第41話

 *


 ミリネとジントの話には後日談がある。

 家を探してあげて数日後、ミリネは突然侍従長を訪ねてきた。


「何でもします。裁縫には自信があって掃除も得意です。働かせてください!」


 その光景を見た俺は彼女とジントを呼び出した。


[ミリネ]

[年齢:21歳]

[武力:5]

[知力:59]

[指揮:10]


 彼女の能力値はこうだ。

 この能力値には興味深い部分があった。

 まともに勉強したこともないのに知力が59。


 武力、知力、指揮、どれも才能と努力が合わさって数値に現れる。


 さらに、システムの数値には才能限界値というものが適用される。限界値が高いほど数値はより高まる。もちろん、限界値が高いからと何の努力もしなければ意味はない。

 この才能限界値にはA級突破というものがあった。

 A級突破の能力を持つ人材は数値が100を超えてS級になれるという意味。

 マナの才能もこれと深く関係していた。


 システムにはこの才能限界値を見れる[スキル]もあった。ただ、潜在能力のある人材まで見分けられるこの[スキル]を使うには3000ポイントが必要となる。

 今のレベルでは無理な話。


 なにしろ、ミリネは知力を高めようと努力したことがないはずだ。

 そうできる環境にはなかっただろうから。

 それでも59という数値なら、そこに努力が合わされば変貌を遂げるかもしれない。

 そんな好奇心が生まれた。


「働きたいとか?」

「はい、領主様!」


 ミリネは俺の前に来るなり平伏した。そして、ジントの腕を引っ張る。

 あなたも早く膝をついて! その行動にはこうした意味が込められていた。


「もうよすんだ。家臣がいちいち平伏すのも見苦しい。それにジントは家臣だ。その夫人となる君も閣下と呼ぶように」

「閣下ですか? そ、それは……」


 恐れ多くもそんなふうには呼べないという顔で目を回して混乱に陥ったミリネ。

 俺はすぐに本題に入った。


「それより、働きたいんだろ?」

「はい。この恩をどうお返しすればいいかわからなくて……。本当に何でもします!」

「どんなにつらい仕事でもできるか?」

「はい!」


 その確言に俺は肩を聳やかせて答えた。


「それなら勉強をしてみないか? まずは……文字から覚えた方がいいな」


 俺の言葉にミリネは10秒ほど目を瞬かせるとジントを見つめた。


「ジントじゃない。あいつはそんなものとはかけ離れたやつだ」


 かけ離れたやつだ。その言葉にミリネが自分自身を指さした。


「私ですか? そ、そんな! とんでもございません! 文字は貴族の方が学ぶものではありませんか!」

「何度も言うが家臣は準貴族だ。本当に領地のために働きたいなら文字を勉強することから始めろ。そうでなければ働かせるつもりはない」


 俺がそう宣言するとミリネは口を開けたまま戸惑いを見せた。


「ですが! 私にできるでしょうか……?」

「それは俺もわからない。努力すれば結果はついてくるだろう。ひとまず、その結果を待つことにしよう」


 そう。本当に見当のつかない部分だった。知力が上昇するか。もしくは変化がないか。

 その上、知力にはいろんな種類がある。

 領地を管理運営する知力。戦争で戦うための知力。

 それがどんな知力なのかは経験してみないとわからない。

 何だか宝くじの抽選結果を待っている気分というか。


 *


 現在、俺のレベルは19。

 この間の戦争でナルヤ王国軍を全滅させてレベル18となった。

 そして、ミリネを連れ出す過程で国境巡察隊との戦闘によりレベル19になったのだ。


 武力は64。

 残っているのは300ポイント。


 1年間このレベルアップもおろそかにはできない。

 人材探しとレベルアップは継続すべき部分である。

 いろんな戦闘に関与し続けなければならないという意味だ。

 もちろん、それは領地の整備をした後の話になるだろう。


「ハディン、全軍を集合させろ!」


 まずは新しい家臣を紹介するために全軍を集めた。

 そして、今度は賞金をかけて大会を開催したのだ。

 俺には人材の能力値が見える。だが、他の人には見えない。

 俺以外はジントとユセンがどんな人物なのかを知らないのだ。

 だから、これは新しく合流した家臣の武力を見せつけるためだけの大会だった。

 結果は見るまでもない。

 その過程が重要な大会というか。

 ジントを倒せる存在はいないから。

 ユセンでさえ一度剣を構えただけで敗北していた。


 当然、優勝はジント。

 準優勝はユセンだった。

 番外試合で百人隊長とジントを一度に戦わせた。

 ジントの強さを身をもって実感させるためであって、この結果もジントの圧勝!


 このイベントを終えてから家臣の役職を新たに発表した。

 重用する家臣の中でも唯一貴族であるハディンは引き続き軍の総指揮官。

 指揮能力値が90のユセンを領地軍の副指揮官に任命した。


 さらに、千人隊長を新設してギブンとベンテを任命した。1000人以上の兵力を任せるにはこの二人が適していた。ギブンの指揮は76。ベンテの指揮は82だから。

 こうしてみると人材不足は深刻だ。


 ジントの場合は指揮が低すぎる。

 そこで、まだ部下のいない特殊部隊の隊長に任命した。千人隊長と同じ等級だ。


 役職の見直しを終えて今度は兵力に目を向けた。

 現在のエイントリアン領地軍は1万4000人だがこれは完全なる正規軍ではなかった。中華やヨーロッパの歴史を見ると一般に職業軍人といえる精鋭軍の数値は人口比1%ほどだ。

 この1%は一般の歩兵ではなく騎兵や弓騎兵などの専門的な兵力である。

 ただ、中華の場合には人口比10%までの徴兵を行うことが多かった。1%は常備軍かつ職業軍人で、残りの9%は普段は農耕に従事させ、必要に応じて運用する予備兵力だった。


 普段は農耕に従事させるという条件をつけることで人口比10%という高い数値での徴兵が可能となったのだ。

 エイントリアンの1万4000人の兵力にはこの二つが混ざっていた。

 現在、ルナン王国の人口は約1000万人。

 そして、エイントリアン領地の人口は22万人だ。


 戦乱の時代を迎え、正規軍を1万人まで増やして農耕に従事させる兵力は2万人を準備するつもりだった。

 第一目標はこれを合わせた3万人の兵力だ。


 問題は国境地域であるがために他の領地より人口が少ないということ。

 ただ、最近は大きな変化を見せていた。

 本来の人口は18万人ほどだったが、税金免除の政策に加えて俺が有名になったおかげか、戦争が起きていたルナン王国北部の難民が移住してきて人口が4万人も増えたのだ。

 税金免除の期間が終わっても税金を適度に減らして土地を開墾してあげれば人口は増え続けるのではないだろうか? 国境に危険はつきものだが、戦乱の時代となれば事実上どこへ行ってもそのような問題が生じて人々は安全な場所を選ぶようになる。

 安全であるという確信を与えれば人口は増えるものだ。

 人口が30万になってくれれば3万人の兵力を運用することができる。

 これがまず第一目標。


[徴兵を行いますか?]


 ひとまず2万人の兵力を運用できるため、第一目標に向けてシステムを動かした。


[誰で徴兵を行いますか?]


 ここで少し面白いのが、武力と指揮が高いほど訓練度の上昇に効果があり、徴兵を行う武将の所属内の人望が高いほど領主に向かう民心は下がりにくい。


[ハディン 所属内の人望 90]

[ジント 所属内の人望 50]

[ベンテ 所属内の人望 70]

[ユセン 所属内の人望 50]

[ギブン 所属内の人望 50]

[ミリネ 所属内の人望 50]


 新たに加わった家臣の人望が50なのは所属内の人望だからである。

 領地に来て間もないから当然のこと。

 ユセンは親和力と人柄の良さですぐに所属内の人望が高まるだろうという期待があった。

 期待はしていても、今の状態で徴兵に適しているのはハディンくらいだ。


[ハディンに徴兵を任せますか?]

[6000人の徴兵が可能です]

[民心下落予想度 5↓]


 ハディンを選ぶとこんなメッセージが現れた。

 しばらく悩んだが、今回は俺が直接やることにした。


 エイントリアンが経験した直近の戦争。

 そして、ルナン王国に攻め込んできたナルヤの7万の大軍。

 それによって十分に危機感を持っている時期。

 俺はその感情に呼びかけて見ることにした。


「ナルヤは兵力を増やし続けている。間もなく戦乱の時代がやってくる。諸君の家族を守るべき時代がやってくるのだ。もちろん、そんな時代がきても俺は最善を尽くしてエイントリアンを守る。だが、一人では守れない。諸君の手で家族とエイントリアンを守ってもらわなければならない。今回の徴兵はエイントリアンを守らせるためのものだ。だから、諸君を戦争に送る立場にあるわけだが一つ約束しよう。俺はその戦いで先頭に立つ。諸君の前にはいつも俺がいる!」


 俺の所属内の人望は結構いい方である。

 時代が時代だ。

 だから、広場で領民にこんな宣言をして徴兵を行った結果。


[民心が2上昇しました]


 驚くことに、民心が2も上がってしまった。


 おかげで順調に6000人増えて兵力は2万となった。

 この2万の兵力を再編成して訓練を新たに始めた。

 ギブン、ベンテ、ユセンに訓練を任せてジントにはそれを手伝わせた。

 家臣の数が少ない。

 だから、全員が働かなければならなかった。


 この中から正規軍を選んで俸給を支払うつもりだった。職業軍人1万人の養成だ。

 こうして選んだ1万人のうち精鋭といえる2000人を選び出して精鋭部隊を作る。

 このゲームに騎士団はいないが、この2000人は騎士団のような精鋭部隊に作り上げて名前をつけようと思っている。


 幸い軍資金には問題ないため時間との戦いになる。

 エイントリアンの祖先に感謝すべき部分であった。

 このくらいやれば、あと必要なのは兵力の訓練度が高まるのを待つこと。

 では、それをただ待つというのか? もちろん違う。

 本当に重要なのはむしろ対外的な部分だから。

 実際、1年後のことを考えるとこの対外的な部分が何とも重要だった。


 歴史通りナルヤ王国軍はとても静かな状況だ。

 その歴史は塗り替えられたが大征伐はそう簡単に始まるものではない。

 ナルヤ王国が誇る部隊は十武将が各自で統率する精鋭部隊だ。

 それぞれ十武将の別名をとって派手な名前がついている部隊で、ゲームではかなり厄介な存在だった。その厄介な存在を今度はゲームではない現実で相手しなければならない。


 いくら兵力を増やしても、一介の領地の兵力と王国クラスの兵力ではそのレベルが違う。

 そのため必要なのは戦略と戦術。

 つまり、頭を使わなければならない。

 純粋に兵力で戦えば勝算などゼロだから。

 もちろん、頭を使うには規模が小さくても手足となってくれる兵力は必要だ。

 それを今養成しているのである。

 それと並行して、これから対外的な準備を進めるつもりだ。

 まるで中華三国志の天下三分の計のように勢力を拡大する戦略のために。


 間もなく戦争の知らせが耳に入る。

 ナルヤ王国とルナン王国に関わる戦争ではない。

 南部の国の間で起きた戦争だ。

 本来なら、この戦争が起きた時すでにルナン王国は滅亡していた。

 ナルヤ王国は大征伐を準備しているため関与していなかった。


 しかし、歴史は変わった。

 戦争が起きた国とルナン王国の関係上、面白いことが起こりそうだった。

 もしそうなれば、関与する部分が出てくる。

 天下三分の計ほどのものではないが礎を築ける機会が訪れるのであった。


 *


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