第35話
*
フラン・バルデスカは目の前の机にゴンッと頭を打ちつけた。
そして、ぼうっとした顔で上体を起こす。額が赤くなる。
すると、もう一度机に頭を打ちつける。額はなおさら赤くなった。
その様子を見守っていたメルトはその度にどきっとした。
これはフランの癖だ。
悩みごとがあるといつもあんなふうに自傷行為を行う。
それでも、自分にはフラン公爵家の当主フラン公爵を止められなかった。
だから、ただ見守るしかない。
ガンッ !
また頭を打ちつけたフランは首を横に振った。
彼がこの調子である理由はリノン城が奪われたことにあった。
計画は完璧だった。
だが、理解しがたい敵の動きによってリノン城をまた奪われてしまった。
敵はまるでリノン城が一晩で陥落することを知っていたかのように動いていたのだ。
偶然ありついた勝利ではないということ。
計画を知っていたかのごとく、ベルン城から退却するローネンの軍隊まで利用してリノン城を奪還した。
「ところで、ルナンの新しい参謀のことで諜報を頼んでいたかと」
「そのことですが。情報を集めた結果、すべて予想どおりでした」
「エイントリアンの領主であり補給部隊の指揮官。そして、リノン城の奪還。すべてその男が?」
「左様でございます!」
エイントリアンに送りこんだ兵力。
補給部隊の奇襲。
そして、リノン城の奪還。
戦略どおりにいかなかったこの3つの中心にはすべてその男がいた。
足をすくわれた。
今こうしてルナンの北部に兵力が集中したことさえも、まさにその男のせいだった。本来は、エイントリアンに攻め込んでくる先鋒隊を意識して、兵力が分かれているはずだったのだ。
「総大将……。リノン城を奪われてしまったので、これからどうしたら……」
計画通りにいけば、今目の前にはルナンの王都があるはずだった。
フランは机の上で拳をぎゅっと握りしめた。
「心配いりません。まさか、あのルナン王国にフラン家の力まで使うことになるとは思いませんでしたが、今度は勝ちます!」
ある決心をしながら。
*
ベルン城への無血入城を果たしたナルヤ王国軍はリノン城へ進軍してきた。
[ナルヤ王国軍]
[兵力:48720人]
[訓練度:80]
[士気:60]
7万の兵力で攻め込んできたナルヤ王国軍だったが、補給部隊とリノン城での戦闘で約2万の兵力を失っていた。
80もあった士気は20も削がれた数値に。
リノン城の前に駐屯していたナルヤ王国軍はすぐに総攻撃を始めた。
王都を陥落させるためにはリノン城を占領する必要がある。リノン城を無視して王都へ行けば補給に問題が生じるからだ。
そうなると、リノン城と王都の間で孤立することになる。
腹が減っては戦ができぬというように、リノン城を陥落して補給路を確保できなければ、王都への進撃は何の意味もなくなるということ。
だから、リノン城への総攻撃は理解できる。ただ、攻撃の方法には疑問が残った。
「攻撃が単調すぎます。それに、攻撃が北門に集中しているのも怪しいですし……。もしかしたら、これは囮攻撃かもしれません」
「囮攻撃だと?」
「その可能性はあります。兵力を分けましょう。敵の集中攻撃に合わせて北門に兵力を集結するのは最善策とはいえません。各城門に基本兵力を配置すべきです。それに、塞いである地下水路も油断はできませんし。リノン城全体の調査を続ける必要があります」
司令部の会議で俺はこう主張した。
すると、ローネンは俺の意見をそのまま鵜呑みにして俺に北門の指揮を一任した。
そのように会議が終わると、俺は激戦地の北門へ戻ってきた。
依然として敵は単純な攻撃を続けている。
単純というよりかは、正攻法すぎるというか。
攻城兵器で城門を打ち鳴らし、梯子を伝って城にのぼってくる。
あまりにありきたりだった。
今もなお、その攻撃は北門と周辺の城壁に集中していた。
正直、こんな状況で兵力を分けられる余裕はなかった。
兵力が不足すれば北門は開けられてしまう。
だが、敵の策士のことを考えると、リノン城全体における調査の継続は必須だった。
だから、兵力不足によって生じる負担は他の方法で解決するつもりだ。
「敵の攻城兵器を始末する。溶銑をかけろ!」
「はい、参謀!」
ローネンに建議して、リノン城を奪還する戦闘で死んだ敵兵の武器を溶かし溶銑にした。リノン城には鍛冶屋出身の兵士がいる上に、鍛冶屋もたくさんあるため、問題となる部分はまったくなかった。
溶銑が触れた瞬間、攻城兵器は燃えだした!
高熱を帯びた溶銑によって一瞬で木が燃えつきることを利用した作戦だ。火矢で燃やすのとは比べものにならない速度だから。
「梯子も溶銑で燃やすぞ! 時間を稼ぐほど我々は有利になる!」
攻城兵器と梯子が燃えてしまえば、敵は攻撃の勢いを失わざるをえない。
そうするほどに疲れるのは攻撃を仕掛ける方となる。
うぉぉおおおお!
攻城兵器を破壊すると我が軍の士気が上がった。
北門に集中していた攻撃は停滞し、敵軍は余儀なく後退を始める。
「油断するな! まだ終わってはいない!」
俺は兵士たちにそう叫んで敵の動きを注視した。
後退していた敵兵はやがて動きを止めた。弓の射程外まで退避したのだ。
「え?」
その状況で大きな盾を持った20人の兵士が城門に向かって前進してきた。
近づいてくる盾兵はひとりの男を護衛していた。
到底理解できない敵の行動。
城門の前までやってきた男は盾兵たちの真ん中で城門を見上げながら声を上げた。
「あなたがエイントリアン・エルヒンですか?」
正確に俺のことを見つめながら。
俺の顔はすでに知られていた。
まあ、補給部隊の戦闘から生還したナルヤの兵士も大勢いるから驚くことではない。
俺はただ、この状況について知りたいだけ。
「そうだが」
もちろん、ひとつ確実なことがある。
ルナンを苦しめていた策士の正体が今ここで明らかになった。
「それでは、もう死んでいただきます!」
その叫びと同時に彼の前には巨大なマナの陣が現れた。
黄金色の強烈な光を放つマナの陣が。
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