第42話
*
ロゼルンの国王、ロゼルン・ザ・ユダンテはブリジトの使臣に脅迫されていた。
「陛下、勅命に従われますか?」
「……っ、降伏なんてするものか!」
やっと14歳。
幼い王が全力でそう叫ぶと使臣はにやりと笑って答えた。
「ほう、なるほど。では、失礼ですが、国を守り抜くことができると仰るのですか? 自ら死を招くようなことはせずに、降伏して平安な余生を享受された方がよろしいのでは?」
傲慢な口調だったが反発する貴族はいなかった。
ブリジト王国が与える恐怖に動揺するだけ。
「そ、そんなわけにはいかない! ロゼルンの土地と国民を守るのは王である私の義務……。降伏はしない。下がれ。そ、その首を切り落とす前にな!」
明らかに震えていたが、国のためを思うのは幼い王だけだった。
「それでは、ロゼルン王国の全員が奴隷となるでしょう。それでも後悔しないと?」
「降伏すれば国民が奴隷にならずに済むのか?」
王のその言葉に使臣はにやにや笑みを浮かべて話し始めた。
「勅書をご覧になられていないのですか? 王とその一族の命は保障するとあるのを」
つまり、他は一切保障しないという意味でもあった。
「それなら、なおさら降伏はできない! す、すぐに出ていけ!」
王が再び声を荒げると使臣はやれやれと首を横に振った。
「陛下は今最悪の選択をされたのです。国民たちは死ぬくらいならむしろ奴隷の方がましだと思っているかもしれませんよ。フフッ」
実は、この訪問そのものが降伏よりも王と貴族、そして国民の分裂を狙ったものだった。
*
使臣が帰った後、ロゼルン王国は混乱に陥った。
「考えてみましたが、今からでも降伏すべきかと。それが生き残る道です!」
ロゼルンのシャーラ伯爵がそう叫んだ。
「とんでもない! ブリジトの王が自国民を虐殺した過去を忘れたのか? あんな頭の狂ったやつに降伏して我われの安全などあるものか!」
ブルクラ侯爵が反駁するとシャーラ伯爵がさらに大きな声を出した。
「我われ貴族、貴族の待遇さえ約束してもらえるなら降伏してもよいのでは?」
国民は奴隷にしようが構わないというシャーラ伯爵の発言。
ブルクラ侯爵は首を横に振った。
「どこがそんな保障をしてくれると? 降伏した国で貴族を粛清して好き勝手する、そんなことは歴史にも幾度となくあった。逃げた方がましだ。ルナンに帰順した方がな」
国を守ろうという意見を出す者はいなかった。
情けない貴族たちの会話の中で幼い王はただ泣きそうな顔を見せる。
そんな中、黙って見ていたルシェイク公爵が口を開いた。
「何をそんなに騒いでいる。王妃のセデリア様はまさにルナン国王の娘ではないか。それに、ルナンは我われの同盟国であって年貢まで受け取っている。援軍を要請すればいい!」
その言葉にシャーラ伯爵は首を横に振って言った。
「しかし、ルナン王国はナルヤ王国との戦争であまり状況がよくないのでは……」
否定的な発言にルシェイク公爵が怒鳴り散らす。
「他の同盟国からの信用もあるのに、状況が良くないからと同盟国を見捨てると思うか!」
すると、ブルクラ侯爵がルシェイク公爵に同意しながら気勢をあげた。
「ナルヤ王国まで撃退したルナン王国の助力さえあれば何の心配もいりません。それなら十分やれる状況です。もし、援軍が見込めなかったり負けた場合は、その時に逃げればいいことです!」
すると、他の貴族たちもそれが一番いいと騒ぎ立て始めた。
「陛下、よろしいですか? 至急、ルナンに使臣を送るのです!」
ルシェイクの言葉に王は戸惑いながら聞いた。
「で、でも、誰を送れば……」
「こんな大事な仕事を任せられるのは一人しかいないのでは?」
「……姉上ですか?」
「他に誰がいるというのです?」
その言葉に貴族たちも全員同意するというようにうなずいた。
*
ロゼルン・ユラシア。
ロゼルン王国の第一王女。ロゼルンの前国王が残した3人の子供の中でも第1子。
「ブリジトが突然ロゼルンを脅かすのには何か理由があるのでしょうか?」
ユラシアは国境を越えて王都に到着すると、出迎えてくれたロゼルン王国の貴族でありルナン王国の駐在外交官であるバッタン伯爵に聞いた。
「最近起こったナルヤ王国との大きな戦争により、まだルナン王国には戦火の火種が残っているというのがブリジト王国の評価のようです」
「つまり、同盟国であり友邦国のルナン王国が私たちを助ける余裕はないと?」
「左様でございます、殿下」
「思った通りね」
バッタンの言葉にユラシアはぎゅっと拳を握った。
「実際はどうかしら。そこが一番重要です。ルナン王国は本当に余力がないのですか?」
ユラシアの質問にバッタンは首を横に振った。
「王国南部の領地はこの間の戦争に参加することもできませんでした。それだけ速くルナン王国軍がリノン城まで進軍してきたのです。だから、余力はあります。その余力に……。まともな指揮官さえ派遣すれば……。まあ、ロゼルンの兵力とルナンの兵力が合わされば、ブリジトよりも確実に兵力数は多くなるでしょう」
「そうですね。希望はあるかも……しれませんね」
バッタンに情報を聞いたユラシアはすぐに王宮を訪れて玉座の前に跪いた。
「陛下、ブリジト王国が非道な振る舞いをしてロゼルンを侵略しようとしています。残念ながら、我が王国軍の軍勢は彼らの足元にも及びません。同盟国である弟の国の立場からお願い申し上げます。長年の同盟国であるロゼルンに援軍をお送りいただけませんか?」
もちろん、ルナンの王はそれを聞くと顔をしかめた。全く気の進まない話だったからだ。
「セデリアの頼みか? まったく、危険なようであれば逃げればいいものを」
王の言葉にローネン公爵も同意した。
「それもそうですね。ナルヤ王国を牽制すべき状況である上、この間の戦争で受けた被害も大きいです。同盟国の戦争は気の毒ですが、現在ルナン王国にそんな余力はありません」
王の拒絶というよりはとても合理的な理由。バッタンの話とは違ったが当然だった。
ローネンとしては、余力があっても意味のない戦争に兵力を消費する気はなかったのだ。
「それもそうだ。やつらにまた攻め込まれてはならん。ユラシアと言ったか? 悪いが、我われは今もなお戦争中にあるも同然だ。あの非道なナルヤの連中とな。こんな状況だから援軍は難しいだろう」
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