第46話


 *


「陛下、あとはここロナフ。そして、ベイジェンさえ占領すれば王都です!」

「ククッ。もう目の前ではないか!」


 ブリジトの王、バウトールは順調な状況にうなずいた。


「そろそろ王都にルナンの援軍が到着する頃か?」


 バウトールの質問にブリジトの参謀イセンバハンが答えた。


「左様でございます!」


 バウトールはしばし顎を撫でると隣にいた三剣士のうち重剣のエレンテを呼んだ。


「我はロナフとベイジェンを占領してから王都に向かう。君は迂回して先に王都へ行くのだ。我が到着するまで攻城戦は禁ずる。駐屯した状態で徹底的に苦しめるのだ!」

「かしこまりました、陛下!」


 エレンテが答えると、バウトールは満足げな顔で兵士たちに視線を移した。


「クククッ。兵士たちよ、心配するでない! 残り二つの領地では好きなだけ殺して、好きなだけ強姦するがいい。抵抗しようが降伏しようが、そんなことは関係ない。王都での決戦に備えて思いっきり楽しむのだ! クククッ、クッハハハハ!」


 ルナンの援軍はわずか3万。やはり、ルナンに余力はなかった。恐れるに足りないたった3万の兵力。この戦争の勝利を確信したバウトールが叫んだ。


 *


 王都の前。

 都市を取り囲む高い城郭の外に黄色の軍服が見え始めた。

 予想よりも随分と早かった。

 まだ、何も準備できていないのだから。

 士気は相変わらず最悪。

 王都に来て1日しか経っていないから当然のこと。


[ブリジト王国軍]

[兵力:2万人]

[士気:90]

[訓練度:80]


 現れた敵軍の数は2万。

 見たところ、どうやら先鋒隊のようだった。

主力部隊はまだ他の領地を占領しているという意味だろう。


 問題はわずか8に過ぎない士気だ。

 それだけか、先鋒隊が現れただけでロゼルンの兵士たちは大混乱に陥っていた。

 城門がすべて閉ざされたことで脱営できずにいるだけ。

敵が現れるなり士気はさらにどん底まで落ちていった。


 先鋒隊を先に送り込んだ狙いがこの混乱だとすれば、その作戦は十分通用していた。

 さらに、敵は攻城戦を仕掛けてくる気はなさそうだった。城に攻め込まず、ただ圧迫しながら時間を過ごすだけ。


「敵が、敵が押し寄せて来ます!」


 そんな中、城壁の上から驚愕の知らせが入ってきた。


「あ、あれは……! ロゼルンの国民です!」


 ユラシアが驚きの声を上げた。

 彼女が言うように押し寄せて来るのは捕虜となったロゼルンの国民であった。

ブリジトは人々を解き放ち一番後ろから追い立てるようにして殺していた。

 つまり、遅れをとれば死ぬということ。

 生きるために必死で城郭へ駆けつけてくる人々。

 周りが転んで踏み殺され、押しのけられて死んでいく中、前だけを見て走るのだった。


「た、助けてくれ!」

「助けてください!」

「城門を開けろ!」


 何とか城門の前まで辿り着いたが門は開かなかった。

そうするほどに、騎兵隊は楽しそうに人々を殺していく。

 この状態で門を開けたら騎兵隊まで中へ入ってきてしまう。

 だから、門を開けることはできなかった。

 しかし、このままでは目の前で敵軍に翻弄される自国民の姿をただ見守ることになる。

 つまり、士気はさらに下がるはず。

 卑劣なやり方だがロゼルンを苦しめるにはかなり効果的だった。

 城門を開けようが開けまいがロゼルンはこのまま崩壊するだろう。


 怒りに震えながらその姿を見守っていた王女は歯を食いしばると城門に駆け下りた。


「今すぐ門を開けるのです! あなた方の目には助けてくれと絶叫する自国民の姿が見えないのですか!」


 ユラシアが門番に向かって叫んだ。ところが、ベラックが彼女の行く手を遮る。門番を蹴飛ばしては城門の前に立ちはだかったのだ。


「絶対に門を開けてはいけません。取るに足らない命のために王都を危険に陥れるというのですか? いくら殿下でもそうはいきません!」


 ユラシアはすぐにベラックを蹴り飛ばし激怒した顔で声を荒げた。


「お黙りなさい! 国民が目の前で死んでいくのを放っておきながら、家族と国のために戦ってくれと必死に叫んでみたところで、何の意味があるというのですか! 彼らもロゼルンの家族であり国民です!」


 ユラシアはそう叫んで剣を抜いた。


「すぐに門を開けるのです!」


 門番たちがあたふたと門を開けると、同時に外からは人がなだれこんできた。

 馬に乗ったユラシアがその前へ駆けつけると人々はその馬の速さに驚いて脇に退ける。


「殿下のお言葉が聞こえぬか! 参るぞ、兵士たちよ!」


 睨みつけるベラックを無視して王国軍の参謀カイテンがそのように叫んだ。


「フィハトリ!」


 俺も後に続くつもりでひとまず援軍の副大将フィハトリ伯爵を呼んだ。ローネン公爵の家臣でもある彼だが今は信じるしかない。とにかく、ローネン公爵とは同じ運命をたどるわけだから、少なくともベラックよりは信頼できた。


「王女のもとに向かう。援軍は王都に残れ。騎兵隊が城門に近づいてきたら門を閉めろ!」


 王都内にいる兵士は援軍の数が圧倒的に多い。

 援軍が王都を掌握しているということ。

 つまり、援軍が王都にいる限り、ベラックが勝手に門を閉めることはできなかった。


「総大将! こんな罠に一人で立ち向かわれるなんて自ら死を招くことになりかねます! 絶対にそれはなりません!」


 フィハトリが驚いた顔で俺を止めた。こいつは俺の武力をまったく知らない。戦略を上手く駆使するということを知っているだけ。だが、それを説明している時間はなかった。


「フィハトリ! これは命令だ!」


 そこで、俺が強圧的に出ると、フィハトリは仕方なさげに後ろに下がった。


「さっき俺が言ったことを肝に銘じるように! 200m以内に敵が接近しなければ、城門は開けておけということだ、いいな! あのベラックの好きにさせるな!」

「承知いたしました。ただ、援軍は総大将に万が一のことがあればすぐに退却します」


 俺が死ねばロゼルンを助ける意味はなくなるということ。

 まあ、当然のことだった。

 死ぬつもりなど毛頭ないため俺はうなずいてジントと共に城外へ走り出した。


 王女が飛び出して行ったこと。

 最悪の行動ではあったが、これは同時にチャンスでもあった。

 国民を守ろうとする彼女の行動でロゼルンの兵士を動かすことさえできれば!

 だから、彼女の奮闘を信じるだけ。

 ロゼルンの士気を上げることができるのは彼女しかいないから。


 *


彼女は英雄だった。

王都よりもっと手前の領地で彼女は兵士たちと共に戦った。

いつも先立って剣を振り回したのだった。


 しかし、ゲームではない今は状況が少し違った。

 彼女が援軍を要請するためにルナン王国を訪れたことで、ロゼルンの戦線はまったく踏ん張れずに王都まで押されてしまったのだ。

 完全にゲームと逆になった現実。

 だが、彼女という存在は変わっていない。

 だから、兵士たちの心を糾合できるはず!


 自国民が城内に入る時間を稼ぐためにユラシアは騎兵隊の前まで馬を走らせた。

 彼女が目の前にした騎兵隊。

 実は、この騎兵隊はブリジトの兵科の中でも特別だった。

 ブリジトには鉄鉱山がたくさんある。

 そのため、ブリジトの騎兵隊は鋼鉄の鎧で武装した鉄騎隊だった。

 平地の戦闘では圧倒的強さを誇る突撃部隊!

 ゲームの歴史でナルヤの王に倒れたが、それは相手を間違えただけ。

 他国を先に攻めていればゲームの歴史でもっと大きな活躍をしていたかもしれなかった。


 その鉄騎隊を阻止したのはユラシアただ一人だった!


「城門が開いた。進撃せよ!」


 鉄騎隊の隊長がそう叫ぶと突撃陣形が整えられた。

 すると、仕方なくついてきたロゼルンの兵士たちは一斉に怖気づいてしまった。


「ヒィィイイイッ!」


 急ブレーキをかけたように止まるどころか後ろに下がり始める兵士たち。

 さらには、閉ざされた城門の外に出たのをいいことに逃げ出す兵士もいた。

 逃げなかった兵士は体をぶるぶると震わせるだけ。


 後に続いていたカイテンはろくに戦いもせず馬から落ちてしまった。

 彼は参謀。武力数値は限りなく低かった。

 だから、結果的に戦うのはユラシアただ一人だった。

 5000人の兵士がどさくさ紛れに城外に出たが、逃げるか後ろに下がって見守るだけ。

 誰も戦おうとしなかった。


 だが、ユラシアは何も言わなかった。ただ一人で剣を手に鉄騎隊に向かって突撃した。

 彼女が剣を振り回すと青いマナがすれ違う鉄騎兵の胸を貫いた。

 10人の鉄騎兵が同時に攻撃を仕掛けたが、彼女の剣から放出される紺青のマナの旋風によって一人残らず胸を突き抜かれてしまった。


 青いマナ!


[ロッセード]

[ロゼルン王家に代々伝わる宝剣]

[振り回す度に使用者のマナをスキルのように具現して放出してくれる宝剣。マナの数値が大きいほど高い効果を得られる]

[武力 +3]


 鞘からしてただならぬ細工だと思ったがやはり宝物だった。

 ロッセードで青いマナを放出したユラシアは鋼鉄の鎧で武装した鉄騎隊を次々と倒した。

 その度に鉄騎兵の血がユラシアの体を濡らす。

 全身を血で染めながらもユラシアは敵を斬り続けた。

 彼女を見下していた鉄騎隊の隊長は、20人ほどの兵士が死んだ後になってようやく我に返ったように叫んだ。


「何をしている! 相手はたった一人だぞ!」


 ユラシアをめがけて一斉に突撃してくる鉄騎隊。

彼女はものともせずに前進しながら鉄騎隊をマナで倒し続けた。

 前進するほど敵の数は増えていったが彼女はそれでも敵を倒しながら前へ進んだ。

 ユラシアが通った場所には鉄騎隊の死体と主を失って暴れる馬が存在するだけ。


「馬から攻撃しろ!」


 ユラシアに向かって突撃していた鉄騎隊の隊長がそのように叫ぶと、いつの間にか彼女の後ろを掌握していた鉄騎隊が彼女の前後に立ちふさがった。

 やはり兵力差が大きすぎて結局は周囲を包囲されてしまったのだった。


 そして、すぐに。


「ヒィーンッ!」


 彼女の馬が敵の槍に貫かれた。

 その槍を振り回した兵士はユラシアが斬り倒したが、彼女はその直後に馬から落下した。

王女が地面を転がる。

 しかし、彼女はふらつきながらもすぐに立ち上がり鉄騎隊に向かって剣を構えた。

 落ちた拍子に切れたのか額からは血が流れていた。


 彼女は自分の体など気にも留めずまたもや鉄騎隊に向かって剣を振り回した。だが、すでに包囲されてしまったことが問題だった。前にいる鉄騎隊はロッセードを振り回す度に数十人ずつ倒れていったが、後ろの敵に背を向けた状態になってしまったのだ。

 ユラシアは後ろから攻撃された。もちろん、マナの力を使っているため、鉄騎隊の兵士よりも圧倒的に高い武力でその攻撃を避けることはできた。だが、どんなに避けても果てしなく敵で、結局、鉄騎兵の剣が背中をかすめたのだ。


 背中からは血が噴き出て、彼女の顔は苦痛に歪んだ。

 しかし、それでも彼女が座り込むことはなかった。

 ロッセードを地面に刺すと首からペンダントをはずして目を閉じる。

 すると、ロッセードが刺さった地面の上に巨大なマナの陣が現れた。

 その巨大なマナの陣は白く光り出すと彼女の周りに巨大な爆発を起こした。


 ボーンッ!


 爆発が爆発を呼んで連鎖した白い光の爆発は鉄騎隊を全員飲み込んでしまった。

巨大な爆発音の後に残ったのは彼女だけ。

 彼女を包囲していた鉄騎隊は全員消えてしまったのだった。


 宝具!

 白いマナの陣はどうやら宝具の力のようだった。フランと戦う時もこんなことがあった。

 力を使い果たしたというように何とかロッセードで体を支えるユラシアのもとへ、傍観していたブリジトの歩兵隊が押し寄せてきた。

 その歩兵を率いてどすどすと歩いてくる巨体の男。

 自分の背丈ほどの大剣を持つ彼が笑い出した。


「すばらしい。見事だ。ロゼルンにこんな女がいたとはな。まあいい。今度はこの俺様が直接相手してやろう!」


[モディデフ・エランテ]

[年齢:41]

[武力:92]

[知力:31]

[指揮:71]


 現れた男の武力は92。

 自分のことを俺様と呼んでいるくらいだから力には絶対的な自信があるようだった。

 彼の登場でユラシアの表情が急激に暗くなったくらいだから。

 92なら強いのは事実だ。しかし、こうして当惑するほどでもなかった。


 エランテはユラシアに向かってすぐに重剣を振り回した。

 ユラシアがロッセードを抜いて急いで切り返したが青いマナは重剣に敵わなかった。

 そして、その振り回された重剣から発生した強力なマナの剣圧により、彼女は後ろの方へ弾き飛ばされてしまったのだった。

 彼女の武力はロッセードを使った状態でちょうど90。

 そして、エレンテは今使ったスキルで武力が94まで上がった。マナスキルだろう。

 負けるのは当然のこと。

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