第3章 他国の戦争で得るもの

第38話

*


 総大将フラン・バルデスカ公爵が消えた。それだけでパニックに陥ったナルヤ王国軍。

 フラン麾下の指揮官は何人もいたが、フランのような能力を持つ人材はいなかった。

 そんな彼らがフランの失踪を知ったのは、すでに多くの兵力が失われた後だった。


「退却だ! 退却しろ!」


 各指揮官が退却命令を出した時点で生きていた兵力は約1万8000人。

 ナルヤ王国軍は、ベルン城やガネン城はもちろん、占領していたすべての領地を捨てて後退を始めた。

 そんなナルヤ王国軍の退路にはユセンとギブンがあらかじめ待ち伏せをしていた。

 その待ち伏せで多くの兵力を失いながらも、なんとかその状況から抜け出したナルヤ王国軍はルオン城を目標とした。ルオン城には補給基地があったからだ。


「門を開けろ!」


 ルオン城に到着すると、いつものごとくナルヤ王家の旗とフラン公爵家の旗が風にはためいているのを見て、ナルヤ王国軍は安心して城内に入って行った。

 そして、武器を下ろすとあちこちで休息をとり始めた。

 それだけ命がけで逃げてきたのだ。

 そんな彼らに向かってナルヤ王国軍の軍服を着た1000人の兵士が飛び込んできた。


「全員殺せ!」


 うあああああああっ  !


 疲れ果てたところにフランのような知略家もいなかったため、油断していたナルヤ王国軍は無残に蹂躙された。

 さらに、その1000人の兵士を先頭で率いるのは、ナルヤ王国軍の一般兵士の服を着た、ルナン王国のデマシン伯爵家の当主。

 デマシン・エルヒートであった。


 ルナン王国最高の武将が槍を振り回す。すでに城内に入って油断していた兵力は満足に戦うこともできずに倒れ、まだ城外にいた兵力は驚倒して食糧をあきらめ逃げ出した。

 フランという知略家を失ったナルヤ王国軍はただやられてばかりいたのだ。

 その奇襲を実行したエルヒートは逃げる敵兵を放置してルオン城の門を閉めた。


「副大将、追わないのですか?」

「その必要はない。すべて参謀の言うとおりになったではないか。それなら、参謀の作戦に従い続けることが私のやるべきことだ。我々は敵の補給物資でも調達するぞ。今や敵は完全に参謀の掌中にある。何も心配することはない」


 戦闘には参加せず1000人の兵力を率いてルオン城で待ち伏せしてくれとは。

 リオン城も危険なこの状況で、最初はとんでもない作戦だと思った。

 だが、結局はすべて彼の作戦通りになった。


「敵軍を全滅させたら、彼と一緒に酒を飲む。それも、一晩中だ!」


 ルナンの空の下に現れた逸材のことをエルヒートはそのように純粋に喜んだ。


 *


 敵は全滅した。

 俺たちは歓呼の声に迎えられて王都に復帰した。


 王に謁見するという課題が残っていたのだ。

 今はまだ独立できないため、それを拒否する方法はなかった。


 歴史は完全に塗り替えられた。

 滅亡した王都が堂々と生きている。

 大陸はこれから俺が知る歴史とは完全に違う動きを見せるはず。


 王国で一番高い城壁に囲まれた王都。

 そして、エイントリアンとは比べようもないほど賑やかな街は連日お祭り騒ぎだった。

 そこが問題だ。

 それがルナン王国の悪いところ。

 だが、俺はそれを止める気はなかった。


 ローネンは何度も俺を邸宅に招待した。その退屈な日常で唯一関心が向くのは、お祭り騒ぎの中でも自分を鍛錬するエルヒートという男だった。

 ローネンに命を捧げ、忠節を尽くす男だが。

 いつか登用できる機会が訪れるかもしれない。

 そう、いつかは。


 それから数日経って、ついに王に謁見する日がやってきた。

 金色に輝く豪華な玉座。

 衰退していくルナン王国の姿とは真逆で玉座は金色の輝きを放っていた。

 何だか逆説的というか。

 俺はその光景に舌を巻いて王の前に跪いた。


「そなたがエイントリアン伯爵か。余の目に狂いはなかった。そなたが国を守るとはな! クッハッハ!」


 脂ぎった顔でそのように称賛する王。

 あたかも、この戦争に勝ったのは自分の手柄だと言いたいようだった。


「敵を倒したのは事実ですが、国を守ったなんてとんでもございません。陛下がおられたから兵士たちも力を出せたのです。すべて陛下のお力です!」


 もちろん、今彼の気分を害する必要はない。だから、王の望む返答をしてやった。

 その答えが気に入ったのか、王は大きく笑いだした。


「ハッハッハ! 気に入った。実に気に入ったぞ。今後も国を救ってくれるのであれば、そなたは公爵位を持ってもおかしくないくらいだ。期待しておるぞ!」


 公爵位。

 それは貴族なら誰もが望む魅力的な言葉だ。

 だが、そう簡単に手に入る肩書きではなかった。

 貴族中の貴族。

 その中でも最高の貴族と呼ばれるのがまさに公爵だ。

 一般的に王族が持つことの多い爵位。

 王族ではない貴族が公爵となる場合はふたつある。

 開国を共にしたか、国を救ったという多大な功労のある場合。

 この極めて特定の場合に限られた。

 王は後者の場合を持ち出して俺に恩を着せてきたのである。


 だが、俺の望みは王の座だ。

 世界を手に入れられるチャンス。システムがそれを実現させてくれていた。

 特に、システムは[栄光に挑戦する機会]として俺をこの世界に送った。

 おそらく、それはシステムを与えるから実際に世界を攻略してみよという意味だろう。

 その栄光に挑戦しなければ今の暮らしがずっと続くという保障はない。システムが消えるか、日常に戻るか。それか死ぬか。

 それは最悪だ。

 これほど興奮する機会を逃すわけにはいかなかった。

 いつ死ぬかわからない戦場で生きることになっても退屈な現実よりはましだから!

 自分なりの正義を持ち世界に君臨する。

 たとえ失敗して死のうとも平凡な人生よりは百万倍もましだった。

 だから、俺にはルナンの公爵位など何の意味もない。


「ありがとうございます、陛下。お呼びいただければいつでも駆けつけて参ります」


 もちろん、今はまだ王の機嫌取りをしておく必要があるため跪いて答えた。

 王の言葉にローネンをはじめとする多くの貴族たちが不快感をあらわにする。

 自分たちの権力を奪われることは容認できないということだろう。


 結局、単純なのは王だけだ。


「本当に戻るつもりか? 領地は家臣に任せて中央に残ったらどうだ?」


 王に謁見して以後、ローネンはそれとなく俺のことを探り始めた。

 ローネンは俺が中央に残って権力を得ることを望んでいないはず。


「いえ、今はまだ領地の面倒を見ておきたいので」


 俺はひとまずそのよう答えた。


「そうか。それなら止めない。もし考えが変わったら、私を訪ねてくるといい」


 ローネンは白々しくそう言いながらうなずいた。

 そう、俺は中央の権力などにはまったく興味がなかった。

 自分の国を育てなければならない。

 もちろん、そうとはいえ、今すぐルナンとの関係を揺さぶる必要はない。今はただ野心のないふりをしながら、このように行動していればいい。

 そうするほどに、ローネンなんかは疑いを持ち始めるだろう。

 だが、そもそもローネンは敵手ではない。

 大陸南部の国々。

 そして、大陸北部のナルヤ。

 難敵はあふれかえっている。


 ルナンという名前はエイントリアンが力をつけるまで使うつもりだ。

 ナルヤの大征伐でルナンが滅亡するなら、その混乱に陥った世界にエイントリアンの名前で登場する。

 それまでは力を蓄えながら息を殺して待つだけ。

 もちろんそうなると、俺は数多くの都市がある中でエイントリアンという小さな都市から大陸統一を始める領主となる。

 ゲームではたくさんの都市が丸や四角でMAPに表示されるが、俺はその中のたったひとつの拠点から始めることになるというだけのこと。


 やるべきことが多すぎる。

 エイントリアンに戻って1年。

 この1年が最も重要であり、これからが本当の始まりという感じだった。


 幸いにも、今回の参戦で得たものは多い。

 まずは、ユセンとギブンだった。

 彼らは自ら訪ねてきて俺の前に跪いた。


「私と部下たちを受け入れていただけませんか!」

「なにを言っている。すでに君たちは俺の部下だ」

「王国軍を離れると聞きました。それでは、そばにお仕えできないではありませんか。伯爵家の家臣にしていただけるなら命を捧げてお仕えします!」

「私もです!」


 同時に話すふたりの男。

 もちろん、それは俺も望むこと。


「ふたりとも本気か?」

「もちろんです!」

「その決定がルナンを裏切る結果をもたらすとしても?」


 これが一番重要だった。

 俺が意味深な発言をするとふたりは互いを見つめ合う。そして、同時に叫んだ。


「伯爵家の家臣が伯爵の命令に従うのは当然のことです!」


 断る理由はなかった。

 こうして、ユセンとギブンは家臣となった。

 獲得した人材はジントを含めて3人。


 人材だけでなく時間と名声も得た。

 参戦したのは正しい選択だったということ。


 俺はこれらの成果を得て、エイントリアンに向かう帰路に就いた。



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