎隊を相手します。死んでも持ちこたえてみせます!」
「その必要はありません。失礼ながら冷静な判断では、殿下の残りわずかとなったマナで鉄騎隊1000人を相手するのは無理です。もしや、まだ他にも宝具が?」
そう、マナの回復には時間がかかる。今の彼女は兵士くらいにしか戦えない状態だった。動く度に傷も痛むだろうから。傷口からは今もなお出血していた。
「いえ、今はありません」
王女は唇を噛みしめながら首を横に振った。
「では、その方法は使えません。中央広場へ行きます。まだ戻っていない兵士のために門は開けたまま、殿下も復帰した兵士と南門の守備兵を率いて中央広場へ来てください!」
俺はそこまで言って背を向けた。
正直、冷静かつ勝利のための判断はこの状況で城門を閉めてあとの兵士は諦めること。
しかし、今一番重要なのは士気だ。
ここで間に合わなかった兵士を見捨てれば士気にいい影響を及ぼすはずはなかった。
王女の思いはロゼルンの兵士に大きな効果をもたらしていたから。
彼らのためにまたひとり城門で戦うというその気持ちが。
城外でエレンテを殺すことならいくらでもできた。
だが、そうなるとエレンテしか殺せない。
指揮官を失っての動揺はあってもよく訓練された兵士たちだ。追撃すれば、むしろ反撃にあう可能性の方が大きかった。平地での追撃戦は訓練度の低い我が軍には不利である。
さらに、それでは城を空けることになる。
もし他の部隊がいた場合にそれは最悪の選択となるのだ。
追撃で全滅を狙えなければ他の方法でそれを狙わなくてはならない。
*
ナルヤ戦で優れた戦略を用いたのは事実だ。
しかし、今回の作戦は理解できなかった。
敵将の強さに逃げたのは仕方ないが城門を開けて逃げるだなんて。
ユラシアは援軍の助力があれば鉄騎隊が入ってきても南門で奮闘できると思った。
全力を尽くせば、我が軍の兵士たちを全員復帰させられると思っていたのだ。
これは最悪の選択となった。
私の過大評価だったのだろうか?
ユラシアはそんなことを考えながら歯を食いしばった。
彼はすでに行ってしまった。
こんな状況で各個撃破されるのは最悪である。
だから、ロゼルンの兵士を援軍と合流させる必要があった。
彼の言う通り、今の自分はマナを放出できない状態。
宝具も使い果たした。
その瞬間、鉄騎隊が目前に迫ってきていた。彼らはロゼルンへ戻っていく兵士には関心もなく、南門を突破するという執念だけで走っていたのだった。
「仕方ありませんね。中央広場に向かいます!」
彼女は仕方なくそのように命令を下したのだった。
*
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