第45話
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連日の悲報と加重する混乱の中、久しぶりにロゼルンの王宮へ朗報が届いた。
まさに援軍の知らせである。
ユダンテは大喜びでユラシアからの手紙を広げた。
そして、何行か読むと嬉しそうに叫んだ。
「喜ぶがいい! ルナンから援軍が来るぞ!」
それを聞いた貴族たちがざわつき出した。
「それは本当ですか!」
「おぉ! それなら!」
しかし、手紙を読み進める王の表情が一変する。表情が明るさを失ったのだ。
「だが……。援軍の数は……。たったの3万だ……」
その言葉に王宮の空気は一瞬にして凍りついた。
王国軍の総大将ベラックが眉間にしわを寄せながら聞いた。
「陛下、数が間違っているのでは? そんな数では絶対に勝てません。この間の戦争でナルヤの7万軍を阻止したルナンの総兵力は10万でした。いったい、3万の兵力でどう戦えと……!」
「だ、だが、その指揮官がナルヤ王国を撃退したという、あのエイントリアン伯爵だとか。だ、だから……。何とか……!」
王のその言葉はもう貴族たちの耳には聞こえていなかった。
彼らには援軍の数だけが重要だったから。
援軍の要請を提案したルシェイク公爵までもが話にならないと首を横に振る。
それでも3万の兵力が合流するし戦ってみようという主張は見られない状況。
援軍を信じて王都に残った貴族の頭にも第三国に逃げるという選択肢が浮かんだ瞬間。
ベラックも顔をしかめて王宮を後にした。
わずか3万の兵力でどう戦うというのか。
ロゼルンの王国軍も脱営がひどく綱紀が乱れた状態で、残った兵力は1万ほどだった。
戦う意思のない1万の兵力と3万の援軍。
一方、敵は6万の精鋭兵だ。
それだけか、降伏したロゼルン各地の領地軍を吸収して矢の盾となる奴隷兵も得ていた。
つまり、既存の兵力に2万の奴隷兵が加わって総兵力は8万を越えている。
3万では敵うわけがない。
王国軍の士気と訓練度をよく知るベラックは勝ち目のない戦いであるとの結論を下した。
だが、隣にいた麾下参謀カイテンの考えは違った。
「総大将! 戦ってみるだけのことはあるかと。3万という兵力であれ、あのエイントリアン伯爵がいるなら、何とかこの王都は、王都だけは守れ……」
「黙れ! それでも兵士の数は変わらない!」
「ですが、もっと大きな戦争を勝利に導いた将軍なら……」
「フッ、その話も誇張されたものだろう。噂とはそういうものだ。それに、今の状況では地形も利用できない。王都の前に広がる平地で戦うことになる。いったい、どんな戦略があるというのだ!」
「そんな考えではいけません。すでに降伏した領主たちも間違っています。降伏することばかり考えているから国がこんな状況に……。今からでも気を取り直して真剣に戦うことを考えるべきです!」
「黙らんか! わかったような口を聞くな!」
カイテンの言葉にベラックはむしろ激しく腹を立てた。
*
南部の領地でルナン王国軍と合流した。
訓練度は30。
士気も30。
ひどい数値の部隊だった。
指揮官には2人の伯爵と5人の子爵、そして10人の男爵が配置された。
これはローネンの思惑だった。子爵と男爵は各領地から兵士を率いてきた地方の貴族だが、伯爵はローネンが送りこんだ家臣。
つまり、監視役ということだろう。
援軍には急遽ジントを合流させた。
他の家臣は呼ばなかった。領地内の軍事訓練で大忙しだろう。
他国の戦争だからジントひとりで十分だった。
問題は王が差し向けてくれた援軍がたったの3万ということ。
王はとりあえず3万で戦っていれば追って充員してやると説明した。
冗談じゃない。話が違う。
つまり、まずは3万の兵力で何か可能性を作れということだった。
ブリジトの王を殺すというような可能性を。
まあ、あの王だ。
気が変わらないうちに3万という兵力を差し向けてくれただけいい。
とにかく、何の邪魔も入ることなくロゼルンの王都に到着した。
そのまま王宮に直行してロゼルンの王に謁見した。
王はやはり幼かった。中学生くらいの年頃か。
「陛下、援軍を連れて参りました! こちらが援軍の総大将エイントリアン伯爵です」
跪いて俺を紹介するユラシアの隣に俺も跪いた。
「そ、そうか! あのエイントリアン伯爵とは、まさにそなたのことか!」
「その言葉にどういった意味が込められているのかは存じませんが、そのエイントリアン伯爵とは間違いなくこの私です」
俺が首を縦に振ると、王は切実な顔で改めて質問した。
「それでは聞こう。ルナンからの援軍が3万というのは本当か……? もしや、後からさらに充員されるなんていうことは?」
その質問に貴族たちは同時に俺を見た。
兵士の数に不満があるようだった。
つまり、少ないということだろう。
まあ、それは認める。確かに多くはない。
だが、それでも最悪までとはいかない。何とか戦える数値だった。
「この3万が全部です」
「そんな……。たった3万の兵力では敵を阻止できないのでは……?」
王の言葉に貴族たちが全員うなずく。
すると、ユラシアが王に向かって首を横に振った。
「陛下、その3万ですら簡単に手に入った兵力ではありません。それに、3万の兵力なら十分に戦えます。ご心配なく。ロゼルンの名にかけて必ず王都を守り抜いてみせます!」
もう我慢ならないというように、黙って聞いていたユラシアが叫んだ。
「私も十分に戦えると思います!」
正論だったから俺も彼女に同調した。
しかし、貴族たちはため息をつくだけ。
全員がすでに負け顔をしていた。
*
王都の城郭の上。
もうすぐ激戦地となるこの場所で総大将ベラックに聞いた。
「王国軍の状況はどうでしょう?」
もちろん、システムで見ればわかることだが、とりあえず聞いておく必要があった。
説明をする前から俺が知っていたらおかしいから。
「王国軍は1万です。各領地から兵力が集まるべきところ、みんな降伏して逃げてしまったので、王都の基本守備兵しかいない状況です」
「待ってください。ほとんどの領地が戦いもせずに降伏を?」
聞いていたユラシアが割って入ると、ベラックは強くうなずきながら言った。
「そういうことです。殿下、これが現実です」
つまり、王都へ支援に来た領地軍はおらず、1万の守備兵が全部ということ。さらに、まだ侵略されていない王都北部の領地からも支援軍は来ていないようだった。
この部分においては既存の戦略が大きく変わることになる。
援軍を他に回して王国軍だけで守備できる状況ではなかった。
ルナンの王が気まぐれで援軍の準備に手間取っている間、ブリジトの侵攻は破竹の勢いで、状況が一層悪化してしまったのだ。
ブリジトが侵攻する前に来れていれば状況はまったく違ったものを。
まあ、それでも諦めるつもりはない。
「それより、どう戦おうと? 王国軍と援軍を合わせても4万の兵力に過ぎませんが……」
総大将ベラックが俺に向かって聞いた。
「籠城戦を最大限に利用した方がいいでしょう」
ひとまず、基本はこれだ。
しかし、俺の言葉にベラックは失笑を漏らした。
「優秀な策士の戦略がせいぜい籠城戦ですと? ハハッ。それはそれは」
嘲笑して俺に背を向けると勝手に城郭を下りて行ってしまった。
つまり、王国軍の総大将も戦う意思はないということ。
総大将があの調子だ。王国軍の士気がたったの8というのはある意味当然である。
「あなたの言うとおりね」
その姿を見ながらユラシアは沈痛な面持ちで唇を噛んだ。
「ロゼルンがここまで情けない国だとは思いませんでした。みんな、3万の兵力では何の役にも立たないと思っているようです。3万ならそれほど少ない数ではないのに……」
「敵の数が多いからでしょう。特に戦争に慣れていなければそう感じるのはなおさらです」
「でも、3万の援軍がいるといないとでは天と地の差です。必死に抵抗すれば勝てると信じています。みんなが心を一つにすれば何とか!」
まあ、それはそうだ。みんなが心を合わせる必要がある。
つまり、士気を上げなければならなかった。
結局、戦おうという意志を持たせるべきなのは自国の兵士だから。
その国の兵士が逃げることばかり考えていたら、援軍の士気も上がるはずはなかった。
いくら優れた戦略を考えても実行すらできなければ意味がない。
彼女は俺に感謝していた。
3万の援軍すら得られない状況でルナンの王を説得したのは俺だったから。
だから、ルナンで跪いてまで俺に感謝の意を表した。
しかし、そこまでだった。恩人というだけでなく、一緒に戦わなければならないため、仲間意識は持っていたが、俺を完璧に信頼してはいなかった。
彼女に戦略を提示するなり何か能力を見せたことがないから当然だろう。
「ただ、他国の戦争で死んでくれとは言いたくありません。もし……。ロゼルンがこれほど最悪な状況にあることを知らずにルナンの王にあんなことを言ったのなら、今からでもお帰りいただいて構いません。状況が悪化してしまったことは認めます。でも、私は戦います。私が死ぬまではブリジトにこの地を踏ませるつもりはありません!」
彼女は俺を横目で見ながらそう言った。
しかし、俺にそんな選択肢はない。
戦いもせずにどこへ行くというのか。
「そうはいきません。ロゼルンを侵攻したブリジトが次に狙うのは間違いなくルナンでしょう。最後まで一緒に戦います。だから、殿下もその気持ちを忘れないでください。これから何が起ころうと絶対に諦めてはいけません。殿下さえ諦めずに耐えてくださるのなら、私が奇跡を起こしてみせます」
王女はそんな俺に頭を下げて礼を述べた。
「あなたの助けにはとても感謝しています! その助けが切実に必要なロゼルンです 」
そして、俺に背を向けると城壁に手をかけて上から城外を眺めた。
強い風に吹かれて彼女の髪が乱れる。
しばらく沈黙が続いた。
その沈黙を破ったのは彼女が投げかけた質問だった。
「でも、奇跡は……。本当に起きるでしょうか?」
「殿下が私の戦略に従ってくださるなら、必ず奇跡を起こします」
俺の言葉にユラシアは拳を握りしめて叫んだ。
「そのときには、どんな手を使ってでもあなたの恩に報います!」
「恩だなんてそんな。殿下が諦めずに戦ってくだされば奇跡も起こるのですから」
「私は絶対に諦めたりしません!」
「では、必ず奇跡を起こしてみせます」
俺は確信に満ちた声で答えた。
そのためにこの地に来たのだから。
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